とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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切り離された世界で



 雨が降る中、上条は茫然としていた。
 しとしと、ぽつぽつ程度だった雨の中を走ってきたのだが、さすがに酷い雨となって軒下で雨宿りしている。
 駆け込んだのは暇そうな雑貨屋の軒下だった。
 中にいる店主のおじいさんも、雨宿りを始めた上条に初めこそ興味を示したものの、特に何を言うわけでもなかった。

「止みそうにもねぇな……」

 ザーザーと降りしきる雨は勢いを落とす様子もない。
 黒い雲が空を覆い、青空は見えそうにもない。

「傘持ってきてねぇしなぁ……」

 コンビニで買うと言っても、この雨ではそこに至るまでにずぶ濡れになってしまうだろう。
 それでは全くの無意味だ。
 雨が止むまで。せめてもう少しマシになるまで雨宿りになるだろう。
 上条がそうやって溜息をついた時だった。

 ドォンッ!! と爆発音にも似た音が響く。
 一瞬明るくなったことを考えるとどうにも近くで落雷があったらしい。
 近くにあった街灯の灯がちらちら揺れていた。

(まさかアイツじゃねぇよな……)

 と、上条は苦笑する。
 落雷と言えばアイツ、なんて事を言えば怒られかねないが、嫌が応にも思い出してしまうというものだ。
 何かにつけて顔を合わせることの多い少女、御坂美琴は今頃何しているだろうか。

(カエル柄の傘とかさしてんだろーな)

 少女趣味な美琴の事だ、カエルかヒヨコかは知らないが、何か可愛いらしい傘を持っているに違いない。
 お気に入りの傘をさしてご機嫌な彼女を想像し、ついつい表情が緩んでしまう。

「なぁに、ニヤニヤしてんのよ……気味悪いわね」

 不意に飛んできた声に、上条は身を固くする。
 声がした場所にいたのは、怪訝な表情をした美琴だった。

「噂をすれば、だな」

「噂って……アンタ、変なこと言いふらしたりしてないでしょうね?」

 一人しかいないのにどうやって言いふらすんだよ、と上条は苦笑する。
 想像通りと言うか、なんというか。美琴の手に握られていたのはケロヨンの小さな折り畳み傘だった。

「いいや、なんか雷見てたらお前思い出してさ」

「え、私?」

「一回だけだったか? 俺に向かって雷落としたことあったろ?」

「あぁ、アレね」

 ザーザーと降る雨の中、美琴は少しだけ遠くを見るような目でその雨を見ていた。

「ゴメンね……」

「んあ? いや過ぎたことだし良いんだけどよ……これからはあんまビリビリなしな」

「うん」

 美琴は遠くを見ていた視線を上条へと戻し、その後に自分の持つ傘へと移していく。
 何を考えたのか、一瞬だけ頬を赤くするとブンブンと首を横に振り、そして小さく溜息をついた。

「なんだよ、やけに素直じゃねーか」

「まぁね」

「って……お前何やってんの?」

 小さなカエル柄の傘を閉じ、美琴は上条の隣に立っていた。
 ふるふると軽く傘を振ると、そこに捕まっていた雨粒が飛んでいく。

「雨宿り。見て分かんでしょ?」

「だってお前、傘もってんじゃねーか」

「傘持ってるからって雨宿りしちゃいけない理由にはならないでしょ?」

「確かにそうだけどよ……」

 上条はバツの悪そうな顔で美琴を見る。
 これでは何だか付き合わせてしまったみたいで後ろめたい気持ちになる。

「しっかし、止みそうにないわねー」

 やれやれ、という美琴を横目で盗み見た。
 傘を出す前に濡れたのだろうか、少しだけ湿った服やスカートが色っぽく感じられる。
 さらには、濡れた髪は所々でくるりと癖っ毛のように巻いている。

(おいおい、上条当麻。相手は中学生だぞ何やってんだ)

 妙に高鳴る心臓に落ちつけと声をかけ、心のリミッターが正常稼働している事を確認する。
 雨の匂いに混じって漂ってくる甘い香りに意識を持っていかれつつ、上条は雷のなる学園都市を眺めていた。

「ねぇ……」

「な、なんだ?」

「アンタ、最近は厄介事とか巻きこまれてないでしょうね?」

 上条が美琴へと視線を向けたとき、彼女もまた上条を見ていた。
 その茶色い双眸はいつもの勝気な色ではなく、弱々しく揺れている。
 少し濡れたように見えるのは気のせいではないだろう。

「いたって平和だよ。平和すぎて退屈なくらいにな」

「だったら良いんだけどさ……」

 元気のない美琴に、上条は下唇を噛んだ。
 北極海での一件があって、死ぬほど謝って、心配かけないように気をつけていたはずだった。
 出来るだけ気を楽にさせようと。
 だが、美琴の想いは上条の想像しているよりも遥かに大きいらしい。

「悪いな、心配させちまって」

「アンタの事だからじっとしてはいられないんだろうけどさ」

「………」

 何も答えられなかった。
 心配するな、なんて言えなかった。
 根拠がないどころじゃない。
 ここまで心配してくれている人を前に、そんな無責任なことが言えるほど、上条も馬鹿じゃない。

「私も連れてけとは言わないけどさ……一言言ってからにして欲しいわ」

「あー、なんつーか……申し訳ない」

「ま、これくらいにしといてあげるわ」

 降りしきる雨に視線を戻す。
 耳に届くのは雨の音だけ。

 まるで世界から隔絶されたところにいるようだった。

 ただっぴろい海の上、小さな船に二人だけで乗っているような。

 自分たち以外の誰もいなくなってしまったような。

 お互いの距離が心地よく、いつまでも浸かっていたいような。

 ふらふらとたゆたう。

「なぁ……」

「なによ?」

「なんでお前、そんなに俺の事気にかけてくれるんだ?」

 上条の言葉に、美琴が右手を握る。
 何故と聞かれれば、答えは一つしかない。

『もう傷ついて欲しくないから』

 じゃぁ、なぜそう思うのか……。
 それは―――

「ア…………き……から」

「え?」

「アンタの事が―――――――――」

 狙ったようなタイミングで、雷が落ちる。
 神様の悪戯か、日頃の行いの悪さなのか。
 掻き消された美琴の声は宙に舞ったまま行き場をなくす。

「……え?」

 上条の顔は固まっていた。
 聞こえたのか、聞こえてないのか、それさえも美琴には分からない。

「みさか?」

 ぱちぱち、と上条が目を瞬かせる。
 その視線に耐えきれず、美琴は軒下を飛び出す。
 傘なんてさしてる余裕なんてなかった。

 大雨の中を飛び出す。
 服もスカートも髪も、あっという間に濡れていく。
 それでも、なんとかして、自分の胸の奥の想いを濡らさないように、美琴は走っていた。

「待てって!」

 がしっ、と。
 横から抱きとめられる。
 
「いきなり雨ん中飛び出していきやがって……風邪でも引いたら、青春してましたじゃ済まねーぞ」

 上条は無理矢理に美琴の両肩を抑え、真っ直ぐその顔を見る。
 雨に濡れた彼女の顔はぐちゃぐちゃだった。
 様々に渦巻く感情が溢れ出している。

「お前、泣いてんじゃねーか」

「ばっ……雨よ、雨っ」

 視線を逸らす美琴に上条は溜息をつく。
 濡れているのは彼女だけじゃない。
 上条自身も頭の先から爪先までずぶ濡れ状態だ。
 雨宿りでお茶を濁していた事も全てパーになってはしまったが。

「で、なんでお前はいきなり走り出してんだよ」

「なんでって……」

 言い淀む美琴の頭を不器用に撫でる。
 そこに何か意味があったわけではなく、単純にそうしたかっただけだった。

「なんつーか、お前も大概周り見てねぇよな……」

 上条の言葉に、美琴が視線を上げる。
 雨にぬれた上条の顔は少し照れくさそうだった。

「一方的に心配されんのも不公平だしな……偶には、俺にも心配させろ」

 美琴の視線に気付いたのか、上条は慌てたように目を背ける。
 その頬が赤いのは気のせいじゃないだろう。

「ぷっ………なにそれ」

「うるせぇ! 女の子にあんな事言われてほっとけるかよ」

 上条は拗ねたように口を尖らせる。
 なんだか酷く子供っぽいその表情に、美琴の悪戯心が刺激される。

「あんな事、ってなに?」

「何って……『アンタの事が―――――――――」

 再び響く雷の音。
 雨に濡れる二人はキョトンとした表情の後、にっこりと笑うのだった。


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