三者面談 その3

128 三者面談 その3 ◆oEsZ2QR/bg sage 2007/09/29(土) 14:22:09 ID:9sgG1YzC
 いる。
 誠二はいるっ。
 私は廊下を走る。織姫高校のリノウム廊下をゴム製の上履きで滑らせ、コの字型の校舎の一画目の曲がり角を曲がる。
 途中、同じように仲良く廊下を歩くカップルにぶつかるが、私はそちらを一瞥もせず一心不乱に走っていた。
 スピードをぐんぐんと上げる。こんなに本気で走ったのは何時ぐらいだろうか? 体育祭の時は手を抜いていたが、背景が線へと変化していく気がした。足がまるで私ではない別人のような感覚がする。
 これが本気ということかしら。いや、ただ自分が走り慣れてないだけでしょうね。
 前方を見据えると、廊下の真ん中を一人の女子生徒がてこてことこちらに向かって歩いてきた。身長129センチの小柄と言うのが憚られるほどのちっこい背と体のつくりをした女の子。ピノコの5年後という表現をすれば想像がしやすいわ。
ああ、あの子は有名な藤崎ねねこだわ。通称ロリ姉。いやなあだ名ね。アタシだったら断固拒否するわ。
移動教室だからか、藤咲ねねこはその小さな腕に教科書と地図資料を抱えてぼーっとした顔でこちらへやって来る。神妙な顔をしている。走ってくるあたしに気付いてない。
 廊下の真ん中に居るから、走行ルート上に居てとても邪魔だ。どいてほしいわ。他の生徒はみんな走る私の形相を見て避けるように廊下を開けてくれるのに。
「んー、んー……、んっ!? えっ! きゃぁ!!」
 ようやく目の前を走ってくる私に気付いた。私の姿に驚き、目を真ん丸にしちゃって、どうやら体が硬直したみたいね。右へ避けようか左に避けようか迷ってるのが顔に出てるわよ。
 このまま走ってぶつかっちゃたら、めんどくさいことになりそうね。普通の生徒ならいいけど、こんな小さな女の子じゃぶつかった衝撃で飛んでっちゃうかもしれないわ。自転車と自動車がぶつかったら被害が大きいのはどっちかしら。軽い方でしょ?
仕方がない。
「しゃがんで!」
「え!?」
 そう叫ぶと、私は足の動きを調節する。そしてタイミングを合わせると、三段跳びの要領で彼女の目の前までホップ、ステップと足を1・2と順番に前に出し廊下を踏みしめて。
「ジャンプ!」
 私は129センチの藤咲ねねこの頭上を股を大きく開いて、飛び越えた。
 思ったより、低い彼女の背。私ははっきりと藤咲ねねこの上から彼女のつむじを見ることが出来たわ。
「ほ、ほえ……」
 上手く、彼女の背の後ろに着地。情けない声が聞こえている。
「誠二!」
 私は、またもや足を動かし駆け出した。後ろなんて見ない。見る必要がない。自分でもあの高さを飛べたことには驚いたけど、いまはそれよりも誠二が優先。
 私の誠二を呼ぶ音はぎしぎし歯軋り混じりだった。

 教室、教室、教室。
 2-1、2-2、2-3、2-4……。
 ……行き過ぎたわ。
 2-3!
 半開きの引き戸を掴み、開く。
「誠二はいる!?」
 突然の来訪者である私に、教室中の視線が集まった。男子、女子、このクラスの生徒全員が目を丸くしていた。
 そのなかの大勢の生徒たちの中に、
「誠二!!」
 誠二は居た。
 自分の席に座って、井上くんと一緒に漫画雑誌をめくっていた。その巻頭のグラビアページをめくる指が止まり、井上くんと一緒に私の姿を見据える。
「ひっ」
 口の動きで見えた悲鳴は、小さいながらもとてつもなく恐怖心を与えているようだ。
 誠二の体はぎくりと硬直。対する井上くんの表情は微妙な表情で私を眺めていた。まぁ、無理もないわ。誠二が普通に来てることを教えてくれたのはあなたですものね。
 誠二を裏切ったと感じているのかしら? 別にかまわないわよ。誠二は私のものだから、失くしたものが見つかったら、そのモノの所有主へ教えるのは常識だわ。でも一割もあげないけどね。
「誠二、よくものうのうと学校へ来れたわねぇ……?」
 私は教室にいる生徒全てを無視し、誠二ただ一人に視線を合わせ、彼から目を外さず一歩一歩近づく。
 まるでヘビに睨まれた蛙ね。誠二は私の瞳に捕まえられたように席に着いたまま逃げられずに私の顔を見ていた。
 どう見える? 怒ってるように見えるかしら? 怒ってるわよ。とっても。
 ぐいとネクタイを掴み上げる。席に座っていた誠二は首元を引っ張られ苦しそうに顔を歪ませた。このまま引っ張るとどうなるかしら?
 ぐりぐり。
「ね、姉さん…!」
 苦しそうに声を出す誠二。
 私を見るその表情は暗く、恐怖に揺れ、瞳はきらりと潤んでいる。


129 三者面談 その3 ◆oEsZ2QR/bg sage 2007/09/29(土) 14:23:17 ID:9sgG1YzC
 ……泣くのかしら。
 ……いいわね。昨日私が見たかったのはあなたのその表情なのっ! その苦しそうな息遣いが聞きたかったのよ!!

「立ちなさい。誠二」
「姉さん。僕は……」
「立ちなさいと言っているの! 誠二!」
 しかし、誠二は立とうとしない。
 これ好機と私は掴んだネクタイをさらに上へ引っ張り上げ、締め付けを強くしていく。
 吊り首。絞まる首元、不安に駆られてゆく誠二の表情。ああ、ゾクゾクする。心の泉がどんどんと温度を上げて沸騰して沸き上がっていくわ!
 ……この表情を他の誰にも見せたくない! この表情を私だけのものにしたい!
「二人ではっきりと話し合いしましょう?」
 私はそう言い放つ。こんな誠二の恐怖まじりに歪んだ表情を他の女どもに見せたくなかったから。この表情を独占したかったから。
 私の言葉に誠二は焦燥したように視線を動かし、瞳で右へ左へと助けを求める。が、誰も私と誠二の間に入ってこない。それもそう。井上くんをはじめ、このクラスの生徒達は全員私を恐れている。
 私と誠二のやり取りを一番よく見ているのは紛れもないこのクラスの生徒達。井上くんが私の駒として動かされていることも知っている。だから、私と誠二の関係に関わりは絶対に持たないようにしている。
 ふん、いい友達にめぐり合えないわね。誠二。まああなたは私以外の人間なんて必要ないからいいのだけど。友達なんて居なくても困らないわよ。それは私が実証済みだから。
 誰も助けをもらえないことに気付いた誠二はあきらめたように席から腰を浮かせ、立ち上がる。私とおなじぐらいの視点となり、ネクタイを掴まれたままの誠二はまるで犬みたいだわ。
「おいで」
「……はい……」
 私はまさに犬を引っ張るようにして誠二を教室から連れ出した。わんわんね。おっきなわんわんだわ。
 ふふふふ。「わん」と鳴いてくれないかしら。誠二? わーんわん。あときゅぅぅぅぅ~~んって鳴き声も聞かせてね?

 どさり。
「うわっ」
 織姫高校の校舎の端に存在する六畳ほどの小さな部屋に誠二を投げ入れる。
 リノリウムの床に誠二は尻餅をつく。床にたまったほこりが小さく舞った。この部屋は文系部用の空き部室。暗くてほこりっぽい部屋には教室用の机と椅子が積み重ねられているだけでただの物置と化していた。
 そんな中に砕けた腰で私を見上げる誠二の視線。
「誠二……」
 私もドアを閉めて中に入る。電気は消しているため、窓から漏れる明かりのみしか光源はなく、それがこの空き部室を独房のように見せているわ。
 独房ね……。
「ね。姉さん!」
「なにかしら?」
「僕の話を聞いて欲しいんだっ」
 ふぅん。
「それよりも、先に言わなきゃならないことがあるでしょう?」
「……!」
 誠二の傍へと歩いてゆく私。距離を縮める。誠二の額から汗が流れてゆくのがわかるわ。ちろりちろりと暗い中でかすかな光に反射して水玉を浮かばせていた。
「昨日はどこへ行っていたのかしら?」
 誠二の顔をつまみあげ、低い声で私は訊いた。
「私に黙って無断外泊ねぇ。そんなこと今まで全然しなかったのにねぇ
 意味が重複しているけど、そこは問題じゃない。いままで帰りが遅くなることはあっても昨日のような、連絡なしでどこかへ行くということは無かった。
「ど・こ・へ・行っ・て・い・た・の? 誠二?」
 一節一節に重みをつける。誠二はいやいやと首を震わせながら、私の問いに口を開く。
「い、井上のところに泊まってたんだ!」
 はい、嘘。
私は間髪いれず右手を振り、誠二の頬のその手のひらで大きく打ち鳴らした。

 パチーン!

「……ッ!」
 暗い教室に、新聞紙を床に叩きつけたような軽いぴりりとした音が響いた。
 頬を打たれた誠二は一瞬何が起こったのかわからなかったよう。左へ寄った視線は突然の痛みに、目を泳がせていた。
「嘘つかないで。誠二」
 井上くんからは私がすでに聞いているのにね。
 でも、井上くんが嘘をついたって可能性も否定できないわね。私に嘘をついて誠二をかくまってあげたとか……。……ないわね。井上くんにそんな度胸無いもの。
 打たれた誠二の右頬がじんわりと赤くなっていく。赤みのかかったほっぺた。まるで桃のよう。
「う、嘘じゃないよ……」
 それでも、誠二はまだ誤魔化そうとする。打たれた衝撃で左ずれた視線のまま喋る誠二。私が正面から睨みつけているというのにそれからは逃れようとしている。
 視線を私から逸らしたまま、まだ嘘を重ねようとする誠二になんだかムカっとした私は。
「私の目を見て答えなさい」



130 三者面談 その3 ◆oEsZ2QR/bg sage 2007/09/29(土) 14:24:03 ID:9sgG1YzC

 パチーン!

 左頬を大きく打ち鳴らした。
「つぅッ!!」
 二度目の平手打ちは本当に予想外だったようね。思わず誠二は左の頬を押さえた。その仕草がなにか私の心をあわ立たせる。
 私が彼の頬を打った手のひらはじんじんとしびれていた。
誠二の頬を大きく打ち込んだこの手のひら。じっとりと赤く染まり、表面には彼の汗と私の汗が混ざり合っている。
 まるで、調味料同士を混ぜ合わせたみたい。
 そして、この手のひらにかすかに残るあの誠二の頬を叩いた感触。
 何故だか、とても気持ちよかった。
 私はもう一度右手を振りかぶる。
 大きくあがった私の手に誠二は怯えた表情を浮かべる。それがなんだか私の被虐心を妙に掻き立てて、

パチーン!

 気が着けば私はもう一度、誠二の頬を平手打ちしていた。
 赤くしびれる手のひら。頬の痛みに戸惑う誠二のおびえた表情。

パチーンッ!!

 頬、赤い頬、誠二の赤い頬。

パチーンッ!!

 手を打つごとに響く軽い音。

パチーンッ!!

 その音が私の脳内に響き渡る。その度に麻薬のように溢れる分泌液が体中から溢れた気がして、私の頬までも温度を上げて赤く紅潮してゆく。

パチーーンッ!!

 いい。いい。こうして誠二の頬を叩く度に、どんどん私の息遣いがおかしくなっていく。口元が笑い始めているのが自分でもわかる。
 誠二は何度も頬を叩かれて、涙目になりながらわけがわからないと言うように、私を呆然と見つめる。頬を真っ赤にして、まったく。
 いい顔。

パチーーンッ!!

 この顔に私は容赦なく手を振り下ろす。この可愛い誠二の顔に思いっきり平手打ちできるなんて、なんて贅沢だわ。
 誠二は段々力が尽きてきたのか、私の手を握ろうとした腕がだらりと脱力していく。抵抗が無くなった誠二、無防備な誠二。腰をまたいで馬乗りのなると、もうそこは私と誠二だけの世界。

パチーーンッ! パチーンッ! パチーンッ! パチーンッ!

 止まらない。腕が止まらない。叩くのが止まらない。叩くごとに湧き上がる熱。あつい、熱い思い。欲、欲、情欲。
 笑いが、悦びが、想像を超えた快楽が私の心を燃え上がらせる。気がつけばよだれがぽつりぽつりと口の端から溢れている。でも、そんなのも拭くのさえ気にならない。
 この行為。弟の頬をこの手で打つ。この行為が楽しくて愉しくて。夢中で、無我夢中で。心が萌える。

「あは、あははは、あはははははは!!」

 パチーーンッ! パチーーンッ! パチーーンッ! パチーーンッ!

「あはははははっ、あはははははははははははははっっ!!」

 ガラリッ。

「そこ、何をやっている!!」


131 三者面談 その3 ◆oEsZ2QR/bg sage 2007/09/29(土) 14:25:20 ID:9sgG1YzC
 ……ちっ。
 鍵を閉め忘れていたのを思い出した。
 振り向くと、そこに立っていたのは養護教諭の時ノ瀬先生だった。……なんで先生がこんなところに?
 時ノ瀬先生は相変わらずTシャツに白衣に裸足でスリッパというふざけた格好をしていた。でも私を見下ろす目は厳しさで満ちている。
「えっと、お前はどこの生徒だ?」
 ふーん、誠二やそこらのどうでもいい生徒はともかく、生徒会の役員ぐらい覚えておいて欲しいですね。養護教諭でも。
「3-2の沢木千鶴です。この下にいるのは弟の誠二です」
 私はこともなげに答える。入られた瞬間「しまった」と思った私だったが、よく考えれば私と誠二は姉弟。姉が弟の教育のために延々と平手打ちをしてても何も問題は無い。
 時ノ瀬先生は私の股の間で力なく、だらりと放心している誠二に駆け寄る。
「頬が真っ赤にはれているじゃないか! 沢木千鶴。折檻かリンカーンか知らんがやりすぎだ」
「いえ、そんなことありません」
「五月蝿いっ。ただの姉がしていい量じゃないぞ!」
 そう言うと、先生は私を押しのけて誠二を抱き起こす。その様子が何か気に食わない。ちょうど跪いたときに自慢の足で蹴りこんでやろうと思ったが、やめておいた。
「立てるか? 沢木誠二くん」
 こくりこくり、誠二は赤い頬で涙を流しながら頷く。腕を持って、誠二を起こすとふらふらになりながらも立ち上がる。その瞳は私のほうを向いていた。
 大きく瞳の奥に見える怯えの感情。簡単に読み取れた。
「とりあえず保健室へ行くぞ。その顔じゃ教室にいけないだろう」
「先生。私も着いていきます」
「いや、着いてくるな」
「私はその子の姉ですよ?」
 先生は眉間に皺を寄せて怒鳴った。
「その姉がこの状態にしたのだろうっ。君は教室に戻れ」
 ……ふん。姉としての責務を果たそうとしたのに。
 誠二は時ノ瀬に庇われながら、このほこりっぽい教室を出て行った。あとに残されたのは私一人。
 手のひらにじんじんと残る、平手打ちの感触。熱い、熱い。私の鼻から空気が噴出してゆく。手のひら。手のひら。興奮が収まらない。
 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、息が、息が。こんな心の高ぶりは初めてだわ。
 この左手の感触が残っているうちに…………。

 PiPiPiPiPi……。

 突然の電子音に思考がぶった切られた。
 機械的な音。私の携帯電話ではない。ぶぶぶぶぶと震える音も響いている。この空き部室に……。
 音の震源は足元だった。ひょいとその音を発する端末を拾いあげる。青い携帯電話だ。
「これは……誠二の携帯電話だわ」
 平手打ちのときに、誠二のポケットからこぼれたものだろう。コンパクト型の携帯電話を開いてみる。ロックはかかっていなかった。無用心ね。
「……そういえば、昨日誠二がどこへ泊まったのか、聞いてなかったわ」
 つい平手打ちに夢中で忘れてしまっていた。
「この携帯にヒントが隠されてるかも……」
 ……まったく、私は運がいい。
 私と誠二は同じメーカーの同じ機種を使っているので(私は銀色カラーだけど)、操作はすぐにわかる。左ボタンを押してアドレス帳を眺める。私が見知ったアドレスが並んでいた。
アドレスに書かれている友人の約半分は、私の息がかかっている。
 ……んー、……先生が多いわね……。
 高倉良子先生、保坂新太郎先生、さっきの時ノ瀬先生……。
 メールボックスを開けようと、操作する。すると、なぜかメールボックスだけはパスワードが必要になっていた。4桁の数字でロックされている。
「………」
 誠二の生年月日を入力する。ダメだわ。私の生年月日、ダメ。父・母の生年月日……。ダメ。1682(イロハニ)……。ダメ。
「………」
 誠二の生年月日の逆入力。
「開いた」
 ……誠二が単純なヤツで助かったわね。
 一瞬だけ暗くなった小さな小さな液晶画面に私のほくそ笑んだ顔が映った。ふふふ。さぁて、昨日はどこへお泊まりしていたの? 誠二。
(続く)

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年10月21日 01:52
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。