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セイルナシア恒星系第三惑星トレパング。
小大陸以外は全て海で覆われる青き惑星。
この惑星では陸上生物の進化の余地は少なかった故に、海洋系の生物が時代の節目に代わる代わる君臨し、次世代がその座を奪い合った。
そして現代、その君臨者はナマコニアンであり、陸上に生活の地を拡大した両生類ヒューマノイドの代表格であった。

そんな彼らは水深1000mの海面下に海底都市を築いた。
古代の先進技術を惜しみなく投入し造られたこの海底都市は、数百年の年月を経ても、狂いなく健在である。簡単な構造として、この海底都市は五つのドームに区分され、その中で最大の第一ドーム区は、半径10km、高さ1000mの大きさを誇っており、ドーム全体にかかる平均100kg重/cm2の水圧を、支えるコアストーン製の巨大な台座がドーム中央部に鎮座している。
その台座にくり貫かれて建築された中央広場では、出征するナマコニアン兵士で続々と埋め尽されていた。
そして壇上で激励を送っているのは、大佐と呼ばれる軍最高司令官、ナマコニアン社会の時の権力者なのだった。

―我われヴォレフォール眷族は、人類どもの非法な行いによって、輝きを失いつつあって、今この瞬間にも奴らは幾万もの人民を殺戮し、幾つもの惑星を不毛に変えている。今行動しなければ、延々と奴らの奴隷と化し、苦役を強いられる。人類どもの侵略に屈するな。侵略軍に徹底的に抗戦せよ。奴らのある限り、我われは安堵できないのだ―

この声明の様子は映像を通してトレパング中、いや星間を越えて惑星ルクスにもリアルタイムに伝えられているだろう。群衆の中で必至こいて青色のナマコニアンがカメラを回しているのが見えた。
実際のところ、世論の支持は、人類との開戦論に傾きつつあるが、ごく少数ながら、反戦を唱えるものたちもいる。
そんな彼らの主張はこうだ。

―人類そのものは問題でない。むしろ、その接触時に、我われと人類の文化的相違が問題の根幹であり、その相互の理解度の足らなさが砲火による接触を招いてしまったのだ―と。

当然、この主張はまったく信じられておらず、政権からも弾圧対象となっている。
だから、そういった反戦活動家は、トレパングに留まらず、星団中の惑星でも反戦キャンペーンを行なっているらしい。だがいまひとつ効果は出ていないようだ。
まあ、それもそうだろう。一ヶ月前にあんな事があったからな。

One month later

ネルヴィル恒星系

宙域に複数の艦影。
整然と艦列を成し、緩やかに航行している。
「―こちら、リルバーン帝國艦隊戦列艦サヴォイ。定置の宙域に停止中であります」
「―こちら、プリンセス級航宙戦艦エステルプラッテ。了解、合流する」

どこからともなく単艦で現れたのは、周囲を威圧するかのような艦体。
超弩級戦艦プリンセス・オブ・エステルプラッテ―、通称PoEは、皇帝陛下の要望で作られた帝國艦隊の新鋭艦であった。
そのあまりの巨体から鈍足さを強く想起させ、当時の設計者からもあきれられ、当然ながら、建造当時は張子の船だの、どうのこうのと批判の的になって、政治問題にも取上げられた。
しかし既に歴戦中に、数多くの敵艦隊を撃沈し、駆逐したことで、汚名は返上され、いまや帝國の死神とさえ揶揄されている。

「―大佐、プリンセス級が艦列に加わりました」
「うむ。あれの能力は私も既知のところだ。今回の作戦でも役立つことは確かだろう」
「しかし、困ったことが一件―」
「なんだ?」
「あれの司令がですね、プリンセス級を艦隊の旗艦にしろと言ってきたのです」
「……その司令の名はエレオノーラ・エルツ・クラルヴェルン大佐といったな」
「はい、そうです」
「新任か?」
「いえ、彼女は既に複数の異星人系との会戦に臨まれて、勝利を収めておられます。―大佐あら、既にお知りになられておられると思いますが」
「いや、確か彼女は…、なんでもない。ふむ、旗艦の任に申し分ない力量の持ち主なのだろう。本作戦責任者として任を出すから、そう答えておいてくれ」
「了解」

「―こちら、戦列艦サヴォイ司令より、これ以降の旗艦の任を戦艦PoEに対し与えます―」
「―了解。規定に則り、貴司令部は旗艦である我が艦に移動する。準備をするように願う―」


「―第一種警戒発令。総員は各自持ち場に着くように。繰り返す―」

遂に作戦決行の指令が下ったか。
接触戦争史上最大の作戦…。

トゥルルル―、トゥルルル―

そのとき、耳元のイヤフォンが鳴った。
「はい、こちらエルザス少佐」
「―エルザス少佐。至急、司令室へ来てください―」
「自分には持ち場があるのですが」
「持ち場を変更しました。及び作戦も多少ながら変更が加えられました。その変更の趣旨を説明するためです」
「了解」

持ち場、更には作戦を急遽変更するとは何事だ。
以前ならば変更した場合でも定例で開かれるブリーフィングで事前に説明されるはずだ。
今回もそうだった。
にも関わらずこの急遽変更ときた。
何かがあったんだろうか? 
まあ直接、大佐の口から語られることだろう。

司令室には既に将校たちが集合していた。
中には、見覚えのない新顔らしきものも混じっているようだ。

「―お集まりの諸君。これより、作戦変更に関する詳細説明を行なうのだが、その前に、重要な事案に関してお知らせする。―本作戦では、戦列艦サヴォイが旗艦を担う予定であったが、新鋭艦である戦艦エステルプラッテが到着したことにより、旗艦の任は後者に与えられることになった」

な、なんだって!
こうも大佐は淡々と俺たちに告げたが、これは実に驚くべきことだ。
旗艦が新鋭艦、しかも戦艦だと?
この戦いは予想以上に苛酷なものとなることを想起して、戦闘経験豊富で運用性が高いこのサヴォイが選ばれたはずだ。
それなのに今更新鋭艦に任せるなんてどうかしている。

「待ってください、大佐。戦いに不慣れである艦を出して、作戦上に何らかの支障をきたさないなの可能性はないのでしょうか?本作戦は非常に過酷なものになるとのことでしたが―」
「安心せよ、エルザス少佐。君でも聞いたことがあるだろう?プリンセス級戦艦については―」
「え、ええまあ」
「それが着たんだよ。正式艦名は戦艦プリンセス・オブ・エステルプッテ。それと既に道中で歴戦し、敵艦隊をことごとく蹴散らしたとの話だ。本作戦でも戦果を大いに期待できる」

まさか―
俺からしてみれば酷い冗談だ。
プリンセス級戦艦、要するにリルバーン帝国最大の戦艦であり、今までの常識をはるかに超える弩級艦。
一般的に、新鋭艦の投入は軍事機密として秘匿されるのが通例であるが、この艦の建造命令は皇帝陛下直々に出された為、大々的に公へ流れされた。むしろそういう風に仕向けたのだろう。これほど国家の武威発揚には欠かせない存在はないだろうから。

いや、言われてみれば、その戦力を試す良い機会に違いなかったのだろう。この作戦に当る帝國艦隊の艦艇の隻数は史上最大規模となったが、それは向こうの敵方にもいえることであり易々とは敗れてはくれまい。相当な戦力を取り揃えているはずだ。
最も過酷な戦いとなると予測される中で、士気が低下し続けていた。その解消もあったのだろうし、力強い戦力の存在は少なくとも兵士のメンタル面で好影響を与えることには間違いないだろう。

「そこで、諸君に紹介する方がいる。エレオノーラ・エルツ・クラルヴェルン大佐―本作戦での最高責任者となった」

他の将校たちからどよめきがもれた。
奥のドアから現れたのは、弱冠二十歳ほどの女性であった。
すらっと伸びている身にカーディナル色の帝國軍装をまとい、瑠璃の目がこちらを見据えている。
後ろで束ねている白銀の髪と、小麦色の顔。―そのコントラストが可愛さを一層惹き立てているようだ。

サッと敬礼し、エレオノーラ司令官もそれを返す。

―作戦直前であるため、挨拶は省略し、単刀直入に、あなた達に作戦任務を伝えます。現在、惑星ネスト軌道上には敵艦隊百二十五隻が展開中であり、我われを正面から迎え撃つ態勢を整えています。対する我が艦隊は九十隻と、戦力的に少々劣るものではありますが、プリンセス級戦艦の存在により、戦力的に互角かそれ以上のものです。第一に敵艦隊排除を目標とし、航宙機母艦より航宙機隊を発進。敵艦隊を保護するシールド能力を、我が艦隊の主砲一斉射によって過重な負荷を与え、これを直接破壊し無能力化。シールド能力の復旧時間はシュミレーションでは約10分との結果がでており、その間に航宙機隊は潜り込むこと。

今回の作戦の目的では、頑強に抵抗を続けるインセクト・ネストに対する徹底した殲滅攻撃を加えることにある。最後通牒は既にインセクト・ネストにも伝わっていることだろう。今から一週間ほど前に、事実上の最後通牒が出された。

―帝國が貴国に望むことは以降の通りである。1)直ちに降伏し、武装を解除し、帝國に服属すること。2)インセクト・クイーンを帝國貴族とし、インセクト・ネストの領主として封号する代わりに、帝都クリストスに住まわせること。3)宙域への進出を禁じ、異星人系との貿易等関係を全て断つこと。この三項が遵守されるのであれば、帝國は何ら貴国の内政に関与しないし、貴国の人民を傷害させることもない。この条件を飲み平和裏に帝國と関係を結ぶか、或いは条件を黙殺し、帝國による殲滅攻撃を受け、武威によって屈服させられるか、それは貴国の判断に任されている。以上である―

こんな過酷な条件を相手が呑むはずもなく、インセクト・ネストは即断で条件を突っ撥ねてきた。だからして、帝國艦隊は最後通牒に示されたとおりに、殲滅攻撃を加えようとネスト宙域に集合しているわけだ。



「ふっ。蟲どもが来たか。」

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最終更新:2007年12月31日 12:59