番外編―父と弟

520 番外編―父と弟 (1/3) ◆Hx2CWeG5HI sage 2009/06/12(金) 18:59:41 ID:o8g/KmdO
父さんが家にいるなんて何ヶ月ぶりだろう…
いつも仕事でなかなか居ないから…お姉ちゃんとのこと今言うべきだよね。
でも、父さんすっごい強面で無表情だから怖いな…
意を決して父さんの部屋の扉をノックする。
「入れ」

中ではノートパソコンと格闘している父さんがいた。
…父さん。
「何だ」
僕のほうを見もせず、ひたすらキーボードを打ち続ける。
部屋に無機質なタイプ音が響く。
…怖くなんか無い、ちゃんと言え、僕!
父さん…僕…その、実は…お姉ちゃんと…愛し合っているんだ。姉弟だけど…
お互い本気なんだよ…
「…そうか」
…それだけ?
もっとこう馬鹿者!お前らなんて勘当だ!!出て行け!!!とか言ったりしないの?
「言って欲しいのか」
いや…そんなわけないけど…
なんかやけにあっさりしているというか…
「…お前らの様子を見ていれば大体想像がつく」
見ていればって…父さん殆ど家にいないじゃないか。
「…問題ない」
問題ない…のかな?
タイプ音が止まる。
父さんの視線がこちらを向く。
「もともとそうなるように仕向けたのは私だ」
…は?
「仕事にかまけ、家庭を顧みないことによってお互いを頼り、強く依存するようになる…そしてお前たちは次第に男女を意識する」
…な、なにいってるの?
「お前の姉に介入し、行動の幅を広げてやった…だがそれだけで本当に男女の仲になるはずが無い、そう思っていた…
しかし結果は見ての通り…流石は俺の子だ」
と、父さん…?
「…少し埃の被った話をしよう」


521 番外編―父と弟 (2/3) ◆Hx2CWeG5HI sage 2009/06/12(金) 19:00:02 ID:o8g/KmdO
私には、姉がいた。
意識を持ったときから私は姉を愛していた。姉も私を愛していた。
だが、血が繋がっているのだ。この想いが報われるはずが無い。
だから、私は姉から逃げ出した。
姉から逃げるため必死に勉強を重ね、東京の医大に合格することに成功した。
そして、私は上京する。
姉に私のことは忘れろと言い残して。
姉は私のことを止めなかった。
それは姉心だったのかもしれない。もしくは全てを諦めていたのかもしれない。今となっては分からないが。
私が上京して一ヵ月後、姉が自殺したと手紙が届いた。
姉の遺書には私と一緒にいられないならもうこの世界にいる意味は無い、と書かれていたそうだ。
そうだ、というのは実物を読んではいないからだ。私は姉の葬式には行かなかったのだ。
姉から、現実から目を背けたかった。そのため、ただひたすら学問に没頭し続けた。
そして時が経ち、私は医者になる。
だが、私には知識と技術はあったがそれ以外は何もなかった。ただ漠然と人を診続けていた。
そんなある日だった。
お前たちの母…詩織に出会ったのは。
奴は俺が担当している患者だった。
だが…奴は俺を一目見るなり可愛いなどとぬかした。
奴の正気を疑った。私は見ての通りの強面だ。
その上、姉を亡くしてからは…自分で言うのも可笑しいが、人形のようだったからな。
だが…詩織が言うには、どうにも私はビクビク震えているチワワみたいだそうだ。
奴の評価を聞いて…それは言い得て妙だと感じた。
私は姉から、現実から逃げ続けている。私は臆病者だ。
そんな私の本質を一目で見抜いた詩織に興味が湧いた。
その後は…良くある話だな。
患者に惚れた医者が必死こいて治療し、晴れて二人は結婚する…
…いい女だった。お前の姉は詩織によく似ている。無駄に腹黒いところやら気色悪い行動を起こすところやらな。
しばらくは私も普通の夫婦としてごく平凡な生活というものを謳歌していた。
姉への想いも忘れていた。
ある患者と出会うまでは。

奴は、妹を愛していた。
私と違い、相手からではなく二人で社会から逃げていた。
奴は妹に子どもを生んでもらっていた。第二子が妹の腹に宿っていた。
奴は私とは正反対の生き方をしてその結果幸せを掴んでいた。
だが、同時にそいつはとんでもなく不幸だった。
奴は自我を少しずつ、しかし確実に失っていく病を患っていた。
現代医療ではその病を治療することはできなかった。
…私が診断結果を伝えても、そいつは特段驚かなかった。薄々自覚していたのだろうな。
私は奴にできるだけのことはしてやりたかった。
奴は私とは違い、血が繋がっている者から逃げ出さなかったのだから。
…今思えば、姉に対する贖罪だったのかもしれん。このとき姉への想いを思い出したのかもしれん。
私は奴に遺書を書かせ、預かった。
お前がまだお前でいる間に妹に言いたいことを書けと言って。
遺書を書かせてから…半月ほどだったか。
奴は自殺した。
奇しくもその日はお前が生まれ、そして詩織が死んだ日だ。
詩織の最期を看取った後、私は奴の葬式に行って妹に遺書を渡した。
妹が確認したところ、今までの感謝と謝罪が書かれていたそうだ。
…私は世の不条理さを呪った。
血が繋がったものたちは愛し合っても幸せになれないのか。
泣き崩れる妹と歯が生え揃ったばかりの赤子、そしてあと一月も経たずに誕生するであろう生命を残して逝くなど…
幸せなどといえるのか。
そんなはずが…あるまい。
たとえ血が繋がっていても、愛し合っても…幸せになれるはずだ。私はたまたま不幸な奴らしか見て来れなかっただけだ。
だから…私は試した。
お前たちを使って。
血が繋がっていても幸せになれると証明するために。幸せな姉弟を作り出すために。


522 番外編―父と弟 (3/3) ◆Hx2CWeG5HI sage 2009/06/12(金) 19:00:57 ID:o8g/KmdO
「以上だ」
そんな…僕たち…全部父さんの掌の上、だったの…?
「光太郎」
名前を呼ばれただけなのに、身が竦む。
「お前は…幸せなのか」
幸せ…?
「そうだ…お前は実の姉を抱いたことを、愛したことを後悔していないのか」
…後悔?
そんなこと、するわけ無いよ。
うん、するわけが無い!
例え父さんが仕組んだことだとしても…
僕はお姉ちゃんを愛していることを、むしろ幸せに思うよ。
「それは本心か」
もちろんだよ!一度たりとも後悔なんてしてないよ!ずっとお姉ちゃんと一緒にいたいんだ!!
「…そうか」
…父さん?
「なら、もう実験は終了だ。お前らの絆は、確かなのだろう。
もう私が介入せずともお前らは勝手に行き着く所まで行くのだろうな…幸せに、なれるのだろうな…
なら私はこれからお前らに理不尽な不幸が襲い掛かってこないことを祈るぐらいしか出来ない」

「姉弟でも、幸せになれたのか…最初から逃げなければ…私も…姉さん…」
父さん…
「…最後まで、一緒に居てやれよ。父として発言はこれが最初で最後だ…ふん…私が父として、など…酷く滑稽だ」
ノートパソコンを閉じる。
そしてそのまま父さんは家を出て行った。
それが、僕が聞いた父さんの最期の言葉だった。
二日後、九州のとある湖で父さんは水死体で発見された。
その場所は、父さんのお姉さんが自殺した場所らしい。

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最終更新:2009年06月14日 22:09
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