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弓張月2 ◆1zfTn.eh/1Y3 sage 2010/01/07(木) 03:15:28 ID:tbn0PKpt
都と二人、暫く歩くうちに前方に俺たちが通う高校の校舎が見え始めた。
県立伊佐里高校。略して伊高。
生徒数は多くもなく少なくもない人数で 偏差値も普通、強い部活も特にない。
まるで、何の特徴もないこの街と同じような、言葉の通り普通校だ。
俺がこの高校を選んだ理由は、家から徒歩で通える高校はここしかなかったからだ。
それに、運動神経がいいわけでも勉強ができるわけでもない、至って平凡な俺にとっては、この高校が分相応といったところだろう。
しかし、妹の花音にいたれば話は違ってくる。
花音は俺と違って、運動神経も勉強も卓越している。それこそ幼いころは神童なんて呼ばれていたぐらいには。
その、秀でた才は現在となっても全く埋没することなく、寧ろ年を追うごとに磨かれているようにすら感じた。
まあ、幾分身内の色眼鏡がかかっていないとも言い切れないが、その美しい容姿と相まって周囲の人間からは、良くも悪くも一目置かれている存在だった。
その花音が、俺と同じ高校に行くと聞いた時には仰天し、もったいない、お前ならもっといい高校があるだろと散々諭してみたが、全く聞く耳もたず、
結局この平凡な高校に入学してしまった。
これは、周囲の人間にとっても理解不能な事態だったらしく、いまではこの町の七不思議のひとつといってもおかしくなかった。
理由としては俺と同じく歩いて通えるから、そして別に伊高だろうが全国有数の進学校だろうが成績に差異を出すつもりはない、だそうだ。
その言葉の通り、先日会った模擬試験では全国でも2桁以内の順位だったらしい。
閑話休題。
何処にでもあるような校舎を眺めつつ、
「ほら、都、そろそろ離れろ」
「ええー、何で?」
「だから、恥ずいだろって」
「むぅ、別にいいじゃん。伊高で私たちのこと知らない人間なんていないと思うし、今更恥ずかしがらなくったって」
「そういう意味じゃなくてだな……」
そう、都の言うとおり俺たちの関係は全校生徒公認の仲と言ってもいいぐらい、知れ渡っていた。
その原因はおおむねというか全て都のせいだ。
都は、容姿でいえば花音のように全校でも1~2位を争うような派手さはなく、どのクラスにも何人かいるくらいの容姿だ。
若干、童顔だし、スタイルも迫力に欠ける。……スタイルだけで言えば花音も似たり寄ったりではあるが。
しかし、その誰とでもわけ隔てなく接する天真爛漫な性格や、周囲の人間を明るくする笑顔・雰囲気のお陰か、神秘的すぎて近づきにくい印象の花音よりも
寧ろ人気があるといってもいい。
都と付き合い始めた最初のころは、もう、男子による嫉妬が凄かった。
しかも、都ときたら学校の中だろうが関係なく必要以上にくっついてくるせいで、廊下を歩くだけでも視線が痛いくらいだった。
それは今ではある程度軽くなったが、それでも所構わずいちゃつけば怨嗟の視線で射ぬかれることになる。
俺だって、そんなバカップルを見ればイラッとするだろうし、彼らに文句など言えるはずがなかった。
そのせいで、学校での俺にとっての安住の地は少ないのだ。
「もうここまで来れば満足しただろ。ほら、離れた離れた」
そうこうしているうちに校門を潜り抜け、昇降口が近づいていた。
ああ、周囲の生徒特に男子の視線が痛い、痛いよ……。
離れまいとしがみつく都の頭をぺし、と叩いて彼女の腕を引き剥がした。
そして、靴を上履きに履き替えると、教室とは別方向へと歩き出した。
「ちょ、何処行くのん?」
「同伴出勤とか勘弁してくれ。まだ時間に余裕もあるし、俺はちょっとそこらへんぶらぶらしてから教室行くから」
「えー、一緒に教室行こうよ。私、今日英語の時間で和訳当てられる日なんだから手伝ってよ」
「俺に頼ったって意味ないだろ……真木に聞け、真木に」
「むぅー、一緒にするってことが重要なのに」
じゃあな、とぶらぶらと手を振りつつ、都の恨み節を背に廊下の角を曲がった。
階段を3つ上ると、4~5畳くらいの踊り場に出た。
そして、金属製の大きめのドアをぐっと押しあけた。
ギギ、と錆びついた音を立ててゆっくりとドアが開いた。
途端視界が開け、一杯に青空が広がった。
平凡な高校にしては珍しく、伊高では屋上に自由に行き来可能になっている。
そして、その中でも俺の一番のお気に入りの場所は屋上の更に高い所。
出入口のドアがある低い建物の上の給水塔の影に入り、あらかじめ隠しておいたレジャーシートを敷いて寝転がった。
240 弓張月2 ◆1zfTn.eh/1Y3 sage 2010/01/07(木) 03:17:19 ID:tbn0PKpt
始業の予鈴まであと20分もないので寝るわけにはいかないが、春の麗らかな日射しと涼やかな風に思わずうとうとしてしまう。
多少の抵抗も空しく、瞼が重く閉じ出して、まぁ、朝のHRくらいはサボってもいいかなと思いはじめていた矢先、
「あらあら、眠るには少し時間が足りないと思いますよ~」
更に眠気を誘うようなのんびりとした、たおやかな声が上からかけられた。
「む?」
目をあけると、髪の長い少女が中腰になってこちらを見下ろしていた。
目が合うと彼女は、おはよう、と小さく手を振ってきた。
「あー、吉野先輩か」
目を細めてにこにこしているこの女の子は、吉野佐理(よしの さり)。
俺の一つ上の先輩で、腰まで延びた淡い色の髪はふわふわとしていて、ハの字の柳眉。
眠っているんじゃないかと思うくらいのとろんとした目は、常ににこにこと細められている。
性格ものんびりとしていて、優しいというか俺は彼女が起こっているところを余り見たことがなかった。
吉野先輩を一言で表すならば、そう。
牛、だろうか。
よくいえばのんびり、のほほん、悪く言えば鈍重な性格と、そして、制服の下からでもグイグイ存在をアピールしてくるかなりの重量感を誇る胸。
それらいろいろな点を含めて、牛という言葉は言い得て妙、だと思う。
実際、先輩の話では過去何度か牛とか、ホルスタインだとか呼ばれた事があるという。
その、彼女の容姿とスタイルは男女問わず憧れの的となり、恐らく全校で容姿で花音と1~2位を争う存在だ。
しかし、花音と違い、誰に対しても温和で優しい陽だまりのような性格のお陰で、吉野先輩の人気は不動のものであるといってよいだろう。
その証拠に、今まで何人もの男たちが吉野先輩に告白し、皆ことごとく散っている。
蔭では、不沈艦だとか、撃墜王女だとか呼ぶものもいるらしい。
「もう、吉野先輩だなんて他人行儀な呼び方はやめて、と言ったはずですよ」
吉野先輩はそういいながら、俺の隣にすとんと座った。
「いや、そうは言いますけどね」
「佐理
姉さんとか、お姉ちゃんとかがおススメですよ~」
「おススメって……俺たちの関係をわざわざ自らひけらかすような呼称で呼べませんよ」
吉野先輩はそう言うが彼女は俺の姉ではない。
俺の祖父の娘、つまりはたった1年しか離れていない叔母さんなのだ。
俺の実家は、この田舎町では間違いなく1番金持ちで古くからこの街の頂点に立ってきた所謂名士の家だ。
人間金が余ると、トチ狂った行動に出やすくなるのか俺の祖父は、自分の娘とほぼ同じ時期にもう一人の子供をこしらえたのだ。
さすがにこれは体面が悪いと親戚一同は思ったのか、吉野先輩は俺の祖父の娘ではなく親戚の子供として育てられた。
この、祖父の奇行があだになったのか、祖父の娘の婿、つまり俺の父親に家を支える才能がなかったのか――恐らくそのどちらでもあろうが、
俺の実家、天ノ井家の実権は吉野先輩の家に奪われ、それが祟ったのか俺の両親は40代の若さで相次いで病死した。
両親を失った俺と花音の兄妹は、以前まで住んでいた家を追い出されることまではなかったが、鼻つまみ者と言ってもよかった。
多分、彼らが俺たちを追い出したりしないのは世間体の問題、そして花音の優秀さ所以だろう。
神童と謳われ、美しく、楚々とした今どき珍しい大和撫子たる花音は、彼らにとって有効な手駒なのだろう。
さて、そんな養子と言えど名家の実質ナンバーワンの家の娘たる吉野先輩と、花音に比べ何の有効利用の手段もない俺が仲よくすることを親族一同はよく思っていない。
彼女の方はどうかは知らないが、俺の方へは直接何度か彼女と馴れ馴れしく接するなと言い含められたことがある。
俺も正直古臭いしきたりに縛られ、何がそんなに偉いのか一般人を見下した態度の親族たちに嫌気がさしていたので、正直彼らの言うとおりにしてもよかったのだが、
どういうわけか、先輩の方から色々と俺にかまってきて、ついには彼女の両親の勧めを袖にして、私立のお嬢様学校ではなくこの平凡な伊高に入学した。
理由を聞くと、彼女は何を当たり前のことを聞くのと云う顔をして、
「だって、飛鳥ちゃんは伊高に入学するんでしょ?だから、私も伊高に入って飛鳥ちゃんを待っててあげるの」
と既に存在感を増し始めていた胸を張った。
241 弓張月2 ◆1zfTn.eh/1Y3 sage 2010/01/07(木) 03:19:28 ID:tbn0PKpt
何故なのかはさっぱりだが、俺はどうやら吉野先輩に気に入られているようだった。
実際、俺は何度もやめてほしいと頼んでいるのだが、飛鳥ちゃんなんて俺のことを呼で一つしか離れていないのにお姉ちゃん風を吹かせてくる。
だが、俺としては吉野先輩を下の名前で呼んだり、佐里姉さんだとかお姉ちゃんだとか叔母である人を呼ぶのはなんかおかしい感じがして吉野先輩と呼んでいる。
前に一度、叔母さんと呼んだことがあったのだが、その時はひどかった。
いつも細められていた目をカッと見開き、ふわふわの髪の毛を逆立たせ、柳眉を吊り上げて普段は牛っぽい彼女が、まるでミノタウロスのように、烈火のごとく怒られた。
もしかすると、彼女を牛だとかホルスタインだとか呼んだ人間たちも先輩のミノタウロスモードの餌食となったのかもしれない。
それ以来俺は先輩のことを絶対に怒らせないように、決して叔母さん等と呼ばないようにしようと心に決めている。
† † † † †
「で、吉野先輩、どうしたんですかこんな所で」
「もう、飛鳥ちゃんたら意地悪です。ほら、お姉ちゃんって呼んで。さん、はい」
「ああ、もうあんまり時間ないですね。じゃ、俺教室に戻るんで」
何かのたまっている吉野先輩を無視して起き上がった。
飛鳥ちゃんったらイケズです、とわざとらしく頬を膨らませながら、吉野先輩も立ち上がった。
敷いていたレジャーシートを小さくたたみ、給水塔の下に押し込んだ。
そして、架けられた鉄梯子を1~2段下りてピョンと飛び降りた。
「飛鳥ちゃん、降りるの手伝ってください」
「またですか。だから何度も言ってるように高い所苦手ならこんな所に来なければいいじゃないですか」
というか、2~3メートルくらいの高さで怖がらないでほしい。
鉄梯子にしがみついている先輩をジト目で見上げた。
ちらちらと、スカートの隙間からパンツが見え隠れしている。
……ふむ、白か。清純派だな。フリフリが目にまぶしい。
「飛鳥ちゃん?ボーっとしてないで早く助けてください~」
「あ、ああ、わかりました。……ほら掴まってください」
吉野先輩に手を差し伸べると、おずおずと彼女がその手を取った。
「ちゃんと、受け止めてくださいね」
そして、俺に向かってぴょんと飛び込んでくる。
高いところが苦手なくせに、変なところで勇気のある行動にでるなとつくづく思う。
都よりは比べるべくもなく、花音よりも重い体重を何とか支えて下ろした。
……本人にそんな事言うとミノタウロスモードが発動してしまうから、うっかり重いとか、よっこいしょなんて言ってしまわないように注意しながら。
「ありがとうございます、飛鳥ちゃん」
「もう諦めてるけど、一応言っておきます。飛鳥ちゃんと呼ばないでください」
「諦めてるんなら、別にいいじゃないですか~」
「……」
にこにこ顔の吉野先輩にはあ、とこれ見よがしにため息をついて見せて、さっさと屋上を後にする。
ふふ、と先輩は笑って、俺後に続く。
階段をひとつ降りると3年生の階で、そこで吉野先輩と別れた。
ばいばいと手を振ってくる吉野先輩。
先輩方の視線がグサグサ刺さって痛いが、振り返さなければ吉野先輩の機嫌が悪くなり余計厄介になるので仕方なく振り返す。
吉野先輩が教室に入るのを見届けるや否や、逃げるように もう一つ階段を下りて、自分のクラスの教室に入った。
そして、はぁ、と一息つくのも束の間、一人の男が寄ってきた。
「なんだか、朝からやけに疲れてんな」
「おお、真木。おはよう」
真木和泉(まき いずみ)。女のような名前だが、正真正銘のむさ苦しい男だ。
同じ野球部に所属している縁もあってか、ほぼ毎日顔を合わせ会話を交わしている。
あまり男友達の多くない俺にとって、友人で、言葉にした事はないし多分これからも言うことはないのだろうが、親友と言ってもいいだろう。
また、俺と違って勉強もできるやつで俺や、都もよくお世話になっている。
教室を見渡すと、都が必死に机に向かっている。
恐らく、真木の和訳のノートを書き写しているんだろう。
242 弓張月2 ◆1zfTn.eh/1Y3 sage 2010/01/07(木) 03:20:22 ID:tbn0PKpt
「おはよう、で、また何かあったのか?」
「またってなんだよ、またって」
「ん、違うのか?毎日のように何か厄介事に絡まれてる気がしたんだけど」
「ちが……くないかもな」
否定しようとしてもできなかった。
確かに、最近よくトラブルに巻き込まれる。
それも殆ど、女性関係。
俺の周りには厄介な事に、容姿のいい女の子が3人もいるせいで気苦労が絶えない。
そんな愚痴をクラスメートの男友達などに吐いたりしたら、血祭りにされそうな気がするが。
実際、真木に男の嫉妬がウザい、とかうっかり愚痴をこぼしたところ思いっきりアッパーカットを貰った。
これは、全男子生徒の共通の思いだ!とか何とか訳の分からないことを言って、更に殴りかかってきたのでレバーブローをたたきこんで黙らせたが。
俺は、武道全般を片っ端からかじっている花音と違い、空手で黒帯どころか茶帯すら取れず早々に辞めてしまったがそこそこ拳には自信があった。
ちなみに、花音は高校では弓道部に入部した。
理由を聞くと、弓道なら私の細い腕でも大丈夫だから、だそうな。
何が大丈夫なのかは分からないが、弓道も弓を引くにはそれなりに腕力を使うものなんじゃないだろうか?
それとも、腕力を使わずに弓を引く極意でもあるのだろうか?
「なあ、天ノ井」
取り留めのないのないことを考えていると、真木が俺の名を呼んだ。
見ると、妙に目をきょろきょろさせて、そわそわと挙動不審だ。
……何だろう、凄い嫌な予感。
「……天ノ井にちょっと、頼みがあるんだけど」
「何だよ、改まって」
「あ、ああ、えっとな……」
「……」
何故か言い淀む真木。変な空気が俺たちの間に流れた。
真木?と呼びかけるも、一向に話を切り出そうとしない。
「話すことがないなら、俺自分の席に鞄おきたいんだけど」
「あ、ああ……そうだよな。直ぐ終わるから、ちょっと待っててくれ」
そして、すう、はあ、と深呼吸。
もしかしたら、何か深刻な話なのだろうか。
というか、待たなくちゃいけないのか?席について話を聞いてもいいような気もするんだが。
「あ、あのな!」
ぐっと、真木が声を裏返らせながらこちらに身を乗り出してきた。
「お、おれ……!実は――」
「――ほらほら、もう予鈴鳴ったぞ。さっさと席に着けー」
何か決心したように告げようとした真木をさえぎるように、担任の教師が教室に顔を出した。
気付かなかったが、いつの間にか予鈴が鳴っていたらしい。
出鼻をくじかれた真木はガクッと肩を落とした。
何だ?情緒不安定だな、コイツ。
「ったく、言いたいことがあるならスパッと言ってしまえばよかったんだよ。ほら、もう席に着くぞ」
「あ、ああ……」
俺が促すと、真木は頷いたがしかし、その場を動こうとしなかった。
さすがに、教室の中で未だ席につかず立ちっぱなしなのは俺たちぐらいになり、訝しげな視線に晒される。
「何してるんだ、真木、天ノ井。さっさと席に着け」
教師が不機嫌な声音で言った。
243 弓張月2 ◆1zfTn.eh/1Y3 sage 2010/01/07(木) 03:21:02 ID:tbn0PKpt
「あ、はい、すみません……おい、真木?」
真木は、顔を俯けて動こうとしない。
何か具合でも悪いのだろうかと、声をかけると、
「天ノ井!」
ぐあっと顔をあげ、身を乗り出してきた。
「うぉ、またかよ、一体何なんだ……」
「今日の放課後、部活の前に話したい事がある。屋上に来てくれ」
「……へ?」
唐突な誘いに目を白黒させる俺に、用は済んだとばかりに真木は自らの席へと向かった。
生徒の視線が、ちくちくと刺さる。
何だ、この妙な空気。
首をかしげながら、俺も自分の席へと向かう。
「ねえねえ」
席に座り、鞄を机の隣に引っかけていると、前の席の都が声をかけてきた。
「あん?」
「今のってさ……告白フラグ?」
「……」
無言で、都の頬をグイッと引っ張る。
「いひゃい、いひゃい、もー何すんのさー」
「いや、いきなり訳の分からんこと言うから」
「そう?あながち、的外れじゃないと思うんだけど」
「は?やめろよ。男に告白されるなんてそんな、経験したくないぞ」
は、と気付く。
もしかして、さっきの周囲の妙な空気は、周りもこのちんちくりんと同じような事を考えていたのか?
そうだとしたら、厄介事とかトラブルとかいうレベルじゃねーぞ……。
「勘弁してくれ……」
「ん?飛鳥何か勘違いしてるんじゃない?」
「勘違い?」
鸚鵡返しに聞き返した。
自分で考えている以上に動揺しているようだ。
都は、にたーっと人を小馬鹿にしたような笑み。
「何だよ、その顔」
「べっつにー、ただちょっと自意識過剰なんじゃないかなーって」
「ばっ!別にそんなんじゃねー」
「じゃあ、どう思ってたの?」
「……」
ちっ、と聞えよがしに舌打ちして、都から顔をそむけ窓の外を見やった。
見えるのは山とぽつぽつと点在する家ばかり。
別にビル群とかに憧れてるわけではないが、何となく田舎だな―と思う。
まあ、実際はコンビニだってちゃんとあるし、車がなくても十分生活に困らないくらいにはこの町も拓けてはいるんだが。
「あれ、怒っちゃった?」
「怒ってねーよ」
「うそ、怒ってるじゃん。機嫌治してよ」
「だから、怒ってないって。それより真木はどういうつもりなんだ、お前は気づいてるんだろ?」
「んー多分ね。真木君結構分かりやすいし」
「……?」
「にゃは、でも教えてあげない。昨夜何度頼んでも愛してるって言ってくれなかった仕返しだもんねーっだ」
「ばっ!お前、教室でそんな事……!」
にゃはは、と都はいやらしく笑ってみせて姿勢を元に戻した。
そんな都の背中を見ながら、ったく、と呟く。
……放課後、屋上に、ねぇ。
今更だが、何というか、如何にもって場所じゃなかろうか。
「っと、今日の伝達事項はこれだけだな。じゃあ、今日も一日勉強頑張れよ」
教師が毎日同じような事を言うと、クラス委員が見計らったかのように号令をかけ、それに従って俺も、起立、礼。
教室を出ていく小太りな担任を見送りながら今日何度目かのため息。
いつもよりも、憂鬱な一日が、始まった。
最終更新:2010年01月07日 20:38