記憶の中の貴方へ 第3話

818 記憶の中の貴方へ 第3話  ◆YVZUFUAt8U sage 2009/03/21(土) 03:21:01 ID:goLVnqk2
正直な話、僕は真琴さんについてあまり多くを知っていない。
 趣味はスポーツ全般で嫌いなことは勉強全般。二人姉妹で妹がいること。その程度だ。
彼女が自身のことを話したがらないのではなく、単純に仲良くなってここ2週間程しか経っていないからだった。
そう、彼女はちょうど進級に合わせて、この学園に転入してきた。

「いやぁ、ホントありがとう。えへへ。いつもは茜(あかね)に頼んでいるんだけど、いつもの癖が出たらしくて。本当に感謝してる!」
桜が散り始めた今日この頃。雫姉と別れてすぐ。向かい合うように机を合わせた教室で、あくびを噛み殺しながらクラス委員の仕事をしていると、はにかみながら真琴さんがそんなことを教えてくれた。
彼女の友人の茜さんは、自称名探偵だそうで、何か事件の匂いをかぎつけたと言っては、どこかへ出かけてしまう悪癖があった。
今回も毎度のごとく、学校そっちのけで出かけたのだろう。それにしても、高校二年生で名探偵ってどうなんだろう。
それはともかく。先ほど――校門での雫姉とのやりとりから気になっていたことについて尋ねた。
「真琴さんて、うちの姉さんと知り合いだったの?」
「やっぱりー。聞いてないんだ」
「何のこと?」
人脈は、一つの力だ。単純に相手の名を知っているだけでも随分違うらしい。これはこの学園の生徒にもいえる事なのであるが、やはりそれだけの関係ではなさそうだった。
「まあ、教えるわけ無いかあ。だって……ね?」
 かわいらしい声が「そっかそっかあ」と頷き、こちらに意味深な視線が向けられる。が、残念ながら、僕には意味が分からない。
その反応に真琴さんは「へえホントなんだ」とつぶやくと机に頬杖をついて、億劫そうに続けた、
「一度だけ。ほんの少しだけだけど会ったことがあるんだよ。でも、お姫様は覚えていなかったみたいだね」
「お姫様?」
「ああ、雫さんの事だよ。雛守の姫っていえば社交界では有名なんだ」
 手をひらひらさせる。
知らなかった。雫姉はそう言った煌びやかな世界の話を聞かせてくれない。「お前にはまだ早い。」だそうな。まあ、興味がないのだから良いのだけれど。



819 記憶の中の貴方へ 第3話  ◆YVZUFUAt8U sage 2009/03/21(土) 03:22:13 ID:goLVnqk2
でも、
「それだけじゃないんでしょ?」
雫姉のあの反応は明らかに普通でない。何か他の理由があるに違いなかった。
「え、……あー。」
 ニコニコしていた彼女は考えると、
「ねえ、広樹くんてさ、あたしのことどう思う?」
 いきなりの話題転換にちょっと驚く。彼女はニコニコしたまま。だけど、冗談で誤魔化さないで欲しいのだと分かった。
「真琴さんと知り合って少ししか経ってないけれど、その……明るくて素敵な女の子だと思う。優しいし……。
あと、スポーツも出来て――苦手って言うけど僕より勉強も出来るよね、何でも出来て凄いと思う。あとは、ええと――」
「ありがと、そう思ってくれて。でも違うよ。あたしはそんなんじゃない。買いかぶりすぎ」
 どうしたのだろう。口元には笑みを張り付かせたまま、真琴さんは目を伏せた。
「たとえばさ」と繋げる。
「あたしは………あたしは……広樹くんのいうようないい人じゃないかもしれないよ?広樹君の前で猫被っているだけかもしれないよ?性格も悪くて……いわゆる悪女ってやつ……かも。――それに家は穢れているし」
 いつもの真琴さんらしくない尻すぼみなセリフ。最後の部分は聞き取れなかった。
「そんなこと無い。そんなこと無いよ。僕と真琴さんは知り合って僅かだけど、それでも真琴さんがいい人だって分かるよ。
優しくてかわいい、とても素敵な女の子だ。そんなこと言っちゃダメだよ」
 雫姉だったらもっと上手にいえるんだろう。だけど、こんな伝わるかどうか分からない言い方しかできない。凄くもどかしい。
「だから、そんな悲しいこと言わないでよ。ね?
真琴さんのこと、ぼくは好きだよ?」
たとえばでもそんなこと言わないで欲しい。
「あう……好きって」
「?」
 さっきよりも顔を伏せてしまう。前髪で隠れて顔は見えない。髪の隙間からのぞく耳は赤かった。
「…………好きって言われた」
「……あ」
 実はとんでもないことを言ってしまった様な気がする。というか言った。



820 記憶の中の貴方へ 第3話  ◆YVZUFUAt8U sage 2009/03/21(土) 03:22:52 ID:goLVnqk2
「いや、その友達として好きってわけで。あっ!真琴さんに魅力がないって訳じゃないんだよ、むしろ魅力的……いやいやいや、そうじゃなくて」
 ああさっきから何いってるんだろ僕。
 うろたえていると真琴さんがクスリと微笑んで、髪をかき上げた。伏せていた顔にはさっきとは違う自然な笑顔。
「ありがと。なんだろ、広樹君にそう言われると嬉しいな。……うん、すごく嬉しいや」
「え、うん。こっちも元気出してくれて良かった」
 彼女の笑みにつられて笑う。顔が熱い。たぶん今、これ以上もなく赤面してるんだろう。
「ううん。本当にありがとう」
 胸に手を当てる。かけがえのない贈りものをもらったように。
 彼女は微笑んでいる


 しばらく胸に手を当てていた彼女は元の話を切り出した。
「ねえ、お姫……雫さんとの関係が気になるって言ったね」
ようやく答えてくれる気になったのだろうか。訝しげに頷く僕に、
「じゃあ、その……今度の日曜にデートしない?」
 彼女はとびきりの爆弾を投げたのだった。



どうしよう、顔が熱くて仕方がない。この顔を広樹君に見られたのだと思うと、恥ずかしくてまた熱くなる。
放課後。広樹の帰った教室で真琴はとまどっていた。自分があんなに積極的だとは思わなかった。いつかは誘うつもりでいたがこんなに早くとは思ってなかった。何よりも、
放課後の今まで、朝のことを思い出しては赤面することの繰り返しだった。そんな『普通の女の子』の自分に驚きだった。
雫さんとの関係を教える代わりに、買い物の荷物持ちを手伝って欲しい。
今思うと無茶苦茶なことだったが、彼はそんなことでいいなら、と快く引き受けてくれた。
彼は妙なところで賢い。真琴と雫の確執が個人ではなく家柄を背景にした物だと言うことに気づいたのだろう。この程度のことで教えてくれるのならと思ったのかもしれない。
楠家に名を連ねる少女、真琴の冷静な部分がそう告げていた。
携帯を取り出して電話をかける。相手はすぐに出た。
「うん、あたし。………そう。誘ったらOKしてくれたよ。あんなに簡単に人を信じていいのかな……。まあこっちは好都合なんだけど…………うん……分かってる……」
広樹の前とは打って変わった思慮深い声。ここからは『楠家』真琴になる。



821 記憶の中の貴方へ 第3話  ◆YVZUFUAt8U sage 2009/03/21(土) 03:23:48 ID:goLVnqk2
日曜に出かけることを伝える。むこうで安堵の空気が流れるのに気づいた。第1段階はクリアと言うことなのだろう。
「うん……頑張るよ。せいぜいあたしを気に入ってもらわないとね」
静かに、感情をのせず通話しながらも、頭に浮かぶのは赤面していた広樹の顔。関係が知りたくて引き受けとはいえ、そこは年頃の男の子。
やっぱり意識してしまうのだろう。あの顔、あれは可愛かったなあ。
出会って2週間程度だがそれでも、広樹がいい人だと言うことに真琴は気づいたし、疑いようがなかった。
常に周りを気にかけ、助けることに躊躇しない。そしてそのための自身の努力を惜しまない。それだけではない。普段からさりげない優しさが表れている。
他人に対して真っ直ぐで真摯な姿勢が好ましかった。この金持ち派閥の縮図そのものの学園で、そんなことが出来る広樹のような人は特別だった。
他人のために動いて努力できる人、少なくとも真琴はいままで出会ったことがなかった。
真琴は思う。
もっと、彼のいろんな顔が見たい。喜ぶ顔が見たい。楽しむ顔が見たい。哀しむ顔も見たいし、他のいろんな表情が見たい。それを一番近くで……広樹の隣で見ていたい。
「弱ったな」
あふれてくる感情の行き所が分からず、思わず呟く。楠の真琴では考えられないことだった。
なんだこういう事だったのかと真琴は今更ながら気づく。怪訝そうに問い返す電話に
「どうやらあたしの方が先にまいってしまったみたい」
 平坦だった口調が熱を帯びる。朝のあのセリフが決定打だった。あんなことを素でいえるなんて、反則じゃないか。
「最初はどんな男の子かと恐々としていたけど」
視線は窓の向こう、彼のいる屋敷の方向に自然と向いていた。夕日に沈む町並みに彼の姿を思い浮かべる。こんなのは、こんな普通の女の子なのは、楠家の真琴ではあり得ないことだった。
でも止められない。自分の内で燦然とわき上がる熱にとまどいながらも真琴は決してイヤじゃない。そうイヤじゃなく、むしろ嬉しい。この気持ちが誇らしい。
自然と手は胸に、真琴は静かに確信する。広樹は……そう広樹こそが
「あたしの旦那様にふさわしい」

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最終更新:2009年03月23日 00:59
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