69 血筋の呪い sage 2009/01/17(土) 13:23:33 ID:mEDml/Ju
「青大、全てはお姉ちゃんに任せてと、言っておいたはずよ。」
甘い香りが充満する部屋。
今日まで抱きつづけた違和感に足を急かされ、入った和室。
中に入った所で、僕の足がすくむ。
部屋に充満した匂いに隠された異様な光景に圧巻され、今まで聞いたことの無い、形容しがたい姉の声に搦め捕られる。
あの日、両親を失い、流れるようにたどり着いた今の生活が全て狂っていたという事実を知る。
見せられ続けた現実は、ひた隠しにされてきた真実がいとも簡単に蹂躙し、2度と戻らないモノになった。
………………………………
「青大(はると)、霞(しあ)、心して聞きなさい。母さん達が呪い殺されたわ。」
両親が死んだ。
その事実を姉が告げてきたのが3ヶ月前。
代々、この街で占術を営む我が藤堂家には、姉と、妹、そしてボクの3人が取り残された。
「幸いにも、既に最後の神托は、私が受け取ったわ。どうにか藤堂家は潰れずにもたせられると思う。」
姉が言う。
「……うえっ、えぐっ、……」
隣で嗚咽づく妹の霞。
冷静に、残されたボクと霞を守るため、姉がボクらに言った言葉よりも、悲しみの方が凌駕したらしい。
それは、ボクも一緒で、
「……………………」
簡単に折れそうになる心を奮い立たせるように無言でその場に立ち尽くすのがやっとだった。
固く拳を握りしめ、震える足を諌めながら。
最も、ボクの心を占拠したのは悲しみではなく、恐怖だった。
血に宿る能力と呪い。
藤堂家に表裏一体のモノとして預けられたもの。
能力の代償に授けられた呪い。
誓約を破れば、与えられるリスク。
今まで、両親につき、占術を学ぶ上で、みっちり叩き込まれた事だった。
それでも…
それでも、やっぱりこうして突き付けられるまで、ボクは逃げ続けていた。
いざ、こうして、現実になってしまえば、自らの身体を全て恐怖で染めあげてしまうのだから。
そして、共に両親から学び、育ってきた姉と妹もそれは同じ事なはず。
「さぁ、泣かないで霞。泣いていても何も変わらないわ。」
それでも姉として、敢えては取り乱さず、冷静に立ち振る舞う月(ゆえ)
姉さんの力強いたたずまいに、
幾分かの安堵が流れ込んだのを、よく覚えている。
………………………………
藤堂家は古くは室町時代から、この街と共にある。
時代の推移と共に、明進、暗転を繰り返しながら、現代まで伝わってきた。
「お姉ちゃん、大丈夫かな?」
傍らで霞が呟く。
今、ボクらは庭の離れの前にいる。
人の死に纏わり付く、現実の厄介ごとを全て執り行ったボクらは、今度は家のしきたりを執り行わなければならない。
当主の選定と、契約。
「月姉さんなら大丈夫さ。」
「そっか、そうだよね。」
離れは占術を行う場所。
神聖にして、不可侵。
だから、契約に関係の無いボクらはこうして表で待たなければならない。
いかに、その血を引こうとも、姉が時期当主として契約を履行するまでは、そこに立ち入ることは出来ない。
「お兄ちゃん……」
霞が口を開く。
「私、不安なんだ…」
「呪いの事か…」
胃に鉄を流し込まれるような不快感に、僕は顔をしかめながら言を返す。
「うん。まず、今、私達を脅かすものであることが怖い。
そして、それが、私達の子供にも引き継がれると思うと…」
70 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/17(土) 13:25:31 ID:mEDml/Ju
そういって霞が僕の手を握る。
抗いがたい、血の宿命というやつだ。
先に述べたように、藤堂家には与えられた能力と、その報いとしての呪いが受け継がれつづける。
今、ボクらが感じる恐怖を、ご先祖様達も感じ、これから生まれてくる子孫達も感じつづける事になる。
そもそも、藤堂家の血を他に出す事はまかならない。
藤堂家は、子を3人産む。
一番年上の者が、純血を守り、占術を学び、残った2人が結婚し、子孫を残す。
そうして、完成された遺伝子はよく出来ている。
必ず男女が交互に生まれるのだ。
生まれながらにして僕の許婚である妹の霞。
彼女の言うところの私達の子供は、文字通り、将来産まれてくるボクの子供である。
こう考えると、呪縛の中でしか存在できない藤堂家を肯定することになるので、深くは考えないようにしている。
「あ、お姉ちゃん出てきた。」
思考の深淵の中にいた僕を霞の言葉が現実に引き戻す。
「お帰り、月姉さん。どうだった?」
霞の言葉に、離れから出てきた姉に声をかける。
「ええ、問題無いわ。今日から、私、藤堂 月が当主として、藤堂家を継ぎます。」
凛としたたたずまいでボクら兄妹に告げる姉。
「そっか、良かったね。お兄ちゃん。」
歓喜の声をあげる霞。
「ああ。」
肯定の意志を示すボク。
「至らない所も多いけど、これからもよろしくね、青大、霞。」
改めて告げる姉。
何の疑問も持たずにこの日からまた、同じ日々が続くと、本気でボクは思っていた。
………………………………
「姉さん!!」
風雲急を告げる。
そんな言葉がある。
後々、考えてみれば、その時がターニングポイントとなって、波乱が始まる。
的な言葉であるとボクは理解している。
この日、高校で霞が倒れたという事実を知った。
将来を約束された霞の異変に、いてもたってもいられなくなったボクは、急ぎ藤堂の家へと引き返した。
「姉さん、霞は?」
リビングで、祈るように座り込む姉に開口一番、霞の安否を尋ねる。
「……ごめん、青大……」
姉は敢えては明言せずにボクに謝罪をいれる。
呪い。
その言葉がボクの脳裏を過ぎる。
「状態はどうなんだ?」
突き付けられた言葉を拒絶するように、姉に状態を尋ねる。
「今は安定したけれど、さっきまで、ひどい熱でうなされ続けていたわ。」
「そっか…」
姉の口から、一先ずは安心だということを聞かされ、腰を落ち着ける。
姉の前に座り、急かされるように戻った自らを落ち着けていく。
「でも、……いつまた……ごめんね、青大。私が未熟なばかりに…」
腰を落ち着けたボクに姉が伝えた言葉は謝罪。
当主として、姉としての月姉さんの霞を思う気持ちが、痛いほど伝わる。
「そんな、謝らないでくれよ。姉さん。」
姉さんの気持ちがわかるから、だからこそ、気にしてほしくなかった。
気にするべきは血の宿命。
いつまでも、どこまでも、ボク達を、ボク達の過去、そして未来をも縛り続ける呪い。
「なぁ…姉さん…」
ボクは再び口を開く。
「どうしたの?青大?」
姉さんの返事を聞いて、僕は先の言葉を紡ぐ。
「呪いって解くことは出来ないのかな?」
「なにを言っているの青大?」
71 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/17(土) 13:27:21 ID:mEDml/Ju
「呪いを解きたいんだ…」
いつまでもボクらを縛りつづけるもの、呪い。
それが有る限りは、ボクらは苦しみつづける。
まだまだ、自覚も無いし、思いは男女のソレとは勿論違うのだけれど、
将来共に歩むことを約束した霞が苦しむことは見るに耐えなかった。
そして霞がこうなったことを、自らの力量不足と気に病む姉を見るのも。
大切な人を失いたくない。
切なる願いとして、それを心に抱く。
そして、その思いの丈を、有りのままをボクは言葉として紡ぎ出す。
「そこまで思っているのね。」
ボクの言葉を受け止めた姉が思案顔をする。
「分かったわ。私が何とかする。藤堂家当主、藤堂 月として、そして、あなたの姉として。」
暫時後、姉は僕の思いを、呪いを解くために、力を貸してくれることを承諾してくれる。
「ただし、私が良いというまでは、青大は何もしないで。」
条件付きではあったが。
「実は、私は少し前に占いで、身内に良くない事が起こることを予見していたのよ。」
姉が続ける。
「それを好転させる為、ここのところはずっと、占術を施してきた。それが完成せずに、翻す訳には行かないことはわかるでしょ?」
姉が言う。
絶対的原則として、契約不履行の禁というものがある。
一度結んでしまった契約は反古する訳には行かないのである。
その上でしか占術は成り立たない。
それはボクも両親から散々習った。
「だから、すべてが終わったら、私が呼びに行くわ。それまでは、青大は待っていてちょうだい。」
姉はそこまでを口にすると、表情を変える。
ボクの心を安堵させるようなものへと。
それでも、ボクは違和感を感じた。
呪いを解きたいと言った僕の出来ることを待つ事だと言う。
そして、姉の作った表情も。
何故だろう?その表情はボクに確かに安堵を与えたはずなのに、宿る瞳の色には不安を感じざるを得なかった。
………………………………
「姉さん、姉さん、霞が、霞が!!」
離れの戸を叩く手が、朱く染まる。
姉が呪いを解くと約束してくれてから3日目の夜、霞の異変にボクは姉を呼びに離れに来ていた。
これまでの3日間はずっとこんなだった。
霞の調子がよくなると、姉は離れに篭り、占術に専念する。
やがて、容態が悪化すると看病に戻ってくる。
ボクが呼びにいくこともあったし、姉が自ら戻ってくる事もあった。
だが、今朝は違っていた。
霞が朝から高熱をだし、ひどくうなされているのに関わらず姉は無言で離れに篭ったのだ。
ボクは霞の側を離れる訳にはいかず、かといって、姉が戻ってくるはずもなく、どっちつかずのまま、時は流れた。
そんな、時間は唐突に終わりを告げる。
先刻、妹は、霞は、息を引き取ったのだ。
そのことの悲しみよりも、朝からの姉が気になって、ボクは夢中で離れへと駆けた。
固く閉ざされた門にボクはありったけの声を張り上げる。
「姉さん!!開けてよ、霞が!!霞が!!」
半狂乱。
その響を伴うボクの声が辺りにこだまする。
先程から30分以上の間、叩きつづけた扉。
扉はそれでも頑なに閉じられつづけたまま。
その扉を押し開く事はボクにはまかりならない。
その部屋は、当主以外の立入を認めない。
沈黙を語る扉。
開く事さえ叶わない、その扉は、越えることのできない壁として存在しているように思える。
そう思うと、自らがなんてちっぽけなのかと思えてくる。
絶望に打ちひしがれ、救いを求めることしか出来ない。
泣けてくる。
呪いを解きたい等と宣いながら、姉に任せることしか出来なかった自分自身に、霞を失った悲しみに。
72 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/17(土) 13:29:45 ID:mEDml/Ju
ただ、いたずらに喉を通過する叫びは単なる音としか思えなくなる。
「ち…くしょうっ……!!」
それ以上は堪えきれなかった。
扉を叩く手を力無く弛緩させると、ボクの手は、土を掴む。
何も手応えも無い代わりに、冷たい土を。
"ギイイイィィ"
その時、戒めを解かれた扉がひとりでに開く。
ぽっかりと口を開け、ボクを飲み込もうとせんが如く、暗闇を開く。
「……………………」
禁忌。
もちろん、その中に足を踏み入れることはタブーだ。
それでも、何の手応えも無かったことが気になって仕方が無い。
ボクが飛び込むのを待たんが如く広がる闇の先に答えがあることはわかる。
そこには、ボクの呼び掛けに応じなかった姉がいるのだから。
「………………………ゴクッ……」
瞳の先に広がる漆黒にボクは知らず知らず唾を飲み込む。
踏み出す足を躊躇わさせる血の呪縛と、大切なものを失った悲しみ。
その2つを秤にかける。
こんな時でもボクを縛り付ける血の呪いが忌ま忌ましくなる。
小さい頃から共にあることが義務として育ったから。
本来は秤にかける必要等は無いのに。
かけるべき等価なモノではないのに。
「……ゴクッ……」
ボクはもう一度唾を飲み込み、足を中へと差し向けて行く。
………………………………
「青大、全てはお姉ちゃんに任せてと、言っておいたはずよ。」
甘い香りが充満する部屋。
順路に沿って、たどり着いたその部屋にあったものに驚愕する。
「な、んで…霞…が……」
そこにあったのは、磔けにされた霞の姿。
だけでなく、先日亡くなった両親の姿もある。
「見てしまったのね、青大。イケない子ね。」
そこまでを見渡してから、ボクは初めて姉と目を合わす。
虚ろな目をした月姉さんと。
「あと、少しだったのに…」
姉が呟く。
「姉さんが…」
「ねえ、青大、見える?」
ボクの言葉など無視するように姉が口を開く。
そこに見えるのは先程から変わらない、ボクの家族が磔になった姿。
「もう少しで、私達をこの血に束縛するものが無くなって、私達だけの未来がやって来るはずだったのに…」
目に映る光景に身体を奪われた、ボクの前まで姉がやって来る。
目前まで迫り、真正面から姉の吐息がかかる。
腐った果実のような匂いに目眩を覚える。
「なんで…だよ!なんで…」
「青大が言ったのでしょう?」
姉の視線に捕われてしまう。
蜘蛛のように粘つきボクの身体へ絡み付く。
「呪いを解きたい…と。」
「…………っ!!だからって、違う、その為の答えが家族を殺すことだなんて間違ってる。」
「青大……?わたしの、青大は、そんなこと言わないはずよ……?」
そういった姉の声が、ぞっとするほど冷たい声が耳朶に張り付く。
姉さんがボクを見つめる。
甘い匂いに吐き気さえ催す。
「姉さん……いったい……」
その時、ボクの視界の端が一冊の本を捕らえる。
姉の前から逃げるように、移動すると、一目散にその本に飛びつき、中を覗く。
そして、目に飛び込んで来たもの。
73 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/17(土) 13:31:39 ID:mEDml/Ju
その内容の異常さに目を疑ってしまう。
それは日記だった。
ただし、そこに書かれていたのは……
「見たんでしょう……?青大……?それが、私達の未来よ、、」
すべてが未来の日付だった。
そこまで来て、ようやく僕は理解する。
藤堂家とは、占術とは、そして、
呪いとは何なのかを。
………………………………
甘い匂いを満たす部屋。
その真ん中、一人の少女が鎮座する。
幼い頃からここにいることを義務付けられた少女、それが藤堂 月だった。
独特の甘い匂いを発しつづけるのはお香。
人の睡眠を促す、いや、それ以上。
少女に夢を見させるもの。
夢の中で見た情報は、藤堂の血の力を借りて、部屋の中で具現化する。
幼い頃からこの部屋で夢の住人となる事を強いられた月は、自由に夢を操れるほどまでになる。
やがて、力もついて、その力はその部屋より外へも力を及ぼして行く。
それが授けられた力。
望みの未来を引き寄せる能力。
それにより、藤堂家は権威から保護された。
そして、それが血を外に流出させる訳にはいかない理由。
誰にでも授けては良いものでは無い、この力は、固く固く隠されつづけた。
その部屋の中で少女は思う。
表で元気に遊ぶ少年少女の姿を。
それは自分より年上の、未来の弟と妹の姿。
彼女の成長に合わせ、夢の中の少年少女も大きくなる。
進学、就職……そして、自らの意志で繋がる2人。
いつしか、少女はそんな2人に嫉妬を覚える。
2人の為に、今、こうして、夢と幻に生きる自分は何なのであろうという思いが変貌する。
少し早く産まれてしまったが為に手繰り寄せられなかった自分の運命。
もし、自分の方が後に産まれていれば、夢の中で結ばれるのは自分であったはずなのに……と。
離れから解放され過ごす時間の中で、少女は妹と自らを置き換えて行く。
純血を守り、家を守ることを義務付けられた中、唯一手に入れられる快楽の中で、一心に少年を求めた。
表向き、弟妹にそのことを悟られぬように繕いながら。
偽った自分。
血の能力を発揮する自分も偽りなら、そこから離れた自分も偽り。
2重の偽りの中で彼女は苦しむ。
やがて、2重の生活は混じり合い、一つになる。
幼い頃からその双肩に貸せられた重責に屈した心は、離れの中で、具現化を伴いながら、彼女に淫らな夢を見せつづけた。
それが両親にばれた時、彼女は、自らの意志で両親を能力で殺害した。
………………………………
「青大……。わたしの、愛しい……青大……」
「姉さんは、いったい、何をしようっていうんだ……」
真実を知ってしまったボクは顔を寄せる姉に言う。
「言ったでしょう、青大…あなたの望み、呪いの無い未来……それをわたしがひきよせてあげるのよ……」
「それで、なんで霞が死ななきゃならないんだよ…!!」
感情のまま、離れの前で泣き叫んだ時のような声をあげる。
「血の縛りを、束縛を、壊すのよ、青大……あなたと私しかいない世界で、私達は愛し合うの……古しえよりの誓いを破ってね……うふ」
「そんな……姉さん……!!」
「わたしと青大以外、この血を引く者は、みんなわたしたちを苦しめるのよ」
「…………」
わからない、姉さんがなにを言っているのか。
「わたしがここで能力を手に入れて、皆を助けてるのに、皆は私をのけ者にしている……」
「皆って?」
「お父さんも、お母さんも、おばさまも、霞も。青大だけ、青大だけが、わたしの側でわたしを見てくれた。」
74 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/17(土) 13:33:15 ID:mEDml/Ju
違う。
喉までくる言葉は張り付いて声として紡ぎ出せない。
目を合わせた姉さんの瞳はどこかを見ている。
でも、姉さんはどこかも見ていない。
やがて、変わる辺りの景色。
そこでは…
そこではボクが自身の肉棒を姉さんに突き刺していた。
磔けにされた両親も、霞もそこにはいない。
ああ……そうか……
ここは、姉さんの夢幻の中。
ボクの知っている姉さんも、ボク自身もここにはいない……
「だから、やらなきゃ、わたしと青大が幸せになるためには、青大も私を大切といってくれたもの…」
傍目から見る淫靡に姉さんと繋がるボクは愛おしそうに姉さんを抱きしめる。
「う、ふ、ふ、青大、青大ぉ、もっと、もっとぉ、わたしを求めて……」
もはや、姉さんはボクの言葉を聞いていない。
そしてボクも…
部屋に立ち込める甘い匂いに耐え切れ無くなってむせてしまう。
涙で歪んだ視界の中で、ただ、獣の如く腰を動かすボク自身を見つめる。
「なにもかもをすべて反古にしなければならない。そのために呪いとわたしたちを知るものはすべて消さなければならないの。」
姉さんの声が響く。姉さんが笑う。
誰よりも愉しそうに、悲しそうに。
誰よりもボクを愛して、そして……憎んで。
「青大、わかるでしょう…?わたしたちは呪われているのよ、生まれた時から、すべてが。」
そんなことを言いながら、姉さんはボクを見ていない。
今語りかけたのは、どちらになのだろう?
夢の中のボク?
それともボク自身。
だめだ。
わからない。
「青大……、どうして悩んでいるの?青大は可愛くて、優しくて、愛おしくて……いつもいつもわたしの側にいてくれるはずよ……?」
姉さんはとっくに壊れてしまっていた。
夢と現実の間にさまよって、今と未来に引き裂かれて…
どうして、気づかなかったのだろう?
どうして、今まで……
なにもかも手遅れになる前に。
なにもかも失う前に。
"ぐいっ"
そんな思考の中で急に手が引かれる。
胸いっぱいに広がる、熟れすぎた桃の実にも似た香り。
少しずつ少しずつ頭の中に溜まっていた煙りが、急速に満ちるような錯覚を覚える。
「青大はわたしの言うことならなんでも聞いてくれる。優しいいい子なのよ……
だからこの香を……もっと、この香を吸って……!そうしてわたしと一緒に、ずっと……」
視界が揺らめく。
「青大……、わたしのかわいい青大。呪いからわたしを解放して、守ってくれる青大。わたしの、青大。」
柔らかく冷たいものに頬が包まれる。姉さんの腕と、胸。
ゆっくりと遅すぎる鼓動が聞こえる。
「そうよ……青大。わたしの言うことを聞いていれば、わたしも青大も幸せになれる……」
次第に闇が頭を支配する。
混濁してボクのすべてを覆い尽くす。
闇に身を任せてボクは自らの身体を漂わす。
姉さんは呪いをかけて、父さんを、母さんを、そして霞を殺した。
でも、姉さんが呪ったのはそれだけじゃなくて、自らを、自らの血を呪った。
そう、ボクの血は、ボクと姉さんの血は、ボクら藤堂の血は呪われている。
そんな事を思いながら、ボクは意識を手放した。
最終更新:2009年01月18日 20:09