おとぎ話

ああ、何かこんな話、修道院で暮らしてた『頃、誰かに聞いたっけなぁ』

ドニの町で仲良くなった女の子が話していたおとぎ話。
茨に囲まれ静まりかえった城。その中には呪いにかけられたお姫様。勇敢な王子様は、お姫様を救うために茨を掻き分け奥へと進む。
『ククールも、あたしが呪いにかけられたら、そうやって助けに来てくれる?』
返事は『アホらしい』とは言うわけなく『もちろんさ、ハニー
その時はとにかく眠りたかったから、そうやって適当に答えたのだ。

別にククールは、そう言った彼女のことを『アホらしい』と思ったわけではなかった。女の子がそういうものに憧れる気持ちがわからないような、ヤボな男はモテない。
『アホらしい』と思ったのは、そんな話を考えた人間の方だった。
『顔も見たことないお姫様の為に呪われた城に飛び込む奴がいるかっての。それも何不自由無く城で育った王子様が? 無理だね。っていうか、そういうことするなよ王子。お前に何かあったら国民どうすんだよ』
という感じで、寝ぼけ半分で聞いていた割に、心の中でツッコミまくっていたのだ。

だが、そんなおとぎ話に、ちょっとだけ似たような話はすぐ身近にあった。茨に覆われた城に、呪われたお姫様。
大きく違ったのは、姫様はただ眠って助けを待つだけではなく、馬にされても馬車を引く根性があり、姫様を救ったのはどこかの城の王子様ではなく、姫様の幼馴染の一兵士だったということ。

ククールはその二人の行く先を心配していた。
呪いの解けたお姫様には、生まれる前からの婚約者がいた。
それも、性根が腐っているとしか思えないどうしようもない王子。
トロデ王がミーティア姫を溺愛しているのは承知しているが、国同士で決めた約束事。簡単に破棄してしまえるとも思えない。
いざという時には、自分が一肌脱ぐしかないと考えていた。




城の3階のミーティア姫の部屋。
ゼシカは激しい自己嫌悪に苛まれていた。
魔法を人に向けて撃ってしまったことだ。
もちろん当てるつもりは無かったし、実際に寸分違わず狙った所に命中した。
でも、そんなことは言い訳にならない。
魔力が低かった旅の序盤ならともかく、今の自分の魔法は、たとえメラでも洒落にならないことは自覚していた。

確かにククールの、節操無しに、いつでもどこでも女の子を口説こうとするクセはどうにかしてほしいと思ってはいたが、メラはやりすぎだったと思う。
せっかく呪いの解けた城に、小さいながらも焼け焦げを作ってしまった。
何より辛いのが、誰もゼシカの行為を責めようとしないことだった。
エイトも、ヤンガスも、トロデ王やミーティア姫にいたるまでが『ククールが悪い』と言う。
叱ってくれれば少しは気持ちが楽になるのに、気味が悪いほど優しくされてしまい、ゼシカにとっては逆に針のムシロだった。
頭を冷やすために一人になりたいと言えば、『私の部屋をお使いください』とミーティア姫に申し出られてしまう。
せっかくだったので好意に甘えたが、城の中は妙に静まりかえっていて落ち着かない。

ベッドに横になり考える。どうしてあんなことをしてしまったのか。
懲らしめるため? もちろんそうだ。でもやりすぎだ。
それに、暗黒神を倒す旅は終わったのだ。オディロ院長の仇を討ち、ククールは晴れて自由の身になった。その行動を束縛する権利は誰にもない。
それなのに、一瞬で頭に血がのぼってしまい、気がついたらメラの炎は手を離れていた。

眠るつもりではなかったのに、横になっていると強烈な眠気が襲ってきた。
勝利した喜びで忘れていたが、ラプソーンと戦ってから数時間しか経っていない。疲れがとれていないのだ。
『ダメ・・・。こんな気分で眠ったら、またあの夢・・・』
睡魔に抗うことが出来ず、ゼシカは暗い眠りの中に落ちていった。


ククールがミーティア姫の部屋に辿り着いた時には、先刻飲んだワインが大分回ってきていた。
『おかしいな、大して飲んだつもりじゃないはずだけど・・・』
戦い終わってすぐに、まともな食事も取らずに酒だけ飲めば回りが早くて当たり前だが、ククールはその事に気付かない。
誰もいない城の威圧感が、感覚を狂わせているのだろうと思ってしまう。

「ゼシカ?」
扉をノックしても返事はない。
「入るぞ?」
やはり返事がないので扉を開けて中へ入る。
そこはピアノ室だった。さすが大国の姫君。そういえば続き部屋だったっけと、ククールはぼんやり思い出す。
壁には優しい色使いの数点の絵画。ピアノにかけられているカバーには皺一つ寄っていない。真っ白なテーブルクロス。切りたての花が飾られている花瓶。
これはミーティア姫が、城の者達に宝物のように愛されている証拠であった。
他の何を後回しにしても、苦難の旅を乗り越えた姫様に綺麗な部屋でくつろいでもらいたい、と思う者が多く、真っ先にこの部屋が整えられたのだ。
この部屋に来る途中、いくつもの瓦礫の残骸を回避してきたククールは、一瞬、別世界に迷い込んできたような錯覚に陥る。
頭がボーッとして、ノックをすることも忘れ、寝室のドアを開け中に足を踏み入れる。


それはまるでおとぎ話の世界を切り取ったような光景だった。
音一つ無い静かな空間。全てが美しく整えられた部屋。部屋の奥には天蓋付きの寝台。
そしてそこには眠れる美女・・・。
『出来すぎだ。何か騙されてるんじゃないか? オレ』
ゼシカのメラも、『お前が悪い』という仲間たちも、ちょっとしたイタズラか何かで。それでなければ、夢でも見ているのかもしれない。

「う、ん・・・」
静寂を破ったのは、ゼシカの声だった。
「もう、イヤ・・やめ、て・・・」
「ゼシカ?」
ククールは慌ててベッドのそばに駆け寄り、ゼシカの顔をのぞき込む。
ゼシカはひどくうなされていた。
杖の魔力に操られていた頃の夢を見るのだと、ゼシカが打ち明けてくれたのは、聖地ゴルドが崩壊した夜のことだった。
眠れずにいたククールは、その夜も悪夢にうなされていたゼシカに気付き、様子の違いから異常を察して無理やり問いただしたのだった。
『ラプソーンを倒しても、まだ解放されないのか・・・』
とりあえず起こしてやろうと、ゼシカの肩に手をかける。

が、そこでククールの身体は魔法にかけられたように動けなくなる。

折れてしまいそうに華奢な肩が。情熱的な紅い髪が。首筋で光る汗が。しかめられた眉間や苦しげな吐息までもが。
ゼシカの全てがククールの意識と身体の自由を奪っていく。

『それでね、お姫様にかけられていた呪いは、王子様の熱~いキッスで解けたんだって』

ドニの宿屋で聞いた話が、何故か急に頭に浮かぶ。
見えない糸に引き寄せられるように静かにゆっくりと、ククールはゼシカに唇を重ねた。


「信じらんねぇ・・・」
我に返ったククールは激しい自己嫌悪に苛まれていた。
眠っている、それも、悪夢にうなされている女の子の唇を奪ってしまうなど、騎士にあるまじき卑劣な行為だ。
貞淑に生きてきたとは御世辞にも言えないククールだったが、それらは全て合意の上のことで、基本的に女性の嫌がることはしてきていないつもりだった。
何かの間違いだと思いたいが、ゼシカの唇の感触が消えてくれない。
柔らかく、少し冷たく、そして甘い・・・。

「ククール?」
目を覚ましたゼシカに呼びかけられ、ククールは跳び上がらんばかりにビックリする。
「ゼ、ゼシカ」
「あのね、ククール、さっきは・・・」
メラ投げつけてゴメン、そう続くはずの言葉が、ククールの声にかき消される。
「ゼシカ! ごめん!」
「な、何?」
「ゴメン、ほんとゴメン、とにかくゴメン、心から反省してる。もう絶対しないから許してください」

『一体何したわけ?』と、問われるのをククールは待った。
今まで積み重ねてきた信用が台無しになるのは残念だが、正直に打ち明けるのがせめてもの誠意だと思った。
だが、ゼシカからは何の反応もない。よく見るとベッドに腰かけたまま、俯き加減で顔が紅潮している。手はモジモジと、スカートのすそをいじっていた。
「ゼシカ? そういえばうなされてたけど、またあの夢見てたのか?」
ククールが膝を付いてゼシカの顔をのぞき込むと、ゼシカは飛び跳ねるように後ずさり、ククールに背中を向けた。
「だ、大丈夫、ラプソーンに勝ったおかげかしら、最後がいつもと違ってたから・・・」「どんなふうに?」
「・・・忘れちゃった・・・」
ゼシカが目を上げると、鏡には真っ赤に染まった自分の顔。恥ずかしくて、手で顔を覆いまた俯く。

『お姫様は王子様のキスで呪いから解き放たれました』
まるで子供の頃に聞かせてもらったおとぎ話のように・・・。
今、夢の中でゼシカを呪いから救ってくれたのは、背の高い、銀髪碧眼の王子様のキスだったとは、とても言えるわけがなかった。
                   (終)









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最終更新:2008年10月23日 00:52
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