秋冬to玉恵 その4

391 秋冬to玉恵 sage 2008/09/30(火) 01:21:53 ID:1dZJuzY6
 いったい何時からそうなっているのか分からない。
 世界には、はるか昔から色々な種族が存在する。それは、大きく分けて三つの種族に分かれていた。

 一つは人間。

 およそ、世界人口の99.9%がこれにあたる。全ての種族の基本にあたる種族で、他二つの種族は人間の突然変異として生まれてくる。

 2つ目は亜人。

 アジン、とも、ビースト、とも呼ばれる種族。アジンは正式な学術名で、ビーストは偏見と悪意を持って付けられた蔑称にあたる。
 彼ら、彼女らは、人間として生まれてくる赤ちゃんの中で、およそ2%~3%くらいの確立で生まれてくる亜種。
 特徴としては、人間の姿に、動物か別の生物の特徴を併せ持っていること。それは動物の尻尾だったり、耳だったり、千姿万態。
 人間と比べて身体能力と知能が高く、肉体の能力は人間より1.5~3倍以上ある。
 そのため、一部の亜人は人間を見下している。
 これは本当に一部で、ほとんどの亜人は基本的に社交的で、あまり攻撃性を持っていない。

 この二つに入らないのが、別種。

 彼ら、彼女らは、およそ0.000001%の確立で生まれてくる。そのため、ミリオン・チャイルド(100万に一人の子)とも呼ばれている。
 世界でも数千人くらいしか確認されていないので、別種と呼ばれるようになった。
 特徴としては人間とほとんど変わらないが、最大でも150cm以下(平均で140cm)という低い身長と、背中に生やした大きな翼と、外見が幼いという違いがある。
 彼ら、彼女らは、純白の翼か、漆黒の翼かのどちらかを背中に生やし、日中のほとんどを、空中飛行して生活する。
 かといって歩けないわけではない。だが、何故か彼ら彼女らは、長時間地上に足を付けていると徐々に体力を消耗してしまい、最悪の場合は命を落とす危険性が出てくる。
 原因は不明。ただ分かっているのは、彼ら彼女らにとって、空中を漂う=人間が歩くということだけ。

 そして、別種だけが持つある特殊な能力。

 それは、自らの命を他人に注ぐことができるという奇跡の力であり、神の偉業である。
 彼らは自分の体内に宿る生命エネルギー、あるいは命ともいえる何かを、他人に明け渡すことができるのだ。
 それによって死の淵に立たされた人でも一瞬で治癒させ、寿命すら延ばすことができる。
 これが彼らを別種というカテゴリーに分別される最大の要因になっているのだ。
 進化の過程とか、突然変異とか、放射能の影響とか、数え上げればきりがない。なぜここまで違ってしまったのか、現在でも全く解明できていない。
 けれども、始めからそうであったかのように、これら三つの種族は互いに協力しあって文明を築き、生物の頂点に立つことができた。
 この話は、春夏秋冬(しゅんか しゅうとう)の姉にあたる人間の春夏玉恵(しゅんか たまえ)と、玉恵の弟にあたる別種の春夏秋冬の恋物語である。


392 秋冬to玉恵 sage 2008/09/30(火) 01:23:41 ID:1dZJuzY6
 フワリと、秋冬の翼が風を流した。秋冬の背丈と同じくらいある背中の翼が、ある種の壮大さを感じさせた。
 といっても、秋冬の身長は平均よりかなり低く、見た目は女の子という、ショタっ娘も吃驚のものなのだが、しかし、これは仕方がないことである。
 別種と言われる、人間から派生した特殊な人間であり、特殊な力を持った人間でもある彼ら、彼女らは、普通の人間の常識は適当しない。
 その力を使って、姉を助けたことはあまりに語り草だが、今は関係ないので記述することはない。
 前回の話を見ている人だけ分かる話。お姉ちゃんの腕力は世界一! なのも(ry
 閑話休題。


 う~ん、何か良い方法がないだろうか?
 自室のベッドの上で、秋冬は雑誌を片手に頭を悩ませていた。文字通り、ベッド上の空中に漂いつつ、彼は何度も頭を捻っていた。
 背中の翼がフワリと羽ばたいた。
 その姿は小さな天使の女の子が頭を悩ませているように見え、微笑ましいものなのだが、彼には禁句である。
 秋冬はとても悩んでいた。それは他人から見れば、小さなことではあるが、秋冬にとっては重大なこと。
 それは……。

「どうやって姉離れすればいいんだろう」

 秋冬はため息を吐いた。
 そう、秋冬の悩みとは、自分が尊敬する姉のことだった。
 春夏玉恵……秋冬より一歳年上の、今年で18になる姉である。彼女は秋冬の自慢の姉だ。秋冬は胸を張って豪語できるくらい、姉を尊敬しているのだ。
 テレビに出てくるアイドルすら裸足で逃げ出す美人。怒り狂った王蟲ですら、笑顔で宥める美女。数々の二つ名を持つ女性である。
 だが、姉の魅力はそんなものではないことを、秋冬は知っている。先日、強制的に風呂を同伴されたとき、改めて思い知ったのだ。
 シャワーから出るお湯を弾く、メロンのように張り出した胸。振り返る度に、なめかわしく踊る、細い腰周り。
 思わず撫でさすってみたくなる、むっちりとした尻肉。全世界の女性が嫉妬しそうな、そんな美女。それが、秋冬の知っている姉なのだ。
 しかも、玉恵はとても秋冬に甘い。甘やかしまくる。それはもう、コーヒーに角砂糖を5個入れた上に蜂蜜を投入したくらいのものだ。
 色々な事情によって、姉と二人暮らしをしている状況からなのだろうが、玉恵はとにかく秋冬の我侭を聞こうとするのだ。
 それが原因で、秋冬は何時までたっても姉離れすることが出来ていないのだが。

「でも、いつまでも甘えている訳にもいかないよね」

 しかし、秋冬は思った。それは駄目だ。何時の日か、姉も見知らぬ男に恋をして、愛を育み、
 秋冬の元を去っていく日が必ず来るのだ。せめて、姉が結婚する日が来たときくらい、笑顔で見送ってあげたい。そのためには姉離れしておいた方がいいのだ。
 ほう、とため息を零し、秋冬は再び雑誌に視線を落とした……ところで、興味深いページを見つけた。

「お、これは……」

 秋冬の視線の先には、『姉、もしくは妹から離れる3つの方法』と、大きく印字されていた。
 あまりに直球すぎる上に、読者を選びそうな内容だが、秋冬にとっては渡りに船だった。
 食い入るように文章を見つめる。一字一句逃がさないように文字を頭に叩き込んでいく。その目は真剣そのものだ。
 結局、夕食が出来たと玉枝が自室のドアをノックするときまで、秋冬は本から目を離すことはなかった。


393 秋冬to玉恵 sage 2008/09/30(火) 01:25:01 ID:1dZJuzY6
 ステップ1『テレビのアイドルに見惚れよう作戦』
 夕食のスッポン鍋も食べ終わり、のんびりとリビングのソファーにくつろぐ。チラリと横目でキッチンを見ると、玉恵は鼻歌を口ずさみながら洗い物をしていた。
 リビングと台所が繋がっていると、こういうとき、とても便利だということを、秋冬は改めて知った。
 新聞を広げ、テレビ欄を確認。タイミングよく、お目当ての番組が始まっていた。

『女子アナ日本一』という、日本全国の美人アナウンサーを集めて行うクイズ番組だ。

 テレビセンサーを手に取り、プラズマテレビの電源を入れる。玉恵の臨時収入から買ったらしい。いったいなんの臨時収入なのか、秋冬は知らない。
 数秒の無音の後。テレビには色とりどりの美女が映された。司会者らしい若手の芸人が、マイクを片手に番組を進行させていた。

『さあ、美女アナウンサー日本一を決める日がついにやってきました! いや~、これだけ美女が勢ぞろいすると、圧巻だね~』

 芸人が横にいる女性に尋ねる。女性はニコリと笑みを浮かべた。

『本当ですね。もう美人が集まりすぎて、私がカカシみたいになっていますよ』

 その女性の姿に、秋冬は首を傾げた。
 確か、人気沸騰中のグラビアアイドルだっけ、この人。前、何かのドラマで見かけたような気がする……どうでもいいか。
 秋冬自身、アイドルや美女アナウンサーには全く興味がないので、記憶にない。いつもなら、このような番組など見向きもしないのだが、仕方がない。

『姉、もしくは妹から離れる3つの方法』の中にあった、『テレビのアイドルに見惚れよう作戦』を実践するためなのだ。
しかも、場合によっては応用の『アイドルが好き』を発動できるかもしれないのだ。
『それでは、早速クイズに入りましょう!』
『最初の問題は、こちら!』

 秋冬が記憶を遡っている間にも、番組は進行していく。秋冬はあわてて、テレビを見つめた。
 とりあえず、適当に見ていようかな……あ、駄目だ。真剣に見なきゃ、真剣に。

『お~っと、菊池さん、ざんね~ん。それでは罰ゲーム行ってみよう!』
『きゃ~~!』
『きたー! ついに準決勝進出だー!』
『やったわ!』
『いよいよ目が離せなくなってきました!』

 秋冬は、久しぶりに真剣に番組を視聴した。思いのほか、番組は面白いものであった。
 いつしか秋冬は目的を忘れていた。洗い物を終えた玉恵が秋冬の隣に腰を下ろしても、気づかないほど熱中していた。
 玉恵はそっと、秋冬の耳元に唇を寄せた。

「シュウちゃん」
「………………」

 だが、秋冬は気づかなかった。

「シュウちゃん」
「…………え、あ、なに、お姉ちゃん?」

 我に帰った秋冬は耳に感じる風に首を竦めた。風の方に顔を向けると、そこには笑顔を浮かべた玉恵が座っていた。
 玉恵はそっと腕を伸ばし、秋冬の腰に腕を回した。そして、あっという間に秋冬は玉恵の腕の中に納まった。
 首筋に感じる柔らかい感触と、温かい体温が心地よい。背中の翼ごと抱きしめられているため、多少不恰好で無理やりではあるが……。
 思わず、秋冬は頬を染めた。いくら見た目が女の子で身長が低くても、秋冬は思春期を迎えた立派な男なのだ。


394 秋冬to玉恵 sage 2008/09/30(火) 01:25:57 ID:1dZJuzY6
 ジタバタと離れようとするも、玉恵の腕はビクともしない。ベンチプレス450kgというのは、伊達ではない。
 秋冬は肉体的な抵抗を諦め、仕方なく言葉による精神的な説得をすることにした。

「お、お姉ちゃん、離して」
「やだ」

 しかし、玉恵は秋冬の願いを一刀両断した。気持ちいいくらいの否定であった。
 玉恵は構わず、秋冬の髪に鼻を埋めた。一瞬の冷たさの後、暖かい空気が頭皮に感じた。一気に羞恥がこみ上げてくる。
 臭いを嗅いでいるの!?
 恥ずかしさに、秋冬はどこかに隠れたくなった。
 姉とはいえ、女性の体温が感じられるような状況で平然としてられる程、秋冬は女慣れしていない。
 というより、クラスメイトの女子意外、まともに会話したこともない。
 そんな秋冬にとって、自分の体臭を嗅がれるという事態は、恥ずかしいことなのだ。
 といっても、大抵の人は自分の体臭を嗅がれることに抵抗を覚えるものだが。

「お姉ちゃん、離して、汚いよ」
「やだ。汚くない。いい匂い」

 嫌がる秋冬に構わず、玉恵はさらに秋冬の臭いを嗅いでいく。
 もちろん、ちゃんとお風呂で綺麗にしている。だが、それはそれ、これはこれ。
 秋冬は恥ずかしさを我慢する意味も込めて、テレビを見つめた。そうしなければ、恥ずかしさで何も出来なくなりそうだからだ。


395 秋冬to玉恵 sage 2008/09/30(火) 01:27:24 ID:1dZJuzY6
 数分間、秋冬の臭いを嗅いでいた玉恵は、ふと、顔を上げた。

「ねえ、シュウちゃん」
「ん? なに?」

 テレビから目を離すことなく、聞き返す。番組は佳境に入っていた。

「これ、面白い?」

 これ、とはクイズ番組のことだろう。秋冬は頭の片隅で思った。

「見てみると、けっこう面白いよ」
「……もしかして、目当ての女の子とか居たの?」

 玉恵の質問に、秋冬の脳裏に電撃が走った。
 これは……今がチャンスだ! ステップ1を実行するぞ!

「うん、居たよ」

 ギュッと、回された腕が締まった。だが、すぐに緩んだ。

「……へえ、そうなんだ」

 玉恵の声は冷え切っていた。
 ゾクリと、秋冬の背筋に悪寒が走った。体全部を押さえ込まれているため、顔を上げて姉の表情を見ることもできない。
 滲み出てきた冷や汗を拭いつつ、秋冬は思った。もしかして、この作戦は失敗かもしれない、と。だが、今更止めるのもどうかと思う。結局、話を続けることにした。

「うん、そうなんだ」
「……誰?」
「え?」
「誰かって、聞いているの?」

 口調も落ち着いていて、音量も静か。決して声を荒げているわけでもないのに、どうしてここまで恐ろしく感じてしまうのか、秋冬には分からなかった。
 何となく、本当に何となく、秋冬は誤魔化すことにした。

「もう予選落ちしちゃって居ないよ。今は慣性で見ているの」
「ふ~ん……そうなんだ」

 ギュッと、回された腕に力が入る。同時に、玉恵は再び秋冬の頭に鼻を埋めた。
 玉恵が黙ってしまったので、秋冬も黙る。重油のように重くて濃い沈黙が流れる。テレビのスピーカーから出てくる音だけが、リビング内の重圧に抵抗していた。
 いったい何が起きているのか、起きようとしているのか、秋冬には分からなかった。ただ、玉恵が非常に不機嫌になっていることだけは理解できた。

「……ねえ、その子って、アイドル?」

 沈黙を破ったのは玉恵の方だった。

「う、うん、そうだよ」

 玉恵の意図していることは分からないが、とりあえず無視はしないことにした。


396 秋冬to玉恵 sage 2008/09/30(火) 01:30:03 ID:1dZJuzY6
「だったら、枕営業とかしているでしょうね」
「……枕営業?」

 秋冬は首を傾げ…ようとして、できなかった。フワリと、玉恵の体臭が香った。

「シュウちゃんは、芸能界っていうところが激しい競争社会っていうことは知っている?」

 うん。秋冬は了承の意味を込めて、軽く顎を引いた。

「知っているよ。一人のアイドルがデビューするまで、数十人から数百人のアイドルが脱落しているって聞いたことがあるけど……それがどうかしたの?」

 秋冬には見えない位置で、玉恵の微笑が歪んだ。

「バラエティから入るんじゃなくて、本当にアイドルとしてデビューできる人ってね、最初の段階で分かるんだって。
 なんかね、雰囲気みたいなものが違うらしいの。だから、売れる子は早い段階でプロデューサーに目を付けられるんだって」
「ふ~ん、そうなんだ」

 なるほど、言われてみればそうかもしれない。

「反面、雰囲気を持たない人は、グラビアアイドルに行ったり、地方のイベントなんかに行ったりして、ちょっとずつ知名度を上げていくの……でもね?」

 腰に回した腕が締まり、ギュッと抱きしめられた。背中に感じる二つの膨らみに、思わず胸を高鳴らせた。

「実は、それ以外の方法でデビューする方法があるのよ」
「……それが、枕営業?」

 玉恵は笑みを浮かべた。それは秋冬が知るような笑みではなく、もっと恐ろしく、もっと凶悪なものであった。

「そうよ。枕営業っていうのはね、プロデューサーや大物芸能人……つまり、番組制作に口を出せる人とね、寝ることなの」

 一際強く、心臓が高鳴った。

「……え、寝る? 寝るって?」
「エッチすることよ」

 秋冬は知らず知らずのうちに、腰周りに回った腕を握り締めていた。玉恵はそのことに口出すことなく、安心させるように柔らかい胸を秋冬の背中に押し付けた。

「エッチして、見返りに仕事を貰うの。それで人気が出れば、枕営業は廃業。出なければ、もう一晩ってね。
 芸能界みたいな競争社会で生き残っていくためには、仕方のないことなの。だから、あんまりアイドルを好きになっちゃ駄目だよ。
 シュウちゃんの好みの女の子も、汗臭いオッサン相手に腰振ったりしているかもだからね」
「……そうなんだ」

 はっきり分かるくらい、秋冬は落ち込んだ。華やかな芸能界にも裏があるとは思っていた。
 影では嫌がらせや何かもあると思っていた。だが、まさか風俗紛いのこともあるとは、思っていなかった。


397 秋冬to玉恵 sage 2008/09/30(火) 01:30:58 ID:1dZJuzY6
 顔を上げると、さっきまで見ていたクイズ番組も終わっていて、代わりにニュース速報が放映されていた。
 局内らしき場所で、活舌の良い話し方で女子アナキャスターが、ニュースを喋っていた。
 微妙な感情が湧き上がってくるのを、心の隅で実感した。

「……だから、シュウちゃんはアイドルなんか見ないで、お姉ちゃんみたいな女の子を見ていればいいのよ」

 秋冬は俯いて、背中の玉恵にもたれ掛った。
 秋冬は気づかなかった。玉恵の唇から、一筋の血が流れたことを。それが歯を食いしばりすぎて出たものだと、秋冬は最後まで気づかなかった。


398 秋冬to玉恵 sage 2008/09/30(火) 01:32:05 ID:1dZJuzY6
 ステップ2『寝言で違う人の名前を言ってみよう作戦』

 今度はこれで言ってみよう!
 ベッドの中で、玉恵の天然の二つの枕に顔を埋めつつ、秋冬は次なる作戦を決めた。
 張り出した大きな膨らみをなんとか頭だけで掻き分け、玉恵の寝顔を見つめた。

「ん、どうしたの?」

 すると、玉恵と目が合った。何でもないと答えると、頭に回された腕に力が篭り、秋冬の顔は再び玉恵の谷間に埋まった。玉恵はブラジャーを着けていなかった。
 パジャマ越しに感じる驚異的な弾力に目を見張りつつ、秋冬は考えた。
 いくら姉弟とはいえ、妙齢になった男女が抱き合って眠るなど、あっていいのだろうか? いや、よくない!
 香ってくる甘い体臭が、凄まじい威力となって眠気を誘う。油断すれば一瞬で眠ってしまいそうなのを堪える。頭を優しく撫でる掌の感触にも耐える。
 姉のベッドで、姉の布団の中で、姉に抱かれて眠るように催促されたのも、今回が初めてではない。
 別種である秋冬は、本来空中を漂いつつ眠るのが普通なのだ。基本的に地上を歩くよりも空中を飛行する方が肉体的疲労も少ないのだ。
 それなのに秋冬がわざわざベッドを使って眠るのは、ひとえに、玉恵のお願いだからである。大好きな姉のお願いを断るなんて考えは、秋冬にはない。
 だが、それもそろそろ終わりを迎えようとしているのかもしれない。
 目を瞑り、呼吸を一定にする。途端、眠気が怒涛の勢いで襲ってきた。頭の中を駆けずり回っている羊をなぎ払いながら、秋冬は作戦を決行した。

「……りりあ……」

 聞こえるか聞こえないかの声で、適当な偽名を呟いた。女性の名前が思いつかなかったので、幼い頃見たアニメのヒロイン名を使った。
 ピタリと、秋冬の頭を撫でていた手が止まった。
 もう一声! 秋冬は腹に力を込めた。

「……りりあ……」
「シュウちゃん」

 玉恵は自分の胸に抱いていた秋冬の肩を掴み、一気に引き剥がした。あまりの速さに脳が揺さぶられてしまい、視界が白黒に点滅した。
 思わず寝ている振りも忘れて、秋冬は目を開ける。見上げると、ニッコリ笑顔を浮かべた玉恵がいた。
 だが、二つの眼は恐ろしく冷たい光を帯びていた。
 はっきりわかるくらい、冷や汗が全身に吹き出た。
 けれども、玉恵は秋冬に構わず、さらに身体を揺さぶる。上に下に左に右に、これでもかといわんばかりに秋冬の頭が踊った。

「シュウちゃん、誰なの、今口ずさんだ雌豚は?」
「ちょ、ま、まて、まって」
「最近シュウちゃんを狙う、わる~い雌豚達もいなくなって安心していたのに! 一年中発情しっ放しの淫乱雌猫共め!
 私の可愛い可愛い可愛い可愛いシュウちゃんに色目使っているやつがいたのね!」
「目、目、目が、目が」

 常人の十数倍の腕力を持つ玉恵に、秋冬が抵抗できるわけがなかった。
 目を回し始めた秋冬が必死になって玉恵の腕を振り払おうとするが、肩をガッチリ掴んだ玉恵の腕はビクともしなかった。


399 秋冬to玉恵 sage 2008/09/30(火) 01:33:14 ID:1dZJuzY6
「ああ、シュウちゃん、なんてことなの!」

 半分意識を失い始めた秋冬を、玉恵はギュッと抱きしめた。胸の谷間に収まった秋冬は、グッタリとされるままになっていた。
 ステップ2も失敗か……。
 心の中で涙を流しつつ、秋冬の計画は失敗し、気絶した。
 完全に気を失った秋冬に気づいていないのか、気づいているのか、玉恵は濁った目で秋冬を見つめ、半開きになった秋冬の唇に、むしゃぶりついた。

「んん、じゅじゅるる、じゅる」

 唇全体を擦り付けるように唇を震わし、咥内の涎を一滴残さず貪っていく。歯の内側に、外側にも丹念に這わし、涎を擦り付けていく。
 衝動的に口付けを行ったが、効果は抜群であった。玉恵の濁った瞳が澄み始め、少しずつ頭が冷静になっていく。
 すると、今度ははっきり秋冬の唾液の味を知覚できるようになってくる。

 ああん、シュウちゃんの涎、美味しい!

 玉恵は心の中で叫んだ。今度は瞳が霞みだし、肌色の肌がほんのり赤くなる。滲み出てくる唾液を、喉を鳴らして飲み干す。
 あ、ああ、駄目、駄目だよ、シュウちゃんの涎だけで、お姉ちゃん堪らないよう!
 秋冬の涎が喉を通っていく度、玉恵は精神的絶頂を迎えた。
 勝手に痙攣する四肢、秋冬の子種を催促する子宮。それら全てが、玉恵の心を落ち着かせ、高揚させた。
 けれども、いつまでもそうしてキスをしているわけにもいかない。玉恵は、初めては秋冬からという、ある意味乙女的な考えの持ち主なのだ。
 だが、目が覚めた秋冬を即行レイプ、逆レイプというのも捨てがたい。
 玉恵は、嫌がる秋冬を無理やり手篭めにするというのも大好きな、ある意味男性的な考えの持ち主でもあるのだ。
 今回はまだ理性が働いたので、玉恵は断腸の思いで口を離した。2人の舌から透明な橋が生まれ、途切れた。
 涎でベトベトに汚れた秋冬の顔を見て、玉恵は何ともいえない奇妙な幸福感を覚えた。

 同時に、凄まじい嫉妬の感情も芽生えた。

 りりあ。秋冬が放った一言が、玉恵の心に火をつけた。鈍い音を立てて、玉恵の歯が軋んだ。


400 秋冬to玉恵 sage 2008/09/30(火) 01:34:14 ID:1dZJuzY6
「うふふ……私がいない間に、ずいぶん生意気なことをしてくれるじゃない……。そいつは明日以降探すとして、シュウちゃんもシュウちゃんよ」

 軽く、秋冬の頬を突く。男子高校生とは思えない柔らかさだった。ぷにぷにだ。
 自然と緩んでしまう頬に力を入れようとするが、無駄だった。

「私が毎日どれだけ我慢していると思っているのか、シュウちゃんは知らないでしょ?」

 あるときは秋冬の下着の匂いを嗅いで欲情を発散し、あるときは秋冬の使った食器を使って発散する。
 秋冬が入ったお風呂に浸かって心を癒し、秋冬が使ったタオルで身体を洗う。
 こっそり料理に色々混ぜ込んだり、秋冬の部屋で狂ったように自慰を行ったりして、玉恵は、何とか今日まで欲情に耐えてきた。
 油断すれば一瞬で理性の鎖を引きちぎる獰猛なもう1人の自分を押さえ込み、優しい姉の姿を演じてきたのだ。
 だが、それにも限界はある。

「シュウちゃんがいけないんだよ。さっさとお姉ちゃんをレイプしてくれないから、お姉ちゃん、こんなに苦しんでいるんだよ」

 そう、玉恵にも限界はある。
 玉恵にとって、なにより厄介なのが秋冬の体臭だ。リビングで、キッチンで、トイレで、お風呂場で、玄関で、香る秋冬の体臭。
 玉恵にとって、それらの匂いは麻薬よりも常習性と快楽性を兼ね備えた、甘美な毒なのである。
 しかも、秋冬は男子高校生。ホルモンの関係から体臭も男らしくなり、体臭もきつくなってきている。
 そのせいか、最近はふとした拍子に我を忘れてしまうこともある。
 張り詰めた糸のように頼りなく、陽炎のように儚い、あまりに脆い理性の檻。すこし隙間を作れば、すぐさま……。

「それとも、お姉ちゃんから襲った方がいいのかな? シュウちゃん恥ずかしがり屋さんだもんね……それも、いいかもね」

 フワリと、自分の命よりも大切な宝物を胸の中に抱きしめた。秋冬の体臭と玉恵の体臭と、玉恵の体から性を感じさせる淫靡な臭いが2人の身体を包む。
 ほんのり香る秋冬の匂いに夢見心地になりつつ、玉恵は静かに幸せをかみ締めた。



401 秋冬to玉恵 sage 2008/09/30(火) 01:35:36 ID:1dZJuzY6
 ステップ2が失敗してから数日が過ぎた、ある日の夜。
 秋冬は椅子に腰掛け、テレビから流れるニュース番組を見ていた。
 その背中の翼は大きく広げられていた。両翼を思いっきり広げると、2m程度まで広がるのが平均の長さだ。
 秋冬の後ろで、玉恵が細心の注意を払って、その大きく広がった翼をブラッシングしていた。
 その瞳は真剣で、集中力を極限まで高めている姿はあまりに迫力があった。だが、瞳の下の口元は、どうしようもないくらい緩んでいて、だらしなかった。
 基本的にブラッシングしなくても平気なのだが、しておいたらしておいたで健康に良い……というのが、玉恵の言葉。
 ブラシの先端が敏感な部分に触れる。思わず、秋冬は首をすくめた。

「っと、秋冬、痛かった?」
「……だ、大丈夫。ちょっとくすぐったかっただけ」
「……そう、それなら続けるわね」

 そう言うと、玉恵は再びブラッシングを始めた。ただし、今度はさっきよりも優しく、ゆっくりであった。
 だが、そんな玉恵の気遣いは大して意味がなかった。
 実は翼は意外と敏感で、本来なら他人に触らせる部分ではないのである。
 物やら何やらが触れたくらいでは何とも感じないが、羽と羽の間に指を差し込まれただけで、身悶えてしまうくらいは敏感なのである。
 当然、指よりも細いブラシなら、なおさらだ。正直くすぐったくて仕方がない。本当なら今すぐにでも止めて欲しいのだが、秋冬は口に出さなかった。
 なにせ、このブラッシングという行為を、玉恵が心から楽しみにしている習慣なのだ。

 それこそ、専用のブラシと洗浄剤と香水を30種類以上集める徹底ぶり。

 あんまりブラッシングすると羽を痛めてしまうので、4日に一回しか行わないが、ブラッシングする日はとにかく機嫌が良かったりする。なので、秋冬は黙って我慢しているのだ。
 学生でありながら、一家の家計を支えているのは玉恵。彼女が日頃から溜めている仕事のストレスをこれによって発散できるなら、我慢も苦ではない。

 もっとも、秋冬は知らない。

 実際、玉恵は仕事に関して全くストレスを溜めていないことに。
 今、玉恵が使っているブラシは、ハンドメイド製であり、一本400万円もするということを。


402 秋冬to玉恵 sage 2008/09/30(火) 01:37:14 ID:1dZJuzY6
 毛先の一本一本が、職人の手作業で取り付けられているという、業物の一品だということに、秋冬は気づいていなかった。
 さらに、ブラッシングの際に使われる香水も高い。
 原料となる香料自体が少ない品種であると同時に、その中でも最高級の品質の物を使って作られた香水なのである。
 しかも、同時に羽根を補修させる効能がある。
 そのため、25ミリリットルという少量ながら、まさか、今使っているブラシが5本も買えるくらい高額だったりする。
 洗浄剤も似たようなもので、下は30万円のものから、上は200万円の物まで様々。
 だが、何より凄いのが、それだけの物を購入できる玉恵の財力だろう。
 一端の学生でしかない玉恵が、どうしてそんな物を買い揃えることができるだろうか。
 それは、玉恵の仕事に関係している。玉恵の仕事、それは、プログラマーである。
 正確には、特定の企業に勤めていないフリーランス、完全受注の請負プログラマーなのだ。

 プログラマーってそんなに儲かる仕事なの?
 そう思う人がいるだろう。質問の返事は、人によりけり、だ。

 プログラマーという仕事は、個人の能力が完全に報酬に直結する仕事なのである。
 例外こそあれ、一度の仕事の報酬が数百万円にもなる大口の仕事もあったりするのだ。
 ただし、こういった仕事はそれだけ能力と時間が求められ、製作完了まで、半年以上必要という場合も珍しくない。
 要は、玉恵は非常に優秀なプログラマーであるため、それだけの財力を持つことができたという話なのだ。
 ちなみに、実力的に中堅どころのプログラマーが半年かけて構築するシステムを、玉恵は3日で構築したりするので、業界からは『電子の化け物』と呼ばれたりしている。

 閑話休題。

 くすぐったさに身悶えていると、ふと、テレビのスピーカーから聞きなれぬ言葉が流れた。

『……○県○市の自然公園の敷地内に、17人の少女の遺体が発見されました。
 遺体は損傷が激しく、身元の特定は困難を極めていているようです。
 服装は特攻服と呼ばれる暴走族の衣服を着ていて、県警は組通しの抗争が
 関係しているのではないかと見て、捜査本部を設置するそうです……失礼します、
 今入った情報によりますと、17人の少女は、『裏裏亞』と呼ばれるチームだったらしく、同じ暴走』

 そこで、テレビの画面が真っ黒になった。
 振り向くと、いつのまにか玉恵がテレビセンサーを手にしていた。その目は険しさに鋭くなっていた。

「……数が多い」
「え?」

 ポツリと零した言葉が上手く聞き取れず、秋冬は聞き返した。
 だが、玉恵はニッコリ笑みを浮かべると、もうこれ以上話す気はないと言わんばかりに、ブラッシングを再開した。
 また、秋冬はくすぐったさに首を竦めた。クスクスと軽やかに笑う玉恵の声を耳にしていると、秋冬の頭から、いつしかニュースのことが無くなっていった。
 玉枝はクスクスと笑っていた。何が楽しいのか、何が嬉しいのか、ただ、笑っていた。

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最終更新:2008年10月20日 01:23
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