ウイリアム・テル2

529 ウイリアム・テル2 ◆TIr/ZhnrYI sage 2009/12/18(金) 15:18:56 ID:lCpf83ny

「ただいまーっと」
 テスト前で部活が休みということで、いつもより元気な声でドアを開けた。
 授業もテスト勉強のためにと学校側のいきな計らいで少なく、普段と比べると幾分早い時間だ。
 部活は好きだし、別に学校も嫌いじゃないが、やはり早く帰れるとなると嬉しくなってしまう。
 鼻歌でも吹きたい気分で玄関口に座り、のんびり靴を脱いでいると、背後からぱたぱたと足音が聞こえた。
「おかえりー」
「おー、ただいまー」
 聞きなれた妹に答える声も明るく振り返ると、
「へへー」
「……」
 視線を妹の体へ上下に滑らせる。
 どこかで見たことがあるような服装。
 白いシャツ、紺のブレザーに、水色リボン。
 スカートは、灰色。
 手には何故か、ギター。
 シンプルな女子用の制服だが、本物の制服ではないだろう。
 林檎が通う中学の制服はセーラーだし、何というか生地や造りが安っぽい気がする。
 つまりは、妹の最近できた趣味であるコスプレだ。
 何でも、中学生になって初めて出来た友達がオタクで、妹の容姿に目を付けたその女子に流されてコスプレという世界に足を踏み入れた。
 ……この年で、コスプレが趣味なんて、と林檎の将来を嘆いた回数を数えればきりがない。
「えーと、なんだっけ、それ?」
 喉のあたりまで出かかっているんだが、どうしても思い出せない。
 早々に諦め妹に尋ねると、ぷう、と頬を膨らませて、
「もう、何でわかんないのー。けい○んだよ、け○おん!この楽器でわかるでしょ!」
「あー……ああ、確かそんなアニメがあったな」
 そう言われると、何時だったか林檎に付き合わされてDVD観賞をした気がした。
 うすぼんやりとしか思い出せないが、そのアニメの主人公にの格好に似てると言えば似ていた。
「えーと、名前は何だったかなあ……」
「みおちゃんだよー」
「あれ、それって確か主人公の友人じゃなかったか?」
「もう、お兄ちゃん何言ってるの、ちゃんとこれ見て!ギターじゃなくてベースでしょ!」
 ぐいっと、楽器を見せつけるように押し出してきた。
 良く見れば、成程、確かに弦は4本しかない。
 頭にみおちゃんとやらを何とか記憶の中から引っ張り出して、妹と見比べてみた。
 確か黒髪のストレートで、背が高くて、スタイルは良いという設定だった、はず。
 ……あ、何か、イラッとした。
「えへへ、髪型はちょっと違うけど、他は中々いい線いってると思うんだー」
「……」
「あれ、お兄ちゃん、どうしたの急にだまっちゃって。あーもしかしてりんごに見とれちゃったー?」
 へへぇと体をうねうねさせている妹の背後に回る。
 無言のまま、林檎の両脇の下に腕を滑らせ、がっちり固定。
「きゃっ、今日のお兄ちゃんは大胆だよー。もうこんな早くからやるの?そうだねーこの時間帯からなら夜通しで8回戦くらいは――」
「髪型とかそれ以前にちんちくりん過ぎて……あーもう!あと、中学生がそんな下ネタ使うんじゃありません!」
「ドラゴンスープレックスっ!?」
 8回もしたら死ぬわ!


530 ウイリアム・テル2 ◆TIr/ZhnrYI sage 2009/12/18(金) 15:19:39 ID:lCpf83ny

「ねー、お兄ちゃん」
「何だ、喋ってないで集中しろ」
「だってまだ首痛いー。ていうかよく愛しい妹にあんなことできるね。お兄ちゃんちょっと愛情表現がきついよ」
「俺はあれ食らっといて、首痛いだけで済むお前が怖いよ。あと愛情表現じゃねぇからな」
「ぶー、それがお兄ちゃんの全身全霊の愛を受け止めた妹にかける言葉かな!りんごはツンなお兄ちゃんも気が違うくらい大好きだけど、たまにはデレもくれないと寂しいんだよ!」
「でも、それが快感になるんだよな」
「いつの間にかキャラ設定がMになってる!お兄ちゃんがSならバッチコイだけど!」
「……」
「すっごい、蔑みの目で見られてる!……ああ、でもそれが快!感!」
 何をトチ狂ったか、林檎はぶるぶると体を震わせた。
 途端、何だか甘いような酸っぱいような女の香りが漂った。
 ……え?林檎さん、まさか?
 あんたまだ○2歳でしょ。
 その年でそこまで堕ちたんスか!
 混乱する頭。
 唖然としていると、林檎とばっちり目が合う。
 今のテーブルの前に並んで座り、勉強を教えていた俺と林檎の距離は50cmもない。
 林檎の目が、妙に、熱を持っていて。
 黒目がちな眼が黒曜石のように、怪しく光り、俺を捉えた。
 俺は、その瞳に、吸い込まれるように、顔を妹に近付けて――

「ふんっ」
「あにゃ!」 
 ありったけの力で頭突きをかました。
「いたいー」
 おでこを抑え恨みがましい視線を送ってくる林檎から何とか眼をそらし、立ち上がった。
 ふん、と鼻で笑うふりをしてひとつ、息を吐く。
 近くにある窓のところまで行き、開け放つ。
 涼やかな風が、熱を帯び始めていた体を冷やした。
「ふう」
 思わず漏れた吐息は、予想以上に安堵の色が濃かった。
 ――危なかった、と思う。
 正直、理性が勝った自分を褒めて遣わしたい。
 林檎の眼。
 あれは正しく牝の眼だった。
 中学1年生がしていいような眼ではない。
 しかも、あの眼を見るのはこれで初めてではなかった。

 そう、あれは――

 ……ああ、母さん俺はどこで育て方を間違ったのでしょうか。
 過去をリフレインしかけた無理やり思考を切り換えて、
「さ、続きをするぞ。只でさえお前は小学生の分野を勉強してたんだからな」
「えへぇ、照れちゃう」
「褒めてねぇよ!」
 林檎は特に変わった様子もなく、またノートとにらめっこし始めた。
 こういう時、林檎の鳥頭は便利だと思う。
 何も考えていないようで、本当に何も考えていない林檎の馬鹿さ加減には悩まされも、助けられもする。
 まあ、比率は9:1くらいだが。
 林檎の隣に、腰を下ろす。
 換気のおかげか、既に甘酸っぱい芳香はなく、林檎のいつものシャンプー混じりの甘い体臭のみだった。


531 ウイリアム・テル2 ◆TIr/ZhnrYI sage 2009/12/18(金) 15:20:53 ID:lCpf83ny
「むー」
「ん、どうした、どこか分からない所でもあるのか?」
「えとねー、これと、これと、これと、これと、これと……」
 林檎は数式の書かれた教科書を次々と指さしていく。
「おい、ほとんど全部じゃないか。ていうか最初のほうは昨日教えただろ!」
「えーだって、一日経つと普通忘れちゃうよ、誰だって」
「お前の普通の基準は鶏か何かか……」
「大体ね、社会に出たら方程式とか役に立たないんだから、勉強する意味なんてあんまりないんだよ!」
「その言い訳を社会のしの字も知らないお前が言っても、なんも説得力もないからな」
「えへぇ、照れちゃう」
「だから、褒めてねぇよ!」
 軽く林檎の頭を叩くと同時に、グゥと腹の鳴る音がした。
 窓の外はいつの間にか暗く、開けた窓から入る風も冷たさを増していた。
 お腹をさすりながら立ち上がり、窓を閉めた。
「あ、お兄ちゃんお腹空いてるの?夕飯の支度しようか」
「ん、ああ、そう言えば結構時間経ってるな。じゃ、頼めるか?」
 あーい、と気の抜けたコーラのような返事をして林檎は、立ち上がり。
 一歩キッチンへと歩き出したところで立ち止まり、ふむ、と考え込みだした。
「どうした?」
「えとね、この前は裸エプロンでもお兄ちゃんは落とせなかったから、今日は裸割烹着で攻めようか、それともメイド服で攻めようか迷っちゃって」
「今日は、久しぶりに外食にするか」
「うそうそ、ちゃんと真面目にやるから許してお兄ちゃん!お兄ちゃんに他の誰かが作った料理を食べさせるわけにはいかないよ!」
「そう言うのはちょっと重いんで、勘弁してください」
「素で嫌がられた!」
 りんごの料理の半分は愛情でできているのに、と妹がその場に崩れ落ちる。
 どこからかハンカチを取り出し目頭にあて、よよ、と古臭い泣きまね。
「そういうベタなボケはいいから、早くご飯作ってくれ」
「もーお兄ちゃんノリが悪いよ。ここはりんごをそっと抱き締めて、くんずほぐれつする場面でしょ!」
「お前に何から何まで付き合ってたら、体がいくつあってももたんわ。というか、今日はちょっと下ネタが多すぎるぞ」
「えー、そっちの方が萌えじゃないの?」
「萌えって何だ、萌えって。あのな、お前はまだガキなんだからもうちょっと節度を持ってだな――」
 ぴと、と俺の唇にいつの間にか目の前にいた林檎の指がおかれた。
 妖艶な眼が、じっと俺を見上げる。
 その眼は、しかし何処か澱んでいて。
 視線に捕えられた俺の背筋は凍り、心臓も何かに鷲掴みされたような感覚。
「りんごは、もう子供じゃないよ」
 抑揚のない、平坦な声。
 妙に赤く、てらてらと輝く唇が弧を描き、頬を裂いた。
「それは、お兄ちゃんが、よぉく知ってるよね」
 ね、おにいちゃん?
 林檎の首が俺を見据えたままかくんと傾いだ。
 俺は何も答えることができず、目を反らすこともできない。
 ふふ、と嗤い声。
 林檎は俺の唇にあてていた自分の指を口に含み、くるりと振り返った。
「じゃあ、ご飯つくるねー。あんまり時間もないから簡単なものでもいいよね」
 弾む足取りで、キッチンへと歩いて行く林檎。
 その声は、既にいつもの舌足らずなものに戻っていた。
 林檎の視線から解放された俺は、力なくその場に座り込んだ。
 俺はあの眼をよく知っている。
 知っているはずだったのに。
 穏やかな日常の中ですっかり忘れてしまっていた。
 いや、そうじゃない、忘れたんじゃなくて目を反らしていただけ。
 アイツも姉さんと同じ血が流れていることを、俺は見ないようにしていただけなのだ。
「林檎、やっぱりお前は……」
 声は小さく、林檎まで届かない。
 林檎と俺の間は精々10m弱。
 けれど今は、その距離が、限りなく、遠い。
 林檎、それでも俺は。
「お前と、どこにでもいるような普通の兄妹としてこれからも過ごしていきたい、と。身勝手だけど、傲慢だけどそう思っているんだよ」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年01月07日 20:13
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。