☆このページでは、霧雨の野望における鳥居元忠について詳細に解説しています。
史実での鳥居元忠について詳しく知りたい方はwikipediaなどの鳥居元忠を調べてください
鳥居元忠(とりいもとただ)(天文8年(1539)- )
松平家家臣。
滅亡後は武田家傘下三河傭兵衆となる。
☆出生・家族構成
☆官位・役職
☆参加合戦
| 革新能力 |
| 統率70+1 |
武勇82 |
知略40 |
政治6 |
義理97 |
| 足軽B |
騎馬D |
弓c |
鉄砲D |
計略D |
| 兵器D |
水軍D |
築城C |
内政D |
|
戦法:槍衾、斉射(Act87現在)
徳川家臣。家康幼少の折からの忠臣。関ヶ原の前哨戦たる伏見城合戦にて
自ら捨て石となって西軍を迎え撃ち、末永く「三河武士の鑑」と称えられる。
義理激高、戦闘力高め、頭脳面苦手。まさに三河節のイメージそのまま。
留守居を兼ねた募兵役に最適だが、この人の籠城って死亡フラグ立ちそう。
三河勢を討ち減らして行って、最後まで家康の旗本に残っているとすればこの人。
最近はすっかり武官が定着した。伏見城玉砕は戦国屈指の語りぐさだが、
高橋紹運という超上位互換が存在するためインパクトでは一歩譲ってしまう。
「東軍八万の盾となる程度の能力」
最終更新:2008年07月22日 23:45