とある姫と勇者のRPG 3
『仮想世界』のとある街の一角、美琴達は適当に街をぶらついていた。ステイル達は十分に見て回ったが、御坂姉妹はこの状況について行くのに精一杯で街の景観を眺めている余裕がなかった。
街には活気があり、いろんな所で店が開かれているし大道芸じみた見世物もある。広い通りになると露店もあり、軽食を取り扱う店、衣料品を取り扱う店、装飾品を扱う店と様々な屋台がある。
露店に置かれている物は現在学園都市で販売中の物か発売予定の物が並んでいるようだ。実際に見た事のある商品や、CMや雑誌で見た事のある物も多い。
この中を御坂妹はまだいいとして、美琴は今の服装で歩く事を気にしていたが中々どうして、この街の人々は奇異の視線をこちらに向けるどころか極々自然に受け入れている。ならばローラはどうだろうと彼女を見ても同じだった。
「ここはゲームだからね。NPCが一々プレイヤーの服装に驚いていたら進まないだろう?」
とステイルは言う。なるほど。確かにそうだ。この世界はリアリティが高いため忘れてしまいそうになるがゲームだ。この服でなければ完全に忘れてしまうだろう。……ホント、何でこんな服なんだろう。
「それより、仲間はどうするんですか? とミサカは腕輪を見ながら尋ねます」
彼女たちとてただ観光している訳ではない。ローラを除いて。彼女たちはまだ最初のミッションをクリアしていない。
ローラはどうやら正規メンバーには入らないらしいので後2人の仲間を見つけなければならないのだが、これが存外見つからない。80人という参加人数ではNPCの数に対してプレイヤーの数が圧倒的に少ないのだ。
「大体仲間を作れってアバウトよね」
「仲間になれない役の人もいるからね。まぁ、気長に行くしかないんじゃないかな」
ぼやく美琴にステイルが応える。背の高い彼の視線で見えるのは人の頭ばかりで参加者らしき姿を見つける事が出来ない。
早くも前言撤回だが、真面目に探しているのは美琴とステイルだけだった。御坂妹とローラはもう完全におのぼりさんだ。すっかり仲良くなって、目を離すと二人で色んな店に突撃しそうになっている。
その二人が早速一つの露天に突撃しその前にしゃがんで商品を見ていた。『仮想世界』はアレンジこそされているがあくまで中世ヨーロッパがモチーフなのだから、缶ジュースが普通に売っているというのはおかしい気がしてならない。
二人が露店を見ているので美琴とステイルも彼女たちの近くで立ち止まり、これからどうしようかと適当に話していた。
「ほら、妹。なんだかあやしきものが置かれたるわよ」
「…おお、本当ですね。……ジョロキアサイダーなんて飲み物、ゲテモノぞろいの学園都市でも見た事がありません…、とミサカは作った人に恐怖を覚えます…」
ジョロキア。正しくはブート・ジョロキア。相当な辛さを誇るハバネロの2~3倍の辛さという、辛味ではなく痛みを与えてくる世界一辛いトウガラシ。それを何でサイダーに入れちゃったのか強く問いたい。
「ドリアンおでんってなるものもありよかしなのねー」
「名前だけであの2大地獄を超越している気がします…、とミサカはこれだけは飲みたくありません…」
「じゃあわたしがチャレンジしてやらむかしら」
学園都市が誇る2大地獄。ガラナ青汁とイチゴおでん。誰もが2大地獄と認める一品でありながらも自販機から消える事のない、商品とあまり認めたくない一応商品。ちなみに、消えないのは作った側の嫌がらせなんじゃないかと学園都市では噂になっていた。
ドリアンも臭いがきついが味はいいらしいし、おでんも美味しい物だ。しかし、だからと言ってだ。何で混ぜちゃった? 『美味しい物+美味しい物=美味しい物』という式は絶対じゃないという事を、試作品を作っている人たちに実際に食べてもらい思い知ってほしい。
ローラのチャレンジ魂に呆れつつ御坂妹が他に何かいい物はないかと物色している所に隣から缶ジュースを開ける音が聞こえ、次に感じたのは臭いだった。いや、臭いなんて生易しいものではない。化学兵器。その単語が脳裏に浮かぶほどに強烈だった。
「イメージの魔女の鍋は実在していたのですね……、とミサカは袖をマスク代わりにします…」
ゴポゴポと怪しい音を立て、怪しい物が大量に入って、怪しい色をした、怪しい魔女がかき混ぜている怪しい鍋。それが目の前に顕現していた。
袖を口元に当てなるべく呼吸を抑えているというのに一呼吸で感じる臭いが吐き気を催してくるレベルだ。これを無防備に直接吸引したローラはと言うと…。
「………………………」
どっかに旅立っていた。御坂妹がうろ覚えで十字を切り祈りを捧げたところで、この臭いに気付いた美琴とステイルがやってきた。
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ラストダンジョンの魔王の部屋。そこではお姫差がある種の窮地に立たされていた。
お姫様にとって『本命』なんて者がいるはずもなく、また『痴話喧嘩』なんてする相手も当然いない。お姫様から見ればアレは割と切実に命の危険を感じているけど単なる追いかけっこだ。ただ、もうちょっと平和的にゆっくり話せたらなぁとは思ってはいた。
だから、お姫様が黒いオーラを纏った彼女たちに部屋の隅に追いつめられる理由はない。はずだ。多分。きっと。
「それで上条当麻。『本命』とはどういう事ですか…?」
「あと『痴話喧嘩』についても説明してほしいのでございますよ…?」
「だから! アイツはただの喧嘩友達でそれ以上でもそれ以下でもないんだってば!!」
「あァ? ただの喧嘩友達が手繋いだり一緒に遊園地に行ったりするもンなのか?」
「ばっ!? 余計な事言うな!! っていうか何で知ってる!?」
「両方テキトーに行ってみただけだ。まさか当たるとはなァ…?」
「性格悪ぃぞテメェ!!」
更なる爆弾を燃料付きで投下され焦る上条を楽しそうに見ている一方通行。彼に悪態をつき、ほんのりと殺意を抱きつつも彼の注意は目の前に最も注がれていた。神裂とオルソラを包んでいる黒いオーラがちょっとだけ大きく深くなった気がした。
「その話も詳しく聞かせて頂けますよね…?」
「聞かせてくださるのでございましょう…?」
彼女たちは笑顔で上条に詰め寄る。そう、笑顔だ。溢れんばかりの輝きを隠そうともしない素晴らしい笑顔で彼女たちはいる。控えめに言っても彼女たちは美人の部類に入るだろう。その彼女たちの笑顔は眼福の他ならない。
そう上条は自分をどうにかして誤魔化そうとしていた。ただ、その輝きは黒く、素晴らしい笑顔にはお札の人もびっくりな陰影があった。……現実は上条には優しくなかった。
「何だ三下、話さねェのか?」
「話せるかぁ!!」
「じゃあミサカが話すよ! ってミサカはミサカは名乗り出る」
「あァ? 何でお前が知ってンだ?」
ちょっと待ってくれ打ち止め。それは考え直してくれ。上条は切実に思った。例えるならそれは上条にとって、自動式の銃でロシアンルーレットを迫られているにも等しい。そしてその指は既に引き金に掛かっている。
「黄泉川と芳川と一緒に遊園地に行った時に偶然お姉さまと上条当麻の姿を発見したんだよ! ってミサカはミサカは答えるよ」
「是非詳しく聞かせてください」
「私も興味津々なのでございますよ」
「だぁーー!! ちょっと待て打ち止め!! 話すな!! お願いですから話さないでください!! 後でなんか奢るから!!」
「え!? 本当!? ってミサカはミサカはその誘惑に話すのをやめちゃいそう!」
「打ち止めァ。話したら『学舎の園』で好きなだけ奢ってやるぞォ(オリジナルに頼めば入れンだろ)」
「本当!? やったー!! ってミサカはミサカは更なる誘惑に負けて全部話しちゃう!」
「一方通行ーーーーーーーー!!!???」
引き金に掛かっている指を剝がすことに成功したかに見えた瞬間、一方通行の言葉により再び引き金に指が掛かった。白い魔王様はそれはそれは愉快そうにニヤニヤとした表情だった。「この銃口ソイツに向けて!」と心中で叫んだが、口から出たのはお決まりの言葉だった。
「不幸だーーーーーーーーー!!!!!!」
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ゲームイベントが始まる事1カ月前のとある日曜日。上条はいつもの自販機の前にいた。今日は奇跡的に補習もなく、インデックスは姫神や舞夏と一緒に遊び行くようなので、久々に一日中家で自堕落に過ごす予定だったのだが、それは先日、更なる予定で上書きされた。
(というか、何で俺なんだ?)
上条がここにいる理由。それは電撃姫に誘われたからだ。曰く「遊園地でゲコ太イベントがあるから付き合いなさいよ!」とちょっと顔を赤らめていた。なんでも、これから行く遊園地ではカップルでの入場の際、ゲコ太シリーズのストラップが貰えるらしい。
(顔が赤くなるくらい恥ずかしいなら誘わなきゃいいのに)
自販機に背を預けながら思う。何でまた顔を合わせる度に電撃をぶち込むくらい嫌いな奴に頼もうと思ったんだろう。こっちとしては仲良くしたいんだけどなぁ。どうすりゃいいんだろ?
(最近は仲良くなったと思うんだけどなぁ…。わざわざウチで勉強教えてくれるし。………あれ? 女の子、それも御坂がウチに来るって上条さん意外とハッピー…?)
ええ、ハッピーですとも。青髪やクラスメイトの男子共に見つかれば真剣に殺意を抱かれるレベルで幸せですよ、上条さん。そして時には手料理を振る舞われている。幸せ以外のなんだと言うのか。
「にしても遅いな御坂の奴。それか俺が早すぎるのか?」
待ち合わせ時間は11時。今の時間は10時半と携帯に表示されていた。上条は遅くとも待ち合わせの30分前に着く事を目標としていた。地味な不幸の連発(横断歩道が全部赤とか)に見舞われる事も珍しくないからだ。
おかげで今日は1時間前に着いてしまった。とは言え、待たされる分には一向に構わない性質の上条は、とくに気にした風もなく携帯を取り出し適当にゲームをして待つことにした。
けれどそのゲームが始まる事はなかった。開いた直後に美琴が到着したからなのだが、なんだか少し離れた位置でびっくりしてるようだった。
「何でもういるのよ…!? 早すぎない!?」
「そうか? んーまぁ、確かに今日は不幸もなく来れたからずいぶん早いな」
駆け足でこちらに駆けよる美琴の格好はいつもの制服ではなく、ちょっと大人っぽい私服だった。携帯をしまいつつ駆けよってくる美琴に上条も歩み寄る。
「なぁ、常盤台って休日も制服だろ? 私服でいいのか?」
「大丈夫大丈夫。たまには私だってオシャレしたいのよ」
と言っている美琴の内心は穏やかじゃない。結局、ドキドキしすぎてあんまり眠れなかったし、出発するギリギリまでどの服にしようかと試行錯誤するもなにを着合わせてもイマイチ自信が持てず、それでも待ち合わせに遅れるのも嫌なので、もうやけくそにも似た境地で服を決め今こうしている。という訳だ。
上条の方も自分の私服姿をじーっと見ているし、平静を装うその下ではドキドキと恐怖が入り混じって大変な事になっていた。
(も、もしかしておかしかった…!? ふえ~! やっぱりあっちにすればよかったよ~!)
「…あ~、んとな、こういう時ってなんて言えばいいんだかわかんねぇけど、その、なんだ、…似合ってる、ぞ」
けれど上条から聞こえてきたのは嬉しい言葉だった。言った本人は気恥ずかしそうにそっぽを向いている。普段からこのようなセリフを言っているのに珍しい。
上条とて内心穏やかじゃないのだ。美琴はどう控えめに見ても美少女だし、常盤台の制服では彼女を引きたてるには程遠い。それが私服に変わるとどうだ。少女らしい可愛らしさの中にちょっと背伸びした綺麗さを併せ持っている。
少なからず思っている少女が目の前でこんな格好していれば平静を装えなんてのは初心で純粋な少年には無理な注文だ。
(でもなぁ…、俺ってば嫌われてんだろ? はぁ…、不幸だ……)
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「ちょっと待てーーーー!!!!」
打ち止めが語っている最中、上条が叫んだ。打ち止めも語るのをやめて全員上条に視線が集まった。心なしか、神裂とオルソラが3割増しくらいになっている気がする。何が、とか言ったら上条さん泣いちゃう気がする。
「まるで俺が語ってるみたいじゃねぇか!! 何で一日の始まりから語ってるんだよ!?」
勢いに任せて吠える上条だが、自分のセリフで地雷を踏んだ事には気付いていない。『俺が語ってるみたい』なんて言ってしまったらそれは正解だと言っているようなものだ。
そのセリフを当然聞き洩らす事などない訳で、神裂とオルソラがさらに4割増しになっている。何が、とか言うのは野暮だろう。とにかくこれで計7割増し。上条は明日の朝日を拝めるのだろうか。
「ミサカネットワークに常識は通用しないぜ! ってミサカはミサカはあの人の決め台詞を真似てみたり」
「正直に言ってみィ?」
「未元物質なていとくんと心理掌握に聞きました! 一緒に遊んでくれて、ていとくんアイス買ってくれたんだよー。ってミサカはミサカは正直に答える」
「よく言えましたァ。ってェことは、遊園地云々ってのは嘘か?」
「嘘じゃないもん! 遊園地に行ったのも本当だし見たのも本当だもん! ってミサカはミサカは言い返す!」
「だとしても、何であのメルヘン野郎と第5位が知ってンだよ?」
後ろになんだか修羅場っぽい空気を感じるが悲鳴が聞こえないから大丈夫だろうと一方通行は無視し、椅子に座っている自分の膝に座ってやがる打ち止めに問う。不満爆発の顔をしながらそれでも落とさない一方通行さんだった。
「んとね、ていとくんがナンパした相手が心理掌握で、彼女も暇だったから一緒に遊園地に行こうってなったんだってー、ってミサカはミサカは頑張って思い出してみる」
「クソメルヘンはともかく、なんつーか、ずいぶん軽いな、第5位…」
「でね、ていとくんが空を飛んで心理掌握と遊園地に向かっている時に上条当麻を発見して、面白そうだから心を読みつつ尾行したんだって、ってミサカはミサカは答えてみる」
「いや、もう、アレだな。平和だな」
未元物質と心理掌握の尾行とはなんと豪勢な。そしてなんと性質の悪い。この場にいないその二人相手に上条はドレス姿で叫ぶ。
「そのていとくんと心理掌握ってどこにいるの!? 今から上条さんが説教してあげるから!!」
「あ~、まぁ別に止めはしねェがその二人、第2位と第5位だぞ?」
「……へ?」
「ま、そうなるよなァ。オイクソガキ、さっさと続きを話せ」
なんかこう、言葉では言い表しにくい形相になっている神裂たちを一切気にせず、ただ暇つぶし程度に自分が聞きたいだけの一方通行の促しで打ち止めは再び語り始める。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(でもなぁ…、俺ってば嫌われてんだろ? はぁ…、不幸だ……)
それを思い出し上条はちょっと沈む。顔を赤くして自分に話しかけているのは、いつも怒っているか恥ずかしいかのどっちかだろうし、出会いがしらに電撃ぶち込んでくるんだからそうなんだろうと思っていた。それが照れ隠しだとは気付かずに。
「ねぇ、どうかした?」
「ん、あぁ、いや、なんでもない。気にすんな」
「そっか、ならいいんだけど。てっきり遊園地行くの嫌なんじゃないかと思っちゃった」
「そんな訳ないだろ。御坂と一緒に遊園地に行けるのを上条さん心待ちにしてましたよ」
「ふぇ?!」
「御坂と一緒に」その言葉が美琴の頭で何度もエコー付きで再生し、彼女の顔が一気に赤面する。惚れてる男にこんな事を言われれば初心な美琴は真っ赤になるしかない。対する上条は表情こそ至って普通だったが内心では「やべっ!? またビリビリ来るか!?」とか思ってたり。
(そっか…楽しみにしてくれたんだ…えへへ…よかった…)
一緒に行けるのが(ここ重要)楽しみだと言われればそれはもう顔が緩んで仕方ない。待ちに待った二人での遊園地なのだ。そんな事を言われた日には美琴ちゃんの危ない妄想が火を吹くぜ!
「吹かないわよ!」
「おお!? どうした!?」
「え…? あれ…? なんか今変な男の声が聞こえてきたような…」
「変な男の声?」
「こう、羽を生やしてホスト崩れな感じで冷蔵庫をこよなく愛してそうな…」
「えらく具体的だな…」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ほら、あなたが変な事を言うから勘付きそうじゃない」
「いやぁ、悪い悪い。ああいう初心な奴らは弄ると楽しいんだぜ?」
「人を弄って遊ぶ趣味は私には無いわよ」
「そりゃあもったいない。おっと、移動開始したな。俺たちも行くぞ」
「…ねぇ、あなた。私が言うのも変なのだけれど、私をナンパした事忘れてない…?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
電車にしばし揺られて、二人が到着したのは隣の学区にある最近できたばかりの遊園地だった。なんでも、ここのアトラクションは学園都市の大学や企業の試作品だけここにしかないアトラクションが多いとの事。それゆえに早くもかなりの人気があるらしい。
「へぇ~。結構でかいんだな~」
「ほら、早く入場券買うわよ」
「おー」
どこか気の抜けた返事をしつつ上条が見上げるのはひときわ巨大な観覧車だ。確か、世界最大の観覧車は165M程。それがどの程度の大きさなのかよくはわからないし、今見上げているのもどれだけ大きいのかもわからないが、相当にでかい。高層ビルでも見上げている気分になる。
「学生2人でお願いします」
「かしこまりました。お二人はカップルでよろしいですか?」
「ふぇ!? カカカカップ…!?」
「はい、そうです」
「!?」
「なんだよ、そう言わないとゲコ太がもらえないんだろ?」
「そそそそうね!」
(何慌ててんだ? やっぱ、俺とカップルに見られるのが嫌なんだろうなぁ…。はぁ…不幸だ……)
その場から離れて上条ががっくりと項垂れている間に、美琴がチケットとゲコ太ストラップシリーズ(2人分)を受け取り、ホクホクとした顔でこちらに戻ってきた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「なぁ、アイツちょっとぶっ飛ばしてきていいか?」
「やめなさい。気持ちは分からなくはないけど」
「アイツ鈍感過ぎるだろ!! 女心がちっともわかってねぇ!」
「あなたが言える言葉ではないと思うのだけど」
「そんな事はないぞ。俺ほど女心の分かる奴はいないだろ。それに頼りがいがあるんだから我ながら完璧だな。だからどんどん頼っていいんだぞ? こころん」
「こっ!? こ、こころんって何よ!?」
「心理掌握の『心』をとってこころん。可愛いだろ?」
「へ、変な名前付けないで頂戴!!」
「全くもう、ツンデレだなぁ、こころん」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
入場ゲートをくぐり上条と美琴は道のど真ん中でパンフレットを広げどうするかと考えていた。道も某ネズミーランドのように広いのだから一人二人立ち止まっても何も問題ないだろう。実は地味に邪魔なんだけども。
「ねね、折角だからさ遊園地遊びつくさない?」
「俺は大歓迎だぞ」
「んじゃしゅっぱーつ!」
「っておい!」
パンフレットを上条に押しつけ、美琴は先に遊園地の奥に進む。その後ろを慌てて追うが、人が多くて中々思う様に前に進めない。比較的、同年代では背の高い美琴だが人込みに入ればやはり小柄だ。すぐに彼女の姿を見失ってしまう。
(確かこっちの方に進んだよな…)
人の波に揉まれつつ彼女の歩いていった方へ少し早足で向かうと、そこからそんなに遠くない位置で、まるで親を見失った子供のように辺りをきょろきょろと見ている美琴の姿を見つけた。上条は人込みを掻き分けて彼女の元に駆け寄る。
「よかったぁ…。早速はぐれたかと思ったぞ」
「そ、それはこっちのセリフよ! アンタが早く来ないから悪いんでしょ!」
「へーへー、お嬢様のおっしゃる通りで」
「……む~…」
上条がちゃんと居た安心感。先ほどの表情を隠すため。その両方のせいで攻撃的になってしまい、しかもそれを軽くあしらわれて美琴はちょっと居心地の悪そうな顔になる。しかしそれもほんの僅か。左手の不意の暖かさでそんなものはたやすく吹っ飛んでしまう。
「ふえ?」
「え、あー…、んーと、はぐれたら、大変だろ…?」
「………アンタ、もしかして、照れてる?」
バツの悪そうな表情で開いた手で頬をかく上条の顔は、どことなく赤い。それにこっちを真っ直ぐ見ようとしない分、どうにも照れているように見えて仕方ない。それを隠すように上条は繋いだ手を少し乱暴に引っ張る。
「んな事いいからほら、早く行くぞ!」
「ねーねー! アンタやっぱり照れてるでしょー?」
「し、真摯で紳士な上条さんが照れるはずがないですのことよ!」
「でもアンタさ、気付いてないかもしれないけど、慌てたりドキドキしてる時って、口調、おかしいわよ?」
「うっ…」
ピンポイトで上条の図星を貫く美琴。上条の弱点見つけたり、といった感じで美琴はしばらく上条を弄り倒し、上条もその猛攻から必死にかわそうとしていたが、既に図星を突かれていて敗戦ムードだった。ただまぁ、美琴が笑っているならいいか、とその流れを受け入れていた。