とある新米の恋人同士【ウブカップル】
10月25日。
木々の葉は鮮やかな紅に染まり、冷たい風が肌に刺さるこの季節、
寒さも忘れる程に顔をポカポカさせながら帰宅デートをしている、一組のカップルの姿があった。
上条当麻と御坂美琴。
二人は現在、プラトニックなお付き合いの真っ最中だ。
傍から見ても付き合いたてなのだと分かる程に初々しいその二人は、
微妙に距離を開けつつも手はしっかりと握って歩いていた。
いや、「手」というよりも「指」と言った方が正確だろうか。
二人は、お互いの小指と小指を絡ませて(指切りのような形)いたのである。
手は繋ぎたいが、そこまで行く勇気がないのだろう。
「あ、あのさ! 寒くはないか!?」
「べあっ!!? あ、あああの、その……だ、だいじょぶ……です…」
「そ…そっか」
上条から話しかけるが、どうも会話が続かない。
付き合う以前は友達感覚だったので気軽に話せたのだが、しかし関係が恋人になった今、
何だかギクシャクしてしまっているようだ。
何しろ二人とも、お互いがお互いに初めての恋人なのだ。どうすればいいのか分からないのである。
もっとも間に流れる空気は気まずさだけでなく、心地良い甘酸っぱさも漂ってはいるが。
だがその後は結局、無言のままに常盤台の女子寮に着いてしまった。
「あっ、じゃ…じゃあ俺はこれで……」
彼女を無事に寮へと送り届けたので、そのまま自分の寮へと帰ろうとする上条。
しかし回れ右をした彼氏の制服の裾を、美琴はくいっと引っ張った。
「え……み、美琴…?」
上条が振る向くと、美琴は真っ赤な顔を下に向けながらモジモジしていた。
「あっ…あ、の……えと…」
きまりが悪そうに口ごもっていたが、やがて意を決したように顔を上げる。
勇気を出して上条の目を見つめながら、美琴は言った。
「あっ! あの! きょきょ、今日は黒子が風紀委員の仕事で帰ってくるの遅いんだけど!
よよよ良かったら! 私の部屋【うち】に寄ってかない!!?」
「うえっ!!!?」
(美琴としては)かなり大胆なお誘いだ。
上条も『彼女の部屋に入る』というのは初めての経験(以前、美琴の部屋には入った事はあるが)で、
ドギマギしたが、ここで断ったら男が廃るという物だ。
上条は照れ隠しに自分の頬を指でかき、
「わ、分かった。けど買い物あるから、す、少しだけな?」
と了承する。
瞬間、美琴は顔を赤らめたままヒマワリのような笑顔を浮かべ、
「うんっ!」
と心の底から嬉しそうに返事をした。
それを見た上条は美琴に負けず劣らずの赤面して、片手で顔を覆いそっぽ向いた。
(くそっ! 反則すぎるだろ、それ!)
心の中で、そんな事を思いながら。
美琴のベッドと白井のベッドに挟まれた空間で、
上条は正座をしながらキョロキョロと部屋を見回していた。
以前来た時は余裕も無かった(というか、それ所じゃなかった)が、改めて見ると、
やはり女の子らしく可愛らしい内装をしており、自分の住んでいる男部屋
(とは言っても上条の部屋には、女性二人と猫一匹が同居しているが)とは違うな~、と実感していた。
「あ、あんまりジロジロ見ないでよ。……恥ずかしいじゃない」
口を尖らせてキッチン(寮の厨房ではなく、部屋に備え付けてある簡易キッチン)から出てきた美琴は、
両手でトレイを持っていた。トレイの上には、ご丁寧にお茶のセットが乗せられている。
カップもポットもソーサーも、その手の目利きが素人な上条でも一目見れば分かる程に、
高級感というセレブオーラが溢れていた。
上条は自分の不幸で割ってしまったら弁償できないのではないかと、嫌な緊張が走る。
もっとも美琴サイドとしては、例えカップを割られた所で何とも思わないのだが。
「おいしい茶葉がね、手に入ったの」
言いながらカップに紅茶を注ぐ美琴。
その横で上条は、トレイの上にティーセット以外の物がある事に気付く。
「これ…カップケーキだよな?」
お茶請けだろうか、そこには黄金色のカップケーキがちょこんと置かれている。
「あ、うん。昨日パンプキンケーキ焼いてみたの。…試作品だけどね。
ほら、もうすぐハロウィンだから友達に配ろうと思って」
「へぇ~、美琴の手作りなのか…」
試作品とは思えない程の完成度だ。店で売っている物と並べても、おそらく見分けがつかないだろう。
「食べてもいいんだよな?」
「う…うん、まぁ、その為に持ってきたんだし……あっ、でも美味しくなかったらごめんね…?」
不安そうに見つめる美琴。
上条はそんな美琴の不安な心を払拭するかのように、「ガブッ!」と勢い良くケーキにかぶりつく。
そして一言。
「うんまっ!!! 何これ!? マジで手作りなん!?」
お世辞でも何でもなく、本心からそう言った。
上条の素直で、尚且つ嬉しすぎるリアクションに、美琴は自分の胸を押さえて俯いた。
(ズ…ズルいじゃない……そんなの…)
心の中で、そんな事を思いながら。
しかしやられっ放し(実際には、上条も美琴に『やられている』のだが)なのは癪だ。
美琴はここで、ある仕返しに出る。ハロウィンという味方を付けて。
「ね、ねぇ……アンタは持って無いの…? …お菓子」
「……へ?」
紅茶を飲もうとカップに口を付けようとした上条だったが、
ふいに美琴からそんな事を言われて、そのまま固まった。
「え、いや…持ってないけど……っていうか、ハロウィンはまだ先だろ?」
「でも私のお菓子、食べたじゃない」
「……まぁ、そうだけど」
美琴の持ってきたカップケーキは本番に作る用の試作品で、しかも持ってきたのは美琴自身だ。
若干釈然としない気はするが、
しかし「お菓子を持っていないのか?」という問いに対しては間違いなく「YES」なので、
素直に頷く。
「じゃ、じゃじゃじゃじゃあ! イイイ、イタ、イタ、イタズラしなきゃねっ!!!」
上条が首を縦に振ったのを合図に、美琴は大声で叫んだ。
それは自分自身を鼓舞して、恥ずかしさから逃げ出さないように追い込む為でもあった。
「な、何す―――――」
「何するつもりなんだ?」、上条がそう言おうとした瞬間、美琴はイタズラを決行していた。
―――ちゅっ…―――
上条の唇から数㎜ずれた場所に、美琴の唇が当たっていた。
それは所謂、一般的に「口付け」と呼ばれている行為だ。美琴は顔を限界まで赤く染め上げている。
手を握る事すら容易にままならないのに、今日は少々勇気のキャパシティを超えているようだ。
上条も、美琴同様に顔を茹で上がらせた。
「ばっ!!! なな、な、何をしていらっしゃりますかっ!!?」
「…だって……イタズラ…だもん………」
美琴は今にも泣き出しそうに肩を小さく震わせながら、か細い声を振り絞った。
その健気で可愛らしい仕草に、上条は思わず、
「っっっ!!!!? ふぇっ!? ちょ、どど、どうしたの急に!?」
美琴をギュッと抱き締めていた。
「……上条さんからもイタズラです」
「な、何でよ! 私は、お菓子、ちゃんとあげたりゃらいの……」
心臓がドキドキしすぎて、ろれつが回らなくなってくる美琴。
しかし、そんな既にギリギリな状態の美琴に、上条は更なる追撃を仕掛けてくる。
「な、なら本番のハロウィンの練習って事で……」
「れ…れんひゅう…?」
「ああ、本番はその……」
上条は美琴の耳元で、トドメの一言を囁いた。
「…本番は…もっと凄いイタズラをしてあげますですよ」
この直後、美琴は限界に達して「ふにゃー」した事は言うまでもないだろう。
◇
あれから数十分。
美琴が気絶から回復した時には、もう白井が帰ってくる時間だった。
顔も頭もまだポワポワしているが、お見送りはしっかりとする。
「じゃあな」
「う…うん、気をつけてね……」
他の寮生に見つからないように、美琴の協力の下こっそりと女子寮を出た上条だったが、
何を考えたのか「あ、そうだ」と言いながら、正面玄関前で立ち止まった。
「どうかした? もしかして忘れ物?」
「ん…いや、そういう訳じゃないけど…」
上条は「うん、よし!」と何か気合を入れた後、美琴の方に振り向いた。
「あのさ、こんな事言うのは上条さんのキャラに合わない気がしてやめようとしたんだけど、
でもやっぱり、どうしても言いたいから言うな」
そして上条は。
「美琴…大好きだ」
シンプルで、ストレートな一言。
それだけ言うと、上条も恥ずかしいのか、そそくさと逃げるように帰って行った。
取り残された美琴は、徐々に小さくなっていく彼の背中を見つめながら、
「……やっぱり…ズルい…」
と呟いたのだった。