210
人と妖の姉 sage 2009/10/19(月) 21:32:36 ID:0xTg45xj
「お待たせしましたよー」
玖梨子が言い放った直後、綾斗が戻って来た。
両手に持つお盆には、三つの茶飲み茶碗と色鮮やかな金平糖が乗っている。
「…………」
綾架は入って来た綾斗を一瞥すると、玖梨子に向き直った。
「はいは~い。待ってましたよ~」
しかし玖梨子は変わらぬ調子で嬉しそうに反応した。
綾斗は少し様子がおかしいと思ったが、とりあえずお盆を机に置く。
玖梨子は茶碗片手に金平糖を乱暴に鷲掴みし、一口で一気に頬張る。
「ほれれ~、ほうふふふぉ~(それで~、どうするの~)?」
両頬をぷっくら膨らませて、彼女は綾架に問う。
今さっきあのような脅しにも取れることを言ったとは思えないような間抜けな話しぶり。
とは言えあの時の口調は本気だと思えた。
綾架は黙したまま、鋭い眼つきで玖梨子を睨み続ける。
やがて金平糖を喉に通した玖梨子は、お茶をガブガブと飲み下す。
「
姉さん……どうしたの?」
空気に耐え切れず、綾斗は横に座る姉に話しかける。
その様子に、玖梨子は口をニヤリと歪めた。
「いや~それがね~。私が依頼を受けてくれないと~、久衣那姉弟に――」
「玖梨子」
彼女が先程の発言と同じことを言おうとすると、綾架は静かな声で遮った。
その言葉に、玖梨子はやれやれと言わんばかりに肩を竦ませた。
(姉さん……本気で怒ってる……)
姉の様子に、綾斗はややたじろぐ。
数秒静寂がその場が広がったが、綾架が静寂を破った。
「分かった。お前の依頼は引き受ける」
綾斗に無駄な心配をかけたくなかったのか、彼女はそう言い放った。
その言葉に玖梨子はニッコリと笑い、前かがみになって綾架に近付くと、
彼女の手を取って一方的に握手をした。
「は~い。ど~もありがとさ~ん。さっすが名門久衣那流の当主だよね~。
そ~こなくっちゃ~。よっ、太っ腹~」
へらへらと笑う彼女の姿に、綾架は思わず御符を取り出しかけた。
211 人と妖の姉 sage 2009/10/19(月) 21:35:56 ID:0xTg45xj
綾架は嫌気が差し、手を乱暴に振って玖梨子の手を振り払う。
「あ~らら~、釣れないね~。太っ腹なのにね~」
へらへらしながらも、減らず口を叩く玖梨子。
「依頼を受ける上で、一つ条件がある」
そんな彼女に構わず、綾架は淡々と話しだした。
「この仕事は私一人で行く。綾斗は連れて行けない」
綾架の発言に、また場が静寂に包まれた。
何を言ったのか一瞬理解出来ず、ぽかんとする綾斗。
玖梨子は「は?」と言いたげな顔で茫然とする。
二人の様子を見た綾架は小さく溜息を吐いた。
「言った通りよ。奴を殺すのは私一人で十分。綾斗を連れて行く必要はないわ」
「……奴?」
彼女の話した依頼の内容に、綾斗はぽつりと呟く。
「紫乃って言う妖だよ~。六年前に久衣那嬢が闘った妖さ~」
「六年前……」
玖梨子に言われたことに、綾斗は六年前のことを思い出そうとする。
その時は綾斗は十歳で、まだ退魔師としての修行はしておらず、普通の子供の頃であった。
だが、自分自身も六年前のことはあまりよく覚えていなかった。
「じゃあそういうことで。臆病者しかいない機関の連中にそう伝えて頂戴」
綾架は話を終わらせると、立ち上がって玖梨子に帰るように促す。
しかし、玖梨子は座ったままで帰ろうとせず、
「駄目だよ~」
と呟いた。
彼女の言葉に綾架は眉を吊り上げた。
「なんですって?」
「それは了承出来ないね~、と言ってるんだよ~」
またへらへらと、いつもの調子に戻った玖梨子は続けた。
「だって一度貴女は紫乃を始末することを失敗したかもしれないんだ~。
それなのにまた二度目も貴女一人に行かせると~、再び同じ失敗を繰り返してしまい可能性がでちゃうよね~」
そう言うと玖梨子は「あ~、どっこらせ~い」とおっさん臭く立ち上がり、綾架に近付いた。
そして吐息が触れる程に顔を近付かせると、静かな声だがはっきりと言い放った。
「てなわけで~、綾斗君にも一緒に行ってもらうよ~。
だってその方が面白――じゃなかった~、より確実だろうしね~」
212 人と妖の姉 sage 2009/10/19(月) 21:39:28 ID:0xTg45xj
玖梨子は言い終えると、ニヤリと口を歪める。
「私一人で十分だと言っている。綾斗は連れて行かなくて良い」
「な~んでそんなに否定するのかな~? ひょっとして~、綾斗君を連れて行くとまずいことでもあるのか~い?」
カマをかけた玖梨子の発言に、綾架は僅かにだが眉間を皺を寄せたが、すぐに元通りの無表情になる。
その僅かな変化を玖梨子は見逃さなかったが、あえて知らんぷりした。
「綾斗はまだ未熟なの。紫乃程の妖の闘いに連れて行くと、命の危険がある」
綾架は淡々と、綾斗を連れて行けない理由を話した。
愛弟を危険な目に遭わせたくないという言い分に、玖梨子はニヤリと口を歪める。
すると玖梨子は瞬時に右太腿のホルスターに納まっている拳銃を抜き差し、
未だ畳に座っている綾斗目掛け、発砲した。
甲高い音で銃口から弾丸が飛び出し、それは綾斗の顔面横擦れ擦れを通り過ぎた。
銃弾は軌道を変えずに壁に命中。
壁には黒い穴とヒビが入り、綾斗の頬には一筋の血がツゥっと這う。
「………………え?」
綾斗は一瞬何が起こったのか分からず、声を漏らす。
その途端、綾架は玖梨子の胸倉を思い切り掴み、無表情のまま睨む。
「何のつもり?」
それでも玖梨子はヘラヘラと、変わらぬ調子。
「私が後数センチだけでもズラして撃っていれば~、綾斗君は間違いなく死んでいたと言うのは事実だよね~。
このことから分かるよ~に~、人間誰しも一秒後の命を保障されてる人なんていないんだよ~?
いつ何が起こるか分からない世の中なんだからね~。
だから綾斗君を連れて行くのも行かないのも~、命に及ぶ危険なんて差ほど変わらないんだよ~?
だから~――」
胸倉を掴まれつつも小馬鹿にした口調で話し、一言区切り、
「連れて行け。こいつは命令だ」
温度を感じさせない氷のような声色で、言い放った。
213 人と妖の姉 sage 2009/10/19(月) 21:41:52 ID:0xTg45xj
少し夕暮れが景色を紅く染め始めている頃に、玖梨子は久衣那家を後にした。
ポケットに仕舞ってある携帯を取り出すと、何処かに掛け出す。
携帯の画面には「機関」と記されていた。
「あ~、もすも~す」
電話が取られると、玖梨子は間抜けな声で話し出した。
「D隊所属のNo.1042ですけど~、No.953に繋いでくれないかね~」
しばし電話の向こう側には保留音が鳴り響き、やがて誰かの声が聞こえてきた。
「紫乃の件だけど~、久衣那 綾架は快~く引き受けてくれたぞ~」
全く快くも無かったというのに、玖梨子は抜け抜けと言う。
「それと私が必死にお願いしたら~、弟の綾斗も一緒に行ってくれるってさ~。
これでとりあえずは安心だよね~。それと二人の為の暮ヶ原島に行く船の手配宜しく~」
玖梨子が依頼の完了を説明し終えると、話し相手が電話を切ろうとしたが、彼女は「ちょっと待って~」と止め、
「この後~、倉庫(アーカイバ)にアクセスして~、六年前の久衣那 綾架と綾斗のデータを調べてくれな~い?
綾架が紫乃と闘う前の私生活や~、紫乃と闘っている間~、綾斗はど~していたのかを調べて頂戴よ~」
と頼んだ。
何故綾架は綾斗を連れて行くのを否定したのか、そして自分がカマをかけた時のあの反応。
何か隠していることがある睨んだ玖梨子は、興味本位で調べてみることにした。
最終更新:2009年10月26日 17:01