負い目3

392 負い目3-1 ◆DqcSfilCKg sage New! 2009/06/06(土) 12:31:25 ID:otkV2Nbc

名前を呼んだのがクラスメイトの宇津木さんだと気づき、僕は彼女が片手一杯に抱えているプリントの束を代わりに受け取った。
手渡す際に何枚か地面に散らばるプリントに「ごめんなさいね」と、宇津木さんは膝を屈めて拾い出す。
少し慌ててしまうけれど、その反応こそが彼女を傷つけてしまう事を僕はそれなりに分かっているつもりだ。
宇津木さんには右肘から先が無い。
姉さんのように事故で失ったものではなく、いい加減、暑さも増してきた校舎でもカーディガンに袖を通す彼女は淀みない動作でプリントを拾い上げる。
一度、不便じゃないの? なんて愚かなことを聞いてしまった時も、少し困ったように眉を下げて微笑んだ宇津木さんには頭が上がらない。
教室に戻るまでの廊下を宇津木さんと一緒に歩く。
もう2年生になったこともあって周囲も宇津木さんに対して理解を示しているけれど、それでもまだ向けられる好奇の視線は明らかで、何よりも僕の方が耐えられなかった。
「ごめん。僕も日直なのに気づかなくて」
「ううん。皆藤君も皆藤君で仕事あったんだし」
隣で小さくかぶりを振る宇津木さん。肩口で切りそろえた髪が気持ちよさそうに揺れ、僅かに見えるうなじからわざと視線をずらす。
なんだか自分がどうしようもない変態のようにも思えたけど、そんな僕の様子にクスクスと口元に左手を添えながら宇津木さんは笑っていた。
もう顔まで真っ赤だろうけれど、それは暑さのせいにすることにした。

「今日、お家にお邪魔して良いかしら」
放課後、日直の仕事を済ませると宇津木さんがそう切り出してきた。
なんで、と言い掛ける口を慌ててつぐむものの、彼女の方から「この前貸したノート」と言われてしまい、なんと返すべきか困っている僕をまた彼女はクスクス笑った。
結局、頭を下げる僕に宇津木さんは気にする風でもなく微笑んだ。



393 負い目3-2 ◆DqcSfilCKg sage New! 2009/06/06(土) 12:32:36 ID:otkV2Nbc

「そういう変に律儀なところが皆藤君の美徳よね」
帰り道。校舎を出た時よりも不安を煽るような暗雲にお互いに足を早める中、先ほどのやり取りでも思い出したのか、宇津木さんは少しだけニヤニヤと口角を上げる。
学校では見れない妙に人間くさい笑顔に僕もまたつられて笑った。
「いちおう褒めてるつもりよ?」
「あんまりそうは思えないよ」
勉強はもちろん、運動でも腕のハンデをものともしない彼女はクラスに違和感なく溶け込んでいる。
控えめな性格もあってか、けして派手なタイプではないけれどクラスメイトの大半は彼女に好意的な人間だ。
むしろ、この歳にもなって彼女の腕のことで差別をしようなんて人間の方がよっぽど異常だと僕は考える。
僕もまた姉さんのこともあってか、初めのぎこちなさこそ仕方ないとはいえ、今ではこうして会話に困らない程度の仲にはなっていた。
ただ、それでもこうしてクラスメイトの女の子を家に呼ぶことには抵抗というか、先ほどから頭の隅にちらつく姉さんの影を必死に考えないようにしながらの会話が続く。
そういう時の女の子の鋭さはたいしたもので、「どうしたの?」なんて僅かに眉をひそめる宇津木さんにヒヤリとした。
「確か、お姉さんがいるのよね」
 はたして彼女への「うん」は違和感のないものだろうか。しばらく黙っていた宇津木さんは、やっぱり、とだけ呟いた。
「やっぱりって?」
「皆藤君、女の子の扱い慣れてるから」
 自分としてはそういう気は更々ないつもりだけど、宇津木さんは続けて「だから可哀そう」と付け加えた。

玄関を開けるといつものように姉さんが台所からパタパタと、エプロンを付けたまま迎えに来る。
けど、今日は一人でないことを認めるとその足は途中で止まり、口だけは笑ったまま姉さんは目を僕へと向けた。
別に恋人でも紹介するわけでもないのに、どこかむず痒さを感じながら、宇津木さんを紹介する。
「そう。よろしくね」
姉さんはペコリと頭を下げる。何度かその目が宇津木さんの腕と顔を交互したことは、仕方ないとはいえあまり気持ちの良いものではなかった。
宇津木さんも挨拶を返し、あがってもらおうと思ったところで宇津木さんは「じゃあ私はこれで」と、いつもよりも更に平坦な調子で僕に話しかける。
「え? もう帰るの? 少しあがっていったら良いのに」
「私も用事あるから。ごめんなさいね」
くるりと踵を返す彼女に、慌てて自室へと駆け込み辞書を持ってくる。
どうやら宇津木さん本人も忘れていたようで、「ありがとう」とどこか微妙な表情のまま受け取るとさっさと玄関から出て行ってしまった。
追いかけようとするも、掴まれた腕の先にいる姉さんの瞳が僕を捉え、そのまま僕は居間へと連れて行かれた。



394 負い目3-3 ◆DqcSfilCKg sage New! 2009/06/06(土) 12:34:43 ID:otkV2Nbc
先ほどからの笑みを崩さないまま、姉さんはテーブルの向こう側へ座るようにと僕を促す。
テーブルを挟んでのこの形は決まって、何かしら姉さんからお叱りを受ける時のものだ。
それにしたって、普段は眉をひそめるなりのポーズはしてくるのに、今日はニコニコと、その真意を見せない笑顔のまま。
「しゅーくん」
ビクリと、手を上げられたわけでもないのに体ごと反応してしまう。目の前の姉さんは表情を崩さない。
「ああいう子が良いんだ」
なぜか全身に、それこそ頭に血が上った。過剰に反応し過ぎなのかもしれないけど、言外に宇津木さんの腕のことが含まれている気がしてならない。
それにその言葉は、なにより目にハンデを負っている姉さん自身を貶めているようにも感じた。
姉さん、と切り返そうとする僕を「怒った?」と、牽制も何もあったもんじゃない言葉で切り落とす。
そうして姉さんはやっと笑顔を崩すと、いつものように眉をひそめた。あとはもう叱られるだけ。
自分の生意気さ加減にうんざりしそうだった。
俯く僕に、姉さんは続ける。

「そうだよね。そんな風に言われたらしゅーくんだって怒るよね。
別に、宇津木さんだっけ? 宇津木さんの腕のこと言ってるわけじゃなくても、それでもしゅーくんにとっては許せない言葉だよね。
いいよ、しゅーくん。こんなダメなお姉ちゃんに怒っても、怒鳴って、それでも足りなくてぶって、殴って。
それでしゅーくんの気持ちが収まるならいくらでも良いよ。
でも、でもね? ちょっとその、やっぱりお姉ちゃん前から言ってるけど、その、やっぱりしゅーくんの為にならないんじゃないかなあって思うの。
別にああいうハンデのある子と付き合うなってワケじゃないよ?
それならお姉ちゃんだってハンデがあるわけだし、しゅーくんにもそういうことで差別するような人間になって欲しくないの。
本当だよ? だから、だからね。その、なんていうか、気を悪くしないでね? その、あまりしゅーくんには背負って欲しくないの。
別にあの子が悪いってワケじゃないんだよ?
しゅーくんが悪いワケでもなくて、それでも、それでもやっぱりしゅーくんにはこれ以上、負担をかけてしまうような子と付き合って欲しくないの。
こんなこと言って、それならお姉ちゃんが一番しゅーくんに負担をかけてるのにね。ごめんね。
けど、けどやっぱりしゅーくんが苦しくなっちゃうよ。別に目に見えて苦しくなるわけじゃないよ?
けど、やっぱりああいう子と付き合ってくうちに溜まってくものだってあると思う。どうにもぶつけられないものが積もってくと思うの。
しゅーくんは優しいからやっぱり自分のうちに溜め込んじゃって。溜め込んで溜め込んで、そしたらしゅーくんが壊れちゃう。
しゅーくんが壊れるのなんてお姉ちゃんだって見たくないもの。
だからって言うのもなんだけど、やっぱりああいう子と付き合うのはある程度の距離が必要だと思うな。
ね? そうでしょしゅーくん? しゅーくんもそう思うでしょ? これ以上しゅーくんに負担になっちゃう子はいらないよ。
お姉ちゃんだけで手一杯でしょ? それでもしゅーくんは優しいから、優しいからこんなお姉ちゃんでも傍にいてくれるんだよね? ね?」

いつの間にか正面からの言葉は頭上から降りかかるものとなり、顔を上げると隣で寄り添う形で姉さんがいた。
姉さんは「ね?」と、その濁りのある瞳で見つめる。
僕が頷き、またその瞳を輝かせる姉さんは「それにね」と、右腕を僕の股間に伸ばす。
宇津木さんにはこれ、出来ないでしょ?
ズボンの中をまさぐる右手が僕のソレに触れ、姉さんはニンマリとした笑みを浮かべた。

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最終更新:2009年06月07日 22:15
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