パルミドの情報屋によると、ドルマゲスは海の上を歩いて、西の大陸に渡ったらしい。
今の私たちに必要なものは、海を渡るための船。次に目指すのは、ドルマゲスによって一晩で廃墟にされてしまったというトロデーン城。
・・・の、はずなんだけど。何故か今、私たちはマイエラ修道院に来ている。
トロデ王が錬金釜を強化してくれ、今度は三つのアイテムを合成できるようになったのがきっかけだった。
それを聞いて、オディロ院長の蔵書の中に錬金術に関するものも多かったと、ククールがポロッと口に出しちゃって。
エイトはもう目をキラキラと輝かせて、調べる気満々になっちゃって。
トロデ王も、自分の直した錬金釜をエイトが最大限に有効活用するつもりなのが嬉しいらしく、寄り道することにに文句を言わなかった。
ククールはいやそうな顔をしてるけど、元々自分が口を滑らせたのが原因なので、諦めたみたい。
でも、やめておけば良かった。
亡くなったオディロ院長の部屋で、まさかあんな言葉を聞くことになるなんて・・・。
「ククールとあの旅人に居所をつきとめさせ、いまいましい奴らをいちどに・・・」
マルチェロのその言葉を聞いた時、背中に冷水を流し込まれたような気持ちになった。
いまいましい奴らって、誰? いちどに、どうするの?
きくまでもなく、それが実の弟の命を狙う言葉だとわかった。でも、受け入れられない。
だって私、マルチェロのこと、本当はいい人なんじゃないかって思ってたから。
オディロ院長が亡くなって、かばってくれる人の誰もいなくなったククールを自由にしてあげるために、修道院から追い出すそぶりを見せたんだって、そう思ってた。
私たちに譲ってくれた世界地図が、せめてもの優しさの印なんだって、そう信じてた。
なのに、どうして?
わからない。血を分けた弟をそこまで憎める気持ちが、私にはわからない。
錬金のレシピを調べる気など無くなってしまった私たちは、その晩はドニの町に泊まることにした。
少しでも、ククールの気持ちが晴れるといいと思って。
私はお酒はあんまり飲まないんだけど、今日はやりきれなくて、ついつい杯を重ねてしまう。エイトとヤンガスも気が重そうだ。
この町では、ククールは大人気で、酒場のテラスで飲んでいるおじいさんも、バニーや踊り子さんたちも、皆が声をかけてくる。
「おや、ククール。ツケはいつでもいいから、今日もたーんと飲んできな!」
「ははっ、サンキュ」
酒場のおばさんとの、軽いやりとり。
「そういや、あんた、修道院にいるっていう、お兄さんとはうまくやってるのかい? 両親のないあんたにゃ、ただ一人の身内だ。仲良くするんだよ」
「・・・ああ。ありがとな、おばちゃん」
その会話を聞いていて、私は急に腹が立った。
「勝手なこと言わないで!」
店中の人が驚いて、私の方を見る。でも止められない。
「何にも知らないくせに、心配してるふりだけするのはやめて! そんなこと言うなら、仲裁ぐらいしてあげてよ!
どうして今まで何にもしてあげなかったの? ククールが今まであそこでどんな思いしてたと思ってるのよ!」
「ちょっと待て、ゼシカ」
ククールが止めに入った。
「ゴメン、おばちゃん、このコ酔っ払ってんだ。聞き流してくれ、ホント、ゴメン」
そのまま、私は裏口から外に連れ出される。
「ゼシカ、勘弁してくれよ。一応ここはオレにとって憩いの場なんだからさ。あんまり変なこと言うなよ、来づらくなるだろ」
「どうして? あんた、今までマルチェロにどんなふうに扱われてたか、話したこと無いの? 憩いの場だっていうなら、辛い時とか誰かに相談したりしなかったの?
気を遣ってるのは、いつだってククールの方じゃない。それで本当に気持ちは安らいだの? 助けてもらいたいって、思ったことはないの?」
「そんなに、まくしたてるなよ」
ククールは、あくまで冷静だった。
「辛気臭い修道院から抜け出してきてたってのに、ここに来てまで辛気臭い話して、どうすんだよ。オレがここに来てたのは、あくまで楽しむためであって、人生相談しながら酒飲む趣味はないんだ」
「・・・辛く、無いの? お兄さんにあんなこと言われて」
「ああ、あれで気が立ってんのか。確かにさっきマルチェロが言ってたこと、ゼシカには刺激が強かったかもしれないな。たいした話じゃないさ、ドルマゲスを見つけても報告しなきゃいいんだ。サッサと倒しちまえば、それでおしまい。簡単だろ?」
・・・ククールが遠く感じる。
「そういう問題じゃないでしょう? 私は詳しいことは知らないけど、あんなふうに憎まれて、命まで狙われるようなこと言われて、どうしてそんなに平気そうな顔していられるの? 無理しないでよ、私たち仲間じゃない。せめて私たちの前でぐらい、やせがまんしないでよ」
ククールは、困ったような顔をしている。
「気持ちはありがたいけど、オレはやせがまんなんてしてない。いいんだよ、別に兄貴のことは。
あいつはオレのことを嫌ってるから、キツくあたって冷たくする。憎んでるから、殺したいと思う。筋は通ってるだろ? どこも矛盾してない。わかりやすくて、むしろ清々しいくらいだ」
目眩がする。自分が立っている世界が、まるで現実のものではないみたい。
わからない、本当に。
マルチェロのように、弟を憎む気持ちも。ククールのように、それを受け流してしまう気持ちも。
「ごめんなさい。もうよけいなこと言わないわ」
私が間違っていた。自分の知っている世界の範疇で、この人のことを理解しようとしていた。理解できるって、思い上がってた。
見てきた世界が違い過ぎるのに・・・。
ククールはきっと、私なんかが想像もつかないほど、いろんな苦しい思いや辛い思いをしてきて、汚いものもたくさん目にしてきていて・・・。それでもちゃんと人に気を遣ったり、思いやる心を忘れずにいてくれてる。
それだけで充分じゃない。頼もしい仲間だわ。これ以上、何かを望むのは贅沢すぎる。
きっと私なんか、一生かかっても、ククールの全ては理解できない。
なんだろう、そのことが今・・・すごく、悲しい。
最終更新:2008年10月23日 04:07