油断した。こんなに近くに人がいるのに、気づきもしないで寝てるなんて、オレとしたことが、たるんでる。
でも、なんかスッキリしてるな。これもエイトのおかげか。
あいつに剣の稽古に付き合えって言われたときは、またシメられるのかって思ったんだよな。サヴェッラで暴言吐きすぎたのは自覚してるから。
そもそも、寄り道しようって言い出したのもオレなんだ。自分で墓穴掘っただけなのに、他人に当たる筋合いはなかったんだよな。
でも、今日はいつもとは感じが違った。
無茶な剣技は一切出さずに、ただ普通に撃ち合うだけ。心なしか、力加減もしてくれてた気がする。いつもだったら、あのバカ力と撃ち合った後は手が痺れるんだが、今日は何ともなかった。
マルチェロの奴にイヤミ言われまくったオレを励ますためにってところなのかな。
汗くさいのは好きじゃねえが、適度に体動かして、いい天気で日差しも暖かくて、柄にもなくこんな甲板なんかで熟睡しちまった。
その上、意外なオマケに、目が覚めたらすぐに、絵になる美女の姿がそこにあったと。
悪くなかった。
「てっきり、オレの寝顔に見とれてるのかと思ったら、本に夢中とは、ゼシカは色気がないよな」
なんとなくテレくさくて、つい軽口たたいちまう。
「あんたの寝顔のどこに、見とれる要素があるっていうのよ」
いつ聞いても、ゼシカの反撃には容赦がない。
「おいおいゼシカ、美意識大丈夫か? このオレの美貌は、あのマルチェロでさえ認めてくれてたんだぜ?」
「・・・そうなの?」
「そ、顔とイカサマだけが取り柄ってな」
ああ、くそっ。わざわざ自分からムカつくこと思い出してんじゃねえよ。
「あんたねえ! いい加減にしなさいよ!」
いきなりゼシカに怒鳴られて、オレは面食らった。
「それがほめ言葉じゃないことぐらい、自分でもわかってんでしょう? こっちが反応に困るようなこと言ってんじゃないわよ。それとも何? 慰めてほしいわけ? だったら素直にそう言いなさい!」
・・・見事だな。その通りだ。
「わかった、悪かったよ」
オレが素直に謝るもんだから、今度はゼシカが拍子抜けした顔してる。
確かにみっともねえよな、オレ。トロデーン城でエイトの境遇を聞いてから、特にそう感じるようになった。
あいつも、ガキの頃から食うために仕事しなくちゃいけなくて。回りに大勢の人がいても、それは家族ってのとは少し違ってて。
それでも自分にとって大切な、守るべき存在が、ちゃんといてくれてたっていうのに。
・・・いざという時に、それを守ることが出来なかった。
まあ、エイトの場合は取り返しがつかないわけじゃないにせよ、無力さを感じたことには変わりないはずだ。それでも、あいつはスネたりせずに、いつでも穏やかにしている。孤独や不安なんか感じさせずにまっすぐ立っている。
それに比べると、オレはカッコ悪いよな。少し改めるか。
「仕方ないわね」
ゼシカが溜め息を吐いた。
「あんたの取り柄は、顔やイカサマなんかじゃないと思うわ。明日までに何か探して見つけといてあげる。だから、あんまり自分を傷つけること、言わないでよ。ホントに反応に困っちゃうんだから」
「・・・探すって、何を?」
「だから、あんたの取り柄をよ」
ちょっと、待て。
「私、今日料理当番なの、もう行くわね」
ゼシカは自分の言葉の意味に気づかず、行ってしまった。
おい、探してくれなきゃ、咄嗟に出てこねえのかよ。ある意味、マルチェロよりキツいこと言ってるぞ! 一つでいいから、即答してくれよ、頼むから!
エイトは本当に優しいヤツだよな。
もうすぐ夜が明ける。
見張りに立っていたオレは、起き出してきたエイトの姿を目に止めた。馬姫様に水をやり、ブラシをかけてやっている。馬っていうのは、睡眠時間が短い生き物だ。寂しい思いをさせないように、エイトのヤツもできるだけ早起きして、一緒にいてやるようにしてるんだろう。
「こら、ちゃんと見張ってなさいよ。何よそ見してるの?」
もう交替の時間か。ゼシカが上がってきた。
「何見てたの?」
オレの隣に来て、下をのぞき込んでる。
「エイトと姫様? 二人がどうかしたの?」
「いや、別に? ただ見てただけさ。キレイな光景を見るのは好きなんだ。滅多に見られるもんじゃないからな」
ゼシカはオレの顔をまじまじと見つめて、それから口を開いた。
「それよ、あんたの取り柄」
「はあ?」
オレは訳がわからなかった。
「本当にキレイなものが何か、ちゃんとわかるってこと。ククールって、宝石とか、立派な像とかには興味示さないでしょう? でも、思いやりとか優しさとか信頼とか、そういうものをキレイだと感じることが出来る。それって、とっても素敵なことだと思うわ」
・・・なんでこいつは、こんな恥ずかしくなるようなセリフを、真顔でサラッと言えるんだよ。
ちくしょう、ゼシカの顔がまともに見られない。
ほんとはさっき目が覚めた時、ゼシカの姿に見とれてたのはオレの方だ。
美人だからとか、そういうことじゃなくて。
穏やかな空間っていうか。優しい気持ちがそこにあるって、感じることが出来て。だから眠れたんだ、きっと。何も心配することなく。
頼っていい相手が、そばにいることがわかってて。無意識のうちに安心してたんだ。
ゼシカ、説明もしてないのにオレが何を指してキレイと言ったか、わかったんだろう?
オレに対して取り柄だって言ってくれたものは、ゼシカはとっくの昔に、当たり前に持ってたってことだ。いつでもまっすぐ、相手の目を見て話すってのも、オレには真似できないところだ。とても敵わない。完敗だ。
・・・負けてらんねえよな。いい頃合いだ。オレもここらで自分を変えてみるか。
今のオレにはまだ無理だけど、いつか胸を張って、こいつらのことを『仲間』だと言える日を、迎えることが出来るように。
<終>
最終更新:2008年10月23日 04:33