606 「confession」 (1/3) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/03/11(水) 06:08:13 ID:jtHKhgx1
「折角のお誘い悪いんだけど、妹が家で待ってるから、帰らせてもらうよ」
「妹なんてほっときなさいよぉ。気にしなきゃ、家で男咥えこんで喘いd」
「少し黙ってくれないかい? 俺には、君を殴らない自信なんてないから」
「な、何よぅ……ぅあ、ご、ごめんなさい…………」
気分の悪い夢を見て、目が覚めた。
夢の内容は、2ヶ月前の職場での飲み会の席の一幕だった。
酔っ払った同僚の女性達に、しつこく絡まれて、つい怒った大人気なかった日。
でも、妹のことを貶されたくはなかった。俺は――
「兄(にい)、おはよう。悪いんだけど……」
部屋の扉を開け、妹が入ってきた。毎朝妹が来るため、鍵は締めていないのだ。
「おはよう。わかってるよ、ちょっと待t」
会話の途中だったが、突然妹に唇を塞がれてしまった。
どうも最近、妹の我慢が効かなくなってきているらしい。
「ん……ちゅ……むぐ…………」
俺に口付けた状態で、勢いよく唾液を啜りとる妹。
それだけではなく、舌をかきいれてきて、直接唾液を奪い尽くしていく。
その一連の行為を、俺はただ黙って受け入れている。
「にゅ……ふ…………ぷはっ」
ようやく妹の「衝動」が治まったようだ。同時に俺から唇を離す。
妹は――いつも通りの、申し訳なさそうな表情。
「大丈夫か? まだ足りないなら、もう少し」
「大丈夫。大丈夫だから……ごめんなさい」
いつものように謝ってくる妹。別に構わないといっても、やはり謝ってくる。
そんな妹に、俺は優しく励ましてやるようにしている。
「仕方ないよ。おまえの身体は、こうしないと死んでしまうんだから」
――DNA dependence。
日本では「生体組織依存症」などと呼ばれるこの病気。
21世紀になって数年としないうちに、全世界に流行した狂気の病。
厳密な症状や治療法は確立されていないが、有名な特徴は次の3つ。
――この病は、精神病にして、外部感染による繁殖力をもつ特殊な病気である。
――感染因子保有中に、誰か他人の生体組織を摂取すると、95%の確立で発症する。
――発症すると、最初に摂取した誰かの生体組織を定期的に摂取しないと、衰弱死する。
1年前、妹はそんな恐ろしい病気を、発症してしまった。
この病に侵されてからというもの、妹は自分の将来を諦めて、家に閉じこもるようになった。
父親は10年前に他界し、母親は敏腕弁護士として遠方の地で働き、家計を支えている。
そうして、家には妹と、妹の看病のためにという理由で自分の、あわせて2人が残った。
かわいい妹が元気になってくれるなら、望んでいた遠方の就職先なんて、どうでもよかった。
なのに、妹は自分のことを恥じて疎んで、憎んでさえいる。
妹が自らを嫌悪の対象にしている理由、それは明白だ。
この少女の「依存相手」――摂取対象は、俺――つまりは「実の兄」なのだ。
「――わかった。じゃあご飯ができたら、また呼びに来るね」
「ああ、それじゃあ」
妹と他愛ない会話を交わし終えて、俺は再びベッドの上に倒れこむ。
今日は仕事が昼から、と言った時の妹の表情を思い出す。
とても嬉しそうだった――けど、俺は一緒にいることを断った。
あの表情を見せた妹を見ていると、自分の方が、我慢できなくなるからだ。
わかっているんだ。妹が俺を愛していることは。
わかっていたんだ。俺も妹に恋していることに。
607 「confession」 (2/3) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/03/11(水) 06:09:00 ID:jtHKhgx1
でも、今すぐ妹の気持ちに応えて、そういう関係を持つことはできない。
別に近親相姦が怖いわけではない。今の摂取――キスにも何の抵抗もない。
それでも、俺は、妹と少しでも長く、一緒に生きて、共に暮らしていきたい。
だから、妹と今以上に近づくことは、できないんだ。
たとえ、いま扉の外に居るだろう妹が、俺からの「愛撫」を求めていようとも。
「生体組織依存症」は、現状では治療法のない、不治の病と言われている。
あくまで「摂取」のみが一時的に衰弱症状を和らげる手段で、それ以上はない。
そして「摂取」でさえ永遠の有効策ではない、ということも、俺は知っている。
例えば、食用調味料。例えば、薬物依存症。
アレは、摂取を続けるうちに身体が慣れ、より多い量、そして次の段階を求める。
「生体組織依存症」も、要するにそれとまったく変わらない。
唾液で済む現状は、やがて血液や精液・愛液の欲求へと進行し、やがて最後に――
考えたくもない悪夢。「依存対象」を殺し、時間を置いて結局「患者」も殺す。
だからと言って、摂取量を抑制し続ければ、患者は衰弱し、発狂し、死に至る。
こんな病気、誰かが悪意を持って生み出したとしか考えられない!
唯一の救いにして最大の悲劇は、「患者」と「摂取対象」同士の関係性がカギであること。
最も信頼し合い、また愛し合うもの同士のみが、この病に苦しむというのだ。
「dependence」という単語には、「依存」の他に「信頼」という意味があるらしい。
この病の名づけ親も、よっぽどタチの悪い性格をしていたんだろう。
この病は、「患者」と「依存対象」との「信頼」を糧に増長する、まさに悪魔だ!
いま妹を受け入れて、キス以上の関係に発展すれば、それだけ妹の病は進行する。
そして、性的関係を結ぶうち、妹は「摂取」の欲求に耐えられなくなり、俺の肉を――
だから、今以上に仲良くしていてはいけない。長く生きたいなら。
本当は離れて暮らしながら、定期的に妹のところへ、血液を届ければいいはずなんだ。
実際、病に冒された人間への対処方法は、世界基準でもそんな方法しかないのだから。
それでも、俺は妹と共に居ることを決めた。
それを決めた時、学校関係者や友人達、そして当時の就職先にはかなりの迷惑をかけた。
遠方に暮らす母親には、「自分を捨てるなら、好きなようにすればいい」と言われた。
妹には、やっぱり泣かれてしまった。一時は「摂取」を拒むほど悩んでいたくらいだ。
それでも、やっぱり俺は、愛おしい妹と、一緒に居たかった。
「はははは……笑わせる。本当はそんな資格なんてないのにな」
俺は目元を両手で押さえて笑う。妹には聞こえない程度の小声で。
本当は聞こえていて、今すぐにでも扉を開けて入ってきて欲しいくせに。
情けないよな。妹に嫌われたくないから、本当の事を言えないなんて。
けど、このことを話しても嫌われないという確信もあるから、嫌なんだ。
妹が発症した原因は、妹本人から聞いている。
妹が、寝ている俺の唇を、無理矢理にむさぼったからだ。
けれど、どこで感染源から病の因子をもらったかは、妹は知らない。
知っているのは俺だけだ。いや、正確には俺が悪いんだ。
妹が病の因子に感染したのは――俺が寝ていた妹に、キスをしたからだ。
608 「confession」 (3/3) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/03/11(水) 06:10:32 ID:jtHKhgx1
それは、妹が俺に夜這いをかけた原因、恋人を作った一件まで遡る。
あの時の俺は、明らかに、妹に対して良からぬ眼を向けていた。
そんな最低な自分に悩みながら、妹と笑いあい、学業をこなし、就活を終えて――
いざ卒業の日、という時に、大学の同級生だった女の子から、告白された。
あまりそういう場面に耐性がなかった俺は、彼女にキスされて、半ば脅された。
おそらく、あのキスの際に、俺が病の因子を、彼女から貰ってしまったのだろう。
結局その日は返事をせずに家に帰り、リビングで寝ている妹に遭遇した。
あの告白の時も、キスされた時も、妹の顔ばかりが浮かんでいた自分。
このままでは、妹の将来にさえ、自分が多大に干渉し続けるであろう、恐怖。
だから、吹っ切るつもりで、あの同級生からの告白を受けることにした。
だから、決別するつもりで、眠っている妹の唇に、口付けてしまった。
その後の顛末は、あまりに情けなさ過ぎて、いまだに思い出すのも辛い時がある。
告白を了承して、晴れて恋人同士になったことを、妹に報告した。
その夜、実は両思いだった妹に、俺がしたようにキスされて、妹が病に倒れた。
それを聞いて、俺は恋人より妹を選び、その場で元恋人に別れを告げた。
三角関係とか、泥沼とか、そんなチャチなもんじゃ決して無い、真の修羅場を味わった。
そうして、俺は今もなお、妹の傍に居る事ができている。
内定していた就職先を変え、自宅から近くて、さらに時間に余裕のあるものを選んだ。
大学での学業成績や、自分の才能を捨てる行為。家族を含め、いろんな人から責められた。
正直なところ、今でも充分に後悔している。
けれど多分、そうしないと、もっと後悔していたのだろう。
俺は、少しでも生きて、妹と共に暮らしていきたい。
それが、結果的に妹を長く苦しませてしまう原因になろうとも。
今、妹が必死で、自慰などに頼って「恋」や「摂取」の衝動を抑えていることも知っている。
抑えなければ、欲望のままに俺を襲い、処女を散らせながら愛欲に溺れるであろうことも。
一緒に居る事で妹を苦しませているが、これは俺の身勝手なワガママ。情けない俺の願い。
最後に妹が耐え切れなくなるまで、妹には悪いが、俺は今の立ち位置を崩さない。
俺は最低だ。近親相姦も、殺されることも怖くないくせに、妹に我慢をさせる、最低の兄だ。
きっとこの先、妹が耐えられず襲ってくるまで、妹の愛を否定する、最低の兄だ。
――でも。それでも。願わくば、俺が妹に殺されるその日まで、妹の傍にいられますように。
そう心の中で呟き、俺は部屋の前から離れていく妹の事を想っていた。
― END ―
最終更新:2009年03月15日 22:18