Sortie time
学園都市内、第23学区にある空港に隣接するホテルの最上階スイートルーム。
窓のカーテンの隙間から、わずかに朝の光が差し込み、一つのベッドで眠る一組の男女を照らす。
乱れたシーツと、二人の生まれたままの姿が昨夜の出来事を物語る。
ぼんやり目を開けた男は、首筋に巻かれた女の腕を右手で緩め、ベッドサイドの時計に目をやる。
(ああ、もうこんな時間か…)
(夕べはちょっと調子に乗ってしまったかな…)
そう思いながら、男の胸に顔を埋めて眠る女の耳元で囁いた。
「み・こ・と…」
女はピクリとした後、細く目を開けると、男の首にまわしていた腕を外し、自分の顔の前に男を引き寄せた。
潤んだ目で男を見つめ、濡れた唇で呟く。
「と・う・ま…、ねぇ、キ・ス・してぇ…」
男は黙って女に唇を重ねる。
一度離れた男の唇を、女の唇がなぞるように、啄むように、刺激していく。
起きぬけのぼんやりした思考が徐々に形を変える。
やがて互いの唇を貪り合い、絡み合い、啜り合い、求め合う。
男女の官能部分が熱くトロリと溶け、互いの身体の奥底から湧き上がる欲求に応える。
やがて離れた、二人の唇の間に猥らな糸が引かれる。
「ねぇ、もう一度…いいでしょう…」
薄赤く上気したような女の口元から甘い囁きが零れる。
「…夕べの事は覚えているのかい?」
男が囁き返す。
「ん、ぁん、あれ・は…、ゆ・め・でしょう…」
「あの夢では、見足りないとでも?」
「ん…、ぁん、もう、とうまのい・じ・わ・る・ぅ…」
「みことは…ん…」
女がその唇で、また男の口を塞ぐ。
「みことは、すっかり…」
男がその唇を離し、また女の口を塞ぐ。
「いや…、言わないで…、ん、んぁん…」
男の手が、いつしか女を弄りだす。その手の動きにあわせて、女の身体が開かれていく。
女は喘ぎながら、ますます潤んだ目で男を見つめる。
「あ…あん…、だって、はぁ…ん…っ、私…、もう…と・う・ま・の……だ…から…」
「かわいいよ、みこと…」
prrrr♪、prrrr♪~
携帯電話が鳴った…。
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男は動きを止め、ベッドサイドの電話に手を伸ばした。着信にはいつも見慣れた名前が表示されている。
「ねぇ、とうまぁ、そんなの放っておいて…、ねぇ…」
女が男を、もう一度取り込もうとする。
「まて、美琴。ちょっと待てって」
男はそう女に告げると電話に出た。
「土御門か、どうした」
「かみやん、朝からお楽しみのようだにゃ」
「なんだぁ?わかってんなら邪魔すんなよ。で、何が起きた?」
「ねーちんから緊急連絡だ。連中、しびれを切らしたらしい」
「何?じゃ、作戦開始が早まったのか?」
「いや、一部の過激派共が勝手に動き始めただけだが、予断を許さねぇ。念のため、午後には現地へ入ってくれ」
「わかった。すぐ支度する。1時間後に出る」
「了解ぜよ、かみやん。超電磁砲(レールガン)には邪魔したなと伝えてくれ」
上条当麻が傍らに目をやると、そこに美琴は居らず、すでにシャワールームに明かりが点いていた。
「おう、伝えとくよ。あとで電撃喰らっても知らねぇけどな」
「そいつはかみやんの役目だにゃ。じゃ、1時間後だぜぇ」
上条は電話を切ると、別のところへ電話を掛けた。
「…あーもしもし上条だ。今日は誰がいる?あぁ、佐天くんか。では彼女に繋いでくれないか…」
「…もしもし、佐天さん?上条さんですよ。1時間後に出ることになったんで、今日の予定は全てキャンセルしといてくんねぇかな…」
「…それと理事会への連絡も頼めるかな。後、初春さんにも、何か新しい情報が出たら、統合作戦本部の土御門に回してくれって…」
「…ああ、白井は今回インデックスのトコだ。荒事はこっちだけじゃないし。ま、実際動くのは必要悪の連中だがな…」
「…もう一つだけ。何でもいいから朝食の用意を頼めないかな。2人分。機内で食べるから。今朝はまだ何も口にしてないんだ…」
「…あー、はいはい、その分昨夜たっぷり頂きましたよ。美琴たんはそれでもまだ足りねぇって、今朝もおねだりされましたがね…」
「…いやいや、もうね、これ以上バラすとね、上条さんの命に危険が…」
「…じゃ、そんなわけで、手配頼むわ。またお土産、買って来るからな」
電話を切ったとたん、背後から何やらバチバチと音がする…
「おぅわっ!まてまて美琴センセー。上条さんは何も言ってにゃいですよ。だからここでそれは…」
「当麻のバカアアアアアアー!!!!!!!!!!」
バシン!!!
上条は右手で美琴が放った電撃を受けるとそれを消した。
「アブねぇって、美琴センセ。この部屋、電撃対策されてるっつても、やっぱまずいって…」
濡れた髪にタオルを巻き、バスローブを纏った美琴が、顔を赤くして仁王立ちになっていた。
「なに佐天さんにしゃべってんのよ。恥ずかしいじゃないの、まったく。もう、早くシャワー浴びてきなさいよ。時間ないんでしょ」
「1時間後にジェットで現地へ向かう。装備はもう積んである。朝食は機内で。詳しい情報は土御門から来るはずだ」
「わかったわ。すぐ支度するから。でももう少しゆっくりしたかったわ…。これからしばらくは…だから」
「ん…、そうだな。しばらくはお預けか。まぁ、帰ってきたら続きはゆっくり、な」
「そうよ。この火照った身体、どうしてくれんのよって、もう…」
美琴は上条の首に腕を巻きつけ、ゆっくり唇を寄せた。
「片付いたら、その日のうちに、今朝の分とあわせていっぱい可愛がってもらうからね」
「わかってるよ。じゃ、シャワー浴びてくるから…」
上条当麻は軽く美琴と唇を合わせた後、彼女の手を解き、シャワールームに向かう。
上条美琴は当麻から手を離し、気持ちを切り替えると、ドレッサーに向かい化粧を始めた。
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熱いシャワーを浴びながら、上条は思い出に浸っていた。
それは上条当麻と御坂美琴が初めて結ばれ、同じ朝を迎えた日のことを。
「…ん…」
「ごめん、起しちゃったか…」
「おはよう…、当麻…」
「おはよう…、俺の美琴」
美琴は顔を赤くして言った。
「…ありがとう」
「何が?」
「…なんでも無いの…。ただなんとなくだけど…」
「そっか…。まだ時間早いし、寝てて良いよ。朝食用意するから」
「大丈夫…、私も手伝うから」
そう言うと、美琴はベッドから出ようとして…、固まってしまった。
「どうした?」
「まだ…、はいってるみたいで…、ちょっと…」
「あ…。そ、そう…」
「…ちょっと歩きにくい…、かな?」
「無理するなって。寝てたらいいよ」
「当麻…」
「ん?」
「一緒に…居て…」
「朝食は」
「だから…一緒に用意するの…」
「じゃ、無理しないようにな」
「ありがと…」
「ま、その前にシャワーでも浴びておこう」
そう言いつつ上条は、未だにベッドの上にしゃがみ込んでいた全裸の美琴を抱き上げる。
「あっ…///」
「じゃあ、風呂場にご案内しましょうかね」
「まって…」
「ん?」
「シーツ///…、洗濯機に…。血…、染みてないと良いけど…」
「なんか妙に生活感感じるセリフだな」
美琴は顔を赤くしながら、上目遣いに上条に言った。
「私、当麻のお嫁さんだから…ね」
「あああ、もうそんな顔で言われたら、上条さんの理性は残骸すら残らないですよ。すっごく可愛いなって」
「…ふにゃ~」
「こら、漏電すんなって」
「あれからもう10年たつんだよな…」
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この10年の間に、科学と魔術のハルマゲドンが起こり、科学界、宗教界ともに大きく変化した。
学園都市もその内実が明らかにされ、大きな戦いと、変革が起こり、統括理事会もメンバーが一新された。
窓の無いビルが消え、アレイスターの姿も、以後誰も見ていない。
今や上条当麻は統括理事会の一員として、学園都市を率いるメンバーの一人であった。
上条勢力と言われる一派が、科学界、宗教界の重要なポストを占めるに至ることで、互いの交流が活発になり、コミュニケーションが図られた。
その結果、互いの立場、利益が尊重されるようになり、科学と魔術の争いは無くなりつつあった。
だがなまじ科学と魔術が世界に並列するようになったために、テロリストや反対勢力などは、能力者と魔術師が手を組んで、事件を起こす事も増えていた。
学園都市と魔術勢力は、上条当麻を中心に、状況に応じて共同で事件を解決するようになった。
学園都市統括理事会は、科学側実戦部隊を統括しており、かつて暗部と呼ばれた組織は、現在はデルタフォースと呼ばれている。
現在の統括理事長たる上条当麻が指揮する「スマイル」の他に、「アイテム」「グループ」「スクール」などと呼ばれるいくつかの機動部隊が存在している。
これらの機動部隊は、宗教側実働部隊、「必要悪」「アニェーゼ」「天草式」などと共同作戦を取ることも多いため、より双方の理解、交流が進められる効果もあった。
この世界の中心たる二人の少年少女も大きく成長した。
御坂美琴は、上条当麻のパートナーとして同じ戦場に立つようになった。
美琴の身体は、出るところは大きく出、引っ込むところはきれいに引っ込み、それはもう見ただけでむしゃぶりつきたくなるような、イイ女になっている。
もちろん苗字も御坂から上条に変わった。今ではもちろん上条当麻にとって公私共に、一番重要なパートナーである。
上条当麻はがっしりとした体付きになり、イイ男になってはいるものの、ツンツン頭の髪型だけはなぜか変わらない。
彼の不幸体質は続いているものの、あくまでプライベートな不幸、むしろ不運ともいえる程度のことに過ぎなくなっていた。
もっとも上条当麻本人は、その都度「不幸だ~」と呟いてはいるが。
この一組の男女は、デルタフォース実戦部隊「スマイル」のメンバーとして、最前線で戦っていた。特に鎮圧時の白兵戦では無敵を誇る。
学園都市第3位『超電磁砲』の援護下で、学園都市最弱にして最強と呼ばれる『幻想殺し』が突入、制圧する戦術に敵う者はどこにもいなかった。
上条夫妻は、今回の戦いを最後に、この仕事から身を引き、表の仕事たる学園都市の運営に重点を置くことを決めている。
プライベートでは、子作りを始めることにもしたからだ。
彼と彼女は、これから最後の戦いを迎えるため、互いに手を携えて出撃する。
当麻と美琴の、そしてみんなの笑顔を守るために。
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THE END