『回復魔法が得意なお仲間がいらっしゃれば、旅の間も心強いですわね』
『ええ、本当に』
ゼシカの声が、妙にカンに触った。
オレはあいつらの仲間になったつもりはない。
オディロ院長の仇を討つために、同じ目的を持って旅をしてる連中に、少しの間、同行させてもらうだけ。
それが済めばサヨナラだ。
できることなら、マルチェロの奴に言われるまでもなく、とっくに敵討ちに出てたさ。
でも、こんなことを認めるのは口惜しいが、オレ一人の力では、あの道化師ヤロウに勝てる自信が全くない。
胸クソ悪いこと、この上ないぜ、ったく。
オディロ院長が殺された、あの満月の夜から、ありとあらゆることがオレを苛つかせる。
マルチェロ団長や、修道院の辛気臭い空気は言うまでも無く。
気をつかってるんだか知らないが、やたらめったら話しかけてくるエイト。
確かにあいつには感謝してるさ。
知り合って間もない、オレみたいな人間の頼みをきいて、オディロ院長を助けに行ってくれた。その借りだけは返すつもりなのはウソじゃない。
でも、おせっかいな人間ってのは、助けてもらう側には良くても、そいつの周りにいて付き合わされる人間にはたまったもんじゃない。せいぜいオレまで巻き込まれないように祈るだけだ。
ヤンガスのやろうも、オレを戦力として値踏みするのはいいさ。そんなのは当たり前だ。
エイトのやつには、足手まといを切り捨てるなんて、できそうにない。その辺のフォローをしてやる人間は必要だろう。
でも『ククールのやつも苦労してるよう』ってのは大きなお世話なんだよ! オレは誰にも理解されたいなんて思っちゃいない。よけいなトコ見てんじゃねえよ!
それに、あのゼシカだ。
潔癖なお嬢様だか何だか知らないが、『さわられるのもイヤ』って顔してたのに、ちょっと真面目に優しくしたら、コロッと態度変えやがった。
本人、しっかりしてるつもりなんだろうけど、はたから見てると、ものすごく危なっかしいぞ、アレ。
オレみたいな人間が、迷える子羊のために眠らない訓練するわけないだろう? 信じるなよ、あんなウソ。
オレが眠らなくても平気になったのは『修道院では眠れなかった』からだ。
ガキの頃は、修道院の建物や聖像、雰囲気なんかが理由もなく怖かったし、ある程度デカくなってからは、身の危険を感じて眠らないように、眠ってても気配の変化で起きられるように自分に戒めた。
修道院みたいな閉鎖された空間にずっといると、人間は澱む。この容姿と、マルチェロ団長に目の敵にされてることで、明らかにオレは目立ってた。歪んだ感情をぶつけれられるのはゴメンだった。
・・・違う。今はオレのことを考えてたんじゃない。
そう、ゼシカのことだ。あいつ、そのうち絶対ロクでもない男に騙されるって話だ。
だいたい、あの胸! ・・・いや、胸に責任はないな。本人の意思とは関係ないから。
あの服だ! あんな格好で出歩いてたら、誰だって誘ってると思うだろう? 声かけるのが礼儀だと思っちまうぞ。あれで身持ちの堅いお嬢様? ふざけんな! 馬の鼻先に人参ぶらさげてるようにしか見えねえよ。
そう、馬といえばアレだ。
なんで馬が姫様で、緑の化け物が王様なんだ? ホント訳わかんねぇ。
「ククールよ。お前、何やら事情がありそうじゃな」
噂をすればってやつか。トロデのおっさんが起きてきちまった。
「話せば気が楽になることもあるやもしれんぞ? まあ、無理にとは言わんが・・・」
おせっかいの仲間は、やっぱりおせっかいってことか。
・・・ホント、勘弁してほしいね。
街道をはるばる旅してやってきたアスカンタ城は、王妃が亡くなって以来、二年もの間、喪に服し続けている辛気臭い城だった。
何なんだよ、この立て続けの辛気臭さは。どっかでバーゲンセールでもやってんじゃねえのか? オレまでついつられて、トロデ王に辛気臭い話、しちまったし・・・。
おまけに心配していた通り、早速このパーティーのおせっかいに巻き込まれるハメになった。
メイドのキラってコの願いを叶えてやりたいとかで、エイトだけじゃなく、ヤンガスやゼシカ、トロデ王までノリノリだ。
これは逆らっても無駄だな。少しでもテンション高くなる方向に自分を持っていこう。
「パヴァン王と王妃は、よっぽど激しい大恋愛の末に結婚したんだろうな。そして魔法のとけないうちに王妃は天に召された。カンペキだね。うらやましい美談だ」
「どうして、それが美談なの?」
ゼシカに訊かれて、オレは少しとまどった。
どうしてって言われてもなぁ。ああ、でも、ゼシカは恋愛経験無さそうだもんな、わかんないか。
「熱が冷めないうちに、片方が召されてしまえば、思い出の中では美しいままだろう? もっとハッキリ言っちまえば、アラが見えないうちにってとこか」
「私はイヤ・・・」
・・・何か、いやな予感がする。
「綺麗な思い出だけなんて、淋しいじゃない。私はそんなのイヤ。いいことばっかりじゃなくてもいい。ケンカしたことだっていい。私はもっといっぱい覚えていたい。もっとたくさん、思い出、作りたかった・・・」
ゼシカの瞳は潤んでいる。
ちょっと待て。これって泣くほどのことか?
おおかた、サーベルト兄さんとやらを思い出したんだろうけど、家族と恋人は違うってのも、オレさっき言ったよな?
わかった、ゼシカ、昨夜睡眠足りてないだろうから、気が立ってるだろ。
・・・でも、オレか? やっぱりオレが泣かしたのか?
思わずフォローを期待してエイトたちの方を見ると、いつの間にか点にしか見えないほど遠くまで移動していた。
逃げたな。
前言撤回だ。おせっかいヤロウじゃなくて、とんだ薄情野郎どもだぜ。
他人をあてにしようとしたオレが甘かった。
さて、この目の前の事態をどうするかだ。
ゼシカは俯いたまま、スカートのすそを握り締めている。
今までこういう場合は、軽く抱き締めて、キスの一つでもすればOKだったんだが、このコには通用しないだろうな。
それどころか、エラいめに遭わされそうだ。
何で、こんなことで悩まなきゃなんねえんだよ。そもそも女の子にかける言葉に迷うなんて、何年ぶりだ?
・・・だめだ、真っ白だ。何にも浮かばねぇ。
「あ~、その、ゴメン。悲しいこと思い出させるつもりじゃなかった。頼むから泣かないでくれ」
我ながらストレートだな、おい。でも、これ以上この状態には耐えられん。
「言われなくたって・・・」
ゼシカがガバッと顔を上げた。
「誰が、あんたなんかの前で泣いてやるもんですか。ベ~~~~だっ!」
大きく舌を出し、馬車の方まで走っていってしまう。
・・・何なんだよ、今のは。
思わず笑いが込み上げてくる。不思議と腹は立たない。
照れ隠しにああいうことしたんだろうけど、ずいぶんガキくさいよな。あれでしっかり者のつもりなんだから、笑うしかない。
さっきまでの辛気臭い気分が、どっか行っちまった。
「何してるの! サッサとキラのおばあさんの家まで行くわよ!」
ゼシカはすっかり、いつもの調子だ。
変な女。
何ていうか、ホントに。
・・・調子狂うよなぁ。
<終>
最終更新:2008年10月23日 04:12