とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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よんでますよ、カミジョーさん。 2



「い、いや、あのな?」
 上条は、びっくりしてフリーズしたハムスターのごとく固まった美琴に、慌てて弁解する。
「お前さ、バスルーム篭って風邪ひいたらどーすんだよ。白井が熱出してこういう事になってんのに、本末転倒じゃね? そもそも、白井の看病って主題が抜けてるぞ。コイツが高熱出して寝てるのも事実なんだから、側にいないとダメじゃねえか」

 上条はちらりと黒子に視線をやり、そのまま続けた。
「で、一番の問題は、俺が横に寝ることだろ? でも俺はこの通り、右手で白井を掴んだまま寝て、うつ伏せ状態だ。これならほとんど身体は死に体って言うのか? お前が横に寝てたって、顔だけしかそちら側に向けられねえし」
 いかに安全かを必死でアピールする上条。
「右手は言ってみりゃ使用中なわけで、お前の電撃も防げねーから、俺がツマンネエことしたら焼けばいいだけだし」
「…………、」

 上条はそういや偽装の話もあったな、とばかりに思いつくままに口を開く。
「二人分の膨らみについてはさ、何とかなるんじゃねーか?」
 ほ、ほら、きるぐまーだっけ? あのでかいぬいぐるみの存在利用してさ、と言葉を繋ぎつつ。
「俺がきるぐまーみたいなイメージで縮こまってさ。あたかもお前がぬいぐるみと一緒に寝てるように偽装すれば、いけるんじゃね?」

 美琴の硬直状態は解けてきたようではあったが、うつむいていて表情がよく見えない。暗がりで、元々見えづらいが。
「……まあ正直、お前が隣で寝るとなると、上条さんも心臓バクバクですよ? だけどそこを何とか! 我慢して付き合ってくれませんかね? あくまで白井のため!」
 数カ月前の上条当麻なら、『心配すんな。中学生には興味ねーし、お前には手を出す気もねーよ』とでも言ってしまっていたかもしれない。だが、インデックスとの暮らしの中で、『女の子は色々難しい』事を学んできた。特に目の前の少女は、プライドの高さは折り紙つきである。

 ひとまず、言いたいことは言い切った、と上条は口をつぐむ。それでもバスルームに篭る、と言うならしょうがない、といったところである。
「とっ……!」
 ようやくの美琴の反応に、上条は改めて美琴を見やる。
 そのまましばらく、間が空く。

 そして。
 不意に美琴がしゃがんだかと思うと、落とした毛布・パジャマをひっつかみ、あっという間に洗面所に飛び込んだ。

『とりあえず着替えてくる……』
 飛び込む瞬間、確かにそう、聞こえた。上条は、しばらく閉じられた洗面所のドアを眺めていたが、向き直ってそのまま顔を敷き布団に沈ませる。

(ま、御坂に任せるしか、ねえわな)


 ◇ ◇ ◇


 洗面所に入った美琴は、大きく、大きく深呼吸した。
(落ち着け……落ち着け私)
 上条の言葉に初めは舞い上がった美琴であったが、その後の彼の言い訳のような言葉に、徐々に平静さを取り戻しつつあった。

 実際の所、彼の言う通りであった。寮監の目を誤魔化す事ばかり考え、彼を信用しているといえば聞こえはいいかもしれないが、白井黒子の事を彼任せにし過ぎていた。裏を返せば、上条への絶対的信頼感が美琴の心を弛緩させ、深層心理では『この件は解決済』としてしまっていることに、美琴自身は気づいていない。
 一緒に寝ようという申し出も、一応筋は通っている……が、それよりも。
(どうせ、両手が空いてたって、何もする気ないくせに! 分かってんのよこっちは!)
 知りあって半年ほどだが、上条から触れられたことなどほとんどない。携帯ショップでツーショットを撮った時や、どこぞへ逃げる時など、必要最小限にしか触れてこないのだ。大覇星祭で押し倒された時も、どうやら性的な意味は皆無だったようで、あの時勘違いしてしまった自分を思い出すと、今でも真っ赤になる。
 そして今回は、彼はほとんど身動きできない状況であり、横には病人。彼がクドクド言わずとも、何も起こらないのは分かっている。

(まあ、私としても、ベッドで寝るに越したことはないんだけどさ……)
 バスルームは約1時間前に美琴が使ったきり、そのままである。水滴は飛び散り、浴槽のお湯は抜いてあるので中は冷え切っているだろう。今から拭きとり作業に入り、そこで寝るとなるとちょっとゲンナリする。洗面所で寝るという手もあるが、洗面所は土足でも入る場所であり、そこで寝る気にはならなかった。
 だから、上条の申し出や心遣いは、複雑な思いはあるにせよ、嬉しかった。


「よし……バスルームは止め! 私は私のベッドで寝る! は、端にいつもと違うのが居るだけで!」
 美琴は小さく宣言すると、脱衣かごに毛布とパジャマを放り込み、着替え始めた。

(そう、いつも通りにしてりゃいいのよ。ちょっと状況が違うだけで)
 と思いつつも、何かそわそわした気分になってくる。
 そうして、制服のブラウスを脱ぎ、ブラに手をかけて……手が止まり、美琴はじっと自分の胸を見つめた。
(……ノーブラはマズイ……よね?)
 動きやすさ重視――走りまわってスカートが翻っても下を気にしなくていいように短パンを常用している美琴は、寝る時も寝やすさ重視である。うつ伏せで寝ても(残念ながら)胸周りは苦しくなく、むしろ胸を締め付けるブラは邪魔でしかない。胸の型崩れが気になるといった、ブラの必要性も無かった。
 どちらかというと『同居人の変態行為』が一番ブラの命運を分けており、まあそこは一応同居人を信用して……結局普段は着けずに寝ていたのであるが。
(流石に……角度次第だけど胸元の隙間から谷間丸見えになるし、それに……)

 ひょっとしたら、誘ってるように思われてしまうかもしれない。

(わっ、私はそんなふしだらな子じゃないわよ! あっ、アイツに変に誤解されたら……!)
 どこか偏った知識の美琴は、ひとりあたふたする。
(むしろTシャツ着て完全ブロック!? い、いや、そこまでやると必要以上に拒絶してるみたいだし、私も別にそこまでゴニョゴニョ)

 あーっ! やっぱりあそこで胸パッド買っとけば良かった! とまで暴走していた美琴だったが、ようやく我に返る。
(……良く考えれば、こっちが気合入れた時ほど、あの馬鹿はスルーするんだったわね……いい加減学べ私。……はあ)
 結局、ブラは着けたまま、緑のパジャマの袖に腕を通した。
(この柄もねえ……、笑われちゃうかな)
 カエル模様がプリントされたパジャマが、急激に恥ずかしくなってくる。
(暗がりだから、そんなに見えないはず! それにすぐ布団に潜りこんじゃえば)

 下もパジャマに履き替えた――流石に短パンは着用していない。あとは外に出て、一緒に寝るだけの状態となった。
 ドアノブを回せば、もう逃げ場はない。
(ここを出て、……まあ話しかけてくるだろうアイツに適当に答えて、向こう側からさっさと布団に潜り込めばいいよね)
 そうすれば、パジャマを見られたりといった時間は最小限で済み、気になっていたところはすべてクリアだ。

(潜り込んで、さっさと『おやすみー』とか言って寝ちゃえばいいハナシ。まあ、本当のところは……)
 本当のところは、聞きたいことは山ほどある。記憶のことや、ロシアでのあれこれ等。ただ少なくとも今日は、それを聞く状況ではない。それにそういった『聞きたい話』は、不意に黒子が目覚めた時に、聞かれてはまずい会話でもある。
(今日のところはおとなしく……、そうよ、寮監にも気をつけなくちゃいけないし、会話してる場合じゃ……って!)

 ……寮監。

(そ、そういや寮監からカモフラージュしないといけなかったんだっけ)
 看病と銘打っている以上、限りなく黒子のベッドに近づいていないとおかしい。かつ、上条をきるぐまーと見なし、不自然でない布団の膨らみを形成しないといけないとするならば、……川の字のような形で、彼と距離を取って寝るという選択肢は無く。
(つまり、密着しないといけないって事じゃない! そ、そんなの、って……!)
 こんな薄いパジャマで抱きつけというのか。
(無理! アイツに胸だのオナカだの内股だの押し当てるとか? 無理無理無理無理無理無理無理!  しかもアイツの左手、フリーのあげく密着状態になるよね?)
 想像して真っ赤になってしまった美琴は、ドアの前で頭をかきむしる。
(出来るかそんなことーーーーっ! それにアイツが寝ぼけるなりして左手でぺたぺた触ってきたら、どーすりゃいいのよ!)

 …………。
 美琴の動きが、頭をぐしゃぐしゃにしたまま、止まる。――先刻、どうせ両手が空いていても触れてもこない、と思わなかったか?
(……どうなんだろう。そんなシチュエーションでも触れてこない……のかな? これで触られなきゃむしろ、私を女の子扱いしてないってことよね……?)
 でも、と美琴は思う。ツーショット写真を撮った時それなりに意識されてたように思えるし、子供扱いなら『人前でスカートのままでハイキックとかも自重しとこうぜ』等と言ったりしないのではないか?
(そういうことじゃなくて、他に大事な人がいるから、とかなら。だったら分かるけど……)

 あの再会した、日。
 振り返ると、色々見えてくる。あの時出会った他の女性陣の反応を見るに、彼は本当に色んな人に――恋愛対象かどうかはともかくとして、好かれている。結標淡希や土御門舞夏まで登場したのには唖然としたが、あれで氷山の一角かもしれないのだ。事実、前に銭湯などで出会った黒髪の巨乳の子はあの場にいなかった。
 そして、最も親しそうなあのシスターも、彼に再会した時の反応を見る限り、あの瞬間まで生存を知らされていなかったようだ。……彼女というポジションなら、真っ先に知らされているのでは? と思うのだ。

(何よりアレよね……ストラップ、付け直してくれた。)
 再会し別れた後、美琴は携帯ショップに走り、ゲコ太ストラップの修理用パーツを探した。当然、元通りにするために緑色の紐を探すも黒色しかなく、妥協しようかと思ったが、端にポツンとあった紫色の紐が目に止まる。アンバランスではあるが、自分のピョンコストラップも紫色の紐だ、と強引にそちらを選んだ。
 そしてその日の夜、彼を呼び出して修理したストラップを手渡すと、彼はあっさり付け直してくれた。もし、他に大事な人がいたら、誤解をまねくようなあのストラップの存在は到底許されない……はずだ。
(ペア契約だってしてくれてるし……その、ポジション的には、悪くないとは思うんだけど……)

 そこまで考えて、美琴は当面の問題を思い出す。
(いやだから問題は! アイツに抱きつかなきゃいけない、って事で! ううう……)
 不自然な布団の膨らみを回避するには、カモフラージュのためには、抱きつくしか無いのだ。もしくは、バスルームに篭るか。


 美琴は大きく深呼吸した。
 やるしかない。どんな結果が待ち受けているか、分からないが。
(ああもう、恥ずかしいっ! ……でも、何なんだろう。もっとそれ以前に、……その、怖いというか不安というか、何なのかしらこの気持ち?)
 ――美琴が今襲われている感情は、必要以上の触れ合いによって、今の曖昧な関係が変わるのを恐れたり、自らのパーソナルリアリティが制御できなくなるのではないかという不安であったり、そういった事に拠るものであるが、美琴の中でまだ確りとした形になっていない。

 しかし、形になっていなくとも、こういう機会は逃してはいけない、という事だけは分かる。もう自分が彼無しでは、どの方向へも向かう事ができなくなる程に、彼に依存している以上。バスルームに篭っては、何も変わらない。
(一歩踏み出さないと。……黒子もいるんだし、仮に触れられる展開になってもそうそう変な事にもならない、よね…‥)
 そこで美琴は閃いた。
 美琴は洗面台に戻り、美琴用の小箱を開ける。そして取り出した香水を、シュッと顔に軽く吹きつける。パシャの香水――グレープフルーツの香りを。
 普段は香水の使用を禁じられている。ここで、香水が香れば、ちょっとはいつもと違う雰囲気を感じ取ってくれるのではないか。もし、何か良い香りがするな、とか言ってくれれば……それだけでもいい方向へ話題も繋がりそうだ。

(これで良し! ……いざ!)

 ごくっ、とつばを飲み込み、ゆっくり洗面所のドアを開けた。
 部屋に入り、後ろ手にドアを静かに閉め、暗がりに目を慣らす。

「おっ、お待たせー。や、やっぱりこっちで、寝る、ね。あはは……」
 美琴は小さな声で上条に声をかけ、シミュレーション通りに向こう側から潜り込むため、一歩踏み出した。
 その瞬間、美琴は最も考えておかねばならない事を忘れていた事に気付く。

 上条当麻の、対御坂美琴へのスルーモード。――すなわち、「彼があっさり先に寝てしまっている」ケースの事を。

 目が合うと気まずいと思い、見ないようにしていた方向に、顔を向ける。そこには、うつぶせで動かない、彼の姿があった。
(…………………………………………。)
 ぶちん、と遠くで何かが切れる音がした。
(ふ、ふふふ、ふふふふふ……私が横で寝るってシチュエーションにも、まーったく緊張しない、と。ふふふ……)

 さっきの洗面所で思い悩んでいた自分は何だったのか。

 怒りで暴れだしたい衝動を抑え、大きく息をつく。
(……この男はあああああ! どこのだれが心臓バクバクですって!?)
 ある意味一気に緊張が解けた美琴は、普通に上条の足元に回りこみ、ベッドに膝で乗り込んだ。先ほど、ハンカチで結わえた時と同様に。

 そして、上条を見やると。
 上条は、枕もない場所で顔を黒子側に向けつつ、うつ伏せで心地良さ気に寝息を立てていた。もちろん、白井黒子と手をつないだままで。
 全くこの馬鹿は……、と思うと同時に、美琴はある可能性も思いつく。
(ひょっとして……狸寝入り?)
 有りうる。寝たふりをして、この場をしのぐ……この男のやりそうなことだ。

 ただ寝ていようが寝たふりでいようが、ここで美琴が上条を起こせば、後は『抱きつきミッション』へ一直線である。
 しかし美琴的には、緊張を解いたことで、熱くなっていたエンジンを冷ましてしまった形である。今の状態で上条を起こすことは躊躇われた。

(……とりあえず。禁断の技を使わせてもらうとしますか)
 美琴は力の応用として、生体電気の流れから人の脳波と心拍数を計測できる。
 例えば、上条に触れながら、耳元で何か囁き、脳波と心拍数に変動があれば、……それは聞こえたということだ。寝たふりということだ。
 まず、狸寝入りかどうかを見破る。美琴はそろそろと左手を伸ばして、上条の右脇腹に触れた。

 しばらく、そのまま脳波と心拍数を測る。
(……うーん……?)
 やや不規則な感じがする。
 念の為、白井黒子にも触れてみる。こちらは安定した心拍数。少なくとも、黒子には何度か行っているので、パターンは見切っている。これは熟睡モードだ。

 改めて、上条に触れて再計測する。
(コイツのパターンが分からないのよね……浅い眠りの時は、こういう不規則な時もあるし)
 人間の眠りはレム睡眠(浅い睡眠)とノンレム睡眠(深い睡眠)という性質の異なる2種類の睡眠で構成されており、約90分周期で繰り返される。人は浅い睡眠の時に夢を見ると言われており、夢見が悪い時は脳波などが安定しないケースがある。つまり、寝たふりの時の不規則性と見分けが付きにくいのだ。

(やっぱり囁き作戦で試しますか。……何て言おうかな)
 上条が動揺しなければ意味が無い。
(例えば……『起きなきゃキスしちゃうわよ』みたいな?)

 ふっと思いついたにしては悪くない、とやや顔を赤くしつつ、美琴は思った。
(明らかに冗談だと分かるし、それでいてちょっと衝撃な感じ、あるよね?)

「よーし……」
 美琴は小さく呟き、やや身を乗り出す。ちょっとテンションがあがり、冷えたエンジンが暖まりつつあった。
 ――狸寝入りを見破れれば、後は勢いで何とかする。
 ――本気で寝ていたのなら、……起こすような事はせず、布団に潜り込んで、まあしがみ付くか何かして、おとなしく寝よう。

 腹を決めた所で、白井黒子の方をちらりと見て。
(っと、最終チェック最終チェック……)
 改めて、黒子と上条に触れて脳波チェックをする。先ほどと特に変わりはない。
(さ、さっさと済ましちゃお! う~、冗談とはいえ、こんなセリフ……)

 美琴は身を乗り出し、上条の耳元に唇を寄せた。

『こらー。……起きなきゃキスしちゃうわよ?』

 美琴は今まで、上条にこんなに優しい声色で話しかけたことはなかった。
 無理やり起こす必要はない。優しく囁くだけで、狸寝入りなら反応するはず……


 だが、上条の左肩に触れながら囁くも、……彼の脳波・心拍数に変わりは、無かった。むしろ規則的に安定してさえいた。

(やっぱ寝てる、か。ははは……)
 身を乗り出しながら、はあ、とため息をついた。
(あーもう。じゃあキスされても文句言わないって事よね、起きなかったんだから!)
 ヤケクソで心の中で呟いた冗談に、美琴は我ながらビクッとする。

 美琴の真下に落とした視線の先には。白井黒子の方に向けた、上条の横顔。

 よく考えれば、暗がりながらもこんな至近距離で、彼の顔をまじまじと見つめることのできる機会は今まで無かった。
(…………。)
 そして。
(……このまま、ちょっと動くだけで、コイツの頬に……)
 上条の頬にキス。今ならおそらくバレずに可能。

(いやっ、それはちょっと……! でも頬へのキスなんて欧米じゃ挨拶がわり、たいした事じゃない……。いやいや、ここは日本、日本人同士だと挨拶になんてならないっつーの! いや、ただの感謝の印みたいなもんで、むしろ意識するからおかしく)
 美琴の中で決死の攻防戦が繰り広げられる。
 なまじ至近距離の上条を見たせいで、普段押さえ込んでいる気持ちが緩み始めていた。
(ちょっと触れる程度に……別に深い意味は無しに、その。……ええい!)

 意を決して、唇を上条の頬に近づける。

(ほ、頬にするのもファーストキス、て言うのかな……?)
 その考えが頭をかすめた時、美琴は動きを止めた。

(あれ? そんな大事な事を、こんな不意打ちみたいなので済ませちゃうの私? しかもコイツはされた事に気づかないのに?)
 ダメだ。絶対に後悔する。しかもそれは、過去の自分を否定することになる。
 自分が彼に絡む時、こんな不意打ちのような事をしたことがない。今まで自分が彼に真正面から挑んできたことは、ナンだったのかという話になってしまう。不意打ちOKなら彼に勝つ事など容易い事なのに。

(危ない危ない。つい流される所だったわ……。やっぱファーストキスは、ちゃんとした形で……って!)
 その『ちゃんとした形』がぶわっと脳裏に浮かび、ブンブンと首を振る美琴。
(ああああっ! も、もう早く寝よ! コイツ寝てるの確定なんだから! まったくもー!)
 顔を赤らめながら、自分のベッドの布団を掴むと、ずいっと引っ張って、上条に掛けてやる。全身を隠すようにかぶせ、右肘から先だけが布団から飛び出した形だ。

 そうして美琴は、もぞもぞと後ろに下がってベッドから降りた。
 布団の上条による膨らみを見て、思ったより密着しなくてもよさそうな事に気付く。
(これならちょっと寄り添う程度でよさげね。どうせコイツは起きやしないだろうし……)

 ベッドの逆側に回りこんだ美琴は、布団に潜り込む前に一旦周りを見渡した。
(ボードおっけ。靴とかも隠したし、違和感はないはず。……寮監が黒子の様子を見に、入り込む事さえなけりゃ……それになんだかんだ言って見回りは滅多に無いし)
 後は寝るだけ、と美琴は布団に潜り込む。まったく、コイツはいつから寝てたのよ、と美琴は考えた所である事に気付いた。

 最後にチェックした時、脳波は安定していた。つまり今、彼は深い眠りに入ったところではないか? 眠りについた最初の90分のうち、40~70分あたりはノンレム睡眠の中でも最も深い眠りに落ちている時間帯である。昼寝で1時間だけ寝て起きると最悪な気分になるというのは、身体が寝ているところを強制的に起こしたため、身体が抵抗するせいである。
 その時間帯ならば、まず上条はちょっとやそっとでは目覚めることはなく、万が一目覚めることが有っても、その兆候は脳波・心拍数を読んでいれば事前に分かるはずであり……
(私が寝てるコイツに、何したって、バレない……?)

 美琴は、布団の中でもぞもぞ動きながら、上条の左手を探り当てた。彼は掌を上にして、腰の横あたりに手を下ろしていた。
(この手に、10数分の間なら……いやこれは不意打ちとかそういう話じゃないもん! ちょっと触らせて貰うだけで……)
 美琴の鼓動が早鐘を打つ。

 リミッター解除! 美琴はじゃれつく子猫のように、上条の左手に襲いかかった。


――何やらベッドの上にハートの吹き出しが出ているような図のまま、夜は(表面上は)静かに更けていった。


 ◇ ◇ ◇


「――それでお姉様は、カミジョーさんを召喚なさった、と」
「分かっていただけましたか」

――そうして、黒子の目覚めのシーンへ戻る。

 幸いというべきか、残念と言うべきか、上条の左手は美琴のお尻から解放されていた。
 黒子と上条の小声の会話が美琴の耳を刺激したのか、美琴が可愛らしく『んんっ……』との声と共に、向こう側に軽く寝返ってくれたのだ。

 美琴が寝返って布団もずいっと動き、上条が半分現れた。左手が解放された上条は、芋虫のようにもぞもぞと横に移動し、布団を美琴に明け渡す形で這い出てきたのだった。


 そうして上条は経緯を黒子に話した訳であるが……。

「それで、貴方はお姉様とベッドの中で何を?」
「人の話聞いてんのかお前は。すぐに寝ちまって、起きたらさっきの状態だ」
 上条当麻とて、別段すぐ寝る気は無かった。
 だが、普段の劣悪な睡眠環境に比べ、なんという高級仕様のシーツ! ふわふわした掛け布団! なかなか洗面室から出てこない美琴を待ちきれず、意識がすとーんと落ちてしまったのである。
 いつもなら寝ている時間である点と、インデックスと暮らしている実情があるせいで、室内に女性がいることの緊張感があまりない点も理由としてあげられるかもしれない。

「起きたら、何かもたれかかられてたよ。くっ付いてないと布団の膨らみ誤魔化せないから、どうしたって左手は御坂のどこかに触っちまうワケで。ケツの件は不可抗力ってことで……」
 黒子は、はーっとため息をついた。「お姉様」のその体勢の意味がおおよそ読める。
 普通にしがみつくと、どうしても胸が触れてしまう。やや胸にコンプレックス気味の「お姉様」はそれを良しとせず、それでもくっつきたい気持から、せめて背中で触れ合おうとしたのだろう、と。

「くあ~~っ! 本来なら串刺しにしたいとこですけど、わたくしが招いた事だけに……痛恨の極みですわ!」
 思わず黒子はボヤく。
「いいですこと? このお礼はわたくしが致しますの! お姉さまが貴方へお礼をすると言い出したら、一切断ってくださいまし!」
「い、いや、元々お礼とかどうでもいいし……困った時はお互い様だし」
 上条はようやく身を起こし、ベッドの上に座り込んだ。

「しっかし、コイツも……」
 布団にすっぽりくるまり、向こう側に寝返って寝ている美琴に視線を落とす。
「バレたら大騒ぎになるって分かってて、俺を呼ぶんだもんなー。他にも方法はあるだろうに」
「……そうですわね。ぱっと思いつく限りで述べますと、小型のジャミング装置を使用する手や、同系統のAIM拡散力場発生による邪魔――簡単に言うと他のテレポーターを連れて来る手、等はございますわね。まあ装置は更なる暴走の可能性がありますし、テレポーターはこの寮ではわたくしだけですし……。どちらにせよ、貴方の能力と較べると確実な手法とは言えませんわね」

 ま、上手くいったなら結果オーライだよな、と上条はつぶやきつつ。
「さてと、実際終わってねえんだよな。暗いうちに帰らねえと、明るいと誰にみられるか分からねえ」
 新聞配達員が走り回るような街ではないが、普通に早朝ランニングをする学生や夜遊びの始発帰り学生もいたりするものだ。朝日が昇るまでの移動が無難である。
「どうやって帰りますの?」
「御坂を起こすしかないか……正面からはダメなんだろ? お前の能力は俺に効かねえし、ここ高さ5メートルぐらいだよな? 飛び降りられねえこともないけどさ……」
 数メートルぶっ飛ばされても平気な上条当麻であるが、こういう時に炸裂するのが不幸体質というものだ。おおかた足を挫いて御用、というストーリーが出来上がるのがオチだろう。

「貴方は飛ばせない……ふーむ」
「マンガみてえにシーツを結んでロープを作る、なーんて現実味ねえしなあ。……そうか! どこか倉庫にロープないか? それをお前がテレポートで取って来るとか」
「妙案ですわね。……とはいえ、そんな都合のよいロープや紐は……」
 黒子は考えこむ。
「よし、何とかなりそうですわ。少々お待ち下さいまし」

 立ち上がった黒子はベッドを逆側から降り、素足を靴に突っ込み、う~んと伸びをした。
「ちょっと行って参りますの」
「……倉庫か? それにお前そのカッコ、寒いだろ」
「すぐ戻りますの」
 ヒュン! と黒子の姿が消えた。


「ただいま戻りましたわ」
 ものの1分もかからぬうちに、机の前に黒子の姿が現れた。
「ロープではないですが、アレを」
 窓の外側を見ると、さっきまでは無かった、蛍光灯がわずかに反射する銀色の棒のようなものが見える。
「あれは……ポール?」
「国旗や校旗掲揚に使うポールをテレポートで運んできましたわ。あれを伝って降りて下さいですの」
「消防士か俺は」
 ツッコミつつもまあアレなら、と上条もベッドを降り、靴を履いてぐるっと回りこみ、白井黒子の横に並ぶ。

 上条は机の上から窓の桟に移り、おそるおそるポールに手を伸ばし、結構安定している事を確認して黒子に振り返った。
「おっし、じゃあ帰るわ。積もる話はまた今度に!」
「ええ、ありがとうございました、ですの。お礼はまた改めて」
 靴でしっかりポールを挟み込み、落下速度を適度に調整しつつ無難に着地した上条は、そのまま駆け出した。
(長居は無用! さーって、もう一眠りすっかな!)

 ◇ ◇ ◇

「さてと……」
 上条を部屋から見送り、すぐさまポールをテレポートで運んで返却し、また部屋に戻ってきた黒子は一息ついた。

 昨日まで悩まされていた頭痛と高熱が引いている。薬の副作用でとんでもない事態を引き起こしてしまったが、本来の効果は期待通りだったという所か。
 黒子はシュンッとテレポートし、自分のベッドの上に飛ぶ。

 そうして。『狸寝入りのお姉様』に声を掛けた。

「お姉様。先ほどの寝返り方、ワザとらしかったですの……お起きになればよろしかったのに」
 もぞもぞと美琴の布団が動く。気配的に布団の中でこちらに寝返った様子だ。
「……だって、さ」
 明らかに目覚めたばかりではない、くぐもった声が聞こえた。
「……寝起きの顔見られたくないし……髪も布団にもぐりこんでたからボッサボサだし……、それに……」

 美琴の最後の声色に、『何か』を感じ取った黒子の目が光る。
 手を伸ばし、美琴の布団をがばっとめくりあげた!
「ちょ、ちょっと!」
「お姉様、な~んですの、その真っ赤っかな……」
 乱れた髪の美琴が現れ、その顔が。本来は白い肌が真っ赤に染まっていた。

「さてはお姉様! 思い出すとそこまで真っ赤になるほどの『何か』をあの類人猿と!? まさか……痴漢プレイを?」
「……は?」
「わたくしの秘蔵AV『痴漢モノレール ~狙われたお嬢様』ばりの展開にっ!? だっ、だからお尻を差し出して!?」
 ジャッジメントの仕事の際、押収物の中に、ちょっと美琴に似たAVを見つけ、拝借していた黒子であった。
「ばっ、馬鹿! って、アンタ何持ってんのよ! おっ、お尻は偶然だってば!」
「じゃあ何でそんなに真っ赤になってますの!? 首筋まで真っ赤ですのよ?」
「まっ、真っ赤になんてなってない! だいたいアンタ何でそんなに元気なのよ! こっちがあんなに苦労したってのに!」


 言い合う二人は気付かない。――コツ、コツと、地獄のハイヒールの近づく音に。


 ◇ ◇ ◇


(――よし、インデックスはまだ寝てるな)
 玄関のドアを後ろ手に閉め、こそこそとバスルームに戻った上条は一息ついた。
「ふー……」
 色々あったが、人助け自体は上手くいったし、気分は上々である。

(あと1,2時間は寝れるかな。まーしかし、睡眠環境は天と地だな……ほんとアイツらいいとこに住んでんな!)
 毛布を掻き込み、バスルームの中で上条当麻は再び眠りにつく……所だったが。
(あれ?)

 ふわっと、一瞬良い香りがした。
(何だ? いまこうやって、毛布を胸元に引き上げた時……)
 クンクンと嗅ぎながら、首を回して香りの元を探す。
(――左手、か?)
 左手の辺りで、柑橘系の香りがする。


(グレープフルーツみたいな……って、俺いつそんなの触ったっけ? ……あ!)
 起きた時、左手が美琴のお尻の下敷きになっていたことを思い出す。
(アイツのケツは柑橘系の香り……んなバカな! くっそ、馬鹿なこと考えてないで寝よ寝よ!)
 あの柔らかい感触をも思い出しそうになって、上条は首をブンブンと振って、眠りにつく。
(煩悩退散! 煩悩退散! …………、)

 そうして、召喚された上条は仕事を終え、再び眠りについた。


 美琴が部屋に戻る前に吹きつけた香水、それがなぜ上条の左手に色濃く残されたか――。それは彼女だけの、秘密である。


fin.

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