415 傷 (その14) sage 2009/03/02(月) 20:53:53 ID:H5r92GCy
柱時計の秒針の音が耳につく。
葉月は寝返りを打った。
もう何回目かも知れない寝返り。
最近、葉月は不眠症気味だ。
原因は分かっている。
姉だ。
弥生の事を考えると、どうしても夜明けまで眠れない。
二週間ほど前から彼女の様子がどうもおかしくなった。
いや、その言い方は正確ではない。
様子が変わった、などという次元での変化ではない。
“変身”というか“変貌”というか……とにかく以前の弥生とは、まるで別人のようになってしまった。
これまでも姉は冬馬に対し、文字通り「おんな」そのものの視線を向けることは多々あった。
だが、ここ最近、それがひどく露骨になってきている。
もはや弥生は、瞳を潤まさずに弟を見ることが不可能になっているようにさえ見えた。
その粘液質な視線の示す意味は一目瞭然――「おんな」としての情欲だ。
無論、その変化は視線のみに留まるものではない。
彼女が冬馬に向ける、その言葉の口調。
必要以上に冬馬に一時的接触を図る、その甘えた態度。
可能な限り冬馬の世話を焼こうとする、その独占欲。
そして、子供でも察知できるであろう、全身から冬馬に向けて発散される桜色のオーラ。
いや、それだけではない。ここ数日の姉の変化は、そんな些細な挙動に留まらなくなってきている。彼女が弟を欲する態度は、もはや明らかに常軌を逸しつつあった。
たとえば、冬馬の弁当を作る権利を母に主張し、彼が入浴中の浴室に背中を流すと言って侵入を図り、彼が外出しようとすれば無条件で自分も随行しようとする。
冬馬の不在中には俄かに落ち着きを無くし、弟を求めてヒステリックな言動を見せ、また、可能な限り自室に戻らず冬馬と時間を共にするようになり、弟にも、そんな自分と共にいるように強制した。
受験勉強も自室ではなく、なんと冬馬の部屋でするようになった。当然のように彼を傍らに侍らせて、である。
それまで弥生は――冬馬と二人きりになった場合はともかく――周囲の目がある場合は、一応は毅然とした“姉としての態度”を貫いていた。現に両親は、かつて弥生が冬馬に向ける慕情にまったく気付いてはいなかった。
それまで彼女が『自分に厳しく、周囲に優しく、妹に甘く、弟にだけは少しワガママ』という“よき姉”としての立ち位置を逸脱することは絶対になかったからだ。
今もなお両親が、姉の本心に気付いているのか――気付いていないわけがあるものかと思わなくも無いが、しかし気付いていない可能性もあるにはある。
両親が、それこそ人間離れした朴念仁であるという事ではない。
弥生の豹変があまりにも急激すぎたために、彼女が冬馬恋しさに焦がれた余りトチ狂ったというよりは、単に“何か”が原因で弥生が壊れたという風に、傍目には見えてしまうからだ。
父も母も、そして冬馬も、弥生のこの豹変にはおそろしく戸惑ったが、それでも彼女が受験本番を間近に控えた高校三年生だと考えれば、かろうじてだが解釈の範疇内ではある。
受験が済み、冷静になる時間さえ持てれば、弥生の情緒不安定もやはり強制終了するはずだ。父も母もそう思っている――と言うより、そう願っているようだった。
だが、葉月には分かる。
もはや弥生は、以前の彼女に戻ることはない。
なぜなら、弥生の変化はその言動や態度だけに留まるものではなかったからだ。
弥生は変わった。
その精神状態だけではなく、外見に至るまで。
もともと美しかった弥生ではあるが、彼女はさらに美しくなった。
サナギから蝶に変化するように、青く固い蕾から花が咲くように、彼女の美しさはさらに一段階上のものへと変わってしまったのだ。
弥生としても自身の変化を自覚しているらしい。
おかげで助かっている――そう姉は言った。これまで鬱陶しく彼女に接近する機会を狙ってやまなかった男子生徒たちが、図ったように一斉にモーションをかけてこなくなったそうだ。
(それは……そうだろう)
その話に葉月は納得せざるを得ない。
かつて周囲の男たちを引き寄せてやまなかった姉の“美”は、むしろ周囲の男たちに接触をためらわせるほどのものへと変わってしまったのだから。
416 傷 (その14) sage 2009/03/02(月) 20:55:34 ID:H5r92GCy
かつて葉月は、千夏の美貌を弥生と互角だと評していた。
だが、違う。
いまの弥生は明らかに千夏よりも一歩上の美しさを誇っている。
こう言っては何だが、神がかっていると言ってもいいくらいだ。
『サナギから蝶へ』と例えたが、かつての弥生でさえ世間的には充分すぎるほどに美しかった。だが、その弥生でさえ、今の弥生に比すればサナギに過ぎなかったという事実は、同じ女でありながら、葉月はもはや嫉妬や羨望さえも覚えない。
そんな生臭い感情を覚えるには、いまの弥生は美し過ぎたのだ。
恋は女を美しくするというが、葉月は気付いていた。
“開花”“羽化”とさえ評すべき弥生の変貌は、確実に冬馬が関わっているということを。
だが、その変化に戸惑いつつも姉をあしらう冬馬の態度に、不自然なものは感じない。
もちろん千夏が『天性の娼夫』と言った彼のことだ。困惑が自然に見えるように冬馬が意図して振舞っているのであれば、その破綻を見破れるとは葉月も思ってはいない。だが、それでも彼の態度は本物であるかのように葉月は思う。
おそらく冬馬は、自分が、弥生の変貌のキッカケとなった事実に自覚を持っていない。
ならば、何が姉を変えたのか。
葉月はむくりと身体を起こした。
眠れない。
眠れぬ以上は、眠ろうとする努力に意味はない。
時計を見ると、もう午前四時だ。
夜明けにはまだ少しあるが、朝と呼ぶにやぶさかではない時間帯。
(起きよう)
葉月はそう思った。
一昨日から換算しても、おそらく5時間と眠ってはいないだろう。だが、構わない。
眠れないものを無理して眠ることはない。
肉体が睡眠不足に耐え切れなくなれば、いずれは睡魔がやって来てくれるだろう。
そのときにぐっすり眠ればいい。
葉月はパソコンの電源を入れる。
考えねばならないことは幾らでもある。
たとえば、次の学会に提出する論文の草案を、そろそろまとめねばならない。
今週中には第一稿を書き出せるように、研究データを整理しておく必要がある。
(その前に……頭をキッチリ覚ましておかないと)
ベッドから抜け出ると、途端にひんやりとした空気が彼女の意識を包む。
だが、机に向かうならその程度の覚醒では話にならない。不完全な眠気の残滓と睡眠不足が呼ぶ気だるさをキッチリ拭い取ってしまわないと、葉月としてはデータと向かい合う気持ちにならないのだ。
中途半端な頭でモノを考えるなど、自分の研究そのものに対する冒涜とさえ言える。
少なくとも葉月はそう考える人間だった。
シャワーを浴び、洗顔を済ませ、着替えを終えて、しゃきっとした自分に戻って初めてデータに向かい合う資格がある。自分のそういう潔癖さに、葉月は何の疑いも持ってはいない。
ただ……寝不足の早朝シャワーという行為には、彼女としてもあまりいい思い出は無い。
早朝の空気は冷たく、硬い。
廊下に出れば、その感触はさらに歴然と葉月の肌を刺す。
(あの時も……確かこんな朝だった)
かつて葉月は、冬馬の部屋から洩れ聞こえる彼の電話を盗み聞きしたことがある。
冬馬が『自分が好きなのは弥生だ』と言った、あの電話。
あの瞬間、葉月は知った。
自分がどれほど冬馬のことを愛していたのかを。
そして、葉月は兄を、姉を、世界の全てを憎悪し、絶望し、心を閉ざして部屋に閉じこもった……。
今から考えればいい思い出だ――とは、とても言えない。
弥生本人は、
「その言葉に信憑性は無い。あれ電話の向こうの女を言いくるめるための詭弁だ」
と言い切ったが、それでも結局、冬馬の真意は棚上げにされたままだ。だからといって改めてその言葉の真実を、兄本人に問いただす度胸は葉月には無いが。
(いまさら聞いても仕方が無いし、ね……)
ちらりと葉月は、傍らを見る。
そこに冬馬の部屋のドアがあった。
417 傷 (その14) sage 2009/03/02(月) 20:57:06 ID:H5r92GCy
あの時、弥生はこうも言った。
冬馬と、自分たち姉妹が法的に冬馬と婚姻を結ぶための手を打っている。自分たちと彼との間に“血縁はない”という根拠足り得る証拠を偽造していると。
そして、その“正妻”の座を葉月に呉れてやると。
だから自分――弥生と組んで二人で冬馬の心を手に入れよう、と。
だが、葉月はそこで立ち止まる。
今の弥生は、もはや確実にあの頃の弥生ではない。
姉の言葉をそのままに信用し続けるのは、もう危険なのかも知れない。
そう考えて見れば、弥生には得体の知れない言動が多すぎる。
たとえば、精神退行を起こした冬馬を、弥生が元に戻した技術だ。
あれは催眠治療などに用いられる逆行催眠の技術ではないかと葉月は思う。思うというのは、本物の逆行催眠を確認する方法が葉月には無いからだ。どこの病院の神経科に行ったところで、治療の現場を見せてもらえるようなコネは葉月には無い。
弥生はその技術を、本格的に学んだものではなく、かつてTVで観たことを見様見真似でやってみただけだと笑って言っていたが、葉月としては当然、その言葉を鵜呑みにしてはいない。
まあ、それはいい。
完璧超人と呼ばれて久しい姉ではあるが、いまさら催眠術の一つくらいこなせても不思議は無い。
だが、弥生が秘密を持っているのは間違いない。
家族にも、冬馬にも、そして葉月にも明かしていない秘密をだ。
にもかかわらず、葉月が弥生に露骨な不信感を持たなかったのは、ひとえにこの姉が、溺愛と言ってもいいほどの愛情を自分に抱いてくれている事実を、誰よりも知っているからだ。
姉は決して自分を裏切らない。
葉月には確信がある。
しかし、だからといって不安が消えるわけではない。
兄の部屋のドアに耳を当てて見る。
中からは何も聞こえない。まだ部屋の住人は活動していないようだ。
当たり前か。
まだ午前四時――早朝と呼ぶにはまだまだ早過ぎる。
こんな時間に兄が起きているはずが無い。
葉月は少しホッとした。
そのまま廊下の角を曲がり、彼女の姿は階下に消えた。
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「葉月ちゃんがお風呂に行ったようね」
遠ざかる足音を確認しつつ、弥生は、それまで懸命に押し殺していた息を大きく吐いた。
「奥様……もう声を出してもいいですか?」
同じく、じっと息を殺していた冬馬が、窺うように声を掛ける。
「うふふふ……いいわよ坊や」
笑いを含んだ声を弥生は返した。
自分の裸身の下で、ふたたび腰を使い始めた弟に――。
冬馬の肉体は最高だった。
まるで麻薬のように弥生の心と身体をがんじがらめに捕らえ、放さなかった。
最初の一回こそ神経が引き裂かれそうな激痛に見舞われたが、それでも(処女喪失が痛いのは当然だ)とばかりに勇気を振り絞ったのは、弥生にとって人生最大のファインプレイだったと言えるだろう。
二度目以降の接触から、弥生の女体はようやく冬馬の“男”を受け入れ始め、そして初めて弥生は知った。千夏が彼のことを“天性の娼夫”だと評した本当の意味を。
外科手術で人為的に肥大化された、その男根。
指の動き、舌の動き、腰の動き一つで相手の性感を限界まで引き出す、そのテクニック。
――今ではもはや、このザマだ。
彼女は弟の肉体ナシでは、もはや一日たりとも女体の疼きを我慢できなくなっていた。
(罪な子ね。実の姉をこんなに狂わせて)
絶え間なく流入される微電流のごとき快感を味わいながら、弥生は騎乗位の姿勢で必死になって腰を使っている冬馬の頬を、そっと撫でる。
418 傷 (その14) sage 2009/03/02(月) 20:59:09 ID:H5r92GCy
工藤夫妻なるサディストが、これほどの傷を冬馬の肉体に刻み込みながらも、彼を決して責め殺さなかった理由が、いまの弥生には心の底から実感できる。
彼らは冬馬に――彼の肉体の持つ、無限の性的魅力に絡め取られたのだ。
無論、冬馬にその意図が無かったはずがない。
彼は知っていたのだろう。自分の肉体が持つ力を。
半狂人のような二人のサディストを相手取り、生き長らえるためには、彼らを自分の肉体の虜にさせる以外に方法は無い。殺すには余りにも惜しいと思わせる以外にすべがない。
幸い彼は、それが出来るだけの手練手管を、その身に備えていた。
芹沢冬馬が、ただ身体を金銭で客に貸与するだけの、どこにでもいる男娼でしかなかったならば、おそらく彼は三日も生き延びられなかったはずだ。
そんな冬馬だが、それでも家族と寝るほど彼の倫理観は磨耗してはいない。
にもかかわらず、彼がいま姉とベッドを共にしているのは、その正気を奪われているからだ。
弥生がかけた後催眠暗示によって、彼は自分の肉体を凌辱する弥生を、工藤瑛子――かつて彼の全身におびただしい傷を刻み込んだ張本人――だと思い込んでいる。
こんな行為が正しき愛の営みであるはずが無い。
そんなことは弥生も百も承知だ。
だが、冬馬の瞳に浮かぶ怯えた光が、弥生の嗜虐的な情欲をガソリンのように炎上させる。弥生を“奥様”と呼ぶ弱々しい声が、弥生の理性をアッサリと吹き消してしまう。
そう、弥生が狂ったのではない。
冬馬が狂わせたのだ。
つまり責任は弥生には無い。
男女の問題で責任を負うのは、日本では常に男性の側だ。
だから彼も追求されるべきなのだ。自分を変えてしまった責任を。
「ふふふふ……その調子よ、気持ちいいわ坊や」
妖しい輝きを眼に宿しながら、弥生はその責任の“賠償”を、冬馬から搾取し続ける。
「――おっ、おくさまっ、もうダメですっ! どうか射精のお許しをっ!!」
冬馬の顔が苦悶に歪む。
その表情は嘘ではない。
無論、かつてセックスを生業としていた彼は、その気になれば早漏にも遅漏にもなれる。
だが、連日のプレイで疲弊した冬馬の肉体は、もはや彼自身にも御することが困難なようだった。そんな弟の様子を見て、弥生の口元にふたたび亀裂のような笑みが走る。
「だめよ」
そう言いながら弥生は、冬馬の頬を固定した両手に力を込める。
「何度も言ってあるでしょう坊や。あなたは私の許しを得ない射精を禁じられているの。勝手な真似は断じて許さないわ」
冬馬の目が哀しげに瞬く。
理不尽だと言わんばかりに口元をパクパクさせる。
「もし勝手な振る舞いをしたら、私はあなたにとても酷いおしおきをせざるを得ないわね。とっても痛くて、とってもつらくて、とっても恥かしいおしおきを、ね」
その台詞に冬馬が思わず息を飲んだ。
「そうね……あなたのお尻に生きたウナギが何匹入るか実験して見ましょうか? アナルフィストだって平気で可能なあなたのお尻だもの、きっと3匹くらいは普通に入っちゃうでしょうね。……ふふふ……そのうち何匹かは抜けなくなっちゃうかも知れないけどね」
「おっ……おくさま……ッッッ」
「それともウナギ程度じゃ物足りないって言うなら、アナルに足を突っ込んであげてもいいわよ。坊やのアナルは大食いだから、きっと満足してくれるでしょうね……」
自分で言いながら、その瞬間の映像が弥生の脳裡にリアルタイムで再生される。
ほっそりとした己の足首とはいえ、その体積は手首の比ではない。
肛門を無理やり拡張される冬馬の苦悶の表情。
たまらず吐き出される大量の唾液。
痙攣を繰り返す彼の背筋。
焦点を失った瞳。
荒い呼気。
悲鳴。
涙。
(いい――!)
想像とはいえ、そんな美し過ぎる冬馬の姿に、弥生の子宮はたまらず反応してしまう。
「あああ……あああああッッッ!!!」
もう何度目かも分からないエクスタシーが、弥生の女体を襲った。
そして、それにともなう膣内の収縮が、彼のペニスに最後の止めを刺す。
「~~~~~~~~~ッッッッ!!」
419 傷 (その14) sage 2009/03/02(月) 21:00:38 ID:H5r92GCy
どくんっ、どくんっ、どくんっ、どくんっ、どくんっ!!
数時間連続で搾取され続けた冬馬の逸物から、何の容赦もなく弥生の体内深くに打ち込まれる精液。そして弥生も、まるで躊躇する事なく弟の射精を受け入れ、己が膣内を犯されるアクメに身を震わせる。
この二週間というもの、連日連夜繰り返された弥生とのセックスにもかかわらず、彼の射精の勢いはまるで衰えない。これまで彼女の胎内に注入された冬馬のスペルマの量が合計何グラムになるのか、それは弥生にも見当が付かなかった。
まさに絶倫と呼ぶべき精力だ。
確かに、普段から卓抜した運動センスと体力を誇る冬馬だが、無論それだけの話ではない。これも過去の男娼時代に、あらゆる顧客のプレイニーズに対応するために、薬物投与や食事療法によって体質改善を図られた結果なのだ。
しかもパイプカットを施されている彼のペニスは、どれだけの量の精液を膣内に吐き出そうが、妊娠することは無い。だから弥生としては完全に後顧の憂い無く、彼の体液を子宮に受け止める悦びを存分に味わうことが出来る。
数十秒か、あるいは数分か。いずれにしても半失神状態だった弥生が我に返るまでには、かなりの時間を必要としたようだ。
いや、それでもまだ彼女の意識が完全回復したとは言いがたい。
胎内深く侵入した弟の“杭”は、まだ硬度を失わず、彼女の子宮の入口をこじ開けっ放しだ。また何か……たとえばペニスの角度を少し変える程度の刺激でさえも、たやすくエクスタシーが再臨し、ふたたび彼女の神経を焼き尽くすだろう。
(まったく、たいした女殺しね……)
一方、いまだに骨を失わないペニスに反して、その所有者は、ほとんど白目を剥く勢いで脱力と弛緩の海に身を委ねている。
見ると、外目にも不自然なほどに左胸が脈打っているのが分かる。
その動悸の激しさからも、冬馬の疲労はもはやピークに達したと弥生は判断した。
(どうやら、ここまでのようね)
「ぼうや……あなた勝手にイったわね……?」
その囁きに、冬馬の表情が露骨に蒼ざめた。
「でも安心なさい、今夜はここまでよ。おしおきは次の機会に持ち越してあげる」
「……はい……ありがとうございます奥様……」
震える声で、冬馬がいかにも無理やりな感謝の辞を述べる。
そんな彼の一つ一つの挙動が、弥生のサディスティックな心理を疼かせずにはいられなかったが、しかし物事には限度がある。あまり調子に乗りすぎては何もかも台無しだ。
「眠りなさい。あなたはとても疲れているわ。そして目が覚めたら、あなたは16歳の――昨日までの柊木冬馬に戻っているの。そして、今宵のことなど何一つ思い出せないし、思い出そうとも考えない。いいわね?」
「は……い……」
「おやすみなさい、愛しい坊や」
彼の反応は早かった。
瞼を閉じて数秒後には、冬馬は穏やかな寝息を立て、まるで子供のように安らかな寝顔で昏睡に身を委ねていった。まるでのび太並みの寝つきの良さだ。
暗示の効果による強制力というだけではないだろう。実際、彼の肉体は泥のような疲労に包まれていたに違いない。
それにしても危なかった。
さっきイった時、弥生は思わず声を抑えることを忘れ、快感の赴くままに声を上げてしまっていた。
もしもタイミングが悪かったなら、葉月の耳に、弥生の喘ぎ声は確実に届いた事だろう。
(迂闊だった)
弥生としても、そう思わざるを得ない。
弥生は、力の入らない全身に鞭打つ思いで立ち上がる。
ずぼっ、という濡れた音が部屋に響き、途端に大量の白濁液が股間から弟の胸板に滴り落ちた。
腰に力が入らない。
いや、腰だけではない。行為後特有の甘い痺れが、全身に残っている。
このまま弟の胸にすがりついて眠ってしまいたい欲望を懸命にこらえ、ふらつきながらも、そのまま弥生はベッドを降りる。
汗と体液まみれの弟の身体を丁寧にタオルで拭い、その上で布団をかけてやる。
替えのショーツとパジャマを身に付け、携帯を自室のパソコンに接続すると家族全員の様子を確認する。両親はいまだに寝室で夢の中のようだし、葉月もシャワーを浴びている最中だ。今なら冬馬の部屋から出て行く自分の姿を目撃できる者は、この家にはいない。
大丈夫だと判断して、そこで初めて大きく吐息をつくと、彼女はそのまま部屋の外に出た。
冬馬を眠らせてから弥生が部屋を出るまで、およそ二分とは経っていなかった。
420 傷 (その14) sage 2009/03/02(月) 21:02:09 ID:H5r92GCy
気だるい余韻に痺れる女体には、早朝の寒気は心地良い。
だが、そんなどうでもいいことに感心している暇は、弥生には無い。
可能な限り足音を殺し、それでいて猫のようにしなやかな動きで、弥生は素早く自室に滑り込む。そんな彼女に、ここ最近の色ボケた様子はカケラも見えない。
そのままベッドの中に潜り込み、ようやく弥生は険しい目付きを解除した。
(本当はシャワーを浴びて汗を流したいところだけれど……)
いまバスは妹が使用中だ。
さすがに精液の臭いをぷんぷんさせながら、妹がいる浴室に闖入する気は、弥生には無い。
どのみち疲れているのは冬馬だけではない。弥生の四肢もまた、綿のようにくたびれきっている。このあと目覚ましが鳴るまでの僅かな時間で、充分な睡眠を取らねばならない。
起床できる自信がないとは言わないが、さすがに今晩――もう朝だが――はやりすぎた。
いつもなら遅くとも午前三時過ぎには自室のベッドに戻っているはずなのだが、今日はもう五時近くになってしまっている。おおよそ一時間も眠れるなら御の字と考えなければならない。
起きて朝イチでシャワーを浴び、冬馬の弁当を作り、彼を自らの手で優しく起こしてあげるためには、遅くとも六時には目を覚まさねばならないからだ。
(妙な属性を付けなきゃ、もう少しは眠れたというのにね……)
だが、彼女は後悔してはいなかった。
結論から言えば、現在、柊木家を困惑の渦中に叩き込んでいる弥生の生活態度の急変は、そのほとんどが意識的に――早い話がわざと行われたものだからだ。
無論、彼女の行動の全てが、計画遂行上の必要に迫られた上での行動として割り切れるものではない。
弟と肉の契りを交わして以来、弥生の中に冬馬に対する独占欲が、これまでに無いほどに頭をもたげたことも事実なのだから。
彼の口にする物を全て自分が作りたい。
彼と可能な限り一緒に過ごしたい。
どんな下らない話でもいい。彼に話しかけたい。彼に言葉をかけられたい。
視界の端でも構わない。彼に見られていたい。彼を見つめていたい。
そういう欲求が、耐えがたいほどの衝動を伴い、弥生の心を突き動かす。
(これが……恋、なのね……)
我ながら呆然とする思いで、鏡を見つめる。
そこには、以前より数段美しさを増した自分がいる。
かつてニーチェは言った。
『精神など肉体の奴隷に過ぎない』と。
その言葉は事実であると弥生は実感できる。
冬馬への想いなら、これまでも在った。
だが、この肉体の変化はどうだ。精神の変化はどうだ。
冬馬の肉体を知ったことにより、自分はより深く冬馬を求めるようになったとしか思えない。まるで、彼を求めて疼く己の女体に呼応するようではないか。
だが、――それでもなお弥生は、自らの行動を「計画の必要上」と自らに言い聞かせる子供っぽさを持ち合わせていた。我ながら度し難い幼さだと、そんな自分に弥生は苦笑せずにはいられない。
では「計画の必要上」とは何だと訊かれれば、それは簡単に説明することが出来る。
弥生がすでに冬馬という存在無くしては生きていけない事実を、両親や彼本人にアピールするためだ。
しっかり者の姉として生きてきた自分が、ここまで露骨に弟に依存する無残な姿を見せつければ、彼女が次のステージに「計画」を進めた時、冬馬や両親がどのような拒絶反応を示しても対応することが出来る。
「計画」というのは言うまでも無く、彼女が進めている冬馬との結婚――DNA鑑定書偽造による非血縁の証明、それに伴う、姉妹と冬馬との“男女交際”の許可を両親に取り付けることだ。
実はもう、書類はすでに弥生の手元にある。
口座振込みによる偽造屋への支払いも終了している。
つまり、あとはもう、いつこのフェイクの鑑定書を両親に叩きつけ、弟との仲を認めさせるかという最終段階に入りつつあるのだ。
だが、最終段階とは言っても、ここから先こそが最も「計画」の困難なポイントであることは間違いない。例えどんなタイミングであっても、両親が反発することなしに弥生が示した鑑定書や意見を耳にするはずがないのだから。
421 傷 (その14) sage 2009/03/02(月) 21:04:14 ID:H5r92GCy
いま弥生が家族に見せつけている“奇行”は、いわばそのための布石であった。
たとえば、冬馬と引き離されるくらいならば自殺すると主張することも、いまの弥生ならば可能だ。
一度口に出した以上は、受諾されねば本当に手首くらいは切りかねない。そう思わせるだけのエキセントリックな雰囲気が、今の弥生にはある。――そう両親が解釈してくれたならばしめたものだ。
自身の命という“人質”を振りかざせば、我が子の要求を一蹴できる親など存在しない。
恋に狂った女に道理は通じない。通じない以上、結局のところ両親は折れざるを得ない。
いや、両親だけではない。
冬馬本人さえも、弥生が自殺をちらつかせれば、自分に従わずにはいられないはずだ。
無論、現在の“柊木冬馬”が不能である事実を弥生は知らない事になっているので、彼としては弥生の要求にこれまで以上の拒絶を示すかも知れないが、それでも、冬馬という少年が、最終的に自分を見捨てるとは、弥生には思えなかった。
だが、いくら何でも一足飛びに自分たち姉妹が、冬馬と結婚できるとは弥生も考えない。
そこまで周囲の感情をないがしろにしては、まとまる話もまとまらないからだ。
最初のステップとしては、あくまで健全な、当たり前の男女としての交際――そこから始めねばならない。そのためにまず、両親に自分たちの仲を認めさせ、そして二人で家を出る。
実質的には同棲だが、一応は姉弟として暮らしてきた二人だ。世間的には“同居”で通せるだろう。そして二人がそのまま大学を卒業する頃には、葉月は充分に一人前の女性に成長しているはずだ。
そこで冬馬に、弥生から葉月に乗り換えたという形で、妹と婚姻を結ばせればいい。
両親は、また何かと文句をつけそうだが、そこまで時間をかければ彼らが自分たちの物理的な障害になるとは思えなかったし、いざとなれば彼らの意見など無視してもいい。
弥生なりに両親に
家族愛は感じてはいるが、それでも「計画」の邪魔になるなら話は別だ。そこまで彼らの話に付き合う義理は無い。現代日本では、親の反対を押し切って結婚するカップルなど、掃いて捨てるほどいるのだから。
(問題は……葉月ちゃんね)
弥生としては、あくまで葉月に言った『正妻の座を譲渡する』という言葉を反故にするつもりは無い。あくまで葉月と二人で冬馬を共有するという結末こそが、弥生の最も望むハッピーエンドなのだから。
だが、この「計画」の大筋を変更する気も、やはり弥生には無い。
しかし、葉月はどうだろう。
(承知しないでしょうね……)
弥生はそう思う。
葉月が卓抜した識者である事実は認めるが、それ以前に彼女は一人の少女である。
思春期の少女独特の潔癖さが、こんな計画を認めるはずが無い。ムチャとか無謀とか、そんな次元ではない。そもそもこれは当事者である冬馬の意思を、徹底的に黙殺せねば成立しない計画だからだ。
だが、いまはともかく――いずれは説得できる自信はある。
いざとなれば、葉月が成長するのを待って冬馬を抱かせてやればいい。
あの黄金の美酒のような彼の肉体を知ってなお、妹が弥生の「計画」に反対するとは思えない。現在13歳の妹ならば、一年後二年後に“体験”させたとしても破瓜の苦痛は並々ならぬであろうが、それでも数をこなせば必ず葉月も冬馬に夢中になる。今の自分と同じ意味でだ。
――その確信が弥生にはあった。
弥生は、まどろみながら、にんまりと笑った。
彼女の脳中には、すでに葉月のことは無い。
いや、葉月のことだけではない。
もはや彼女の意識は、無力な赤子のように睡魔の腕に包まれ、その眠りに全身を委ねていた。
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「葉月ちゃん、朝食よ」
ノックの音と同時に、姉の声がドアの外から葉月の個室に響く。
時計を見ると午前七時。
どうやら時間の経過も分からなくなるほどデータ整理に夢中になっていたようだ。
葉月はそこではじめて学者としてのモードを解除した。
「はい、――すぐ行きます」
だが、弥生は妹の返事など待ってはいない。葉月が口を開いたと同時に、彼女の足音がドア越しに廊下に響くのが聞こえる。
軽やかな、いかにも多幸感に満ちた足音。
一秒でも早く、階下の冬馬の元へ戻りたいのだろう。
葉月は髪をぽりぽりと掻いた。
422 傷 (その14) sage 2009/03/02(月) 21:06:23 ID:H5r92GCy
姉を羨ましい――とは思わない。
ただ、いずれは自分も姉のような状態になるのだろうか、という漠然とした疑問が頭に浮かぶ。
恋に恋するオンナノコが、恋の魅力にどっぷりハマれば、ああも変わるだろう。
だが、少なくとも葉月は、自分が――この柊木葉月という人間が、現在の姉のような精神状態になるとはどうしても想像できなかった。
ああいう状態になるには、葉月は自分が理論家であり過ぎることを知っている。
無論、弥生が理論家でないとは思わない。
弥生は現役の女子高生でありながら、株式相場で数千万もの資産を稼ぎ出す投資家だ。彼女には彼女なりの株式理論がなければ、そこまでの成功を収められるはずが無い。
だが、株という代物は理屈だけで読み切れるものではない、とも弥生は言っていた。
相場というものは詰まるところギャンブルであり、博打で利益を上げるためには、ロジックのみならず、勘や閃きといった“嗅覚”を研ぎ澄ますことこそ重要だ。――姉はかつて、葉月にそう語った。
葉月が姉を羨むポイントがあるとすれば、そこであろう。
弥生は、机に向かえば完璧超人と称されるほどの秀才である。
にもかかわらず、彼女は“理”というものが万能ではないことを知っている。“理”を超越したところにある何かを見ることの出来る眼を持っている。それは多分、葉月には永遠に辿り着けない境地であるようにさえ見えるのだ。
だから葉月にとって、今まで以上に冬馬にくびったけになった弥生への羨望は無い。ただ、ああいう状態でなければ見えないものがあるとすれば、それは何だろうという好奇心のみがある。
だが、嫉妬もないかと問われれば……それは話が別だ。
自分にまとわり付く弥生を、冬馬は困惑し、苦笑しながらも好きにさせている。そこにあるのは、悩乱した一人の女性をあしらう大人の男の姿だ。
そんな兄は、葉月にはとても素敵なものに見えた。
あしらうと言えば聞こえは悪いが、要するに必要以上に迫ってくる姉を、子供のようにあやしつけ、恥をかかせないように細心の心配りを払いつつ、一人のレディとして遇するということだ。
自分もあしらわれたい。一人前のレディとして扱われたい。
そう思わないと言えば、さすがに嘘だ。
弥生のように人変わりしたいとは思わないが、それでも心を弱火で煮られるような嫉妬が消えない。なにせ冬馬は、豹変した弥生をレディとして扱いながらも、葉月に対しては依然として、ただの妹としての扱いを変えようとしないのだから。
(不公平、ですよね……)
ならばどうすればいい?
冬馬に、妹以上の視線を自分に向けさせるためにはどうすればいい?
姉以上の扱いを、冬馬に要求するためにはどうすればいい?
葉月は学習机の引出しを開けた。
一昨日、通信販売で購入した、とあるガラスの子瓶。
葉月は理解している。
自分は姉のようにはなれない。姉のように無邪気に兄にまとわりつくことはできない。
ならばどうすればいい?
簡単だ。自分が変われぬならば相手を変えてしまえばいい。
現に自分は変えた事があったではないか。柊木冬馬にとって、あくまで妹でしかなかった自分を、まるで絶対服従の主として仰ぎ見る“芹沢冬馬”に変えた事が。
そのスイッチも憶えている
あのとき彼は、肛門を指で刺激され、齢9歳の少年奴隷に精神退行した。
だが、退行した兄を前に、かつて葉月はなすすべを持たなかった。
しかし、……今は違う。
これを使えば、自分でも弥生と同じことが出来る。
壊れた兄を、姉の手を煩わせる事無く、自分ひとりで修理することが出来る。
(でも……でも……やっぱりこれって……許されることじゃない……ッッ!!)
葉月は震える手で、一度取り出したそれを、ふたたび学習机の奥深くにしまい込んだ。
無論、近所の店で手に入る代物ではない。
インターネットの、それも裏サイトと呼んでもいいようなネットショップでしか出回らない一品。
服用した人間をトランス状態にし、素人でも催眠暗示をかけることの出来る白い錠剤。
洗脳用マニュアル込みで七万円もする、高価な薬品。
(……でも……でも……でも……でも……ッッッ!!)
葉月の心はいま、揺れていた。
最終更新:2009年03月11日 02:26