Xデー 1 前編
薄暗い部屋で、浅い眠りの中にいた上条は、名前を呼ばれた気がした。
よく知る声…美琴?とその声は覚醒を促すのに十分で、霞がかった意識が徐々に鮮明になっていく。
次に頭に浮かんだのは『課題』…あれ?俺…さっきまでとぼんやりと考える。
(―――いつのまにか寝ちまったのか、やべぇ、起きないと!)
課題が進んでないと知ったら怒られるのは必至、意識がはっきりして目を開けようとしたその直後。
『襲っちゃうぞ』
(………はい?)
衝撃発言にフリーズする思考、起きるタイミングを失った。
(『襲う』って何を…WHAT、ホワッタ?!)
「!?」
うっすら目を開けて様子を伺うと、どアップで彼女の顔が映り、
次に視線はその唇へ…ごくり――…じゃねぇー!理性を総動員して動きそうになる体を押し留める。
吐息がかかるぐらいの距離に近づき、触れるか触れないか…耐えられなかった。
「……みこ、と」
とっさに呟いた一言。
その瞬間、バッと急激な動きによる空気の振動が肌に伝わる。
「………ッ!」
様子を窺っているのだろうか…彼女からの視線を上条は感じ、冷や汗がだらだらと流れ。
(…どうする?どうすればいい?)
さりげなく起きる方法もあったはずなのに…気が動転して咄嗟に口をついて出た言葉は、起きるに起きられない状況へと変えてしまっていた。
(まずい、まずいぞ!こ、こうなったら…!)
「……すぅすぅ」
必死に寝ている振りをすることにした上条。
ほんの僅かな時間、それがとても長く感じられる。
「~~~~!」
唐突に、一瞬にして変わる美琴の雰囲気。
何を思ったのか、急に慌しくバタバタバタと彼女の気配は遠のき――バタン!とドアの閉まる音が聞こえた。
(た、助かったの、か?…美琴は、いないな、外に出ていった…?)
恐る恐る開いた上条の目には、薄暗い部屋だけが映る――彼女の姿はどこにも見えない。
部屋はしんっと静まり返って。
先ほどまで感じていた空気は鳴りを潜めて。
けれどしっかり伝染して
部屋に、1人残され。
散らばったプリント同様、心はかき乱れ。
「……………はぁ」
上条はむくりと上体を起こして、ベッドに腰掛けた。バクバクと心臓が悲鳴を上げている。
ひっそりと息をついた。
「あ、危ねぇー…ゆ、油断も隙もねぇな…」
呟いて、頭を抱え込む。
まさか、ああやって迫られるとは思ってもみなかった。
あれは反則だろ――ジーザス(なんてこった)、神は厳しい試練を課したいらしい。
信仰心なんてものは微塵も無いが、どうか何事も起きませんようにと神頼みはしたくなる。
上条の信念は『絶対に中学生の間は手を出さない』――その誓いを貫き通すつもりだ。
『つもりだ』と言うのは付き合ってからというもの、彼女の誘惑に挫けそうに…幾度となくその誓いを破りそうになった。
初めて会ったのは記憶がなくなる約一ヶ月前の事らしい――というのも…、
2千円札を飲まれたあの自販機前、そこでの出会いが今の上条の記憶だからだ。
それから数ヶ月、春に告白されて…現在。
10代、誰もが大人へと登っていく階段の途中。
美琴もまた例外ではない、少女はいつしか大人の女性へと変貌する。
内包しているものを糧に作り変えて、まるでさなぎが羽化して蝶になるように、日に日に魅力的に、綺麗になっていく。
何よりその要因は上条に――自分にあるとは思いもよらないだろう、恋することでより美しく輝くのは当然の事だ。
「はぁ…ちっとは警戒しろってのに…、危ねぇよ」
美琴がどういうつもりなのか知らないが、自分がじゃなくて彼女の身が危ない。
己の理性と本能の間で揺れ動く心…それは、美琴に対しての想いの天秤でもある。
男と女では、好きという感情一つとっても精神的なものと肉体的なものの傾き方が大きく違う。
それをわかって欲しいとは思わない。けれど、それはほんの些細な事で決壊するかもしれない――…今だってもう少しで手を出してしまうところだった。
彼女が無意識にしている仕草や、言葉の一つ一つに破壊力があり、それが上条を悩ます一つの原因となっている。
現に、こちらがいくら手を出すまいと壁を高くしていても、向こうからひょいと軽く壁を乗り越えて来られたら、全くもって意味がない。
(どうする?今日はもう帰ってもらった方がいいかもしれない…)
あんな事があった後では、まともでいられるか…正直、自信がない。
大切にしたいという気持ちと相反して心の奥深く、原始的な欲求がせめぎ合う。
ただ…。
「帰ってもらうのはいいとして…どうするこれ」
そう、ただ問題が一つある。
課題をどうしたものか…自分ひとりではまず終わらない。
しかもこれは進級に関わる大問題――進級?or留年?…いっそ諦めてしまうか?いやそれはダメだ…!せめぎ合う思考。
上条の出した結論は。
(ここは『課題』の為に耐えるしかない!)
何かいい方法は無いものだろうか、必死に考えを巡らす。
そろそろ戻ってくるかもしれない。それまでに平常心を取り戻し、且つ自分を納得させる程の嘘を用意しなければならない。
(普段どおりに振舞うための…何か、何か無いだろうか?)
「そうだ…!」
思い立って洗面台に向かい、鏡の前で自己暗示を開始する。
俺はあの時寝ていた、だから何も知らない…寝ている間のことは何も知らない、何が起きたのか知るはずもない。
俺は寝てる、寝てるんです、寝ていたんですよーだから知らん、知らんわ、知るわけが無い…!――にわか暗示は、吉と出るか否か。
(よし!これで大丈夫だよな…)
* ・ * ・ * ・ * ・ *
一方その頃、上条の部屋の前に佇む少女――美琴は、入るか入るまいかで二の足を踏んでいた。
(ええい、さりげなく何事もなかったかのように入るだけなのにッ…!)
十分頭は冷やしたはずだ。
ほらちゃんと、出かけた口実も手に持っている。
(何も不審に思われるところはない、…ないはずよね?)
もう一度チェックしては、しばらくドアの前で葛藤して、またチェックしてその繰り返し…エンドレス。
この作業にもいい加減、終止符を打たなければならない。
思い切って開けようとする…でも手がすくむ――ここにずっとこうしているとまた余計な事を考えてしまいそうになる。
逃げ出してしまうぐらいなら、いっそしてしまえばよかったとか。
や、何考えてるの……大体、未遂に終わった事だし闇に葬り去ろう。
でも、チャンスだったのに、しなかったのは勿体無かったんじゃないかとか。
うん、勿体無い。闇に葬るつもりならしておけばよかったと思う、やっぱり…キスしなかったのは――
(――勿体無かったかなぁ…って、何を考えているのよー私!)
頭を抱えて、1人突っ込み。
リピートする光景、考えても埒が明かない。
どうすればキスできたかなんて、あの時これがなければ、或いはあってもしていればまた或いは…と再生しては巻き戻す脳内。
ぶんぶんと首を横に振って、妄想を振り落とす。
「……………、」
十分時間は経ったはずだ。
もう起きているだろうし、逆に時間が掛かれば掛かるほどよくない。
「………よし!」
再びドアノブに手をかけて、これから起こす行動を復習する。
開けて、靴を脱いで、私は何事もなかったかのようにアイツに声を掛ける。
寝てるから起こすのも悪いし、時間を潰すためにコンビニに行ってきたとでも言えばいい。
あとは課題を手伝って、はい、おしまい。
(大丈夫、何度もシミュレーションはした…)
意を決し、部屋に入る。
* ・ * ・ * ・ * ・ *
上条が洗面台のほうから出ると、戻ってきた美琴と鉢合わせた。
ちょうど彼女は玄関で靴を脱いでいて、その手にはコンビニに行ってきたとでも言いたげに袋を持っている。
「あ、起きた?まったく…、よく寝ていたから起こすのもあれかなと思って…時間潰してきたのよ、ほら今週号」
(で、出だしは順調かな…う、上手く言えたよね?)
「お、おう…」
(み、美琴のやつ…普通だよな、あ、あれは実は冗談で…いや、それとも俺の夢だったのか?)
などと物思いに耽っていると彼女にペシっと頭を叩かれた。
「いてッ!」
「ちょっと、ぼーとしちゃって…まだ寝たりないとか?寝坊助さん」
からかい口調で言う彼女に、少しカチンときて反論する。
「寝坊助とは失礼な…上条さんは普段規則正しい生活を送っているので、寝坊助ということはアリマセンことよ!」
「どこがよ、鍵もかけずに寝てたくせに…っつーか不用心だし、びっくりしたわよ!」
「いやーあれは…不可抗力だ、課題に強力な睡魔の呪文がかけられていてだな…ラリホーとかスリプルといった類の…」
「ここは科学の都市(まち)なのになんで魔法が出てくるのよ、っつーかそれゲームの魔法じゃない、意味わかんない言い訳するなー!」
「うっ……じゃあこれなら、あの課題の中には強力な睡魔を誘う暗号が散りばめられていて見たものは全員眠りに……どうだ?」
「どうだって言われても…それ、私も見たら眠くなるの?」
「「…………」」
一瞬の沈黙。
うーんと上条は首をひねって。
「……お前には通用しないんじゃね?っつーか、お前に寝られたら俺困るなー課題が終わらねぇ!」
「ばか、そんなのはアンタだけよ…課題はちゃーんと見てあげるから、心配しなくたっていいわよ」
なんとなくいい雰囲気になり、和んだところで――2人の胸中は。
(美琴はいつもの調子だし、やっぱあれは夢だったんだなー、いやー柄にもなく焦ってしまいましたよー)
あれはやっぱり夢だったのかと――都合よく解釈しかける上条。
(ぼーっとしてるし、私が帰ってくるちょっと前に起きた感じよね…よ、よかった)
今の様子を見て――あの時はやっぱり寝ていたんだと思い、安堵する美琴。
お互いにほっとして。
「ありがとな、美琴…助かる」
「べ、別に…好きでやってるんだからいいの!」
「でも、ありがとな」
上条はそう言って、美琴の頭に手を乗せてくしゃくしゃと撫ぜる。
「ち、ちょっと、髪がぼさぼさになるから…!」
彼なりの愛情表現と言っていいのか――美琴は頬が熱くなるのを自覚する。
(私って、こういうとこに弱いなぁ…ついつい引き受けちゃうのもどうかと思うけど…こんな強力な魔法、抗えるわけないじゃない)
「照れるな、照れるな…」
「て、照れてなんかッ…!」
ぷいっとそっぽ向く彼女を見て、可愛いなとか思いながら――そういえばと上条は渡された雑誌を見る。
「!?」
今週号と言って渡された雑誌は――
(――……合併号?!美琴が何故そんなミスを…はっ!いかん考えてはならない…ならない)
不意に手が止まった為、不思議に思って美琴が見上げると、何故か固まっている上条が目に入る。
「どうしたの?」
「あぁ~いや…な、何でもないんだ、気にするな、寝起きでまだ頭がうまく動いてないんだ、ハハハ…はぁ」
「?」
「ほんと、何でもないんだぞ!」
「……ならいいけど」
どこか必死な上条の様子に、美琴は納得のいかない顔で呟いた。
(いやーまいった…この雑誌は美琴に読ませてはならない絶対に…!)
ほっとしたのも束の間、この雑誌は恐ろしい爆弾だと気づいた上条は、そそくさとなるべく見えないところへ持っていった。
* ・ * ・ * ・ * ・ *
「――それで、何でこんなギリギリまで課題を放っておくかなー」
美琴は、肩肘をつきながらトントンと課題を突付いて、ため息をついた。
期限は明日、しかもこの課題は非常に重要度の高いもので、提出しなければ留年にまた一歩近づく代物だ。
出席日数も補習で補填しているぐらいだから、課題の未提出で留年が確定するかもしれない…うーん、この量、どこから手を付けたものかと課題と睨めっこ。
「…いやーそれは」
まさか、また学園都市から外に出ていたとは言えない上条は、気まずそうに目を泳がす。
が、それぐらい美琴にはお見通しである。
「…また外に出たでしょ?」
「!?」
ギクッとする上条を見て、やっぱりかと美琴は呆れる。
(ここ暫く、連絡がつかない事が時々あるなと思っていたけど…)
「……アンタねぇ」
美琴からパチっと火花が出始めて――
(家の中でこの状況はまずい…電化製品が死ぬ!)
秒読み開始、彼女から漂いだした不穏な空気を察知して――どうやら正直に話すしかないようだと、上条は口を開いた。
「あーいや、悪りぃ…ここんとこ2、3日おきに呼び出されてな…それで」
「……それで、じゃないわよ!一言、私に言ってくれたっていいでしょ?」
「言うとお前…ついてくるだろ?」
「……本当はそうしたいわね、でもそれはアンタが許さないでしょ、分かってるわよそれぐらい」
「――じゃあ…俺がどこにいようと問題ない、っつーか関係ないんじゃ?」
「大アリよ!勝手にいなくなって、ひょこっと帰ってくるアンタを…心配する身にもなってみなさい!」
「……心配しなくてもなぁ」
「心配?…心配しなくても?なんでッ…いつもいつもアンタって奴は~~!」
思わず、上条に掴みかかる美琴。
「み、美琴さん!?本気で絞めないで、っつーかギブ、苦しい!死ぬ!」
「…心配するに決まってんでしょ!っていうか…させてよ…私は彼女なんだし、それに――」
「う、うん?」
言葉を続けずに美琴は、ことんと上条の胸に顔を寄せた。
上条は、羽毛みたいに軽い感触に戸惑って、何度か瞬きしてしまう。
「……当麻は自分を大切にしなさすぎ、私の時だってそうだけど…誰かのために自分が傷つくのを厭わないから、無茶するから…」
「…美琴…そ、その…」
少し間をおいて、搾り出すように告げた彼女の言葉は心に響いて。
「…………ッ」
美琴の肩が震え出して、どうすべきか考える上条。
(な、泣いてるのか?慰めるにはど、どうする…だ、抱きしめて謝るとか?)
外の話は平行線なだけに、許す許してもらうような問題ではないのだが…今出来ることをやろうと――抱きしめようと手を伸ばしかけたところで。
「……って、言っててもしょうがないんだけどね」
「…はい?」
おずおずと背中に回そうとしていた手は途中で止まって、悪戯っぽく笑う彼女と目が合う。
「ざんねーん、泣いたかと思った?」
「なッ?!お、お前…嘘泣きとか…や、やられた」
「いいじゃない、アンタを困らせて心配させた方がいいんじゃないかって思っただけよ」
したり顔の美琴を見て『小悪魔』という言葉が浮かんだが口にはせずに…。
「……性質が悪いな」
とだけに上条は留めた。
「なによそれ。人の事言えないでしょーに…アンタの方がよっぽど、」
「…よっぽど?」
「はぁ…ううん、何でもない」
「?」
そのまま美琴はスッと離れて、立ち上がると――上条の額を、人差し指で小突いて言い放った。
「さっき私がした事と、当麻のした事は違うようで同じなのよ…全部ってわけじゃないけど」
「???」
彼女の言ってる事が半分も分からない。
「あ~あ…のど渇いちゃったなー」
「へ?」
唐突すぎる美琴の話題転換に、上条はついていけてない。
「え?お、おい…俺には意味がさっぱり分からんのだが…」
「何の話?とりあえず、冷蔵庫からさっき買ってきたジュース出すつもりだけど、飲むならついでくるわよ」
「何の話って…そりゃさっきの…」
「あ!そうそう…今日、泊まるからね」
と、言うのを忘れていたとでもいう様に告げる美琴。
(俺の話は無視かよ……って!?今なんて言いやがりましたこの娘っ子はー!!)
「え、えっと…み、美琴さん?泊まるって…何かの聞き間違いでしょうか?」
「聞き間違いじゃないわよ、『泊まる』って言ってんの!…な、なによ、なんか問題でもある?」
「大アリだッ!いいですかー上条さんだって男なんですよ、年頃の女の子が泊まっていくなんて言語道断、ダメ、絶対ダメです!」
「ふーん…でも言ってたよねぇーアンタ…私が中学卒業するまでは手、出さないんじゃなかったけ?」
「……お前なぁ、それでも何かの弾みで本当に襲っちまうかもしれねーんだぞ」
「…いいわよ、襲っても」
売り言葉に買い言葉、彼女はとんでもない事を言ってのける。
「んなッ?!」
思わず耳を疑って固まる上条。
「…ま、でも、今日のところは課題優先じゃないかなーとは思うけれど?」
なに本気にしてんの?という美琴からの視線を感じ。
上条は、課題があってよかったような、あってほしくなかったような…複雑な心境になった。
「あとね…先に言っておくけど、いくらこの私でも、この課題の量を今日中に終わらすのは流石に無理…ま、だからなんだけど」
「そ、そうなのか…ってそんなに?!」
「ばか、それぐらい気付きなさいよ…この課題の量、どうみたって1日で終わるような代物じゃないし…はぁ、でも私がいるから朝までには終わるかな?」
「あ、朝まで…マジか」
がくーーとなる上条。
(き、聞かなきゃ良かった…)
「そ、だから今夜は寝かさないから…覚悟しておきなさいよ」
そう告げて、冷蔵庫に向かう彼女は実に楽しそうだ。
「ぶッ…?!お、おま、その使い方は色々…ま、間違ってるぞッ!」
「そんなのどっちでもいいじゃない、それよりちんたらやってると終わらないわよーさっさと始める!」
「……う、うるせぇ、言われなくてもやってるっての!」
「寝てたくせに…」
「ぐ…」
しかし彼女の言う事はもっともである。
(ここは少しでも早く終わらせるために、やるしかないんじゃないのか?)
もしかしたら泊まらせなくてすむかもしれない…量を見ただけで気力ゲージはだだ下がりだが――シャーペンを握る上条の手に力が入る。
そうして美琴がジュースを持ってきたところで、2人の共同作業が始まった。
カリカリカリカリ…。
「そこ、違う」
「え?」
「間違えていてもいいから、とにかく解答書けって言ったけどさ…」
「……えーと、何を仰りたいので?」
「間違えすぎ…これじゃ私が書いてるほうと差が出過ぎて…ばれるわ、だから…はい、交換」
「お、おう…」
プリントを交換して作業再開。
カリカリカリカリ…。
「「…………」」
(一向に量が減らない…だぁぁあーなんなんだこの量!!)
上条は集中を切らしてペン先が止まり、思考の渦に入りかける。
(そういえばさっき…何かはぐらかされたような気がしたんだが、何だっけな…?)
「…手」
「へっ?」
「手、止まってる…ほら、動かす!」
「あぁ、悪りぃ…」
美琴の突込みによって思考は霧散し、再び上条のペンが動き出す。
(あれ、さっき何考えてたんだっけな?…まぁどうせ大したことじゃないだろう)
一瞬よぎった考え、それすらもプリントの束に埋没していき――それにしても…。
「……いやーこれ、多いな」
「…だから、そう言ったじゃない」
何を今更言ってんのと、美琴は呆れたように呟いた。