杖と闇と仲間と呪われしゼシカ戦





 弦が奏でる旋律がなくとも、瞼を閉じれば鮮やかによみがえる記憶。
 脳裏によぎる記憶は美しく彩られた思い出と、それを奪われた日の悪夢。
 現実に立ち向かい、歩き続けるその後ろに延びるのは
 過去を奪われた者が背負い続ける闇。
 歩みを止めた時、人は自分の影を見つめる。
 闇色を染み込ませた影は、忠実なる僕。
 主が望むことならば、全てと引き替えに楽園へと誘ってくれるだろう。
 思い出を連れ立って。


 呪文を唱える時、ゼシカは瞼を閉じ闇の中で意識を集中させる。この時も、
何度目になるか分からない攻撃呪文を唱えようとして瞼を閉じた。
 しかし、集中したはずの意識は彼女の脳裏にある光景を呼び起こしたのだった。

                    ***

 それは旅の途中の、なんの事はない会話だった。
「どうしてククールは弓を?」
 尋ねられて足を止める。馬車の隣を歩いていたエイトの方を向いて、ククールは
回答にならない言葉を返す。
「どうしたんだよ? いきなり」
「いや……。騎士団で弓使いってあまり聞いたことがないような気がして」
 トロデーンに弓兵はいなかった、と彼は言う。
「そう言えば、出会った頃は弓なんて持ってなかったでがすよね?」
 そこへヤンガスも加わったものだから、濁せば終わるという話でもなくなったみたいで。
「……あそこでは剣を持たなきゃならなかった。それだけだ」
 不機嫌を隠さずにそう答えた。事実、聖堂騎士団員はみんな――あのイヤミ男だって
――剣しか持っていなかったな、とゼシカは思った。
 言い終えてククールは目をそらし、小さく舌打ちした。その姿が、まるで本音を迂闊に
口にしてしまったことを後悔しているように見えて。

212 :杖と闇と仲間と呪われしゼシカ戦 2[sage]2005/10/02(日) 02:21:23 ID:iYL0kfkR
(イヤなことでも思い出したのかしら?)
 そう言えば、修道院暮らしは窮屈だったと本人は言っていた。それなら、私達悪いことをしたのね。
「先を急ごうぜ、日が暮れちまう」
 そう言ったククールに、笑顔はなかった。



 それから街へ到着するまで、ククールは仲間達と言葉を交わすことはなかった。宿に着いてからも、
その日は誰とも口を利きたくないとでも言うように、早々に酒場へ出かけて行ったのである。
こうなってしまうと翌朝まで彼は戻ってこない。宿に残った3人は夕食をとりながら、訪れた町で得た
情報を整理したり、遭遇したモンスターについて戦術を立て直したり、あるいは談笑しながら時を過ごした。
 やがて夜も更けた頃、ひとり部屋に戻ったゼシカは呪文書を広げていた。リーザスにいた頃からの
習慣ではあったが、彼らの旅に加わってからは呪文書を見る時間が以前にもまして多くなっていた。
 しかし呪文書を広げてはみたものの、肝心の中身がなかなか頭の中に入ってこない。
そんな時にふと、こうして彼らと旅路を共にする中で不思議に感じていた事を思い出した。
 それが呪文の習得である。
 本棚があれば片っ端から手に取る勉強熱心なエイトとは違い、ククールがまじめに呪文習得に
取り組むところを見たことがない。もちろん、呪文は書物を読んでその通りに詠唱すれば使える
というものではないし、どちらかと言えば詠唱者の資質や感覚に頼るところも大きい。しかし、
基本を覚えなければ上級魔法を習得することはできないのも事実だった。
 それにしたってわざわざ他人に見せることではないし、彼のような性格なら尚のこと、人に
自分の苦労を見せたがりはしないと思う。だけど、まさか酒場で呪文を覚えて来るわけでも
ないだろうし。
(悔しいけど、……天才なんじゃないかな)
 ゼシカは眺めていた呪文書を閉じた。そんなところで人と比べたってどうにもならないんだから、
と。ため息を吐いて窓を見やれば、まあるい月が傾きだしている事に気づいて、ようやくベッドへ
入ろうとした。
 横になって目を閉じれば、瞼の奥に広がるのは見慣れた闇だった。読んだところで覚えられない
呪文と、唱えられない自分になぜだか無性に腹が立つ。
 その日は、なかなか寝付けなかった。



                    ***

 脳裏によみがえった記憶が詠唱の邪魔をする。うまく意識が集中できずにゼシカは
苛立ちを募らせた。瞼を開き強い口調で詠唱を終えた後、全身にみなぎる魔力を解き
放つために両腕を広げた。
 くり出された炎が眼前の敵を包み込んだ――人だった頃の名はドルマゲス。それは
兄の仇であり、自分たちが目指してきた最終目的でもある。手加減する理由も、また
その必要もない。だから渾身の力を込めてその呪文を唱えた。
 しかしそれも、ドルマゲスに致命傷を負わせるほどの効果はなかった。
 おぞましい姿に変貌を遂げたドルマゲスの力は絶大で、否が応でもその差を見せつけ
られた気がした。
「……くっ!」
 悔しさと、焦燥感ちからゼシカは唇を噛みしめてドルマゲスを睨み付けるようにして見上げた。
ほんの少し、視界が滲む。それは決して身体に負った傷の痛みからではない。
 そのことに思い至って集中が途切れた一瞬、ここへ至る道すがらククールの語った言葉を
思い出す。

 ――「でもな、オレは一生あいつに剣で勝てないってことなんだよ。
     情けない話だと思うだろ? 自分でも呆れるぐらいさ」

 ククールは騎士団長である兄マルチェロに、そんな思いを抱いていた。そして彼は、そんな自分の
ことを「私と同じ」だと言った。
 そう、私は兄さんに敵わないのだと……。
 胸の奥に小さな痛みが走った。傷のせいではないその痛みに、ゼシカの表情が僅かに歪んだ。
「ゼシカ、大丈夫か!?」
 不意にククールの声が聞こえてきたと思ったら、身体の痛みだけが和らいだ。
回復呪文をかけてくれたのだと知って、我に返る。
(いけない、集中しなきゃ)
 もう一度。そう思って瞼を閉じ、詠唱の準備に入る。
 直後、仲間の一撃でドルマゲスは地に伏し、戦いは呆気ないほどの幕切れとなった。
 得られたのは達成感よりも、大きな虚しさだった。


                    ***

『杖を手にする者よ……』

 ドルマゲスとの戦いが終わって、トロデーンから盗み出された杖を回収して遺跡を出ようとした時に、
確かにその声を聞いた。おぞましいほどの魔力を感じながらも、私はその力に逆らえなかった。
 手にした杖に、引きつけられて――飲み込まれそうな力。異変に気づきはじめた私の脳裏に、さらに
語りかけてくる声。

『汝こそが、我が新しき手足』
「……えっ?」

 魔術師の家系に生まれながら、ロクに魔法も操れない。
 ヤンガスのように敵を粉砕する力もなければ、エイトのような呪いにうち勝つ力もない。かといって、
ククールのように回復を担えるわけでもない。
 自分が、とても弱い存在だと思った。
 あのとき、殺されたのがサーベルト兄さんではなく私だったら……。私の仇を討つために旅立ったのが
サーベルト兄さんだったなら……。
 オディロ院長は命を落とさずに済んだのかも知れない。
 こうなってしまう前に、ドルマゲスを止められたのかも知れない。
 それとも、殺す価値さえない?

 ――私に。
『さあ、杖の虜となれ』

 聞こえてくる声。
 仲間達の声が、姿が、……遠のいていく。

 ――私にもっと、力があれば。
『仮の宿りとなりて 我に従え……!』

 以降、ゼシカは本当の闇を知ることとなる。


                    ***

 手にした杖からわき出る魔力は、私の身体を蝕んでいるような気さえする。
 杖に乗っ取られているはずの身体と意識、闇に覆われた世界の奥底に、私自身が
立っている。そこから全てを見ることができた――いいえ、きっと「見せられて」いたんだわ。
 リブルアーチ、必死に呼びかけている仲間達の声が聞こえる。
 そのとき、私は自分の過ちに気づいた。それでも、私ひとりの力で杖の呪縛から逃れる
ことはできなかった。
 杖が語りかけて来る声は、まるで楽しんでいるように告げる。
『どうだ? 力を手に入れ自由に操れる心地は良いものだろう』
 ふざけないでと、何度も叫んだ。叫んでも叫んでも、声が届くことはなく。また自分の手で
仲間を傷つけるために、そしてこの身を蝕む巨大な魔力を解放しようと、これまで使えなかった
強力な呪文をためらいなく唱えている。
(なんで今さら!?)
『力は、解放される時を待っていた』
(違う!)
『力を望んだのは、汝』
 こんな時に、思い出したのは。
(いや、助けて……助けて……兄さん……!!)
『我の中に流れている』
 ――そう、リーザス像の前で絶命したサーベルトの魂は、この杖に封印されている――確証は
ない、ただそれを感じた。もちろん、認めたいなんて思わない。
(違う!)
 ――もし、そうなら。兄さんは助けてくれるはず――この深い闇から、ゼシカを救ってくれるはず
だろう? と。そう言って“杖”は笑う。
 闇に閉ざされ、呪われた杖の意志に支配されたゼシカの叫びは、誰にも届くことはなく。叫んでも
無駄だと悟ったゼシカは、祈った。祈ることしかできなかった。
 ひたすらに。
 ただ一心に。

 そして、彼女は救いの神の声を聞いた。

「……エイト、回復は任せた」

 ククールだ。
 彼はゼシカに矢を向けて佇んでいた。
 ゼシカの意志とは関係なしに放たれる呪文。降り注ぐ氷の刃にも彼は耐え、負った傷も
そのままに、じっとこちらを見据えて弓を構えている。

「大丈夫だオレに任せろ。……なぁに、死なせやしないさ」

 不適な笑み。自信に満ちあふれた彼の表情が懐かしくもあり、頼もしく見えた。
 ゼシカはまた祈る。
(……お願い!)
 このまま杖に操られるぐらいなら、二度と目覚めなくてもいい、と。
 杖の意志はそんな彼女らの姿を嘲笑うようにして魔力をたたえた。
『愚かな。祈ったところで何も叶わぬ』
 ゼシカの身体は杖を天高く掲げると、呪文の詠唱をはじめる。自分の声であって自分ではない声。
『たかが人間ごときにこの呪い、破られてたまるものか』
 声と共に巨大な炎が杖から発せられた、まさにその時だった。


「死なせやしない。だが、目覚めたときには――覚悟することだな、ゼシカ」


 その一矢が放たれゼシカの身体を貫いた時、痛みよりも先に感じたのは安堵だった。杖の支配下に
あった意識が徐々に戻ってくるに従って、激しい痛みに襲われる。
 そして杖を手放す最後の瞬間、それは告げたのだった。
 この世に存在するもっとも強い力、呪縛に囚われるのは……人間である定めなのだ、と。

 ゼシカはまだ、その呪いの正体を知らない。
                                 -杖と闇と仲間と呪われしゼシカ戦<終>-










最終更新:2008年10月23日 12:00
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