385 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/25(木) 22:54:37 ID:YHKqLH1L
初恋は
姉さんだった。
気付いたときにはもう手遅れで。
あれから10年近くたつけど、僕の初恋は終わってくれない。
昔から姉さんは聡明で、美人で、優しくて、僕の自慢の人だった。
だからこそ、こんなにも魅かれてしまったのだろう。
そして、何回も繰り返してきた自己嫌悪―――
―――誰も幸せにしないこんな想いなんて、とっとと劣化してしまえばいいのに
僕の朝はバスケ部の朝練があるため割と早い。
けど、そんなぼくよりも少しだけ早く、姉さんは食卓に座っている。
「おはよう。姉さん。」
「うん。おはよう。幸一。」
そんな挨拶ひとつにもぼくの心臓の鼓動は高鳴る。
「ホント姉さんは朝早いよね。もっと寝てればいいのに。」
「だって幸一の顔を一秒でも長く見てたいんだもん。」
―――嘘だ。いつもは優しい姉さんだが、僕をからかって遊ぶことも多い。
なのに。悪戯だとわかっているのに体の反応を止めることは出来ない。
「顔、赤いよ。」
ほら。クスクスと意地の悪い微笑みを浮かべてる。
「―――行ってきます。」
わざと機嫌が悪そうに家を出て行く。
子供じみた、せめてもの反抗。でも、姉さんにはバレバレなんだろう。
「いってらっしゃい。」
―――だって、あんなに優しい顔で送り出すんだから
この気持ちまで気付かれていたらと思うと―――
いや、やめよう。
考えれば考えるほど憂鬱になってくる。
だから僕はそんな考えを吹き飛ばすように
「行ってきます。」
ほんの少しだけ大きな声で言って家を出た。
「うん……いってらっしゃい……幸一」
386 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/25(木) 22:55:09 ID:YHKqLH1L
「あ~羨ましいかつ妬ましい。」
「何だよ、いきなり。」
「いいよなお前は。沙智さんとひとつ屋根の下なんてさ。」
沙智は姉さんの名前だ。
高校生になってますます綺麗になった姉さんは、やっぱりモテる。
肩まで伸びた黒髪に、パッチリとした眼。そして本を読んでいるときの神秘的な佇まい。
図書委員の姉さんを見るために、ここ最近の図書室は男の比率が圧倒的に増えたとの噂まである。
……僕なんか毎日見てるもんね。
「あのなぁ。僕は弟だっての。」
「だとしても羨ましいんだよ!全く、お前は何もわかってないよな~」
何もわかってないのはそっちだろ。
弟になんて生まれてきたくなかったのに。
少しでも姉さんに良く見られようと色々な努力をしてきた。
姉さんのいる高い偏差値の高校に入るために必死に勉強したし、
スポーツマン=カッコいいなんて短絡的な考えでバスケ部にも入った。
それでも―――姉弟という壁は大きすぎた。
いくら頑張ったところで、振り向いてなんてくれやしない。
幸せになんてなれやしない。
―――この想いは、いつか必ず僕を殺す。
「幸一。こっちこっち。」
部活が終わり帰ろうとすると、姉さんに呼び止められた。
こうやって帰りに姉さんと一緒になることは多い。
そしてそのまま買い物の荷物もちになるのだ。
両親が海外に行ってしまっていて、かつ僕の料理センスが壊滅的なために料理は姉さんの役割になった。
かといってそのまま押し付けるわけにもいかず、せめてものお役に立とうとこうして働いているわけだ。
……まあ役得とも言えるが。
387 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/25(木) 22:55:40 ID:YHKqLH1L
買い物を終えて二人で歩いていると、前から腕を組んだカップルが歩いてきた。
―――いいなぁ。僕も姉さんと……
「ねえ、幸一は彼女とかいないの?」
いきなり。姉さんがそんな話を振ってきた。
「彼女は…いないよ。……好きな人はいるけど。」
後半は小声だったが、すぐに後悔した。
姉さんの前で何言ってるんだ僕は!
「ふーん。告白とかしないの?」
残酷なことを聞いてくる。そんな簡単に言えたらこんなに悩んだりしないのに。
「しないよ。片思いだから。」
はっきりと言う。なんでこういうことはすんなり言えてしまうんだろう。
「そっか……幸一、モテそうなのに。」
「一番モテてほしい人にはモテてないんです。」
「へぇ……」
「そういう姉さんはどうなのさ。」
「私?」
何聞いてんだ俺は!
いや。待って。やっぱ聞きたくない―――
「好きな人、いるよ。
ふふ…しかも……両思いなんだ。」
あーあ。輝くような笑顔で嬉しそうに言っちゃったよこの人は。
僕の初恋は終わった。ようやく。
でもそんな感傷に浸る前にこの涙をどうしてくれよう。
とりあえず、一人になるまでは流れないでくれ―――
「そう……なんだ。おめでとう。」
それだけはなんとか言えた。
「うん。ありがとう。」
「つ、付き合ったりしないの?」
「うーん…まだタイミングが合わないっていうか、期が熟してないというか。」
「そう…………」
それからの記憶はあまりない。
はっきりとわかったのは、これで姉さんが幸せになれるってことだけだ。
気持ち悪い、こんな想いに縛られることなく。
でもまだ、この想いは消えてくれそうにない。
宇宙飛行士になるって夢も、自転車で世界一周したいなんて望みもあんなに早く僕の中から消え去っていったのに。
まだまだ僕の苦しみは続いていく。
「両思いなんだよ。
私も……君も、ね―――」
最終更新:2008年12月28日 23:11