『花言葉デンドロビウム』その三後半

208 『花言葉デンドロビウム』その三 ◆uC4PiS7dQ6 sage 2008/07/07(月) 17:30:24 ID:1KU2qZdp
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 当たり前の事だ。
春に花が咲く様に、
夏に虫が鳴く様に、
秋に腹が空く様に、
冬に人が焚く様に、
成長した兄妹が別の道を進み始めるのは、それくらい当たり前の事。

太陽は月へと主役を譲り、三日月に欠けて夜空に栄える。それは星々のパールに照らされて、灰雲のボンテージを身に纏い、この街で欲望を誘うNo.1のM嬢。
ガラステーブルの前、
リビングでソファーに座り、
視線は小さな液晶の中。
ワンコール。
ツーコール。
スリーコール。
留守番電話サービスセンター。

一旦切り、一呼吸置き、もう一度プッシュ。
ワンコール。
ツーコール。
スリーコール。
繋がらない。謝罪すら拒否された。
学校じゃ無視され、メールも帰って来ない。
電話を掛けても、一回目は喚かれ、二回目は居留守で、三回目は着信拒否。
ああ、終わり……長い期間を掛けて作り上げた信頼関係は、たった一日で壊れた。
携帯電話を畳み、フローリングの床に転がして投げる。
スルスルと勢いを殺されながら滑り、キッチンまで進んだ所で足に踏まれ完全停止。
「物は大切にしなきゃ」
させたのは、俺の妹。
上はアルバのホワイトカラータンクトップに、ホワイトゴールドのクロスネックレス。
下はジーンズにベルトを二本。一本は普通に通し、もう一本は右側だけを通して左下がりに。
そんな軽装で、携帯の伸びたアンテナ部分を右手で摘み上げ、前に差し出しながら歩んで来る。ゆっくり、ゆっくり。
「そう、だな」
だから俺も左手を前へ。物を大切にと微笑む妹に差し延べる。互いに差し延べたまま、妹はテーブルを挟んで向こう側。
そして俺の手上まで来た時に、携帯が震えて着メロが鳴る。ジャーマンメタル、パワーボム。加藤綱からの着信。



209 『花言葉デンドロビウム』その三 sage 2008/07/07(月) 17:32:03 ID:1KU2qZdp
3
 俺は『もしかしたら』と喜び、携帯を掴み取ろうと差し延べた手を振り上げ、
妹は『もしかしたら』と目尻をヒク付かせ、摘んでいた携帯をスーッと横にスライドさせた。
空振ったまま、驚いて動けない。
空いてる左手で沸騰の終えたポットの蓋を開け、歯が見えるぐらいに笑い直す硝子。
鳴り続ける着信音。また嫌な予感が頭を刺す。
物は大切にしなきゃ。
「ふふっ……なーんて、誰にも教わらなかったわ」
的中。ポチャン。硝子は何のためらいも無く、俺の携帯を、加藤からの電話を、ポットの中へ、捨て落とした。
「おいッ!? 硝子フザケんな!! お前、何したのか分かって……」
硝子に向かって叫び、空振りしていた手をポットへ伸ばし、
「要らないでしょ!? わたしが……私が居るじゃない?」
その手首を両手で強く掴まれる。
言葉も遮られた。
いや……俺が火傷するのを防いでくれたのか?
「がら、す?」
手を離し、テーブルを回り目前まで来て、俺の足の間でペタリとアヒル座り。
硝子の瞳を真っ直ぐ見下ろし、赤い瞳で見上げ返される。ルビーのように。ウサギのように。潤み悲哀を浮かべた、泣き出しそうな赤い瞳。
そんな瞳を見ているのが辛くて、視線を横に逸らした途端……

「頼光のご飯を作ってるのは誰? 私よ? じゃあ掃除してるのは誰? 私。洗濯してるのは? それも私。オチンチンを舐めて精処理をして上げてるのは? 私だっ!!
私がっ! 全部っ! 全部っ! 全部っ! 全部ッ!! してあげるの!! それなのになんでよ? なんで……本音をブチ撒け、悩みを打ち明ける相談相手が、加藤君なの? 私じゃ無いの!?
頼光を名前で呼んでる意味にも気付いてくれないし! ヤキモチ焼いて、嫉妬して、死んじゃうよ? 寂しくて……死んじゃうんだから! 頼光が居ないと、私死んじゃうの!!」

涙の粒を零し、息が切れるまで繋がれた啖呵(たんか)。
俺に対しての不満。その全て。
俺に対しての依存。その限度。
硝子は俺の世話をするって事に依存してるんだ。
だけど、それじゃあ駄目だろ……



210 『花言葉デンドロビウム』その三 ◆uC4PiS7dQ6 sage 2008/07/07(月) 17:34:09 ID:1KU2qZdp
4
 優しく、優しく。諭すように……
右手を妹の頭に乗せて優しく撫でる。硝子は瞳を細めるだけ。
何年振りだろう、こんな事は。
毎日、抱き合って震えてた、あの時以来か?
あの時以来になったのは、必要無くなったから。
「硝子……お前を罵倒する母親はもう居ない。お前を殴る父親はもう居ないんだ。これまで不幸だった分を、これから取り戻せよ! 幸せになれよ! お前と旦那の赤ちゃんを……笑いながら見せてくれよ。だから、なっ? 明日、加藤に謝ろう?」
優しく、優しく。あやすように……
妹は瞳を細めたまま、ニィッと口元だけを吊り上げる。
嫌な予感はいつまでも。

「あはははははっ!! そんなに赤ちゃんが見たいんだ頼光? なら良いよ、産んであげる♪ 今日は当たりなのに、子宮にいっぱいザーメンを注ぎ込まれたから……ふふっ、絶対に妊娠したわ♪」

硝子は……何て言ったのか?
笑いながら、自らの腹を摩り、俺を見上げて。
頭を撫でていた手も止まり、落ちて硝子の肩上に。
そして俺の中の何かも崩れ落ちた。常識とか、禁忌とか、その辺が、まるごと。
「はっ? 大丈夫だって……ウソ、か?」
考えないようにしてた、俺の罪。
嘘かも知れないって疑ってたのに、欲望と快楽に負けてしたセックス。
兄妹なのに。双子なのに。たった二人の、家族なのに……
「嘘じゃないわ。頼光にしたら大丈夫って意味よ」
なのに、硝子の真意が俺にはわからない。
「俺にしたら?」
唯々、身体を硬直させるだけ。

「そう。頼光がこの家を出て行っても、一人で育てるから安心して。私が、一人で……育てるから。頼光は関係無いから」
表情を柔らかに変えて微笑み、俺の手を掴んで払う。
ああそうか……硝子の思いは、考えは、百%間違いなく届いてる。
この状況に、硝子はこの状況に持って来たかったんだ。
これで詰み。詰まれた。ちくしょう、畜生っ! ああもう!! なんだかんだ、右往左往しても、結局は硝子の思い通りか。
ここまで。俺も、覚悟を決めよう……



211 『花言葉デンドロビウム』その三 ◆uC4PiS7dQ6 sage 2008/07/07(月) 17:38:21 ID:1KU2qZdp
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 硝子の頬を、ペチンと軽く叩いて両手で挟む。
これから俺が言う事を、決して逃さぬように。真っ直ぐに見詰め合う。
一呼吸、二呼吸、三呼吸。

「させられるかよっ! 片親の子供になんか……子供は、幸せにするんだ。俺達が貰える筈だった愛情を、まとめて俺達の子供に与えるんだよっ!!」
子供は、幸せにしたいんだ。
細められていた赤い瞳が大きく開き、また細まる。
「だって頼光……この家を出て行くんでしょ?」
恐らくは最後の確認。
まだ不安か? 特別な双子なんだから、俺がどんな気持ちか……わかってるだろ? 今更。
「行かないッ! でもさ硝子……これからは後ろ指を差されて、誰にも頼れずに、ずっと二人だけで生きて行かなきゃならないんだぞ!? それはとてもツライ事だ。それでも、良いのか?」
俺も最後の確認。『降ろせ』なんて絶対に言わない。決定事項の最終確認。
馬鹿な双子の兄妹が選んだ、ツライ人生の歩むざるをえない道。
それでも硝子は、
「ずっと二人で? それ以上の幸せは無いわ」
そう言って微笑む。
俺よりも断然に強い。
昔から、どれくらいかも前から、俺よりも早く覚悟を決めてたんだろうな。
添えていた手を硝子の肩に移し、そのまま持ち上げて促し立たせる。
これで逆。俺が見上げて、硝子が見下ろす。涙を零しながら、赤い瞳を震わせて。
誓うよ硝子。
「側に居るから……お前が俺に愛想を尽かすまで」
待たせたけど、これが俺の誓い。兄から妹に送る、最大限のプロポーズ。
言い終わり、
硝子の手を引き、
「えっ!?」
倒れ込んで来る身体を抱き絞めて、

「「んっ……」」

無理矢理に唇を重ねた。
硝子の意見なんて聞かない。ここまで来て、やっぱりヤメたなんて絶対に言わせない。
俺がしたいからしたんだ。目の前に魅力的な女が居たから、守ってやりたい女が居たから。
これは契約。俺を堕とした妹が払う代価。その代わりに俺は、『ずっと二人で』……その鎖で繋がれる。
「ちゅっ……んっ。好きよ頼光。産まれて来て、一目見た時から……すき、スキ、好き……うっ、ぐっ……おにいちゃん大好きぃぃぃぃぃっ!! うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
あの頃に戻り、大声を上げてワンワン泣く。
あの頃に戻り、二人で抱き合いながら枯れるまで泣く。
俺も、硝子も。『ずっと二人で』……その絆に繋がれて泣き続ける。


「ゴメンね頼光。わがままな妹で……」


外に降る粉雪は未だに止まず、庭の草木を白く埋め尽くす。
それは月明かりのシャワーに濡らされて輝き、綺麗に、綺麗に。幻想的な光で俺達を祝福してくれてる。

二人の子供に、
二人の兄妹に。
二人だけの家族に……

ハレルヤ/ヒカリアレ。


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最終更新:2012年05月31日 14:38
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