35 キモ姉&キモウト的HAPPY☆HALLOWEEN sage New! 2008/11/01(土) 04:16:10 ID:H4gTwnTf
とうとうこの日がきたか……
今日は10月31日。
そう、日本ではあまり普及されていない行事ハロウィンが行われる日である。
どんよりとした雲に覆われた陰鬱な夜空を仰ぎ、そろそろここを訪れるであろう人物達のことを思う。
毎年彼女達には心臓が止まりそうな目に遭わせられるが今年は特に嫌な予感がする。
やれやれ、今年も大変な目に遭いそうだ……
俺『有城 蓮』は大きな溜息をつきながら大きな不安を感じていた。
「トリックオアトリート。お菓子をくれなきゃイタズラするぞっ」
突如背後から甘く冷たい声がした。
そして氷がたくさん入ったバケツの水を一気に浴びせられたかのように背筋が寒くなる。
「……毎年言ってるけどいきなり現れて背中に抱きつくのはやめてくれないか澪ねぇ?マジで冷たいんだって」
「うふふ。だって蓮くんに逢えて嬉しいんだもの」
俺の背中に抱きつき嬉しそうに目を細めている着物姿の女性。
だがその姿は薄く透き通り、まるで空気に溶け込んでいるように見える。
そう、彼女『有城 澪』はすでに亡くなった人間、つまり「幽霊」なのである。
彼女は俺が生まれる前に既に他界しており、生前の彼女と顔を合わせたことは一度もない。
だが俺が物心ついた時から既に彼女は俺の傍にいた。ただし幽霊としてだ。
しかし、肉親ということもあるのか、幼い俺は全く澪ねぇのことを怖がらず、むしろ彼女によく懐いていた。
澪ねぇも俺のことを随分と可愛がり、よく遊んでもらっていた。
生前の澪ねぇは体が弱く、病弱な体故に家の外にもあまり出ることができなかったらしい。
それはそれは退屈だったという。
しかし、自分に弟ができると聞いたとき、彼女の世界は一気に色づいた。
周りの誰よりもそのことに喜んだのは彼女だったらしい。
毎日母親の膨らんだ腹を撫でててはニコニコと微笑み、俺が産まれるのを心待ちにしていた。
きっとまだ見ぬ弟に想いを馳せ、毎日を過ごしていたのであろう。
しかし、無常にも彼女の弱った体は限界を迎え、澪ねぇは遂に俺と会うことはできずに亡くなった。
だが彼女は強い未練を残していた。そう、俺に会いたいがために幽霊となるほどに。
それが良いことなのか悪いことなのか俺には判断できない。
確かに死者はあの世へ行くべきなのかもしれない。
しかし、こうやって俺が澪ねぇに会えるのは彼女が幽霊になったおかげでもあるわけで。
「どうしたの蓮くん?変な顔しちゃって」
黙っている俺を不審に思ったのか、澪ねぇは俺の正面に回りこみ、俺の顔を見上げる。
その顔は俺よりも年上のはずなのに酷く幼く見えた。きっと彼女の内面は死んだ時から止まったままなのだろう。
「いや……何でもないよ。ただ澪ねぇは本当に変わらないなぁって思っただけさ」
「?変な蓮くん」
きょとんと首を傾げる姉。実体はないはずのさらさらとした黒髪がそれに合わせて流れる。
それだけだがなんだか可愛く見える。
そんな姉だが死んだ時からずっと姿は変わっていないという。
俺が生まれる前に既にその姿だったということは実は結構年増なんじゃ……
「れーんーくーんー?今何か失礼なことを考えていたりしてなかった?」
表情こそにこやかだが彼女の後ろで頼りなく揺らめいていた青白い火の玉が急激な勢いで燃え盛る。
まるで地獄の業火のようだ。アチチチチ!!
36 キモ姉&キモウト的HAPPY☆HALLOWEEN sage New! 2008/11/01(土) 04:18:15 ID:H4gTwnTf
「や、やだなぁ。相変わらず澪ねぇは綺麗だなって考えていただけだよ」
とりあえず口からでまかせを言っておく。
澪ねぇを怒らせると幽霊お得意の金縛りの刑に処される可能性があるからな。
「あ、あら、そう?うふふ、蓮くんったら『ああっ、なんてお姉ちゃんは綺麗なんだ!今すぐ死んでも未練なんか全然ないよ!』だなんて嬉しいこと言ってくれるじゃない!」
言ってない。死んでもいいなど一言も言ってないぞ。
わずか十余年で人生が幕を閉じるなんてそれこそ死んでも死に切れん。
とりあえず体をくねらせ、青白い頬を薄く染めながら妄言を言っている澪
姉さんの足元にお菓子を供える。
姉曰く物理的に食事をすることは不可能だが味は分かるらしい。
「……これでずっと一緒ね、蓮くん。成仏して転生するくらいなら永遠に二人でこの世を漂い続けましょう?」
本来死者の魂はあの世へと流れていくはずなのに澪姉さんはそれに抗い続けている。
無理やりあの世へと連れて行こうとする死神たちをこれまでに千人以上は返り討ちにしたらしい。
そのことから『死神殺しの澪』として死神達からは大いに恐れられているようだ。
俺にとっては妄想癖の激しい駄目姉にしか見えないけど。
欲しいと言っていたお菓子をあげても全く反応せず、笑顔で恐ろしいことをぶつぶつと呟いているので放っておくことにする。
どうせ何を言ったって耳には入らないだろうし、こういうときは無視が一番だ。
澪ねぇを置いてあたりを散策する。
ふと見上げると雲の切れ間から金色に輝く月の姿が覗いている。
今夜は実に美しい満月だ。
……ん?満月の中に小さな黒い影のようなものが見える。
そしてそれはだんだんと大きくなり――
「トリックオアトリートォーーーッ!!」
猛スピードで俺と正面衝突しましたとさ。
思いっきり吹き飛ばされ、宙を舞う俺。
「ごほっ、ごほっ!!る、瑠衣、お前なー!!何度会うたびに箒で突っ込んでくるなと言っていると思っているんだ!!」
「いいじゃんいいじゃん!それより早くお菓子くれよ!」
先ほどのダメージでろくに動けない俺の前で仁王立ちしているやたら偉そうな態度の少女。
黒い三角帽子をかぶり、黒のローブに身を包んだ全身黒尽くめの彼女の手には箒が握られている。
彼女の名前は『有城 瑠衣』。世界を旅して回っている「魔女」の妹だ。
「ったく……お前に兄を敬うって心はないのか」
「細かいことは気にすんなって!そんなことよりも例の話考えてくれたか?」
「例の話ねぇ……俺がお前の使い魔になるとかっていうトンデモ話か?」
何でも魔女達は魔力を行使することはできても基本的には非力なため、自分の身を守る存在が必要不可欠らしい。
そのためある程度の見返りを与えることによって強力な力を持つ者と主従契約を結ぶのだ。
他にも身の回りの世話を行ういわば召し使いとして使役する奴らもいるようだが。
「そうそう!もちろん受けてくれるよな?」
「断る。俺の左手にガンダールヴのルーン文字は刻まれてない」
「ちぇっ!なってくれたら奴隷として一生あたしが飼ってやるのに」
やっぱりかよ!実の兄を奴隷扱いとはなんと酷い妹だ。
「ウヒヒ、もしも兄貴が使い魔になったら……おい!このバカ犬!早く私の足を舐めろって言ってるんだ。ひゃうっ……そ、そうだ。アン……足の指先までちゃんとしゃぶるんだぞ……」
お~い、大丈夫か~?顔を真っ赤にしてにやけている瑠衣の目の前で手を振るが反応はない。
こんな頭が残念な妹だが魔女の世界では百年に一人の天才魔女と他の魔女達から尊敬と羨望の眼差しを向けられる存在らしい。
尚且つ全ての魔女達を統べる魔女の王『魔妃(ウィッチクイーン)』の最大有力候補者というのだから驚きだ。
親父が先代の魔妃と火遊びした結果できた子供なので納得といえば納得だけど。
まぁ、俺に言わせりゃただの乱暴でがさつな妹だ。
ちなみに魔妃さんの方は一夜限りの関係とは思っていなかったようで今も親父は魔女達から逃げ回る逃亡生活をしているらしい。
ああ、実にどうしようもない親父である。
37 キモ姉&キモウト的HAPPY☆HALLOWEEN sage New! 2008/11/01(土) 04:19:17 ID:H4gTwnTf
「クヒヒ、いいのかー?お菓子くれなきゃ兄貴の体の一部をもらっちまうぞー。そしたらそれを使って……ゲヘヘ……」
物思いに耽っていると絡みつくようなねっとりとした甘い声が聞こえた。なんだか酷い寒気を感じる。
瑠衣はどうやら俺の髪の毛、爪の切れ端などを使って惚れ薬を作る妄想をしているらしい。
その顔は締まりなく緩みきっている。涎まで垂らしているし。
はたから見ればただの危険人物である。
駄目だこいつ……早く何とかしないと……
「いっただっきまーす♪」
ルパンダイブのごとく俺の股間目掛けて勢いよく飛び込んでくる瑠衣。
これはやばい。
このままでは『ピ――』を採取するだけに飽き足らず、『ピ――』を『ピ――』して『ピ――』なことになってしまうかもしれん。
そんな『ピ――』な事態を避けるために俺は彼女にあげる予定だったお菓子を取り出すと、大きく振りかぶる。
そして足を高く振り上げ、勢いをつけると渾身の力を込めてそれを思い切り投げた。
「兄貴の『ピ――』ゲットだぜぇ?!」
瑠衣がご所望していたたお菓子は彼女の顔面にナーイスストライク。バッター、いや、レイパーアウトォ!!
ばたりと地面にうつ伏せで倒れる瑠衣。
「う~ん……グフフ、これでもう兄貴の身も心もあたしのもんだぜ……ちゅー」
気絶してもなお妄想は続いているようだ。
だが残念なことにお前がキスしている相手はジ・アースである。
まぁ、どうせ数分もすれば何事もなかったかのようにじゃれ付いてくるからこのまま放置しても平気だろう。
せめて夢の中では幸せな一時を送るがいい、妹よ。
満月か。空一面を覆っていた雲も自然と少なくなり、煌煌と光を照らすその姿を見てある少女のことが頭に浮かぶ。
彼女はいつも一人で行動をする。しかし、唯一の例外として彼女の傍に立つことが許されていたのが俺だった。
こうやって月が出た夜は二人ではしゃぎ回り、共に遊んだ。
その時彼女が見せた笑顔はまるで夜月に照らされた一輪の花のようで心がときめいた。
「とりっくおあとりーとっ!!蓮、お菓子ちょーだいっ!」
ボケッと過去の美しい思い出に浸っていると突如脇の茂みから黒い影が飛び出し、俺に思い切り激突した。
なんか今日はよく吹っ飛ばされる日だな。またも吹き飛ばされ、地面に仰向けに倒れる俺。
そこに凛々しい顔立ちの少女が満面の笑みで俺に飛びつく。
ショートカットの髪からは犬のような耳が生え、嬉しそうに振る形のいいお尻からはふさふさとした尻尾がものすごい勢いで振られている。
「わふー、蓮はやっぱりいい匂いがするよぉ♪ペロペロ……」
「……狼姫、会うたびに人の全身の匂いを嗅いだり、舐めまわしたりするのはやめてくれないか?はっきり言ってキモい」
「やだー♪」
キラキラと澄んだ瞳を輝かせながら言う彼女の姿は月夜によく映えて見えた。
「勘弁してくれ……」
俺は頭を抱えるが結局は狼花のなすがままにされる。
彼女『有城 狼姫(ロキ)』もまた俺の妹の一人。彼女は誇り高き狼の血と力を受け継ぐ「人狼」一族の出身だ。
狼姫は人狼達の群れの中で頂点に君臨するリーダー『大賢狼ワッチ』。
その大いなる狼と親父との間に生まれた子であるため、その名と出生に恥じない強大な力を生まれ持っている。
太古の昔から宵の世界の覇権を巡って争ってきた吸血鬼達からは『狂える暴風の爪牙』と呼ばれ、若き人狼の凶戦士として恐れられているという。
ちなみに親父はまた子供を作るだけ作っておいてさっさとトンヅラこいたらしい。
なので今も世界中に散らばる人狼たちのネットワークには俺の親父がブラックリスト登録されているという。
これでは溜息も出るというものだ。全くどうしようもない親父である。
38 キモ姉&キモウト的HAPPY☆HALLOWEEN sage New! 2008/11/01(土) 04:20:12 ID:H4gTwnTf
話を戻そう。
前述したような誇り高き人狼としての勇ましい彼女の話を語ってきたが、その姿を見られたのは実は最初の内だけだ。
今ではそのプライドの欠片も見られないほどに甘えたな女の子と化している。
むしろご主人様に甘える子犬と言った方が正しいな。
「いいんだもーん。狼は自分より格上だと認めた者に対しては忠実になるんだから」
そう言って俺の胸に顔を埋めるのをやめようとしない狼姫。
しかし、彼女の顔が次第に険しくなり、体をプルプルと震わせる。
「ん?どうした狼姫?」
「……蓮の馬鹿ー!!他の雌の匂いなんか付けて!!この浮気者ー!!」
待て。それは誤解だ。そもそもそれ以前にお前は腹違いとはいえ一応俺の妹だろうが。
「蓮と狼姫で子供をたくさん作ってあの吸血鬼どもをみんなでやっつけようって約束したじゃない!!」
してない。してないぞそんな約束は。
つうかさらっと物騒なことを言うなよ。
「がるるるる……あ、そうだ!!わたしまだお菓子もらってなかったよね?じゃあ代わりに蓮の子種を……えへへ……」
急に顔を真っ赤に染めてとち狂ったことを言い出したかと思うと服を脱ごうとする狼姫。
これはいかん。このままでは俺が狼に、いや、それを通り越してパパになってしまうかもしれない。
幸せ家族計画はよく考えてから行うべきだろう。いや、狼姫相手にはしないけど。
興奮状態の狼姫は何をしでかすか分からない。
何とかしてこの頭の中がピンクのお花畑の妹を止めねば。
「とにかく落ち着け。さて、ここに取り出したるは狼姫が食べたがっていた骨形キャンディー」
俺は彼女を落ち着かせるために骨の形に固めた特製キャンディーを取り出す。
するとさっきまでうるさく喚いていた狼姫の耳と尻尾が急にぴんと立ち、動きが止まる。
……食いついたな。
「わふっ?!そ、そんなんじゃ誤魔化されないんだからね!」
必死にこちらを見ないようにしているがちらちらとこっちを見ているのはバレバレだ。
「ほれ」
キャンディーを右に出す。
「わふ?!」
つられて狼姫の首が動く。
「ほれ」
今度は左に出す。
「わふっ?!」
先ほどと同様に首を動かす狼姫。
「そーれ!」
思い切り遠くへとキャンディーを投げる。
キャンディーはあっという間に点となり、彼方へと消え去った。
「わおーーーん!!待てーーーっ!!」
勢いよくキャンディーの消え去った方角へと走り出す狼姫。
これでしばらくは戻ってこないだろう。
ふっ、ちょろいぜ。
こうして俺の貞操は守られた。完!!
39 キモ姉&キモウト的HAPPY☆HALLOWEEN sage New! 2008/11/01(土) 04:21:37 ID:H4gTwnTf
「Trick or treat.お菓子をくれなければその血をいただきますわよ?」
やっぱりこんな終わり方はこの御方を前に許されていなかったか。
頭上からくすくすと楽しげな声が聞こえる。
「やあ、緋華姉さん。たまには普通に地面を歩いてこようとは思わないんですか?」
「私にはこのほうが性に合っていますので」
声が聞こえたほうを見上げると宙に浮かぶ人影。
真っ赤なドレスに身を包んだ彼女は背後で輝く月に照らされて幻想的な美しさを醸し出していた。
しかし普通の人間が宙に浮いていられるはずもない。
そして妖しく紅く光る瞳と薄く笑う口から覗く鋭い歯。
そう、彼女もまた人に非ざる存在なのだ。
彼女『有城 緋華』の俺の姉でもあり、そして恐ろしい「吸血鬼」の姫君でもある。
全ての吸血鬼達の祖先にあたる存在『始祖ヴァルケイド』。
始まりの吸血鬼である彼女は最早伝説として語り継がれているほどだ。
その彼女と親父との間に生まれた緋華姉さんは並の吸血鬼達とは次元の違う強大な力を秘めている。
気の遠くなるような遥か過去の時代から戦い続けてきた人狼の一族達からはその圧倒的な力ゆえに『血飛沫に舞う吸血姫』と恐れられている。
だが俺にはいつもニヤニヤと笑っている記憶しかないのでそんな恐ろしい人物とは認識しがたいものがある。
しかし、親父の性欲の限りなさには怒りを通り越して呆れを感じる。
数百年ぶりに目覚めたヴァルケイドさんの居城に忍び込み、驚く彼女を口八丁で言い包めてそのまま手篭めにしてしまったというのだから驚きだ。
それで子供ができた途端にやっぱりドロンするし。
おかげでショックを受けたヴァルケイドさんは姉さんを産むとすぐに再び永い眠りについてしまった。
眠りにつく際に彼女は「あの人がキスしてくれるまで私の眠りが覚めることはないでしょう。くすん……」と言い残したらしい。
そのせいで今も直吸血鬼の一族は全力で親父を捜索中である。ご愁傷様です。
我が親ながら本当にどうしようもない親父であることは否定できないだろう。
俺が父親って一体何だろうと悩んでいると、音もなく緋華姉さんはふわりと地上に降り立ち、俺を抱きしめる。
「ちょっ……姉さん」
「ふふ、こうしてるとやっぱり落ち着くわね……」
慌てふためく俺を緋華姉さんは決して離そうとはしない。
ただただぎゅっと俺を抱きしめる姉さん。
いつもの気高く俺をからかってばかりの年上の姉と違って、その姿は見た目相応のか弱い少女に見えた。
彼女は強大な力を持つヴァルケイドの直系であるが故に彼女がいない今、代わりに吸血鬼たちの統率を行っている。
偉大なる母の代わりとして一族の期待に応えなければいけない。
姉さんが背負うその荷の重さは図りしれない。
彼女がわざわざ激務の間を縫って俺に会いに来るのも一種のストレス発散方法なのだろう。
なら俺はその重荷を少しでも軽くしてやるべきだ。
しばらくは緋華姉さんの好きにさせてあげよう。
金色に輝く姉さんの長い髪から漂う甘い匂いが心地よい。
たまにはこんなのもいいかな……
しかし、
「首筋を舐めまわすのはやめてもらえませんかねっ、姉さん?!く、くすぐったい……あひゃっはははは!!」
「う~ん、やっぱり蓮の味は美味しいわね。ペロペロ……」
そう、最初緋華姉さんは吸血鬼らしく血を飲ませろと要求して来た。
しかし、流石に血を飲むのは勘弁してくれと頼んだところ、出た妥協案が『首を舐め回したり、血が出ない程度に甘噛みする』というものだった。
だがこれはくすぐりに絶望的に弱い俺にとっては拷問に等しい。
下手すると姉さんが飽きるまでずっと笑いっぱなしの可能性すらある。
ああ、早く終わってくれー!!
40 キモ姉&キモウト的HAPPY☆HALLOWEEN sage New! 2008/11/01(土) 04:22:16 ID:H4gTwnTf
ところがこの苦悶の時間は意外と早く過ぎ去った。
緋華姉さんがいきなり俺の首を舐めるのをやめたからだ。
いつもだったら窒息寸前になるまでやるのに。
「あの雌犬……」
姉さんは背筋の凍るような威圧感を出しながら何かを呟いた。
「ひぃひぃ……え?」
「蓮、ちゃんと答えなさい。あなたはもうあの薄汚い雌犬に汚されてしまったの?」
さっきまで微笑んでいた可憐な笑みはどこにもない。
もともと切れ長な目がさらにつりあがり、まるで悪鬼羅刹のようだ。
「よ、汚されたって何をさ?別にそんなことは……」
「嘘おっしゃい!!」
緋華姉さんがヒステリー気味に叫ぶ。耳元で叫ばれたものだから耳がキーンとなる。
「だったら何でこんなところからあの雌犬の味がするのよ?!しかも体中からあの獣の匂いがする!!私の、私だけの蓮があんな雌犬に汚されるなんて……!!」
姉さんは一方的に自分の勝手な妄想を語り始める。
一度ヒステリーになった緋華姉さんは散々喚いた後無茶なことを言い出すから面倒なんだよなぁ……
「うん、そうよね。私はちゃんと分かっているわ。どうせあの雌犬にお菓子の代わりにとか言って襲われたんでしょ?大丈夫!姉さん犬の屠殺は得意だから安心して。
代わりにと言ってはなんだけどお菓子の代わりにれ、蓮が欲しいなぁ~、なんて……キャッ!!私ったらはしたない!!」
惜しい。その一歩手前で何とか貞操の危機を逃れたが。
ってか姉さんも怖いこと言わないでくれ。狼姫と言ってることが大分かぶってるぞ。
ここはこっそり逃げるに限る。
完全に妄想にトリップしている姉さんの手にお菓子を握らせ、俺はさっさと逃げ出した。
「さぁ、私が全部あの忌々しい獣の汚れを落としてあげるからね!……って蓮?蓮ー?」
「ハァハァ……何で俺の姉妹はみんな変態ばかりなんだよ!」
走りながら俺は誰に言うでもなく悪態をつく。その内容はもちろんあの4人についてだ。
その道ではすごい人物達ばかりなのに何で揃いも揃って凡人で異母兄弟の俺に欲情するんだ。
普通の女の子、できれば隣の家に住んでて清楚で大人しい幼馴染だったらよかったのに。
彼女達が散々妨害してくれるおかげで俺は今まで一度も彼女ができたことがない。
下手すると俺と仲良くなった子が殺されかねないからな。
姉妹間でも血で血を争うようなバトルが行われているらしい。
まぁ、まだ結束していないだけマシか。
4対1なら絶体絶命だが1対1なら何とか対処できる。
そう思っていたのに――
41 キモ姉&キモウト的HAPPY☆HALLOWEEN sage New! 2008/11/01(土) 04:23:22 ID:H4gTwnTf
「待ってよー蓮くん!!」
「待ちやがれ兄貴!!」
「蓮待てーーー!!」
「お待ちなさい、蓮!!」
後ろから4人の叫び声が同時に響く。
お前らいつからそんなに仲良くなったんだ?
「ひぃっ?!」
これはやばい。逃げ切らなければ絶対に大変なことになる。
主に人間の尊厳とかいろいろ大事なものが失われそう。
俺も一応男だ。身体能力は彼女達よりも優れているはず。
だからこのまま走り続ければ何とか逃げ切れるはず……!
だが俺の認識は甘かった。
そう、キモ姉&キモウトは兄or弟の前ではその能力は倍以上、いや、無限大になるのだ!!
「「「「つーかまえたっ♪」」」」
後ろから大きな衝撃を受けて前のめりに倒れる俺。
慌てて立ちあがろうとするが体の自由が利かず、起き上がることができない。
それは何故か?4人の姉妹それぞれが俺の体にがっちりと絡み付き、決して離そうとしないからだよ。
普段は仲悪いのにこういうときだけ連係プレイするな。
全員が頬を赤く染め、その目は欲情に濡れて艶めいた光を放っている。
きっと今俺は猛獣達がひしめく鉄の檻に放り込まれた哀れな小鹿のような顔をしているんだろうね。
だって俺に迫り来る4人の顔は全て飢えた獣の顔をしていたのだから。
「み、皆待ってくれよ。ちゃんとお菓子はあげたじゃないか。それなのに……」
今更通用するとは思えないが一応言い訳しておく。ほら、『溺れる者は藁をも掴む』って言うだろ?
だが無情にも彼女達は俺に言い放つ。
「はぁ~。全然わかってないなぁ、蓮くんは」
澪ねぇは呆れたように溜息をつき、
「あたし達にとって何よりも甘くて美味しいお菓子。それは兄貴なんだよ?」
瑠衣は頬を上気させながら甘い声で囁き、
「だから狼姫達はちゃんと言ったよね?」
狼姫は無邪気に俺の瞳をじっと覗きこんで微笑み、
「さぁ、どちらか選びなさい、蓮」
緋華姉さんは冷たい声で選択を迫った。
どうやら完全に死亡フラグが立ってしまったらしい。
はっきり言ってこの状況から抜け出せる気が全くしない。
つまりキモ姉&キモウトはそれほどの力を持っているということなのだろう。
そう思わなきゃやってられない。
そして最後に一つ、親父に言いたいことがある。
親父殿、俺の姉妹はまことに残念ながら皆兄弟に欲情するようなド変態に育ってしまいました。
その責任はあなたにあると思うので今度会った時はその面が変形するまで殴らせてください。
「「「「Trick or treat♪(素直にヤられろ。さもなくば無理やりヤるぞ)」」」」
「どっちもダメじゃん!!い、いやああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
楽しいはずのハロウィンの夜。いつの間にか雲は消え去り、空一面に輝く満月。
その美しい夜空には相応しくないある少年の断末魔の叫びが響き渡った……
最終更新:2008年11月02日 23:51