とまどい-前編



魔物の群れが現れた。
もう何十回となく繰り返されてきたこと。私たちは、淡々と敵を倒して行く。
最後に残ったブラウニーが、一気にSHT状態になり、私の頭上に槌を振り上げる。
この攻撃をまともにくらうのはマズい。防御するか、回避するか・・・。
攻撃をひらりとかわす。うまくいった。
ブラウニーは大振りして態勢を崩している。あとは、メラ一発で仕留められる。
そう思ったのに、私も足元の小石を踏んでしまいバランスを崩す。
隣でレイピアが煌めき、ブラウニーの身体を切り裂いた。
そうして、私たちは魔物の群れをやっつけた。

とどめを持っていかれてしまった。
別に勝ち星競ってるわけじゃないけど、彼にだけは遅れをとりたくない。
新しい仲間の名前はククール。元聖堂騎士団員。
ドルマゲスに大切な人を殺されて、その敵討ちに旅立ったっていう境遇は私と同じなんだけど、どうも馴染めない。
「お嬢さん、おケガは?」
ほら、こういうこと言われるのがイヤなのよ。私だって一人前に戦えるのに、こういう態度とるのって、失礼だと思うわ。
「おかげさまで、ピンピンしてます」
そっけなく答えてやる。
「ククールは力は今一つでげすが、すばしっこいでがすね」
ヤンガスが武器を収めて話しかけてきた。
「・・・アンタもヤセてみたらどうだ? 軽くなれば、早く動けるかもしれないぜ」
・・・この調子。ケンカ売ってるとしか思えない物言いするのよね。
顔を真っ赤にして飛びかかろうとするヤンガスを、エイトが羽交い締めにして止める。
「離してくだせえ、兄貴! この若造に口のききかたを教えてやるでがす! 人が気にしてることを、よくも!」
・・・気にしてたんだ、ヤンガス。

何とかその場はエイトが宥めて、私たちは先へと進む。
日が暮れかかる頃、川沿いに教会を発見する。今夜はここに泊めてもらうことになった。
普段は10Gの寄付が必要だけど、今夜は特別にタダでいいらしい。
運がいいわ。・・・と思ったのは、皆が寝静まる頃までだった。


左足が痛い。
ベッドに入った頃から変な感じはしていたけど、時間が経つにつれて、どんどん痛くなってくる。
心当たりがあるとすれば、昼間の戦いでブラウニーの攻撃をかわした時。捻ってたのに気がつかなかったんだ。
どうしよう、エイトを起こしてホイミをかけてもらおうかしら。でも戦闘の他に、トロデ王や馬姫様の世話もして、きっと疲れてる。起こすのは悪い。
ああ、でも痛い。一晩中こうだとしたら、ちょっと辛いかも。
何かで気を紛らわそうにも、他のことが全く考えられない。
少しでも楽な姿勢を探そうと、何度も態勢を変える。

「ゼシカ?」
不意に頭の上で声がした。顔を上げると、ベッドのすぐ脇にククールが立っていた。
何!? まさか夜ばい? いえ、エイトもヤンガスも、トロデ王までいるのに、いくら何でもそれはないはず。
「どこか痛むのか?」
囁くような低い声。いつもの軽薄な感じはない。
そういえばこの人、僧侶でもあるのよね。イメージ合わないから忘れてたわ。
「ちょっと、足捻っちゃったみたい」
「ああ、やっぱりそうか」
「やっぱり?」
「昼間、ブラウニーの攻撃よけた時、よろけてただろ? だから訊いたんだ、ケガはないかって」
・・・訊かれたわ、確かに。女だからバカにされてるって、勝手に思い込んだのは私。反省しなくちゃ。

「ここじゃ暗いな。礼拝堂の方へ行こう」
身体の下に腕を差し入れられ、いきなり抱き上げられた。
「えっ、や、ちょ、ま、じ」
ちょっと待って、自分で歩ける。
そう言いたかったんだけど、うろたえちゃって、こんな声しか出ない。
ククールはすました顔をしている。
「教会の中では、お静かに」
確かにその通りなんだけど、このナマグサ僧侶に言われるのは、何だかムカつくわ。

「どうなさいました? どこか御加減でも?」
礼拝堂に行くと、シスターが心配して声をかけてくれた。
「連れが足を捻ったようで。すみませんが、椅子と明かりをお借りできますか?」
こういう姿を見ると、とても酒場でイカサマカードをするようには見えない。ちょっと、とまどっちゃう。
ククールは私を手近な椅子の上に降ろした。
何だか、大袈裟なことになっちゃって恥ずかしい。
「あの、ごめんなさい。私のためにククールまで起こしちゃって・・・」
そう言った私に対するククールの返事は、意外なものだった。
「関係ないよ、初めから起きてた。僧侶っていうのは、たいして眠らなくても平気なように訓練されてるんだ」
「えっ、そうなの?」
「迷える子羊が助けを求めてきた時、寝てるわけにはいかないだろ?」
確かに、神父様もシスターもまだやすんでない。聖職者ってスゴイわ。尊敬しちゃう。

シスターが燭台を持ってきてくれた。
蝋燭の明かりに照らされた私の足は、イヤな色になって腫れ上がっている。
「ホイミ」
ククールの掌から、暖かく柔らかい光があふれ出す。その光りは渦をえがいて、私の足に吸い込まれていった。
腫れは見る間に消えていき、先刻まで私をあれほど苛んでいた痛みが、初めから無かったもののように消えていった。
「ありがとう、楽になったわ」
「また、こういう事があったら、オレのことは起こしていいから。さっき言ったように、たいして眠らなくて平気だし」
心なしか『オレのことは』という言葉が強調されて聞こえた。
この人って大人なんだわ。私がエイトに気を使って起こせなかったことに気づいてる。
「ねえ、どうしてヤンガスにケンカ売るようなこと言うの?」
私たち皆の力を合わせなくちゃ、ドルマゲスは倒せないと思う。ククールとだって、ちゃんと協力したい。
「昼間のアレか? あれはヤンガスのおっさんが先にケンカ売ったんだぜ? 力は今イチとか言いやがって」
「・・・気にしてたの?」
「一応、男なもんで」
前言撤回。この人って、とんでもなく子供だわ。


「回復魔法が得意なお仲間がいらっしゃれば、旅の間も心強いですわね」
ククールの治療ぶりを見ていたシスターが声をかけてくれる。
「ええ、本当に」
今までケガの治療はエイト一人に頼りきりだったけど、ククールがいてくれたら、エイトの負担も随分軽くなるわ。
「夜明けまではまだ時間がある。眠れそうなら眠っておいた方がいい」
そう言ってククールは、外へ出るドアの方へ歩いていってしまう。
「ククールは? 眠らないの?」
「言ったろ? 充分寝たんだ。外の空気を吸ってくる」
何だか急に不機嫌になってない? まあいいわ。今夜は本当に助かったし。
「今日はありがとう、ククール。これからもよろしくね」
ククールはこちらを見もせず、軽く手を上げるだけで出ていってしまった。
やっぱり、何かおかしいわよね? 私、何か気にさわるようなこと言ったかしら? 
とりあえず神父様とシスターにお礼を言って、客室に戻る。

トロデ王がベッドの上で起き上がっていた。
目を覚ましたら、私とククールの二人がいないので、興味津々で待っていたらしい。
私がかいつまんで事情を説明すると、露骨につまらなそうな顔をしている。
イヤね。一体どんな想像してたのかしら。
でも、ククールが急に不機嫌になったことを話すと、トロデ王の顔は真面目なものになった。
「ククールとは一度、話をしておいた方がいいようだの」
そう言ってベッドから飛び降りて、いつもの走りで出ていってしまった。

・・・とりあえずは寝よう。寝不足だと明日、皆に迷惑かけちゃう。
ああ、どこも痛くないって幸せ。ククールには感謝しなくちゃ。
でも、ククールって気難しいとこあるわよね。
軽薄かと思ったら、さっきみたいに誠実だったり、大人びてると思ったら、つまらないことでスネてみたり。優しかったと思ったら、急に不機嫌になったり。
・・・別にいいんだけどね、どうだって。
でも、やっぱり気にはなるのよ。私と境遇似てるから。
ううん、私より辛いかも。目の前の大切な人を守ることが出来なかったんだもの。きっとすごく悔しかったわよね。
・・・私は寝なくちゃいけないのよ。考え事してる場合じゃないわ。
ああ、もう何か本当に・・・。
・・・調子狂っちゃうわ。






最終更新:2008年10月23日 03:42
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