294 もしも織姫と彦星が姉弟だったら(1/3) sage 2009/07/08(水) 08:12:14 ID:vH4NnOYK
「う~、牛飼い牛飼い」
今日も今日とて牧場の牛達の面倒を見ている少年。
違うところを挙げるとするなら、お空の上で飼ってるってことかナー。
名前は夏彦。
そんな訳で、ようやく最後の牛(花子:4歳)を牛舎へと移動させたて、自分の家の扉を開いたのだった。
するとそこには、天の川の向こうにある都で、機織をしているはずの
姉さんの姿が!
ウホッ!
いい織姫!
「や ら な い か」
そういえば今日は7月7日。年に一度、川に橋が渡される日だった。
昔から、姉に逆らえないよう調教されていた僕は、ホイホイと家の中へ連れて行かれてしまったのだった…
「久しぶりだな。会いたかったぞ夏彦」
「ね、姉さん。う、うん、久しぶりだね」
居間へ連れて行くなり、僕に抱きつく姉さん。そういえば、昔から抱きつき癖があったっけ。
「一年ぶりだな夏彦。去年より背が伸びたんじゃないのか?」
「ま、まぁね。一応成長期の範囲内だから…」
「そういえば17になったんだったか。どうだ?仕事の方は順調か?」
「う、うん。皆僕の言うこと聞いてくれるし、近所の人も、みんないい人ばかりだし…」
世間話をしながらも、僕に抱きついたままの姉さん。
「どうした夏彦?汗をかいているようだが?」
「そ、それはその…」
「それに、心なしか体温が高いようだな。風でも引いたか?」
「ぅ…」
どうもこうも無い。姉さんの大きな胸が当たっているのだ。例え家族と言えども、こうもぎゅうぎゅう押し付けられては妙な気分になってしまう。
「ね、姉さん…離れてくれないかな…?」
「なぜだ?」
「な、なぜってそれは…」
「いつも会うことはおろか声を聞くことも出来ず、『天都の織姫』などという呼び名がついてしまったために、来る日も来る日も仕事に没頭され、一年に一度、ようやく休みを与えられて帰省した姉に、弟としてねぎらいの言葉をかける気は無いのか?」
「う、うん。それは大変だと思ってるよ。でも…」
「ならば良かろう。今日くらいは私の自由にさせろ」
「…はい…」
実際姉さんの噂は、川を挟んだこっちの方にまで聞こえてくる。曰く、
『都に美しい機織の女性がいる』
『都の主たる天帝の娘でありながら、それを笠に着ることも無く、自分の腕だけで生活している』
『天帝の姫は機織の名手』
『織姫タンハァハァ』
といった具合だ。
295 もしも織姫と彦星が姉弟だったら(2/3) sage 2009/07/08(水) 08:12:39 ID:vH4NnOYK
「お父さんとお母さんは元気?」
「ああ。父上は相変わらず忙しいらしくて、殆ど寄り付かないが、母上は月に二度くらいは顔を見せてくれている」
「そうなんだ、よかった」
「夫婦仲も良好のようだな。だが、人が仕事をしている側で、ノロケを聞かされるのは勘弁願いたい」
「あはは…」
僕の両親は、都を治める王のような仕事をしている。特に父さんは、その手腕から『天帝』とまで呼ばれているほどだ。
「…………」
「姉さん?」
「なぁ夏彦。やはりお前こんな辺境などではなく、都で生活した方が良いのではないか?」
「それは…」
まただ。帰ってくる度、姉さんはこの話題を口にする。
「代々牛飼いが我が家系とはいえ、父上も母上も、そして私も、今や都で生活する身だ。稼ぎも多い。お前の一人くらい、余裕で養えるぞ」
「うん。ありがとう…」
都の主たる父さん。その妻であり、また有能な補佐でもある母さん。都で一番と評される腕の姉さん。確かに、僕の一人や二人、遊んで暮らせるくらいの金はあるだろう。
「でも、僕はやっぱりここにいるよ」
「お前…まだあの頃のことを気にしているのか?」
7年ほど前までは、僕も都で暮らしていた。でも、僕に都の空気は合わなかったのだ。
具体的に言うと、僕はよく虐められていた。両親や姉さんとは違い、僕は本当に普通の人間だったからだ。
助けてくれる人は誰も居なかった。両親はその頃から忙しかったし、姉さんは天子と称されるくらい、僕とは違う場所にいた。
「そんなことはないけど…」
「もうお前を虐めていた人間は居ない。もうお前を一人にはしない。誰もお前を傷つけさせない。この私が保証する。だからどうだ?私の元へこないか?」
「…………」
虐めにあったせいで心に傷を負った僕は、祖父母が暮らすこの田舎へ戻ってきた。
それ以来、僕はここで生活している。
「ありがとう、姉さん。姉さんの気持ちは嬉しいよ。とても」
「だったら!」
「でも約束したんだ。僕はここを守るって。おじいちゃんとおばあちゃんが眠るこの地を守る。おじいちゃんとおばあちゃんが遺してくれた牛達を守るって」
「…………」
もう祖父母は居ないけど、彼らが遺した、彼らが愛していた牛達は生きている。せめて彼らが天寿を全うするまで、僕はここで見守ろうと心に決めていた。
296 もしも織姫と彦星が姉弟だったら(3/3) sage 2009/07/08(水) 08:14:28 ID:vH4NnOYK
「…そうか」
残念なような、ほっとしたような顔をする姉さん。
「お前がそう決めたのなら、もう私は何も言わない。お前の好きにするといい。だがこれだけは忘れるな。お前は一人ではない。例え祖父や祖母が居なくても、例え両親がお前の手の届かないところに居ても、
私だけはお前の傍にいる。私だけは、例え何があってもお前を裏切ったりはしない。これは約束でも誓いでもない。純然たる事実だ」
「…ありがとう、姉さん」
「…やはりだめだったか」
自分の腕の中で眠る弟の寝顔を眺めながら、私はここ数年恒例になってしまった言葉を呟く。
どうやら今年も説得に失敗してしまったらしい。まぁ力ずくで連れ帰ることは出来るが、我が最愛の弟にそんな真似はしたくない。
「それにしても腹の立つ…!」
嫌なことを思い出してしまった。
まだ弟が都で暮らしていた頃、この子は虐めにあっていたのだ。
おかしいとは思っていた。物腰穏やかな弟が、毎日のように生傷をこさえ、時には腕の骨を折るほどの重傷を負っていたのだ。
弟が祖父母に引き取られててからしばらくして、私はその事を知った。
「…我が事ながら何たる失態…!」
『天子』などと煽てられて、有頂天になっていた頃の自分を呪い殺したくなる。
弟を虐めたり、弟に手を上げていた人間やその家族には、死ぬより辛い目に合わせておいたが、時たま今日のように、過去の汚点がフラッシュバックする。
「…まぁいい」
大切なのはこれから、未来のことだ。
後1年で、この子も18になる。18。つまり、男性にとっての結婚適齢期だ。
「…夏彦…」
お前は知っているかい?私がお前を求めていることを。私が誰よりも、お前を愛していることを。
こう言っては難だが、私はどうも殿方に好かれる容姿をしているらしい。
私の職場でも、私に言い寄ってくる木偶の坊が後を絶えない。時には女性に口説かれることもある。
ハッキリ言ってウザイ。
「フッ…それももう少しの我慢だな」
明日の朝、私は都へ帰る。その時に告げるのだ。『来年は私のところへ遊びに来い』と。
難色を示すかもしれないが、『馬車を用意しておく』とでも付け加えれば了承されるだろう。
基本的に、他人(両親含)の手を煩わせる事が苦手な少年だ(その『他人』の部分に私が入っているのは不満だが…)。人を待たせておいてまで待ち合わせをボイコットするとは考えにくい。
「馬車にさえ乗せてしまえばこちらのもの…」
後は自宅に連れ込んで…クククッ!
「もう少し。もう少しだよ夏彦」
もう少しでお前は幸せになれる。この私が幸せにしてやる。他の誰でもない。この私がな!
「…おねえちゃん…」
「…………」
明日の朝は早い。寝言を呟く弟の体を強く抱きしめ、私も眠ることにする。
「愛しているよ。夏彦」
オネエチャンハ、オマエヲアイシテイルヨ。
最終更新:2009年07月12日 20:29