とある科学の執行部員
改訂版 | はこちら。 |
第2章(3)
「…美琴」
上条が横になっている美琴の頭に右手を添えると何かが砕けるような音と共に、
美琴は薄っすらと目を開けた。
やはり魔術によって昏睡させられていたらしい。
「…当麻」
美琴は目を開けると大好きな上条の顔が最初に目に飛び込んできた。
美琴は上条の太腿の上に膝枕の要領で頭を乗せていた。
上条の顔には無数の傷があり、そして目には涙が浮かんでいる。
「当麻、どうして泣いてるの?」
美琴は上条の涙を拭うように上条の顔に手を差し伸べる。
「悪い、俺の見通しが甘かったから美琴を戦闘に巻き込んじまった」
上条と土御門の計算では少なくてもローマ正教の部隊は今日の深夜から
明日の明け方に掛けて到着すると予想していた。
しかし思ったよりもずっと早くローマ正教の部隊が到着してしまったため、
上条と美琴が別れている間に美琴が襲われる形になったのだった。
「私、当麻の役に立てたかな?」
「ああ、もちろんだ。
垣根…他の『執行部』のチームのリーダーも驚いてたぞ。
初陣で魔術師を150人も倒すだなんて」
「…当麻、私の方こそゴメンね」
「どうして美琴が謝るんだよ?」
「私、いつも自分のことばかりで当麻のことを知ろうともしなかった。
だから帰ったら当麻の話をいっぱい聞かせて欲しいの」
「ああ」
美琴は体を起こすと上条の体を見渡す。
すると体中が傷だらけだった。
「もしかして、私のせいで!?」
「違うって、予想以上に手間取っただけだ」
それは優しい嘘だった。
そして美琴もそのことに気付いている。
だから美琴は誓った、その優しい嘘を上条がつかなくていいよう強くなることを…
「それに見た目は酷いかもしれないけど、骨にも異常はない。
さあ学園都市に帰ろう」
上条は立ち上がると美琴に手を差し出す。
美琴も上条の手を掴んで立ち上がった。
そして二人は寄り添うようにして歩き始めるのだった。
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オルソラを無事にイギリス清教に預けると
上条と美琴は『アイテム』の用意した車へ向かった。
車に入ると麦野と運転手の男が上条たちを待っていた。
「上条、もういいの?
もう少しいちゃついてたって構わないのに」
「これ以上、麦野たちに迷惑を掛けるわけにはいかないからな。
それより垣根は?」
「アンタの戦闘の映像を見て、負けてられないって急いで帰っていったわ」
「垣根はただでさえ強力な能力があるのに、格闘能力も高いからな。
まあそれについては麦野も同じだけど…」
「女の子に対して、それは褒め言葉にならないんじゃない?」
「ハハッ、悪い」
すると会話に付いていけない美琴は上条に尋ねるように言った。
「当麻、この人は?」
「麦野沈利、美琴と同じレベル5で序列は第四位だ」
「よろしくね、超電磁砲」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
すると運転手の男が何か言いたそうに後部座席を見てきた。
「浜面、アンタも何か言いたいことでもあるの?」
「いや、俺も一応『執行部』の一員だから紹介してもらいたいなって…」
「しょうがないわね、コイツの名前は浜面仕上。
ウチの新入りね、ただのスキルアウトにしておくには骨があるから私が拾ったのよ」
「…浜面仕上、聞いたことがあるな。
そうだ駒場さんから聞いたんだ、駒場さんのとこで副リーダーをやってただろ?」
「駒場さんを知ってるのか?」
「ああ、駒場さんはスキルアウトって言っても
無能力者の自警団のようなことをやってるから、
偶に情報を提供してもらってたんだよ」
すると麦野は何処か愉快そうに言った。
「ウチのメンバーに滝壺っているでしょ。
コイツさ、その滝壺が魔術師に襲われてるのを拳一つで撃退したのよ。
まあ結局は滝壺に一目惚れしてただけなんだけどさ」
「麦野、余計なこと言うなよ!!」
しかし上条は特に笑うことなく、寧ろ浜面に親近感を持って言った。
「恥ずかしがることねえじゃねえか。
好きな女の子のために戦う、全然恥じるようなことじゃねえよ」
「良かったわね、浜面。
憧れの上条に認められたわよ」
「憧れってどういう意味だ?」
「コイツ、さっき上条の戦いの映像を見て上条みたいに強くなりたいって言ってたのよ」
「わ、悪い、アンタみたいになりたいなんて、おこがましいよな?」
「そんなことねえよ、チームは違うけど同じ『執行部』なんだ。
お互い頑張ろうぜ!!」
「あ、ああ!!」
そうして浜面が運転する車は学園都市へと向かうのだった。
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上条と美琴は上条の部屋に戻ると上条の傷の手当を始めた。
あちらこちらに内出血の痕と青痣が出来ていた。
しかしそれ以上に目を引くのは体のあちらこちらにある古傷の多さだった。
美琴は上条の背中の傷の手当を終えると、
そのまま上条の背中に張り付くように体を預けた。
「当麻は昔からこんな傷だらけになってまで、学園都市を守ってきたんだね」
「まあ名誉の負傷ってやつだな」
「ねえ、当麻は何のために戦うの?」
「自分のためだろ」
「でも当麻はいつか誰かのために…」
「自分のためっていうのは、自分の周りの世界も含まれてる。
だから俺は自分の現実を守るために戦うんだ。
そして俺の世界の大半は美琴が占めている。
だから俺は美琴だけは危険な目に遭わせたくないんだよ。
今日みたいなことがあって、どの口が言ってるんだよって感じだけどな」
「そんなことない、本当は当麻が私のために傷を負ったことだって知ってる。
でもね当麻がそうであるように、私の世界の大半も当麻で出来てるの。
だから当麻と一緒に私も戦いたい、その気持ちだけは分かって欲しい」
「美琴…」
「今のままじゃ当麻の足手まといになることは分かってる。
でも当麻に追いつけるように努力するから、お願いだから私を置いていかないで!!」
美琴の最後の方の言葉は涙声になっていた。
美琴の気持ちは分かる、しかし簡単に認めるわけにはいかなかった。
「美琴の気持ちは分かってるつもりだ、
でも美琴を必要以上に危険に巻き込みたくないんだよ」
「当麻の気持ちは嬉しい、でも私は絶対に諦めない。
必ず当麻の隣で一緒に戦ってみせる」
こうなってはテコでも美琴が退かないことは分かっていた。
そういう美琴だから好きになったのだし、守ってあげたいと思ったのだから。
「じゃあ約束できるか?
何があっても単独行動はしない、俺の傍から離れないって」
「約束する」
「それじゃあ今日から俺達は公私に渡っての正真正銘のパートナーだ。
今日のような徹は二度と踏まない、
例え何があろうとも俺は美琴のことを守って見せるから」
上条は自分にそう誓うと守るべきものの温もりを忘れぬよう、
美琴を抱きしめ、美琴の唇に自分の唇を重ねた。
そして上条は自分の幼少期と美琴に出会うまで過ごしてきた日々について語った。
そのまま泊まりたいと言う美琴を宥め、寮まで送っていくと、
傷ついた体を癒すように上条は深い眠りに就くのだった。