五月雨 2話

308 五月雨 2話 sage 2009/02/26(木) 01:43:49 ID:Ra8gdKZe
外は雨が降っており今日一日は降り続けそうだ。
ジャージのポケットから携帯を取り出し時刻を確認する。
時刻は10時半を表示していた。
今日は日曜日なので道路も混んでいるが、もうすぐタクシーがくるだろうと思い、先に退院手続きを済ませる事にした。

ナースコールを鳴らし看護婦さんを呼び出すと、かわいらしい看護婦さんが来た。
看護婦さんは俺の荷物が纏まっているのを見ると、
「おはようございます鳴海さん。退院手続きですか?」
と笑顔で聞かれた。

その後病院の受け付けホールまで彼女に車椅子を押してもらい退院手続きの番号札を取ってもらった。
手続き案内まで丁寧にしてくれそうだったが日曜日の午前中院内で働く人間も少なく忙しいだろうと思い丁重にお断りした。
「先生から来週にもう一度傷の具合、感染症にかかっていないか診断すると伝えられているので、必ず病院に診断に来て下さいね。
経過の具合によっては再入院の可能性があるので1週間は安静にしておいてください。
あと手続き後にあそこの院内薬局で抗生剤と痛み止めのお薬が処方されますので受け取ってくださいね。
それではお大事に」
それだけ言うと彼女は足早に病棟の方へ歩いていった。
あとは呼出番号と大きく書かれた電子表示に番号が表示されたら受け付けまで行くだけだ。



その後退院受付窓口で入院費用、支給される保険料等の相談を受けたが、
前日に既に父親が書類を提出していたみたいなので相談自体は各書類の説明聞いて自分の名前を書くだけで済み、
あとは薬の受け取りを待つだけだった。

その時右ポクットの携帯電話のバイブが鳴った。
だだっ広い市民病院の受け付けロビーでは数人が携帯電話を使用して通話していたので自分も携帯電話の電源を入れていたのだ。
番号を見ると知らない番号だったがふと思い付く事がありすぐにその電話を取った。

「もしもし」
「そちら鳴海様でしょうか?」
電話の相手は声が低い男性で丁寧に尋ねられた。
「はい。そうですが。どちら様でしょうか?」
「いつもお世話になっております。こちら大正タクシーの飯田と申します。
本日は福祉タクシーをご利用してくださりありがとうございます。お電話を頂きお迎えに来ました。」
どうやら男性はタクシーの運転手のようだ。
「ああ、どうも。あれ、もう到着してます?」
「ええ。お出迎え先は共立病院でよろしかったでしょうか?」
「その通りです。所で妹は来てないでしょうか?」
「お電話で伺ったのは病院に着いたらそちらへ連絡してくれとの事でしたので」
どうも香奈は病院には来ていないらしい。
「そ、そうですか。わかりました。あと15分ほどしたら向かいますのでそのまま入り口で待っててもらえますか」
「かしこまりました。」

その後直ぐに受付にて名前を呼ばれ薬を受け取り、病院を後にした。
退院が一人ぼっちとは何とも寂しいものだと、感慨に耽りながらロビーへ行くと初老の男性が手を振っていた。



福祉タクシーとは正直名前だけで実際はワゴン車のようなものだ。
後部座席の部分を取り除き車椅子ごと中に入れるようになっている。
運転手とは妙な距離があり話すのも億劫だったので、とりあえず彼の会話には、はいとか、うんとか適当に相槌を打つ形になっていた。
ポツポツと車内に鳴り響く雨音に耳を傾けながらを考え事をしていた。今度はどうやって彼女のさつきを困らせてやろうかとか、父は折角の旅行の初日を雨に潰されうな垂れているだろうとか。
そういえば香奈は病院に来なかった手を離せないほど忙しい用事でもあるのだろうか。


309 五月雨 2話 sage 2009/02/26(木) 01:45:14 ID:Ra8gdKZe
妹と初めて出会った事を思い出す。
2年前、義母の連れ子としてやってきた自分よりも3歳年下の娘。
義母は婚約前に顔合わせという事で娘を連れて我が家に来た。
当初自分は父の再婚相手の義母の思ったより若い容姿に圧倒されながらも、義母の影に隠れるようにしてはこちらを見ていた香奈が気になった。

第一印象は陰気な子供。

小学6年生の子供にしては前髪を野暮ったく伸ばし後髪は地面に届くほどで、前髪から覗くクリッとした瞳が義母と自分を交互に見ていた。
「父さんと、義母さんは少し外で話してくるからお前達二人でここにいなさい」
そのまま二人は家を出て行った。
おそらく子供達が二人でうまく話し合えるか試したかったのだろう。
突然の父の行動に驚きながら、香奈と向かい合う。
香奈は一言、

「彼方が祐一。わたしのお兄ちゃん。」

自分の前にポツンと立った少女を見下ろしたままでは失礼だったので、少女の視点に合わせるために中腰になる。
「そう、鳴海祐一。君の兄になるみたい。妹の名前を聞いていいかな?」

途端抱きつかれ、

「わたしの名前は香奈。香るという字に奈落の奈という漢字。覚えておいて、お兄ちゃん。」

そう耳元で囁かれる。首元に回された香奈の腕は深く、少し力を強めた気がした。


「お疲れ様です。運賃は2160円となりますが、お客様は初めてなので割引しておきますね。丁度2000円で結構で御座います。」
考え事をしている内にタクシーは家に着いた。
閑静な住宅街に隣の土地が空き地。
典型的な大きさの2階建ての家で表札には鳴海と書かれている。

「ありがとうございます。」

そう言いながら財布から千円札を2枚取り出す。
受け取った運転手は玄関先を見た時に立っている人物に気がつき、
「お荷物を運びますので少々お待ちください、丁度ご家族の方もお待ちですよ。」
と言いながら先に傘を差し、着替え等が入った旅行バッグを掲げ俺が乗っている車椅子を引き降ろした。

見えたのはいつも通りの自分の家と玄関前に佇む制服姿の香奈の姿だった。
その口元はただ一言、おかえりなさい、と呟いていた。

運転手は押していた車椅子を香奈の手前で止めると、
「これはどうも。本日は大正タクシーをご利用いただきありがとうございます。
料金の方は既にいただいておりますので、こちらの荷物はどこに置けばよろしいでしょうか?」
そう言われると香奈は黙って手を差し出し荷物を受け取った。

「それでは私はこれで失礼いたします。またご利用くださいませ」
そういいながら初老の男性はタクシーに戻っていった。
香奈はすぐに玄関を開け荷物を置き、車椅子のハンドルに手をかけた。

「おかえり。お兄ちゃん。骨折したお兄ちゃんを迎える準備はできてるよ。」
「そか、ありがとう。今日は1階で寝たらいいのか?」
「うん。お部屋の物も運んだしお父さんの書斎を使ってもらうよ。」
そう言いながら香奈は押した車椅子を玄関に入れた。


閉められた扉の向こうではバチッという衝撃音と「うぅ」という呻き声が聞こえた後静かになった。

外では雨が降り続き閃光が走った後、雷鳴が鳴り響いた。

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最終更新:2009年03月01日 22:33
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