人と妖の姉 二話

72 人と妖の姉 sage 2009/10/11(日) 00:23:41 ID:5FC+0Y+0
 部屋に相対するのは、綾架と黒いソレ。
 今まで闘っていた綾斗は、すでに闘う気を無くしていた。
 もう自分が闘おうとしても、必ず姉に制止させられるからだ。
 自分を護るようにして立っている肉親は、愛弟を苦しめられた怒りで心が沸騰している。
『グッ……』
 綾架の静かな気迫に圧され、黒いソレが一歩退く。
 その動作に眉をやや吊り上げた綾架は、左手に握っている五枚の御符の内一枚を、
ふわりと真上に投げた。
 すると投げられた御符は青く光り輝き、その輝きは瞬時に部屋中を覆った。
 御符の中央には、「縛」と大きく書かれている。
 何かを仕掛けられる前に黒いソレが床をすり抜けて逃げようとした直後、
身体全体が青白い電流に包まれ感電した。
『ガァアア!?』
「逃げるような仕草を匂わせておいて、易々と逃がす程私は甘くない。
今私が投げたコレは、指定した範囲に結界を張るモノよ。
無理に出ようとすれば、身体が焼ける。
逃げることは許さない。罪を犯しながら、罰を受けないことは許さない」
 追い打ちを掛けるように言い放つ綾架。
(やっぱおっかないな。怒った姉さんは……)
 姉の後ろ姿を見る綾斗は、苦い顔をしながら思った。
「私は退魔師としての本分を果たす。お前も妖としての本分を果たしなさい」
 その言葉を最後に、彼女は御符を握る左手をゆっくりと前に突き出す。
『グゥウウウウッ…………ッガァアアアアアアアア!!』
 最早これは負け戦。
 自棄になった黒いソレは身体中から手を生やし、それを全開の速度で伸ばして綾架に仕掛ける。
 綾架は縦横無尽に迫る手の群れを涼しい顔で眺めると、左手に握る御符を二枚、左右に投げた。
 二枚の内、一枚には「壁」、もう一枚には「爆」と書かれている。
 手の群れが彼女の手前数メートルまで近付いた瞬間、
「――爆炎障壁――」
 綾架の小さな呟きに反応した二枚の御符は青く輝き、爆発を起こした。
 発生した爆発は彼女の周りの外側のみで、その内側だけは全く巻き込まずに起こった。
 爆発により、綾架に迫った手はものの見事に消し飛んでいた。
『!?』
 一瞬の出来事に驚愕したソレは、動きを止める。
「もう終わり? じゃあ次は私が攻めの番ね」
 そう言った綾架はゆっくりと前へ歩き、黒いソレに向かって行った。

74 人と妖の姉 sage 2009/10/11(日) 00:26:59 ID:5FC+0Y+0
 徐々に近付いて来る綾架に、黒いソレは恐怖に圧されるようにジリジリと後退する。
「後ろに下がって距離を取ろうとしても無駄。
私の御符は近付きさえしなければ避けられるとでも思ってるのかしら?」
 冷たい表情のままで呆れた綾架は、左手に残る二枚の御符の内、一枚を右手に取った。
 それには「炎」と書かれている。
 その御符が青く輝くなり、彼女は右手を大きく振るう。
 すると振るわれた御符の青い光は瞬時に青白い炎となり、
閃光の如き鋭さで黒いソレの左腕に喰らい付いた。
『ゴォアッ!?』
 左腕全体が一瞬で焼かれ、ソレは激痛に顔を歪めて崩れ落ちる。
「ほらね?」
 綾架は首を傾げ、ぽつりと喋る。
 しかし今度は今までの爆発とは違い、腕は吹き飛んでいない。
 表面を焼かれただけだ。何故吹き飛ばさない? 
 そのことに黒いソレは痛みに思考を支配されながらも、不可解に思う。
「言った筈だけど? ただで殺しはしない、と」
 ソレの心中を察した綾架は、当たり前だと言わんばかりの口調。
(やばい……姉さん、まさかっ……)
 後ろで闘いを見守っていた綾斗は、表情を曇らせる。
 そんなことなど露知らずの綾架は、ついに黒いソレの目の前まで辿り着いた。
『グッ……』
「どうしたのかしら? 悪足掻きはしないの?」
 ソレを見下す彼女の瞳には、光が見えない。
 ただただ憎しみの色だけが黒く写っている。
「多くの退魔師は「義務」や「正義」と言う理由で妖と闘うけれど、私は違う――」
 そこで一言区切り、声色を低くさせた。

「――「嫌い」なの。だから殺すの」

 そう言い放った瞬間、綾架の右手の御符が光り、青白い炎が再び黒いソレを呑み込んだ。



75 人と妖の姉 sage 2009/10/11(日) 00:29:55 ID:5FC+0Y+0
『グゥオオオオオオォォオオオオ!!?』
 炎に包まれた黒いソレは全身を焼かれ、耳を塞ぎたくなるような叫び声を上げる。
 だが勢い良く燃え盛るその炎は、数秒後に一瞬で消滅した。
 綾架が自分の意思で消したのだ。
『フゥッ! フゥッ! ハァッ……!』
 息を荒立たせ、四つん這いで床に倒れ伏す。
「あら、まだまだ元気じゃない」
 感心したような言葉を漏らし、綾架はもう一度「炎」の御符を輝かせた。
 再度炎が黒いソレを包む。
『ァアアアアアアアアアアアアアア!!!』
「じゃあ次はもう少し火力を上げてみましょうか」
 火達磨となった黒いソレの炎に照らされた綾架の表情は、冷たいまま。
『ァガア!! ガァアアアアアアアア!!!』
「そんなに叫ばなくても大丈夫よ。全開の火力じゃないから、死ぬまでには至らないから」
 言い終えるなり、炎を消す。
『モゥ……コロ……セェ……ッ!』
「命乞いじゃないけれど、命乞いみたいに聞こえるわね。でもそれじゃあ駄目じゃない。
お前がこれまで犯した罪の量と同じ罰を、苦しみを刻まないと」
 再び、炎。
『ヌゥウアアアアアアアアアアアア!!!』
「お前は今まで殺した人達の命乞いに耳を貸した? 情けをかけた? 慈悲を与えた? 
さっき私が始末したもう片方の奴と一緒に笑いながら殺し続けたんじゃないの? 
殺された人達の苦しみを考えた? 逆の立場になって考えてあげた? 微塵も考えてないでしょう?」
 畳み掛けるように言葉を紡ぐ綾架の問いなど、黒いソレの耳には全く届かない。
 身体が焼ける苦しみと痛みでそれどころではない。
 問いかけに答えないソレに、綾架の目が少し吊り上がった。

「質問に答えなさ――」
「姉さんもういいだろ!!」

 彼女の声を遮るように、綾斗が怒号を上げた。



76 人と妖の姉 sage 2009/10/11(日) 00:33:41 ID:5FC+0Y+0
「姉さんはいつもやり過ぎだ! 勝負は着いたんだ! これ以上苦しめて何になる!?」
 身内の行為を見ていられなくなった綾斗は、ついに声を荒げた。
 少し驚いた綾架は集中力が切れ、黒いソレの炎を消してしまった。
 しかしすぐに元の表情に戻った彼女は綾斗の方に顔を振り向かせると、不思議そうな顔をする。
「言ってるじゃない。犯した罪に比例した罰を与える――って。
そうしないとこの妖に殺された人達は報われない。殺された人達の哀しみが晴れることはないのよ?」
 言い終えて黒いソレの方に視線を戻すと、「何か間違っていることを言ってるかしら?」と漏らす。
 綾斗は言葉が一瞬詰まったが、それでも顔を堂々と上げ、反論する。
「でもこの世の中、「絶対」なんてことは有り得ない。
殺された人達が必ずしもそいつを苦しめて欲しいって願ってるとも、限らないだろ?」
 彼は綾架に近寄ると、「炎」の御符を持つ右手を両手で握った。
「だからもう終わらせてやってくれ。それに、本当の姉さんは優しいだろ?」
 愛弟の必死な訴えに、綾架は目を閉じて小さく溜息を吐いた。
「分かったわ……」
 そう言うと身体全体を綾斗に振り向かせ、猛威を繰り出していたその両腕で彼を軽く抱き締めた。
「貴方の気持ちも知らずに、御免なさいね」
 名残惜しげに綾斗から離れると、スーツの袖から一枚の御符を取り出す。
 身を翻し、先程追い詰めていた妖の正面に向かい合った。
 取り出した御符の中央には、「滅」と大きく書かれていた。
 その御符を人差し指と中指で挟んで持ち、瀕死の黒いソレに突き出す。
「一撃で楽にしてあげるわ。せいぜいあの世で綾斗に感謝するのね」
 最後にそう言い放つと、綾架の身体全体が青白く輝き――

 そして工場全体が静かに光に包まれ、事の終わりを告げた。

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最終更新:2009年10月17日 22:17
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