307 棚機に巡り遭う災厄 (1/3) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/07/09(木) 00:51:05 ID:Zq1gsyI2
むかしむかし、そらよりもたかいくにに、ふたりのわかいめおとがいました。
ひとりはけんぎゅうのわかもので、なを「ひこぼし」といいました。
もうひとりははたおりのむすめで、なを「おりひめ」といいました。
ふたりはごくしぜんにあいしあい、あたりまえのようにめおとになりました。
しかしおたがいあいしあうあまり、それぞれのしごとをなまけるようになりました。
そのことに、ふたりのおやてきそんざいである「てんてい」は、たいそういかりました。
そしてとうとう、ふたりを「あまのがわ」というきょうかいで、はなればなれにしました。
これですこしはおたがいをみつめなおしてくれれば、との「てんてい」のおやごころでした。
ところが、かれのおもわくはみごとにはずれ、じたいはわるいほうこうにだけすすみました。
ひきはなされていらいこのふたりは、いっさいじぶんたちのしごとをしなくなりました。
あいするあいてをうしなったかなしみで、なまけながらもやっていたしごとさえできない――
そんなふたりのすがたをふびんにおもった「てんてい」は、かれらにじひをあたえました。
いちねんでたったのいちや、ふみづきのなのかめのよるだけ、あうことをゆるしたのです。
そのひだけは「あまのがわ」に「わたしばし」がかかり、たがいにいききができるのです。
それいらい、ふたりはそのおうせのひのために、まじめにしごとをするようになりました。
しかし、「ひこぼし」と「おりひめ」には、だれもしらないひみつがあったのです。
- ※ - ※ - ※ - ※ -
「……ハッ!? なんだ、夢か……」
口元に垂れる涎を拭いながら、僕は目を覚ました。
どうやらいつの間にか眠っていたらしい。もう日が暮れてしまっている。
真上には綺麗な星空が広がり、美しい天の川と夏の三角形が窺える。
「……ってちょっと待て。なんで僕は“星空が見える場所”で眠っていたんだ!?」
おかしい、というか明らかに異常事態だ。
確か僕は、今日の朝まで2徹して、ようやく大学のレポートを仕上げた。
そして授業のない日に関わらず、わざわざ大学に出向いて提出してきた。
そこまではいい。そこまでは僕もしっかりと覚えている。
だけど、そこからはっきりした記憶がない。
僕はちゃんと家まで帰ったのか? それとも大学の休憩室で仮眠していたのか?
だいたいなんで僕は、真上に星空の見える場所――屋外で眠っていたのか?
そもそもここは、一体どこなんだろうか? 僕の知っている場所なんだろうか?
僕が事態困惑していると、視界の外から声が聞こえてきた。
「久しぶりだね、彦兄(ひろにぃ)。ようやく目が覚めたんだね♪」
懐かしい、僕のよく知る少女の声。同時に恐怖の対象である声。
僕はこの事態に怯えながらも、なんとか久方ぶりの挨拶をする。
「あ、ああそうだね……。1年ぶりだね、織(しき)ちゃん」
声のしたほうに顔を向けると、そこには僕の妹である織が立っていた。
彼女はとても綺麗な笑顔と、とても熱い視線を、こちらに向けている。
「本当に久しぶり……。彦兄が1年前と変わってなくて、安心したよ」
逢えて嬉しいと呟きながら、彼女は僕に縋りついて――抱きついてくる。
彼女は本当に心の底から嬉しそうで。今にも狂いそうなほどに嬉しそうで。
僕はそんな彼女から、早くも目を逸らしてしまった。
「どうしてここがわかったんだ? どうやってここまで来ることができたんだ?」
僕は彼女に怯えながらも、なんとか質問を返すことができた。
正直なところ、彼女にはもう逢いたくなかった。
僕は彼女の本心を知っているから。彼女の本性を知っているから。
「えへへ、よくぞ聞いてくれました、彦兄♪
わたしってば、ここに来るために、すっごく苦労したんだからね?
やりたいことは喜んでやったよ。やりたくないことは嫌々やったよ。
そしてようやく彦兄の居場所がわかって、今夜のために準備していたの。
だって今日しか、彦兄のところに来ることが、できなかったんだもの……。
それでも、わたしはここまで来たの。だから、帰れなんて言わないでね?」
誰もが振り返るような笑みを浮かべて、僕を脅してくる織。
1年前と変わらない光景に、僕は眩暈を覚えながら、あの頃を思い出した。
308 棚機に巡り遭う災厄 (2/3) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/07/09(木) 00:53:21 ID:Zq1gsyI2
僕の実家では、毎年七夕には笹を手に入れてきて、飾りつけをしていた。
どうやらウチの両親は、七夕に何らかの思い入れがあるらしい。
僕ら兄妹の名前に、彦星と織姫から一文字ずつとって名付けるほどだ。
「たんざくつけましょささのはに~♪」
「あはは、織ちゃんそれは『ひな祭り』の歌じゃないか?
七夕には七夕の、ちゃんとした歌があったじゃん?」
「む~っ! 別にいいじゃん自由に歌ったってぇ~!?」
どこにでもあるような、普通の
幸せな家族――兄妹の語らい。
毎年そんな他愛のない会話をしながら、僕たちは七夕を楽しんでいた。
何も知らなかった頃は、本当に楽しくて、仲のいい家族だったと思う。
だけど5年前、偶然にも僕は気づいてしまった。
織の書いた短冊に、彼女の僕に対する心情が、びっしりと書いてあったことに。
彼女はこれまで毎年、2枚の短冊を書いて笹に括りつけていた。
その短冊の表側には、毎年他愛のない今時の女の子な願いが書かれていた。
それこそダイエットだとか、背が高くなりたいとか、そんな内容だった。
けれどふとした時に知ってしまった。織が毎年使う短冊は2枚重ねになっていた。
そして隠されたもう1枚の短冊には、眼を疑うような内容の願いが書かれていた。
例えば、彼女が中学1年生の時の裏短冊の願い。
「彦兄と、いつまでもいっしょにいたい」
「彦兄にわたしのごはんを食べてほしい」
例えば、彼女が中学3年生の時の裏短冊の願い。
「彦兄と結婚して、いっしょに生きていきたい」
「彦兄にわたしの愛妻料理を、毎日食べてもらいたい」
例えば、彼女が高校2年生の時の裏短冊の願い。
「彦兄の子供を産んで、死に別れる時まで寄り添って生きていきたい」
「彦兄にわたしの身体を、性的な意味で隅々まで味わってもらいたい」
初めて織の書いたこの裏短冊を知って以来数年間、僕は陰で織に怯えるようになった。
同時に織はまだ若いから、いつか兄妹同士で結婚できないことに気づくとも思っていた。
いつか織も自分の気持ちが幻想だと気付いて、普通の恋愛をする少女になってくれると。
けれど毎年七夕を迎えるたび、恋を諦めるどころか、織の願いは具体的になっていった。
同時に齢を重ねて知識を得るごとに、性的な願いも徐々にエスカレートしていった。
怖かった。そのくせ織を問い詰めることもできず、知らない振りをし続けた。
表では妹を――織を大事にする兄の顔をして。裏では織の気持ちに怯えながら。
そしてとうとう、そんな年月に限界が来てしまった。
僕が毎年こっそりと織の裏短冊を読んでいたことを、本人に気づかれてしまったのだ。
それからの織の豹変と行動は、とにかく迅速の一言に尽きた。
まずその場で抱きつかれ押し倒され、僕への思いを告白された。
そしてそれ以降の夜から朝から、ずっと彼女にまとわりつかれた。
間断なく行われる誘惑に色仕掛けに外堀工作、そして変態行為。
1週間もしないうちに僕は我慢の限界に達して、実家を飛び出した。
その際には説得の材料として、両親に織のことも洗いざらいぶちまけた。
前々から娘の様子がおかしいと思っていた両親は、快く協力してくれた。
そうして紆余曲折を経て僕は、どうにか織から逃げ出すことに成功した。
隙あらば僕を犯そうとする、
気持ち悪い妹から逃げ出すことに成功した。
309 棚機に巡り遭う災厄 (3/3) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/07/09(木) 00:57:21 ID:Zq1gsyI2
そうだ、逃げ出したはずなのに、なんで僕は織に追い詰められているんだろう?
「彦兄さぁ、なんであの時、わたしから逃げ出したの?
わたしは彦兄のこと、大好きだっていつも言ってたでしょ?
わたしが偽の願い事を書いた短冊の裏に書いてた、本当の願い事も見たでしょ?
なのになんで、わたしをほったらかしにして、1人暮らしなんか始めちゃうの?」
織は僕に抱きついたまま、涙で潤んだ瞳で、僕の瞳を覗き込んでくる。
周りに壁があるわけでも、拘束されているわけでもないのに、逃げられない。
「彦兄が黙って逃げ出したおかげで、わたしがどれだけ悲しんだか、解ってる?
彦兄が黙って逃げ出したおかげで、追いかけるのに1年近くかかったんだよ?
まるで彦星と織姫みたいに、長い時間逢えないのを我慢してたんだよ?
1年近くわたしをほったらかしておいて、またわたしから逃げるの?」
「……っ! 逃げるに、決まってるだろう……!?
僕の拒絶に構わず、実の兄に欲情する妹なんて、怖いだろう!?」
勢いで僕は、織に対して酷いことを言ってしまう。構うもんか。
「だいたい、ここはどこなんだよ!? なんで僕はここに――」
「この場所はね、わたしたちのパパとママが、プロポーズをしあった場所なんだって。
人気があんまりなくて、近くの民家まで遠い山の中の、空の見える丘の上なんだよ。
フラフラしていた彦兄を気絶させて、ここまで運ぶのに苦労したけどね?
……でもさ、わたしが彦兄にプロポーズするのには、絶好のロケーションでしょ?」
プロポーズなんて言うけど、そんな生易しいものじゃないのは、僕にもわかる。
このままこの場に留まっていたら――織と一緒にいたら、僕は彼女に犯される。
とにかくここから逃げないと。そして両親に頼んで、またどこか遠くの街へ――
「彦兄、もしかしてここを逃げ出せば助かる、なんて思ってる?
1年前みたいに、パパとママに助けを求めたって、無駄だよ?
半年くらい真面目に頑張って、あの2人を説得したんだもん。
この街にだって、道順は秘密でパパに連れて来てもらったの。
……まあ、1年に1回だけしか逢えないのが条件なんだけど。
今あの2人は、彦兄の味方じゃなくて、わたしの味方なんだよ」
「あ……、うぐ……っ! なん……で……!?」
もう既に、退路は織によって断たれていた。
いや、今日を逃げ切ることができたら、まだ一年間は――
「だぁめ♪ ぜったいに彦兄のこと、逃がしてなんかあげない♪
彦兄は昔から、わたしを支えて導いてくれる、綺麗なお星様なんだもの。
彦兄を手放すなんて、わたしには耐えられない。だから、諦めはしない。
例え今は1年に1回しか逢えなくても、必ず彦兄をわたしの恋人にする」
そこまで言って、織は僕の唇を強引に奪い、服を剥ぎ取ってくる。
「さあ彦兄、夜はとても短いの。時間と機会は無駄にしちゃいけないの。
今夜はあのお空の彦星と織姫のように、愛し合いましょう?」
――そして僕は、何を恨めばいいかもわからないまま、織の狂愛に流されていった。
― Ground two people found happiness ―
最終更新:2009年07月12日 20:30