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人と妖の姉 sage 2009/10/20(火) 23:12:41 ID:Nhzx4Bxm
夢を見た。
星が輝く夜空。
紅蓮の炎が辺り一面に渦巻く紅い景色。
その場に居るのは三人の男女。
一人は炎に煌めき、眼を奪われてしまう程に美しい紫の長髪の女。
その女は所々引き裂かれている真紅の着物を羽織っている。
女はその白く細い両腕で、小さな影を愛おしそうに抱き締めている。
それは一人は年端もいかない少年で、Tシャツに膝まで丈のある半ズボンを着ている。
だが少年の服は抱いている女の着物と同じで真紅に染まっている。
真紅に染まっているのは元々そういう色だったのでは無く、少年の腹部から溢れ出る血が、そうさせていた。
そしてその二人を離れた場所で睨んでいるのは、地に這い蹲っている少女。
少女の右肩は大きな火傷を負い、左太腿には深い切り傷が走っており、出血が酷く満足立ち上がることすら出来ない状態。
少女は歯を食いしばり左足を震わせて立ち上がろうとする。
紫の髪の女がそれに気付き、小言で何かを呟く。
次の瞬間、大きく鋭い風が吹き、その風が少女の脇腹を切り裂いた。
少女が悲鳴を上げて倒れる様を見た女は、口を愉快そうに歪めて見下すように笑った。
230 人と妖の姉 sage 2009/10/20(火) 23:14:53 ID:Nhzx4Bxm
「あーっははは! ははははは!!」
女は激しく燃え盛る炎に呼応するかのように笑い、美しい紫の髪が不自然に揺れ動く。
両腕に包まれている少年の顔は青白く、口の端からも血が垂れている。
「な~にぃ? そんな生まれたての子馬みたいな立ち方しちゃってさぁ。
あまりに可笑しくて吹き飛ばしちゃったじゃな~い。ね? 見た見たぁ?」
女は少女を指差して愉快に話し、腕の中の少年の顔を覗き込んだ。
少年の顔は無表情そのもので、眼の焦点は合っておらず瞳には光が無い。
女が少年の顔を少女の方に向けさせると、少年の瞳から涙が流れだす。
少女は蹲りながらも顔を上げ、少年を見つめる。
「――っ……!」
少女が少年の名を叫ぶが、少年は口を微かに動かすのが精一杯で、声を発せれない。
二人のやりとりが癪に障ったのか、女はより強く少年を抱き締め、自らの胸の中に少年の顔を押し込む。
力が込められたせいか、少年の腹部の出血が多くなり、少年の眼が見開かれた。
「大丈夫だよ。怖がらないで……良い子だから、ね?」
少年の痛みと恐怖を和らげるかのように、髪をそっと撫で、唇に触れるだけの口付けをした。
「君は言ってくれたよね? アタシが悲しんだら自分も悲しいって。
アタシが笑顔になるなら何でもするって。アタシが大好きだって、言ってくれたよね?」
そう呟くと、ギュゥっと、少年の身体全てを包み込むように抱き締める。
「アタシは今とっても嬉しいよ。
だって君がこんなに近くにいるから。
もうずっと一緒に居れるから。
今までのアタシの悲しみが消えるから。
君と共に歩めるから。
だから、そんな涙を流さないで」
女は恍惚とした表情で、詩を詠うように話しかける。
しかし少年はヒュゥ、ヒュゥ、と苦しみの吐息を吐き出すだけ。
「ちょっと苦しいかもしれないけど、我慢してね?
我慢が出来たら、この苦しみなんて忘れる位に――愛してあげるから」
甘美な感覚に酔い痴れている女は、少年の腹部の傷口を力任せに握り込む。
「ッカ……ハァッ……」
その衝撃で傷口の出血は勢いを増し、少年は吐血した。
女は「大丈夫、大丈夫」と言い続け、行為を止める気配が無い。
その光景をただひたすら地べたで見ていた少女は、力の限り、叫んだ。
231 人と妖の姉 sage 2009/10/20(火) 23:17:42 ID:Nhzx4Bxm
そこで、夢は終わりを告げた。
目覚めた綾架の視界に入ったのは、自室の天井。
今の時刻は深夜二時。
綾架の顔は汗が溢れており、布団を被っている身体はじめじめとした暑さが感じる。
布団を静かに払い、上半身だけを起こした綾架は、額に手を当てて歯軋りをする。
(くっ……。玖梨子の話以降、夜はあの時の夢ばかり見る……。
もうすぐ暮ヶ原に行くと言うのに……私は何を恐れているの? 何を怖れているの?)
重い溜息を吐き、フラフラとした重い足取りで自室を出た。
洗面所で顔を洗い流して鏡を見ると、自分の顔色の酷さが分かった。
(――綾斗――)
不意に愛弟の笑顔が頭に広がる。
(もう寝てしまっているわね……。でも……)
洗面所を後にした綾架は、綾斗の部屋へと歩を進ませた。
部屋の前に着くと、綾架はノックもせずに扉を開けた。
案の定部屋の明かりは付いておらず、窓から差す月の光が部屋を薄く照らしていた。
部屋の奥に敷かれている布団には、穏やかな寝息を立てている綾斗が居た。
普段の勝気な雰囲気とは違い、閉じられた瞳と薄く開いている口には、まだ幼さが垣間見える。
綾架は綾斗の傍に座り込んでその寝顔を見ると、先程までの疲れが消えていく感じがした。
「……綾斗」
起こしては悪いと思いつつも、名前を呟いてしまう。
「ん……んぅ……」
声に反応したのか、綾斗は小さく声を漏らすと、瞼をゆっくりと開いた。
「……
姉さん? どうしたの?」
「御免なさい。起こしてしまって……。でも今夜だけ、一緒に寝ても良いかしら?」
姉の何処か悲しげな様子に、綾斗はおかしいと思ったが、彼女の切なる願いに首を縦に振った。
綾斗の肯定に、綾架は静かに笑い、布団の中に入り込む。
人一人が入る位の大きさしかないこの布団では、綾架と綾斗が入るとはみ出てしまう。
二人共しっかりと入り込めるように、綾架は綾斗を出来るだけ抱き寄せた。
「……恥ずかしいよ……」
身体を密着させる彼女に、綾斗は顔を紅くさせて身じろぎする。
「誰も見ていないわ。今ここには私達だけなのよ?」
愛弟の温もりをしっかりと感じ取りたい一心の綾架は、布団の中で足も絡め合い、その身体全てを使って抱き締めた。
しばらくそうしていると、元々眠気があった綾斗はまた寝息を立て始めた。
その姿に安堵を感じた綾架は、彼の額に静かに口付けをする。
(必ず……護ってあげる。……私の、たった一人の――)
瞳を閉じた綾架にもふわふわとした眠気が頭を包み、綾斗を抱き締めたまま眠り始めた。
そして、やがて二人が暮ヶ原島に行く日が、やって来た。
最終更新:2009年10月26日 17:03