「ようこそ防具の店に。ご用はなんでしょう?」
「たびびとの服を一つお願いしたいんだけど」
「70Gになりますがよろしいですか? こちらで装備なさいますか?」
「あ、いえ、違うの。私用じゃなくて、そっちにかけてある紳士用のが欲しいの」
「ああ、
プレゼント用でしたか。リボンでもお付けいたしましょうか?」
「いいえ、実用品だから大袈裟にしないで、簡単に包んでちょうだい」
「ありがとうございました。またおいでくださいませ」
買ってしまった・・・。
本人の好みも訊かずに勝手にこんな事したら気を悪くするかしら。
でも仕方ないわ。
これから夏になるっていうのにあんな格好、見ているこっちが暑苦しくなる。
全身真っ赤で、ブーツは膝上まであって、おまけにマントまで羽織ってるのよ。
確かに修道院の建物は、川が近かったせいか風通しがいいのか、ひんやり涼しかったけど、もう騎士団はやめたんだから・・・。
そう、やめたはずなのに、何故彼はいつまでも騎士団の服を着続けているんだろう・・・。
ラプソーンとの戦いに勝ち、トロデーン城で祝杯をあげる時、私たちは装備していた重い鎧や盾、かぶとを脱ぎ、楽な格好に戻った。
戦いの間に集めた装備品や道具は、あの杖が封印されていた部屋を改装してそこに展示室を造ろうというトロデ王の提案に賛成し、特別思い入れのない物は全て城に残してきた。
ルーラの使えない私は皆に会いたくなった時すぐにどこでも行けるように、風のぼうしを譲り受けた。後はリーザス村を出る時に着ていたたびびとの服と、いつの間にかエイトたちに持ち出されていた普段着だけ持って故郷に帰った。
そして彼、ククールはレイピアと騎士団の服と指輪。そして騎士団長の指輪を持って、ひとまずドニの町へ落ち着くと言って城を離れていった。
それを見て、私何だか落ち着かない気持ちになった。
ククールは事あるごとに「オレは修道院から解放された」なんて言ってるけど、本心は違うのかもって。
僧侶は彼の天職なんじゃないかっていうのは、前からずっと思ってた。
回復呪文が得意とか、邪悪な気配に対する勘が並外れているとかそういうことだけじゃなく、神聖なものに対する敬意とか、呪いにかけられたトロデーンの人たちに祈りを捧げる姿なんかを見ていると、誰よりも純粋な気持ちで神様と向き合っているんだと思う。
でも、もしククールがそれに気付いてしまったら・・・。修道院に戻るようなことになってしまったら、彼自身の幸せはどうなるの?
……いいえ、違う。こんなのは
言い訳。傍から見て窮屈な暮らしでも、自らの意思でそれを選ぶのなら、それは幸せな人生。
私は私自身の気持ちのために、ククールに修道院に戻ってほしくないのよ。
気がつくと、大分陽が高くなっていた。
いけない、急いでトロデーン城へ行かないと。
今日はミーティア姫がサヴェッラ大聖堂へと旅立つ日。あのチャゴス王子と結婚するために・・・。
正直その知らせを受けた時はビックリしたわ。あの王子の最低を見て、まだそんな話が続いてるなんて。
出発前に姫と話をして、本当にそれでいいのか気持ちを聞きたい。
出発前で忙しいでしょうに、姫様は私を自室に通して人払いをしてくれた。
でも私の「チャゴス王子なんかと本当に結婚する気なの?」という問いかけに対する姫様の答えは「王族のつとめだから」の一点張り。意外な頑固さにこれまたビックリ。
ミーティア姫の固い決意を知った私は、先に中庭へと向かう。
途中でエイトとばったり会って、ククールとヤンガスはもう中庭に行っていると教えてもらう。
エイトはこの結婚のこと、どう思ってるのかしら。自分の心の中を話してくれる人じゃないから、気持ちを読み取るのは難しいけれど・・・。
今の私に言えるのはこの言葉だけ。
「早くミーティア姫のところに行ってあげて」
中庭に出てみると、改めてこのお城ってこんなに美しかったんだと感動する。呪いが完全に解けて、本当に良かった。
階段のそばには懐かしい人たちの姿。変よね。懐かしくなるほど長い時間は経っていないのに。
ククールの服装は心配していた通り、暑苦しい騎士団の服。
でも、それはいいわ。予想していた通りだから。それよりも何よ、あのバニーと踊り子は!
「よう、ゼシカ久しぶり、元気そうだな」
ククールが私に気付いてこっちに近づいてくる。
「ええ、おかげさまで。ところでそちらの方達は?」
「ああ、踊り子のマーニャちゃんと、バニーのミーニャちゃん。サヴェッラまで一緒に来て、いろいろ手伝ってくれるんだ」
手伝うって、一体何をよ! 今日はミーティア姫にとって特別な日なのに。あんな最低王子とイヤイヤ結婚するために旅立たなきゃいけない日だっていうのに、チャラチャラ両手に花やってる場合じゃないでしょう!
……私バカみたい。ククールはこうしてちゃんと楽しくやってるんじゃない。
帰るところがないんじゃないかとか、修道院に戻ってしまうんじゃないかとか、大きなお世話よね。
よく考えるとたびびとの服なんて安物だし、ククールには似合わないだろうし、騎士団の服って布地も上等だし案外着心地いいのかもしれない。
なによ、踊り子さんとヒソヒソ話なんか始めちゃって、そういうのって感じ悪いと思うわ。
きれいな中庭にゴミを散らかすようで申し訳ないけど、とりあえずこの包みは階段の下へ隠しておこう。
包みをそっと下に落として後ろ足で押し込んだので、誰にも気付かれていない。
この旅が終わったら、こっそり取りにこよう。だからそれまでここに置かせておいてね。
「まったくあの野郎! なーにが平民ふぜいは式に招待できないだ! ムカツクぜ」
ククールがテーブルを拳で叩き、怒りをあらわにしている。いつもクールにしているのに、ちょっと珍しいかも。
「王者の儀式からだいぶたったが、あの様子じゃ、あいかわらず性根はくさったままだな」
全く同感。このままじゃ、姫様がかわいそうすぎる。
「なあ、エイト? 親父さんの指輪をクラビウス王に見せてみたらどうだ? クラビウス王もお前が亡き兄の息子だってわかれば、考えを変えるかもしれないぜ」
でもエイトは首を縦に振らなかった。王族の方々は法皇の館にお泊りになってる。当然警備だって甘くはない。自分が近衛隊長とはいえ、大臣に帰るよう言われている以上、穏便に館に入ることは無理だろうと。
「ヤッホー、ククールー」
そこへ拍子抜けするような声をあげながら、マーニャさんとミーニャさんが入ってきた。
「頼まれてたことOKよ~」
何を頼んでたのよ、この深刻な時に。
「ああ、ありがとう、さすがだな。二人に頼んで間違いなかったよ」
「あたいたちの魅力をもってすれば当然よ。楽勝、楽勝」
何のことかと思ったら、なんと、マーニャさんは法皇の館側の天の道の見張りを、ミーニャさんは大聖堂側の見張りを、昼の間に仲良くなって、夜の勤務時間に抜け出させる約束をしてきたんだという。
「見張りなんて、どっちか片方にいればいいじゃないって言ったら、あっさりよ」
サヴェッラに着いてすぐに姿が見えないと思ったら、そういうことだったの」
ククールが懐から聖堂騎士団の指輪を取り出し、エイトに渡す。
いえ、よく見ると色が違う。あれはそう、騎士団長の、マルチェロの指輪だ。
「館の前まではオレも一緒に行く。万一誰かに見咎められても、お前のことは制服の準備が間に合わなかった新米で押し通す。その時にはその指輪を見せろ。それは正真正銘騎士団員しか持てない指輪だ、誰も疑わない」
騎士団の制服に、騎士団の指輪が二つ・・・。もしかしてククールは、ラプソーンを倒したすぐ後から、この日のことを考えて計画してきたんだろうか・・・。
「ククール、そろそろ待ち合わせの時間よ」
「ああ、じゃあ行こうか」
ククールがエイトを促して立ち上がる」
「アッシは何をすればいいでがすか?」
「悪いな、ヤンガスとゼシカはここで待っててくれ。二人ともちょっと目立ちすぎるんだ」
そうして、宿には私とヤンガスだけが残された。
「ククールのヤロウ、アッシらを除け者にしやがって」
「そうね」
「あんな計画、一人で立てやがって、一言相談してくれればいいものを」
「そうね」
気の抜けた返事しか出来ない私。
「・・・うまくいくといいでがすね」
「・・・本当にそうね」
願いは虚しく、エイトはお父様の形見のアルゴンリングをクラビウス王に取り上げられ、肩を落として帰ってきた。
私達はエイトに何もいうことが出来ず、眠れぬ夜を過ごした。
朝になってベッドから身体を起こすと、エイトは疲れきった顔で眠っていたが、ククールとヤンガスは既に目を覚ましていた。
エイトを起こさぬように、無言のまま外に出る。
「うっ、うっ。かわいそうな兄貴。クラビウス王もひどい事するでがす。あんまりでがすよ」
「まったくだわ。せめてアルゴンリングだけでも返してもらえないかしら。たった一つのご両親の形見ですもの」
「いや、ここまできたら指輪だけなんでケチなこと言わずに、姫様もさらっちまおうぜ。ミーティア姫も本当はそれを望んでるだろうに、エイトの奴もわかってないよな」
「そんなにこの結婚を止めたいの?」
ちょっと意外な気がして聞いてしまった。ククールって、こんなにおせっかいだったかしら。
「ああ、まあな。エイトの奴には何とか幸せになってもらいたいんだよ。こう見えても、あいつには誰よりも感謝してるんだぜ? あいつのおかげでいろんなものが変わったからな」
「それは聞き捨てならんでがす。誰よりも兄貴に感謝してるのは、このアッシでがす」
「ああ、はいはい、わかったよ。ヤンガスの次ぐらいに感謝してるよ。ついでにおせっかいも移っちまったようだけどな」
「わかればいいでがす。それじゃあアッシはちょっくら先に大聖堂の様子を見てくるでがす」
ヤンガスが走り去って二人きりになったので、私は今のうちに勝手に誤解したことを謝っておくことにした。
「あの、ククール、ごめんなさい。私、マーニャさんとミーニャさんのこと、チャラチャラした女たちなんて言ったりして・・・」
エイトたち為に力を貸してくれたのに、本当に失礼だったわ」
「へ? そんな事言ったっけ? いつ?」
「いつって、トロデーン城を出る前・・・」
そこでハッと気付く。あれはエイトに対して言ってしまった言葉で、ククールたちの耳には聞こえていなかったのだ。
ああ、私のバカ。言わなければ知られずに済んだのに、思い切り墓穴掘っちゃった。
でも、謝らなきゃいけないとは思うし、ああ、どうしたらいいの?」
「おう、エイト、起きたのか」
天の助け。良いところでエイトが宿から出てきてくれた。今のうちに少し落ち着こう。
何気なく、大聖堂の方を見上げると、もう石段のところはすごい人だかりだった。結婚式はもう始まってしまったかしら。
「オレたちは仲間だ。お前が何かするつもりなら力を貸すぜ」
ククールがエイトの肩を叩く。その言葉に背中を押されるように、エイトは大聖堂へ続く階段を一気に駆け上がっていった。
「やれやれ、やっと行ったか。全く世話のやける奴だぜ」
「ホントね、あっ!」
エイトの前に立ちはだかった騎士団員を、ヤンガスが殴り倒すのが見えた。
「あいつはすぐにアレだ。もっとオレみたいにスマートにやれないもんかね」
「仕方ないわよ、ヤンガスだもの」
私たちも加勢すべく、石段を上る。
「でも、私まで置いていくことないじゃない。お色気だったら、バニーにも踊り子にも負けないのに」
「ゼシカが他の野郎を誘ってる姿なんて、考えただけでも我慢できないね」
えっ、それって・・・。
「皆さん、落ち着いてください!」
目の前で起こった乱闘にざわついていた見物人たちが、ククールの一声で静かになる。
「賊は、我々聖堂騎士団にお任せください。みなさんは危険ですから、端の方に寄っていてください。大丈夫、危険はありません!」
良く聞くと、危険はないけど、危険だから端に寄れってメチャクチャなんだけど、ククールにはやはりカリスマ性があるのか、皆ククールの支持に従う。
あの整った顔から、ちょっと低めの甘い声で、大丈夫、なんて言われたら、まあ信じちゃうわよね大抵は。
私だっていつも見慣れた騎士団服姿なのに、今日は何だか貫禄があるようにも見えるわ。
通り道が出来たので、私達は石段を上り、ヤンガスと合流する。
「兄貴は無事に中に入ったでがすよ」
「ああ、後はどうにかして二人を逃がすだけだ。戦いの準備をしておこう」
私ったら、どうして何も武器を用意してこなかったのかしら。人を相手にあんまり魔法は撃ちたくないけど、仕方ないわ、何とか上手く手加減しよう。
大聖堂の扉が開く。身構えた私たちの目に映ったのは、純白のウエディングドレスを着たミーティア姫。そして、その隣にいるのは、エイト!
二人の手がしっかりと握られているのも見て、私たち三人は顔を見合わせ、全てを理解した。
全てうまくいったんだ!
思わず歓喜の声をあげ、二人に向かって手を振る。
見物の人たちも、拍手で二人を祝福してくれている。
ふと顔を上げると、ククールが初めて見る無邪気な顔で笑っている。
今までの彼は、笑っているときも、どこか皮肉な感じがしていたのに・・・。
そんなククールの顔を見て、私はますます嬉しくなる。
良かった。本当に良かった。
トロデ王が(いつのまにか)御者を務める馬車に乗って、エイトとミーティア姫は故郷のトロデーンに帰っていく。
私達はその後姿が見えなくなるまで見送った。
「さて、全て丸く収まったことだし、軽く祝杯でもあげるか」
ククールの提案に、私もヤンガスも文句なく賛成する。
「その前に、と」
突然ククールが騎士団の服のボタンを外し始めた。
「な、何してるのよ、こんなとこで」
「野郎のストリップは見たくないでがすよ!」
私とヤンガスは止めようとしたが、よく見ると中にもう一枚着ているよう。よく今までのぼせなかったもんだわ。っていうか、さっき貫禄があるように見えたのって、単に着膨れしてたってことだったのね。
あら? ・・・その中の服ってもしかして・・・。
「もう騎士団の服が役に立つことはないだろ。ああ、暑かった。茹だるかと思ったぜ」
いや、待って、落ち着くのよ。あんなの市販品なんだから珍しくも何ともないわ。ただの偶然・・・。
「これすげー涼しいよ、ゼシカは気が利くなあ」
やっぱり、私が買った服ーっ!!?
「・・・あーあ」
ヤンガスが大きな溜め息を付く。
「アッシは先に一杯やってるでがす。つきあってられないでがす」
一人でつぶやきながら行ってしまう。待ってよ、私を置いていかないで。
「・・・どうやって見つけたの?」
「オレが
ハニーから目を離すはずないだろ?」
「・・・バカ」
どうして、そういうことをテレもせずに言えるのよ。本気じゃないからじゃないかって、そう思っちゃっても仕方ないでしょう。
「でも、何であんなところに隠したりしたんだ?」
う・・・。当然の疑問なんだけど、それだけは聞かないでほしかった。勝手に
ヤキモチ焼いて、何て言えない・・・。
「・・・似合わないと思ったのよ。真っ赤な姿のイメージ強すぎて」
「バカだなあ、オレぐらいの美形になると、何着たって似合うもんなんだよ」
「ハイハイ、言ってなさい」
でも、ほんと、思ったより似合ってる。何だか少し子供っぽくなった感じがするけど、キザな感じが薄れて好青年って感じ。
「それに他ならぬゼシカが買ってくれた服なら、どんなのだって喜んで着るさ」
またもう、コイツは。
「ところで、一つ聞きたいんだけど・・・」
ククールは急に真剣な顔付きになる。
「な、何?」
「男がレディーに服を送る時は、それを脱がせるためだけど、女の子の場合もやっぱりそうなのかな?」
「メラゾーマ」
「うそです! 冗談です!」
「・・・は、勘弁してあげるわ。新しい服を燃やしたくないから」
「ふう、ゼシカには冗談言うのも命がけだな」
真剣にうろたえてる。こういうところも初めて見るかも。
「でもなあ、ゼシカがなあ・・・」
今度は、すごく嬉しそうな顔をするククール。服が変わったせいか、どんな表情も初めて見るように見える。
「ヤキモチやいてくれるなんてなあ。今日はいい日だなあ」
一気に顔に血が昇ってしまったのがわかる。
「な、誰がいつヤキモチなんてやいたっていうのよ! うぬぼれるのもいい加減にしなさいよ!」
ああ、ダメ、声がうわずってる。
「目の前で、他の女性と内緒話なんてしたら、そりゃあ面白くないよな、オレが悪かったよ」
「だから違うって・・・」
もう穴があったら入りたい。イオラで掘れるかしら。
「オレにとって、彼女たちは姉さんみたいな人たちなんだ。オレおぼっちゃんだったからさ、甘えっ子なんだよ」
「私だって、お嬢様だから甘えっ子よ・・・」
甘えっ子同士って、もしかして相性悪いんじゃないの?
「だから、これからもたくさんゼシカを怒らせるだろうけど、そうやっていろんなこと感じて、うまくやっていこう」
「・・・そうね」
この一日で、私、彼の知らなかった一面を色々見た気がする。長い時間一緒に旅してきたのに、変な話よね。私ってククールのこと、ほとんど理解していなかったのかもしれない。
それに、今まで気付かなかったヤキモチやきで子供な自分も・・・。
でも、それも悪くない。だって新しく見るククールの姿は、私を何だか嬉しい気持ちにしてくれる。
ヤキモチやくのも、ちょっとだけ楽しかったし・・・。
これからも知らない人と出会うような気持ちでドキドキしながら彼に会えたら・・・。きっと楽しくやっていけるわ。
<終わり>
最終更新:2008年10月22日 23:10