439 あまい
あまいあねのあかし (1/7) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/08/17(月) 03:56:30 ID:H5+wPLbx
「……………………あれ?」
ある日の朝、気が付いたら目が覚めていた。
何を当たり前のことを。なんて言われたらそれまでだけど、そうじゃない。
ボクの朝は、夢の中にせよ現実にせよ、何か一悶着あってから始まるんだ。
今回みたいに、ただ普通に目が覚めることなんて、ないのが普通なはずだ。
「とりあえず、いつもいるはずの
姉さんは、何処にいるんだろう?」
そう、まず最初にして最大の違和感は、姉さんがボクの部屋にいないことだ。
いつもはボクを起こしに来て、そのまま居着くのが日課だというのに。
――コン、コンッ。
そんなことを考えているうちに、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
どうぞ、と返事をする前に、姉さんが扉を開けて、ボクに言ってきた。
「おはよう、静二。朝ごはんができたから、降りてらっしゃい?
今が夏休みだからって、あんまり遅くまでだらけちゃ駄目よ?」
「え? あ、うん。わかったよ姉さん。先に降りて待ってて?」
「わかったわ。冷めないうちに食べてちょうだいね」
そんな会話を交わした後、姉さんは普通に扉を閉めて、階段を降りていく。
ボクは姉さんに言われた通りに、とりあえず着替えようとして――
「ってちょっと待って姉さんっ!? 一体何がどうしたってのさあ!?」
あまりの違和感に反応が遅れたけれど、とりあえず姉さんの後を追いかける。
当の姉さん本人は、作った朝食をリビングに運び終えて、待ってくれていた。
「どうしたの静二? 朝からそんなに大声を出したら、近所迷惑でしょう?」
「あ、いやその、確かにご近所の皆さんには申し訳――って違うっ!?
ボクが聞きたいのは、なんでそんなにいつもと態度が違うかってことだよ!!」
不自然だった。ボクの姉さん――雨音静香は、とにかくボクに甘えたおす人だった。
それがたった一晩のうちに、ここまでキリっと――凛としたキャラに変貌している。
正直言って、違和感まみれというか、ボクのほうが落ち着かなくて困る。
どう対応しろというんだ。こんな姉さんは今まで見たことがないぞ!
「……変かしら? 別に私は、静二のために『理想的な姉』になろうとしてるだけよ?」
「り、りそうてきな……あね……?」
「……私は今まで、ず~っとずっと、静二に甘えたおしてきてたでしょう?
でもね、さすがに今の年齢になったらもう駄目かなって、昨日の夜思ったの。
だからさしあたって、まずは必要以上に静二にベタベタしないようにしたの」
それで今の態度なのか。けど、どう考えても不自然すぎるよその喋り方は。
一人称が固くなってるし、無理に甘えをなくした口調に、ボクを呼び捨てって――
「というか、いつもの朝のドタバタがなかったのは、なんか物足りないというか……」
「これからは、朝から静二の布団に潜り込むのは、もうやめようって思ったの。
よく考えたら、1学期は朝から甘え倒したせいで、遅刻が多かったでしょう?
やっぱりそんなんじゃダメ。私も静二も、高校で留年するわけにはいかないしね」
いつも(ボクに甘えるため)遅刻やずる休みを推奨する、姉さんらしからぬ発言だ。
いったい何がここまで、姉さんを真人間(?)の道へと駆り立てているんだろうか。
「だって静二もみんなも、私のことを『妹みたい』って苛めるんだもの。
私は静二の『お姉ちゃん』なのよ? そこだけは譲れないもの……!
だから私がちゃんと姉だってこと、みんなに証明しないといけないんだもの!」
「苛めたって、もしかしなくても、昨日のアレのこと……?」
ボクがそう言うと、姉さんはジト目になりながら、こちらを睨んでくる。
「それ以外に何があるっていうの? このいじめっこ静二?」
「あの時は本当にゴメンナサイ、姉さんっ!」
あまりにも姉さんが怖いオーラを発していたので、思わず謝ってしまった。
440 あまいあまいあねのあかし (2/7) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/08/17(月) 03:58:30 ID:H5+wPLbx
ソレは昨日、ボクら姉弟と騒太と鳴神さんの4人で集まり、街に出かけた日。
夏休み明けの文化祭のために、必要な物を買い出しに行った時のことだった。
「あの、姉さん? なんでそんなにボクの腕に、抱きついてくるのかな?」
「……だって、せっかくのお出かけなんだもの。デートなんだもの。
静二くんと離れないように、がっちりとくっついてるだけだもん」(ぎゅっ)
もはやなんだか意味不明だ。突っ込みどころが多すぎる。
先月のあのキス(事故)の件を許して以来、ずっとこんな感じだから困る。
それより後ろにいる2人とも、黙って――笑ってないでなんか言ってよ?
「あ~……『なんか』。これでいいか? 正直甘々すぎて見てられんわ」
「うふふ♪ じゃあ『このバカップルどもめ!』って言ってあげるわ♪」
あまりに投げやりな2人の返答。というか悪意さえ感じる。イジメですかコレ?
「それにしても貴方たち、知らない人から見たら、どう見ても恋人同士だよね?」
「……違うよ。そんなんじゃなくて、単に仲の良い姉弟なだけだよ?」(ぎゅ~~)
「まあ姉さんの言うように、普通の姉弟なはずだよ? 最近自信がなくなってきたけど」
「おいおいしっかりしなよ静二~? 最近静香さんに毒されてんじゃねえか~?」
毒されてるとか失礼な。人様の姉をなんだと思っているんだ騒太め。
一方の姉さんも気分を害したのか、ボクの腕にくっついたまま反論する。
「……わたしは、静二くんのお姉ちゃんなの。だから静二くんにくっついてるの。
姉が弟のことを可愛がって、何か問題でもあるの?」(ぎゅ~~)
自分が姉であることを殊更強調して、さらに容赦なくくっついてくる姉さん。
さすがにボクの腕が痺れるほど強く抱きつくのは、勘弁してほしいところだ。
「ん~でもさぁ……、静香って、どう考えても妹キャラだよね?」
鳴神さんのその言葉に、何故か姉さんの表情が固まった。
「え? えっ? な、何いってるの硝子(しょうこ)ちゃん?」
「だってそうでしょ? 今の静香は、兄を取られまいとする妹みたいなんだもん」
「まあ確かに、頼れる姉かと言われたら、違うと言わざるを得ないというか……」
「それでも甘えられるだけ良いじゃないか。姉でも妹でも一向に構わないだろ?」
まるで火がついたように、ボクら3人が揃って好き勝手言って姉さんを弄る。
「……ち、違うもん。わたしは静二くんが可愛いだけだもん。お、弟として……」
対して姉さんも反論はしてくるけど、抱きついたままなので説得力があまりない。
「まあそういうわけで、基本的に静香は妹キャラ、ということて異論のない人~!」
「「うぃ~~っす!!」」
「だ~か~ら~っ、わたしは静二くんのお姉ちゃん、なんだってばあぁぁぁぁ!?」
――以上、過去回想終了。現在に至る。
どうも姉さんには、変な意味で『姉』としての矜持があったらしい。
いつもはあれだけ甘え倒して、姉の威厳なんて皆無なのに、だ。
……あれ、ボク結構ヒドイことを言っているような気がするな?
「……まあそういうわけで、これから私は静二に甘えないようにします。
甘え過ぎて束縛なんてしないから、貴方も自分の好きなようになさい?
じゃあ、夜の花火大会まで、ゆっくりくつろいでなさい?」
そう言いきって、黙々と朝食の跡――食器をシンクに運ぶ姉さん。
そのまま帰って来ずに、キッチンから水を流す音が聞こえてくる。
いつもなら食器はボクが運んで、洗うのは夕飯の後まとめてなのに。
どうやら本気で、きちっと大人らしく――姉らしく振る舞うつもりらしい。
姉さんがちゃんと独り立ち?するのは、賛成といえば賛成なんだけど――
「姉さん……。やっぱり何か勘違いしているというか、間違ってるよ……」
そんなボクの呟きは、姉さんが食器を洗う音にかき消されていった。
441 あまいあまいあねのあかし (3/7) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/08/17(月) 04:00:39 ID:H5+wPLbx
今夜は毎年夏の恒例、花火大会&夏祭り。
ボクらの住む町――というか県には、海がないかわりに大きな川がある。
その大きな川を使って、毎年1000発あたりの花火を打ち上げるのだ。
特に名物のないボクらの住む街にも、この日だけはなにかと人が集まる。
そんな集客力に便乗して、夜店が出始めたのが、今の夏祭りの始まりだ。
「姉さん、もう準備できた? 一緒に夜店巡りしたいって言ってたでしょ?
早くしないと、花火の打ち上げが始まったら、ゆっくりできなくなるよ?」
「ええ、もう準備はできたわ。私はいいから、先に歩いていってなさい?」
浴衣姿の姉さんが、玄関先からボクに言い放つ。
姉さんは夏祭りには毎年、浴衣を着てボクと出向くのを楽しみにしている。
「先にって……、姉さん今日は一緒に行くって、約束してたじゃないか。
今日は浴衣に草履も履くんでしょ? それでボクに追いつけるの?」
「あ……、ああそうだったわね。じゃあ戸締りするから、2分ほど待ってて」
結局今日1日、姉さんは(間違っていると思われる)姉キャラを通し続けた。
ボクとしてはべったりくっつかれなかったぶん、体の疲労は少なかった。
かわりになんだか妙な違和感と窮屈さで、心の疲労のほうが多かったが。
当の姉さん本人は、見た感じ自分のキャラ作りに適応はできているようだ。
まあそれでも、本来のドジな部分がところどころで見え隠れしているけど。
「お待たせ、静二。どうかなこの浴衣、私に似合ってるかしら?」
「うん、薄めの色合いが姉さんの黒髪と白い肌に映えて、とても綺麗だよ」
「……そう、ありがとう静二。それじゃあ早速行きましょう?」(ぷいっ)
そう言って、さっさとボクより先に歩き出す姉さん。
ううん、不意打ちであのキャラを崩壊させたかったけど、失敗か……。
というか今の科白、自分で言っておいてかなり恥ずかしいな……。
「……早くしなさい静二。お祭りの夜店は、間違いなく逃げるのよ?」
まあ、姉として頑張るとは言っても、お祭り好きは変わらないようで。
「はいはい、今行くよ姉さん。だからそんなに焦らないでよ!」
呆れつつ慌ててボクも、早足で歩く姉さんの後に続いた。
夏祭りの夜店が並ぶのは、打ち上げ花火が一番よく見える高台の手前あたり。
途中で通る神社の参道との分岐点あたりに、多くの夜店が密集している。
「やっぱり今年も人が多いわね。静二も私からはぐれちゃだめだよ?」
「いや、はぐれるっていうなら、どちらかというと姉さんのほうが危険でしょ?」
「べ、別に私は大丈夫よ。背が低いからってすぐ見失うなんて思わないで欲しいわ」
誰もそこまで言ってないんだけど。やっぱり背の低さを気にしてたのか姉さん。
腕に抱きついてくれていたほうが気が楽だけど、本人にその気はないらしい。
しょうがないので、ボクのほうから歩み寄って、姉さんの手を繋ぐ。
「ちょっと静二。私は大丈夫なんだから、子供扱いは……」
「これはボクが姉さんに甘えてるだけだから。ボクが手を繋ぎたいだけだから」
「……まあ、そういうことなら構わないけど」(ぎゅっ)
あ、
なんとなくだけど、今の姉さんの扱い方が、わかったような気がした。
夏祭りの夜店巡りは、例年通りとても賑やかで楽しそうだった。
本当は騒太や鳴神さんも誘いたかったけど、2人とも用事があるらしかった。
というわけで、去年までと同じく、姉さんと2人きりのデートなんだけど――
どうにも姉さんの態度がアレなので、ボク的にはいまひとつ楽しみきれない。
「おう。いつもの名物、雨音姉弟じゃねえか? どうした浮かない顔して?
いつもなら姉が弟にべったりの癖に、今年は喧嘩でもしてんのか?」
こんな風に、毎年顔なじみの射的屋のおっちゃんにまで心配された。
「……うん、まあそんな感じで。おっちゃん、ボクと姉さん1回ずつで」
「まいど~! 500円でなんか、仲直りできるもん当たればいいな?」
ここでの戦果は、姉さんは全部ハズレ、ボクは花火セット一式だった。
442 あまいあまいあねのあかし (4/7) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/08/17(月) 04:03:13 ID:H5+wPLbx
こんな感じで去年と違うせいか、今年は珍しくハプニングに見舞われた。
姉さんが履いてきた草履の鼻緒が、突然切れてしまったのだ。
「……別に、裸足でも歩け――ないかな。地面があまり舗装されてないし」
まあ土の地面に尖った砂利のささる道を、裸足で歩くのはまずいと思う。
「しょうがないなあ。じゃあ姉さん、もう夜店巡りは諦めようよ?」
「……わかった。残念だけど、歩けないんじゃしょうがないもの。
でも最後に、さっき見かけたジャンボたこ焼きを買ってきてよ?
それを食べながら一緒に、例の場所へ花火見物に行きましょう?」
「わかったよ、じゃあそこの簡易ベンチに座って待っててよ?」
一応姉さんの草履の代わりになるものを探したけど、夜店の中にはなかった。
家に取りに帰るには、ちょっと距離があり過ぎるから、さすがに無理だ。
でも今の姉さんは、ボクにおんぶされるのも、拒否しそうだしなあ……。
とか悩みながら、とりあえず姉さん所望のジャンボたこ焼きを買って戻ると――
ベタというかなんというか、姉さんがチャラそうな男3人に、ナンパされていた。
「やめてください。私はいま男の子と待ち合わせしてるんです。
あなたたちと遊ぶつもりなんてありません。帰ってください」
「え~いいじゃねえかよほっといて。俺らと楽しく遊ぼうぜ~?」
「そうそう、女の子を1人で待たせるヤツなんて、ロクな奴じゃないって!」
「まあそうだな。花火を見るいいスポットを知ってるから、一緒に行こうか?」
……あ~なんというか、ベタなナンパ野郎たちだ。
地元の連中はあまり姉さんをナンパしないから、たぶん他所から来た連中だな。
ちなみに姉さんが地元でナンパされないのは、モテないからじゃない。
姉さんが『砂糖菓子(シュガーシス)』と呼ばれるブラコンで有名だからだ。
ついでに言うと、ボクもその影響で、女の子に敬遠されている――らしい。
騒太や鳴神さんからの情報だけど、本気で信用していいものかどうか。
「お~い! 迎えに来たよ、ねぇ……」
「遅いわよ静二、恋人を待たせちゃ駄目じゃないの?」
こ、恋人!? ……ってああ、そういう筋書きでナンパを断るのか。
「なんだよ、こんなナヨっちい男なんか、どうでもいいじゃんよぉ?」
「そうそう、俺たちのほうがよっぽど楽しく、あんたを楽しませられるぜ~?」
……この連中、苛立つというか、ものすごい嫌悪感を覚えるな。
でもこの場合、ボクよりも姉さんのほうがキレやすいんだよなぁ。
「黙っててください、この○にゃ○ん共。静二を馬鹿にしないでください。
どうでもいいあなたたちなんか、とっととお引き取りくださいね?」
うわぁ。姉さんの七不思議のひとつ、『ボクのことでマジギレ状態』だ。
なぜかボクがけなされると、後先考えずにブチ切れる、姉さんの悪い癖だ。
どうやら理想のお姉さん像を心がけていたのも、一時的に忘れているらしい。
……いや、弟のために怒るのって、姉として正しい姿勢なのかも?
「あんだとこのアマ!? 優しくしてりゃあつけあがりやがって!?」
「かまわねえよ、攫ってしまえばこっちのもんだ!!」
「やりすぎんなよおまえら? あとそっちの男、適当にボコっとくか」
あ~まあ、そりゃ当然向こうもブチギレるよな。面倒くさいけれど。
そう思いつつ、まずは姉さんを守ろうと、前に出ようとすると――
「大丈夫だよ静二。お姉ちゃんが守ってあげるから、ね?」
そんな感じで、姉さん本人に全身で遮られてしまった。
いや姉さん、どうやってその人たちを沈黙させるのさ? それも裸足で。
「…………って、しまった。いつものアレ、家に置いてきちゃった!?」
いつものアレが不明だけど、いきなり姉さんがピンチになったらしい。
「何やってるんだよ姉さんっ! 危ないから早くボクの後ろに――」
そうこうしているうちに、ナンパ男の1人が、平手を振りかぶっている。
たぶん姉さんを殴って、無抵抗にして攫うつもりなんだと思う――って!?
443 あまいあまいあねのあかし (5/7) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/08/17(月) 04:06:06 ID:H5+wPLbx
「ああもうっ!? 危ない姉さんっ!?」
とりあえず姉さんを庇いながら、ボクは手にしたアレを投げつける。
――べちっ、べちゃっ、べちょっ!
「「「うあっちいぃぃぃぃぃぃ!!?」」」
うん、我ながら相変わらず、無駄にコントロールは抜群だ。
手に持っていたジャンボたこ焼きは全部、目の前の3人組に命中した。
もちろん、さっき買ってきたばかりの超アツアツなので、全員に効果は抜群だ。
ああでも、あれ6個で400円もした美味しそうなヤツなのに。もったいない……。
とりあえず今のうちに逃げよう。でももう少し時間稼ぎが欲しいな――そうだ。
「おじさん! 悪いけど3回ぶん600円で――球を何個かもらうよっ!!」
店主のおじさんの返事を待たず、真横のスーパーボウル掬いの水槽から球を数個拾う。
素手で水槽から掴んだから、ちょっとおじさんに怒鳴られる。今回は勘弁してほしい。
「……っ、てめえ何しやがんだ!? もういい、てめえからぶん殴って――」
復活したナンパ野郎の言葉を無視して、拾った球を周囲に勢いよく投げつける。
周囲――目の前の3人組には一切当たらない、明後日の方向をめがけて。
「ん? なんだそりゃ? 一体何がしたいんだオマエは……」
3人のうち1人が立ち止まって、不思議そうにこちらの様子を窺っている。
「はっ! かまわねえからとっととやっちま――ぐぇっ!?」
「でっ!? な、なんだ今の――いだぁっ!?」
構わずに飛び込んできた2人が、ボクの子供だましのトラップに引っかかった。
スーパーボウルをバウンドさせて、まったく別の方向から、時間差でぶつけたのだ。
しかもこの類の跳弾は、直接投げつけて中てるよりも痛いから、効果は抜群だ。
実際、中り所の悪かったらしい2人は、その場でひるんだりうずくまったりしている。
ちなみに、ちゃんと弾道は計算して投げたので、他の見物人には中らない――はずだ。
「さ、今のうちに逃げるよ姉さん。走れないんだったら、ボクが背負ってくから!」
「……う、うん。でも私は…………」
ああもう、こんな時にまでボクに甘えまいとしているのか、姉さん……!?
「おまえらひるむな! 所詮はゴム弾の投擲だ! 単に痛いだけだろソレ!?」
とか言っているうちにも、1人冷静なヤツが、残りの2人を立ち直らせている。
そもそも、予想外の角度から中てて、数秒間ひるませるくらいの罠だったしなあ。
「ああもう時間がない……! 悪いけど姉さん、口を閉じないと舌噛むよ!?」
「え? 舌噛むって――きゃあっ!?」
最後までうじうじしていた姉さんを、無理やりボクの背中に乗せて、走り出す。
さっきの騒ぎを聞いて集まった人垣は、すんなりと道をあけてくれた。
おかげでボクと姉さんが逃げるのには、なんの支障もなかった。
もっとも、あの3人組もそれに続いて、追いかけてきたようだけど。
「なんだなんだ? オマエら2人とも追われてんのか?」
逃げる途中に、さっきの射的屋のおっちゃんに声をかけられた。
「……そうなんです! 後ろのナンパ男3人に追われて――」
ボクの背中の姉さんが、簡単に状況を説明する。
すると射的屋さんは1人で頷いて、懐から何かを取り出した。
「商売道具の模擬銃は貸せねぇけど、火薬球くらいはやんよ!」
そう言って数個の火薬球(サイズ大)を投げてよこす射的屋のおっちゃん。
「俺ら夜店の商売人は、どんな奴相手でも、祭りの客には手が出せねえ!
祭りの実行委員会に連絡して、警備組呼んどくから、しばらく逃げな!」
「わかった!! ありがと、おっちゃん!!」
射的屋のおっちゃんにお礼を言って、ボクらは夜店の喧騒から抜け出した。
444 あまいあまいあねのあかし (6/7) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/08/17(月) 04:08:44 ID:H5+wPLbx
夜店や花火見物客たちの喧騒から離れた、石畳の細い路地まで逃げる。
ここは神社の敷地内。でも今は花火が近いのか、人通りはない。
もちろん、例の3人組も後ろに続いて、まだ追ってきている。
さすがに姉さんを背負って走るボクの脚も、そろそろ疲れてきた。
このままだと、警備組が来る前に、あいつらに追いつかれてしまう。
「ねえ静二。もう脚にキてるんじゃない? そろそろ降ろして――」
「だが断る。降ろしたって壊れた草履じゃ、姉さんは走れないだろ?」
このへんも尖った砂利が多い。裸足で走ると、足の裏を怪我しかねない。
だから、人気のないここで、今度こそあの連中を足止めする。
それも警備組がすぐに駆けつけてくるような、派手な方法で。
「悪いけど姉さん、さっき射的屋で当てた花火を出してくれない?」
「……いいけど、何に使うのよこんなの?」
姉さんからの質問には答えず、受け取った花火を地面や石壁に仕掛ける。
それも一見しただけではわからないように、うまく隠しながら。
そうこうしているうちに、例の3人組がようやく追いついてきた。
「っぜぇ……っ、っは~……っ、やっと追いついたぞこんクソガキが!」
「は~っ、は~っ、ようやく観念したか! 待ってろ今からボコ……」
そう言って近づいてくる連中を無視して、ボクは火薬球を投げつける。
狙い通り、地面に叩きつけた火薬球は衝撃で弾け、連中の動きを数瞬止める。
その間にボクは、反対の手に隠し持っていたモノに、こっそりと火をつける。
「うわっ、いてぇっ!? 癇癪だまか? 爆竹か!?」
「くそっ、もう許せねぇ! 少し痛い目みせてやる!」
言いながら、怯みつつも懐からバタフライナイフを取りだす男。
危ないのはあんたらのほうだ。気軽に刃物なんか出すんじゃない。
武器を手にしたせいか、勝ち誇った顔で、こちらに近づいてくる連中。
けれど途中で足に引っかかった何かを見て立ち止まり――絶句する。
それと同時に、ボクは火のついたねずみ花火を、連中に向けて見せた。
「って待て待てっ!? まさかオマエ、それをこの中に?」
「ひぃ……っ、そそそれだけは勘弁してくれ……!?」
必死で謝ってくる男連中。だけど許す気はないし、点火しちゃったからもう遅い。
「悪いんだけど、姉さんを傷つけようとする奴らに、容赦する気はないんで」
笑顔で言って、連中の足元――さっき花火を仕掛けた辺りに、ねずみ花火を投げる。
投げつけたねずみ花火は火を吹きながら回転し、仕掛けた棒花火に引火し――
――ばしゅゅゅう!! パンパンパンっ!!
――ぴひゅうぅぅぅ……! ぴひゅうぅぅぅ……!
「「「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」
連中の悲鳴を聞きながら、ボクは姉さんを背負ったまま、その場を離れる。
花火セット全部(線香花火以外)を利用した、色とりどりの火柱と火球の柵。
基本的に内側の人間に当たらないように仕掛けたのに、こらえ性のない連中だな。
あの花火のトラップは、連中の動きを封じつつ、警備組を呼ぶためのものなのに。
よいこのみんなは、火のついた花火は人に向けてはいけません。夏のお約束。
とりあえず逃げ出して、少し離れた林の陰から様子を窺う。
さっきの場所で、放心した男3人組が、警備組らしき人たちに連行されている。
ありがたいことに射的屋のおっちゃん、3人組のことしか報告しなかったらしい。
丁度いいや、花火騒ぎもあの連中のせいになったし。残骸は後で掃除しに行こう。
遊んだ花火は全部、自分たちの手で片づけましょう。夏のお約束その2。
「……ねえ静二、私が言うのもなんだけど、ちょっとやりすぎじゃない?」
ふと背負った姉さんから、そんな感じに諌める言葉を投げかけられる。
「……うん、まあちょっとムカっとしてたけど、あれはやり過ぎたかもしれない」
「……そっか。まあでも、私もちょっとスッとしたし、説教は勘弁してあげるわ」
「……ありがとう、姉さん」
そんな会話を交わしながら、ボクは姉さんと高台に向かった。
そういや結局、姉さんをずっとおんぶしたままなんだよなぁ。
445 あまいあまいあねのあかし (7/7) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/08/17(月) 04:11:16 ID:H5+wPLbx
――どぉぉん! どぉぉぉん!!
林の向こう側、川の上から打ち上げ花火の爆ぜる音。
今日の夏祭りの目玉イベント、1000発程度の大型花火だ。
高台――のちょっと手前の隠しスポット。他に人のいない特等席。
ボクと姉さんは毎年、ここから花火を堪能している。そして今年も。
「た~まや~。か~ぎや~。……なんてね。
やっぱりあんなことがあったら、テンションは上がりきらないかな?」
「……さっきのは別に、静二が気に病むことじゃないでしょ?
私が絡まれたのが悪かったんだし、結局静二に助けられたし……」
う~ん、どうもさっきから姉さんがネガティブというか不機嫌すぎる。
去年は花火を見ながらはしゃいで、ボクの腕にしがみついてきてたのに。
「……結局さ、姉さんはなんでそこまで、お姉ちゃんにこだわるんだよ?」
打ち上げ花火を眺めながら、ボクはなんとなく姉さんに疑問をぶつける。
「……本当はね、『妹』扱いされたこと自体は、どうでもよかったのよ。
でもね、みんなに言われたことを考えたら、私迷惑だったかなって」
横目で見た、花火に照らされた姉さんの横顔に、一筋の涙がこぼれる。
「……中学生の頃は、私が弱かったせいで、静二に迷惑かけたでしょう?
立ち直ってからもずっと、静二に甘えてばかりで、足引っ張って――」
「……そんな、別に姉さんのことを迷惑だなんて、ボクは一度も……」
「静二は優しいからそう言ってくれるけど、私はそう思えなかったの……。
私は静二のお姉ちゃんなのに、何にもしてあげられてないんだもの……。
それどころか私、外でもやり過ぎて、静二まで悪くいわれちゃって……。
もう静二がこれ以上からかわれないように、なんとかしたかったの……。
静二にとって恥ずかしくない、立派な姉になりたかっただけなのよ……」
姉さん――昨日からずっと、そんなことまで気に病んでたのか……。
「昨日はごめんね、姉さん。いくらなんでも好き勝手言い過ぎたよ……」
気がつくとボクは、隣にいる姉さんの頭を、くしゃっと撫でていた。
「姉さんはどんなに甘えんぼでも、ボクのたった1人の姉さんなんだ。
だからそんなに肩肘張らずに、ボクに甘えて来てくれて、いいんだよ?」
なんだかやっぱり、無理して『理想のお姉さん』ぶった姉さんは不自然だ。
だからこそ、姉さんには我慢とかして欲しくない。全力で甘えて来てほしい。
……なんだか女の子に告白をしているようで、気恥ずかしい。
ちょっと自分の顔が赤くなってきたのを感じながら、姉さんの横顔を見つめる。
……あの、なんだか爆発寸前の表情をしているのは、ボクの気のせいだろうか?
「……う、うぅう……! せ、静二きゅううぅぅぅぅん!!?」(ぎゅ~~っ!!)
「ってちょっと姉さん! キャラが変わり過――ぎゃあああぁぁ!?」
突如泣きながら、浴衣姿で全力で、僕に縋りつき抱きついてくる姉さん。
「ホントはとても辛かったの! 甘えたかったの! 抱きつきたかったの!
でも『1人前のお姉ちゃん』はそんなんじゃダメだって、我慢してたの!
でもいいんだよね? 今日1日ぶんまとめて、甘えていいんだよねっ!?」
「だめだってやめてって! 今屋外! 花火大会中! 人がいっぱいいるから!?」
ちょっと待って姉さん! その浴衣の下って、下着とか着けてない……!?
「ここには人がいないじゃないのっ!? だからいいでしょ! ね? ねっ?
ああやっぱり静二きゅんの二の腕いい! 胸板も首筋もいいっ!? 全部いいっ!?
すっごい安心するよぉ!? あったかいよぅ!? 大好き大好きいいぃぃ!?」
「あっそこはダメ……!? やっ、やめてくれねえさあああああん!!?」
悲しいかな、ボクの悲鳴は打ち上げ花火の爆発音に紛れて消えていった。
――まあでも、姉さんはこうでなくちゃ、と思うボクもある意味手遅れかもしれない。
― "The proof" END & Next time "The old days" ―
最終更新:2009年08月20日 19:56