二人の姉

104 二人の姉 2008/07/02(水) 05:03:51 ID:8FFfl0pv
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 何が起こったのか分からなかった。
 突然眼前が真っ白になり、肺の中の酸素が残らず吐き出された。
――いや、眼前と言っても語弊がある。何故ならオレは、それまで眼を閉じて何も見ていなかったからだ。まあ、夢くらいは見ていたのかも知れないが、そんな事はどうでもいい。早い話が、眠っていたのだ。

 自分が眠っていた――つまり、覚醒した事を意識した瞬間、腹部に強烈な激痛の余韻を感じた。
 どうやら、どてっ腹への強烈な一撃で叩き起こされたらしい。眠っていたおかげで、その一発の痛みを直接感じずには済んだらしいのは、不幸中の幸いだ。
 気が付くと、オレは布団の上で、膝を抱えて丸くなっていた。
 たとえ無意識であっても、肉体は反射的に身を守ろうとしてくれる。防衛本能とは偉大なものだ。

 誰がやった?
――とは訊かない。
 聞くまでもない。こんな事をする人間は、この家にただ一人……、

(ぐふっ……ッッッ!?)

 今度は背中だった。
 胎児のように丸くうずくまった体勢のおかげで腹部のガードはバッチリだったようだが、その分無防備だった背中に、重く響く打撃が心臓の裏側を直撃した。
 痛い――というよりもむしろ苦しい。
 のたうち回ってヘドを吐きそうになるほどだ。
 現にオレは、悲鳴一つあげてやらねえと覚悟していたつもりだったのだが、その決意はアッサリ崩れ、胸を押さえて転げ回っている。無論、そうやってジタバタしたところで、苦痛が何一つ楽になるわけではない。むしろ――、

 鼻っ柱の奥に、焼け付くような重さを感じた。
 何が起きたのかは予想がつく。一撃目とは違って、オレの意識は朦朧とはしていない。
――今度は踵だ。踵で鼻を踏みつけられたのだ。
 猛烈な血臭と同時に、眼窩の奥で、火花が散ったような輝きが見える。眼球が視覚的に捉えた映像ではない。言うなれば、痛覚が脳髄に直接見せるイメージ映像のようなものだろうか。しかもただのヴィジョンではない。死にたくなるような切なさを伴っていた。



105 二人の姉 sage 2008/07/02(水) 05:05:30 ID:8FFfl0pv
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「こんの――バカガキっ、いま何時だッッッッ!!」


 悲鳴のような金切り声と同時に、髪を無造作につかまれ、引っ張られ、オレはそこでようやく眸を開ける。
 この暴行傷害――朝イチのドメスティックバイオレンスの下手人は、怒りで顔を醜く歪ませ、肩で息をしながらオレを睨みつけている。そのザマは、まるでゴーゴンの三姉妹のようだ。元が美人なだけに、その形相は一層おぞましい。
(そうか……そういや、また寝過ごしちまったのか)

 こんな冷めた思考が一瞬走ったのも、ある意味オレが、この、朝のDVに慣れて来ている証拠なのかも知れない。
 そう、つまりオレは、鬼の形相でオレの寝癖頭を鷲掴みにしている眼前の女性を知っている。
「ごっ、――ごめんなさいっ、姉さん……ッッッ!!」

 謝罪は常に全力投球。
 この家に生きる上での、オレの座右の銘だ。
 今この瞬間も、肚の中で『痛えなバカ野郎』などと毒ずいているとは、おくびにも出さない。僅かでも、本音を顔に出すような迂闊なオレなら、とっくの昔に殴り殺されていただろう。
 まあ、姉が指示したとおりの時間に寝過ごして、姉の指示したモーニングコールを遂行できなかった、オレにも責任はある。……強姦されたのは被害者にも責任はある、というべき本末転倒な論理だが、姉に関しては、いつの間にか諦念に似たモノを抱くようになっていた。
 だからこそ、――本末転倒なればこそ、謝るときは誠心誠意を尽くす。腹の中にいる本音は、もはやどこにもいない。他人に嘘をつく極意は、まず、自分に真っ先に嘘をつき通すことだ。この数ヶ月間の生活で、オレはそれを学んだ。

 この女性は真帆(まほ)。
 オレとは似ても似つかぬ美貌の所有者。たった一人の我が姉。

「――ふふ……謝ったら済むなんて本気で思ってるの? ほんと成長しないわねぇ……」
 姉の口元に、亀裂のような笑みが浮かぶ。まるで爬虫類のような冷たい笑顔だ。
「……はは……」
「何が可笑しいの……? この……バカ弟がッッッッ!!」
 その瞬間、頬桁に膝蹴りが叩き込まれた。
 喉奥に、人肌温度の金属臭い液体が流れ込む。――血だ。迂闊に愛想笑いなど浮かべていたせいで、口の中を切ったようだ。
 だが、姉の攻撃は止まらない。



106 二人の姉 sage 2008/07/02(水) 05:07:22 ID:8FFfl0pv
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「わたしは五時に起きたかったのよっ!! もう五分も過ぎてるじゃないっ!? 一体これって何!? どういう事なのっ!!」
 どういう事かと聞かれても答えることなど出来はしない。
 オレが起こすまでもなく、自分ひとりで起きてるじゃねえか。起きれるんじゃねえか。
 だが、この姉には、そんな理屈は通用しない。
 毎朝、オレは朝五時に姉を起こし、一分でも時間オーバーすれば、姉の激怒は毎回の事だ。ましてや、寝過ごしたりした日には、こうやって確実にタコ殴りにされる。
「それとも何!? あんたはわたしを起こすのが、そんなにいやなのっ!? わたしの頼みなんかバカバカしくて、真面目に聞いてられないって、そう思ってるのっ!?」


 袋叩き、というのだろうか。
 顔を庇えば腹を蹴られ、腹を庇えば顔を殴られ、丸くなってうずくまれば背中を蹴られ、しかも狙いはことごとく正確だった。
 これでも姉はかつて、女子フットサル部のエースストライカーだったので、運動神経はいいほうだった。普通に殴り合いのケンカをしても、オレが勝てるかはどうか怪しい。
 その瞬間、全身に高圧電流が流れた。
 何をされたかは分かる。
 急所攻撃……金的を一蹴されたのだ。それも、かなりの体重を込めて。

「~~~~~~~~~~~~~~~ッッッッッ!!!!」

 この激痛は何度喰らっても慣れる事が出来ない。
 AVのSMモノで、男優の股間を女優が蹴り上げる『金ゲリ』なる珍ジャンルがあるそうだが、オレならギャラを百億もらったところで、そんなマネはゴメンだ。
 現に、今のオレは、あまりの激痛に失神さえ出来ない。股間への一撃は、当たり所によっては冗談抜きで死に至る攻撃なのだが、残念ながら女性にこの激痛は理解できない。いわんや、この凶暴な姉に至っては。
「なによ、大袈裟にうめき声なんかあげて。そんなに痛いの? 苦しいの?」

 当たり前だが、オレは声一つ立てられない。



107 二人の姉 sage 2008/07/02(水) 05:09:06 ID:8FFfl0pv
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「でもね――わたしはもっと苦しいのよっ!! ツライのよっ!! あんたにモーニングコールをシカトされて、死にたくなるくらい寂しかったのよっ!! 何でそこまで無神経なのっ!? 何でそこまでバカなのっ!? 何でそこまで救いようがないのっ!!?」

 いつもそうなのだが、実はオレはDVの際に、姉が何を言っているのか、いちいち覚える余裕はない。今朝覚えていたのは、姉が何かを喚きながら、この首を締めていたことだ。
 そのまま姉は、俺が動かなくなったことを確認すると、ゆっくり首から手を離し、次いで馬乗りになっていたオレの体から離れた。

「……今から二度寝するわ。六時きっかりに起こしに来なさい」
 そう言って部屋のドアを開けると、
「一応言っておくけど、一分でも遅れたら……金蹴り20回の刑だからね」
 身の毛もよだつお仕置きを平然と言い放ち、ドアを閉める音とともに、姿を消した。
 どうせ二度寝するんなら、起こせとか言うなよ。――今のオレは、もう、そんな風に考える事さえない。姉の命令が理不尽なのは、もういつもの事だからだ。



 それから一時間後――正確には五十分後、オレは六時直前に姉の部屋に入った。

 布団の中から静かな寝息が聞こえて来る。
 あんなに暴れた後で、よくもまあ、こんなにぐっすり眠れるものだ。――とは思わない。
 疑問でも不思議でも何でもない。姉にとっては、これがいつもの事だからだ。
 オレは姉のベッドに身を乗せると、彼女の足元の布団を静かにめくり、暗闇の中に身を潜り込ませた。
 布団の中は、かぐわしい女の体臭が篭もっている。オレはよく知らないが、姉の体臭は女性の中でもかなりいい匂いの部類に入るらしい。以前、姉が親代わりに三者面談に来た時、順番待ちだった友人が、後日そう言ってハシャイでいたのを思い出す。
――まあ、今のオレにはどうでもいい話だ。

(一秒でも早く終わらせよう)
 温暖湿潤な闇の中で、手探りと勘で姉のパジャマを掴み、ズボンとショーツを引き摺り下ろすと、剥き出しの股間に舌を這わせる。

 どこに何があるのか分からない、などということは、もはやない。恥かしい話だが、もう体が慣れてしまっているのだ。
 姉の寝相も。
 姉の体格も。
 姉の性感帯すらも。



108 二人の姉 sage 2008/07/02(水) 05:10:48 ID:8FFfl0pv
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「……んんん……んっ、んっ……っっ……!!」
 姉が抵抗するように寝返りを打つ。
 だが、逃がす気はない。
 闇の中、両足を腕で捕まえて固定すると、舌を伸ばしてクリトリスの皮を剥く。
 数瞬で裸になった肉の芽に、今度は甘く歯を立て、吸い上げる。

「んんんん~~~~~~~んんんん~~~~~~~ッッッッ!!!」

 姉の両手がオレの髪を掴む。
 さっきと同じく容赦のない握力で、熱帯雨林のように潤んだ股間に押し付ける。
 だが、むしろオレは望むところだとばかりに、今度は膣孔に、唇を直接重ねあわせ、舌を捻じ込む。
 その途端、股間から発生する粘液の量が、いきなり倍になったように感じた。
 それと同時に、むしろオレの心は反比例するように冷めていく。
(まるで、部活の朝練か、工場の早番勤務だな)
 分かっていても、いつも同じことを思ってしまう。
 オレは再び舌をクリトリスに這わせ、甘噛みすると同時に、膣口に指を叩き込んだ。
「あうぇあいぇいぇえぁぁぁああ!!!」
 姉が、意味不明な叫びをあげ、そして、二度三度身体を震わせると、……力を抜いた。



「……おはよう、ゆーたくん」
 真帆姉じゃない!? 片帆姉だ! ぶん殴られた割には今朝は……ついてる。
「おはよう、姉さん」
 その声に導かれるように、もぞもぞと布団から出たとき、赤く腫れ上がったオレの顔を見て、姉が息を飲んだのが聞こえた。

「真帆が……やったの……ゆーたくん……?」

 そう囁くように尋ねる姉の表情には、ほんの一時間前の鬼の形相の面影はカケラもない。
「違うよ、階段で転んで――」
「嘘つかないでっ!!」
「……姉さんが、気にすることじゃないよ」
 だが、姉は答えなかった。答える代わりに、オレの首っ玉に抱きついてきたから。

「ごめんね……こんな、お姉ちゃんで本当にごめんね……!!」

 そう言いながら流す姉の涙は、熱かった。
 オレも、姉の思いに応じるように、そっと彼女の後頭部を撫でてやる。
「悪いのは、姉さんじゃない。オレだって分かってるつもりだから」
「ううん、悪いのは全部お姉ちゃんなの。お姉ちゃんが異常だから、こんな、こんな、こんな……ッッッ!!」



109 二人の姉 sage 2008/07/02(水) 05:11:50 ID:8FFfl0pv
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 ペニスが、ぞろりと撫でられるのを感じた。
 姉が、むしろ懇願ような目付きで、囁く。
「ゆーたくん、痛かったでしょ? つらかったでしょ? だからせめて、お姉ちゃんにお返しさせて。お姉ちゃんの胸でもお尻でもアソコでも使って、気持ちよくなって? お願いだから、ね?」

 オレは答えない。
 そして、姉もまた、オレの答えを待たない。
 答えを待たない姉は、オレ以上に慣れた手つきで、パンパンにペニスが腫れ上がった下半身からジャージとトランクスを剥ぎ取り、ころん、と横になった。
 一般的に“M字開脚”と言われる、その姿勢は、涙に潤ませながらもオレに笑いかける笑顔と相まって、雑誌のグラビアの数十倍の破壊力があっただろう。
 こらえきれる甲斐性もなく、オレは布団を蹴りはがすと、そのまま姉に襲い掛かり、前戯すらなく、一撃で愚息を突きたてた。まるで人肌に暖められた泥のような心地良さが、たちまちオレの神経を駆け巡り、支配する。
「あああああッッッッ、もっと、もっと乱暴にしてっ!! もっとお姉ちゃんをムチャクチャにしてっ!! お願いっ!!」

 オレたちがイったのは、それから二分と立たないうちだった。


「……しかしまあ、ホント早いわよねえ、悠太も」

 そう言いながら姉は、口元に歪んだ笑みを張り付かせた。
 先程までの態度から比較すれば、まるで別人だった。――いや、文字通り別人だと言うべきかも知れない。
 ここにいるのは、先程までいた片帆姉ではない。
 朝っぱらからの心地良い疲労感や股間に残るエクスタシーの余韻、さらに胸を満たしていた暖かいものは、文字通り一撃で消え失せた。オレに分かるのは、それこそ肋骨に直接氷水を注入されたような恐怖と孤独と喪失感だけだった。
(もう、“行って”しまったの、片帆姉さんッッッ!?)



 そう、オレの姉は二人いる。
 一人は真帆。そして、もう一人は片帆(かたほ)。
 だが、この家に、オレの姉を名乗る女は一人しかいない。
 解離性同一性障害……いわゆる多重人格。一つの肉体に複数の魂を持つ者。
 それが、オレの姉だった。



110 二人の姉 sage 2008/07/02(水) 05:13:49 ID:8FFfl0pv
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「さあ、今度はわたしのターンだよねぇ。片帆だけじゃなくて、わたしにもしっかり御奉仕してもらうからねぇ……!」
 そう言うが早いか、真帆姉はオレの腰をロックするように足を組み、いまだ正上位でペニスを突っ込みっぱなしだったオレは、真帆姉のその一挙動だけで、微動だにできなくなってしまう。
「真帆姉……!!」
 下から伸びた姉の腕に、喉が掴まれた。
 その瞬間、真帆姉は寝返りを打つようにオレごと身体を入れ替え、正上位だった体位が、気が付けば、騎上位になっていた。
 オレの首を締め付けながら、姉は、いつもの亀裂のような笑いを浮かべ、腰を動かし始める。
 だが――オレは感じない。
 仮にも若い女体だ。それなりに気持ちはいいのだろうが、……片帆姉のような心まで暖まるような充実感は、まるで感じない。
 何故だろう?
 人格が交替するだけで、肉体的には何の変化も起こっていないはずなのに、まるで感触が違う。この味気なさはまるで……砂だ。人肌の砂。ざらざらでごりごりで片帆姉とは全然違う。そういうものなのだろうか?
 その瞬間、喉に恐ろしい圧迫感を感じた。

 オレの首を締めながら腰を使う姉の貌(かお)に……“鬼”が生まれていた。


「その顔が気に入らないんだよ……片帆が“帰った”瞬間に、そんな寂しそうな顔をしてる、お前がねぇっ!!」
「……ねえざ……ぐるじ……ッッッ!!」
「お前の姉さんはわたしだろっ!! 片帆なんかじゃないっ! あんな交替人格なんかじゃないっ!! このわたし一人のはずだろっっ!!」


 オレが姉さんに怯えるのはいつもの事だったはずだが、今朝は違う。何故だろう。いつも楽しそうにオレを殴る姉が、こんな辛そうな顔をしているなんて、……初めて見る。
――だが、そんな事を考えていられたのも、数瞬のうちだけだった。
 オレは眼前が真っ白になるような感覚の中、……初めて見る姉の涙に驚きながら、意識を失った。

最終更新:2009年11月22日 20:36
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