誓い-前編



オレは武器に対してこだわりは無い。
剣でも弓でも、杖だって構わない。その時点で手に入る最良の物を使う。
ある時は『器用』と褒められ、ある時はその言葉の後ろに『貧乏』と付けられて陰口叩かれてきた。
別に構わなかった。人間なんて、いざとなったら一人だと思ってたから、一つのことしかできないより、何でも一通りこなせる方が有利だと思ったからだ。

でもやっぱり、コンプレックスあったんだろうな。だから、ドルマゲスとの最後の戦いの直前にベホマラーが使えるようになった時、浮かれちまった。
旅の間でも、オレの器用貧乏ぶりは健在だったからだ。
力や体力ではエイトとヤンガスに及ばず、攻撃魔法ではゼシカに完敗。かろうじて得意と言えた回復魔法も、エイトだって大抵のものが使えた。オレにしか出来ないことってのが見当たらなかった。
それがあの土壇場で、最高に役に立つ呪文を習得して、回復全部任せてもらって、キッチリ役目を果たせたもんだから、テンション上がっちまったんだ。

そして、ゼシカのことは放っておいた。
ゼシカには帰る家があって家族も待ってるんだから、大丈夫だろうと勝手に決めつけてたんだ。
オレは薄々、気づいていた。ドルマゲスを倒した後、ゼシカを襲うのは虚しさだろうってことは。
実際そうなってしまったのにも、すぐ気がついた。
でも、何もしてやらなかった。
事前にそれとなく忠告だけはしてきた。敵討ちが終わった後の、身の振り方は考えておけと。
今思うと、言葉が足りてなかったのはわかる。
復讐なんてものを最終目標にすれば、終わった後にガックリ来て、全てが虚しくなっちまうもんだって。だからオレはその後にある自由を目指したんだって。そう教えてやれば良かったんだ。なのに、そうしなかった。
同じ『敵討ち』という目的を持っていたオレだけが出来たことだったのに・・・。
こんなところでまで、オレは中途半端だった。


あの時のオレも不安定だったんだ。
いろんなしがらみを断ち切ったと思う解放感。自分の役割を果たせたという達成感。そして、追いかける相手がいなくなった喪失感と、自由に対しての不安。
でも、そんなこと間違っても口に出したくはなかった。
だから、避けたんだ。ゼシカと話をすることを。
あの瞳に見つめられるのが怖かった。つい、自分をさらけ出してしまいそうになるから。

いつもオレはそうだった。
ゼシカはいつでも、オレに歩み寄ろうとしてくれていたのに。
ゼシカがオレにそっけなかったのは本当に最初だけで、その後はずっと理解しようとしてくれていた。仲間として、信頼もしてくれた。
オレのために怒ったり、悲しんだりして、心配してくれていた。
でも、オレは決してそれを受け入れなかった。
いつでも壁を作って、心の深いところまでは入り込ませないように突き放してきた。
それなのに、気が向いた時だけ、優しさや気遣いを見せたりして、ゼシカを戸惑わせ続けた。
一度だって、本当にゼシカを思いやったことなんてなかった。

『ゼシカもうれしいだろ? どうだ? 兄のカタキを討った感想は?』
ドルマゲスを倒した後、オレが言った言葉。
あれがどれだけゼシカの心を逆なでしたかと思うと、胸が痛む。
嬉しいはずがない。オレだって、ちっとも嬉しくなんてなかった。だからこそ言っちまったんだ、あんな言葉。オレはいつだって、自分の心をごまかすことばかりに一生懸命だったから。
仇を討つという誓いが、いなくなってしまった人との間に残されていた最後の絆だった。
それが無くなってしまったんだ。嬉しい気持ちになんて、なれるはずがない。
ましてやゼシカにとって、兄のサーベルトの存在は幸福の象徴だった。喪失感はオレなんかの比じゃなかったと思う。
心の中に何もなくなって、スキができてしまったのかもしれない。

もしあの時オレが、ゼシカの事をもっと、ちゃんと考えてやっていたら。
何かは変えることが出来たんだろうか。この悪夢の様な現実を、少しでも。

「マホカンタ」
光のカベを出現させる。魔法使いを相手にする時の、戦術の基本だ。
覚悟は決めた。どうあっても、しくじるわけにはいかない。必ずここで止めるんだ。そうでなければ取り返しのつかないことになる。
ゼシカ、もう少しだけ待っててくれ。必ず助けてやるからな。
たとえ、その手段が、こうしてお前と戦うことだったとしても。

ようやく見つけたゼシカは変わり果てていた。
関所を強硬突破し、リブルアーチの町を破壊して、人の命を狙ってる。何が起こってるのか正確なところはわからないが、何かに操られてるんだろう。
今もオレたちを殺して、目的を果たそうとしている。頼みの綱は、ハワードが調合している結界だけ。
オレたちの目的は、ゼシカを倒すことじゃなく止めることだ。
ゼシカがゼシカである限り、主な攻撃手段は魔法のはず。マホカンタを切らさずにいれば、手詰まりにさせられる。そう思った。

甘かった。おかまいなしだ。
マヒャドやベギラゴンが跳ね返されて、自分の身体に火傷や切り傷、凍傷を負っても、ゼシカは魔法を撃ってくるのを止めない。このままじゃあ本当にゼシカは死んじまう。
おまけに、メラゾーマまで撃ってきた。オレが出現させた光のカベに跳ね返され、ゼシカの身体は巨大な火の玉に包まれるが、それでもあいつは笑っている。
汚ねえやり方しやがる。結果的にゼシカを傷つけてるのはオレだとでも言いたげだ。でもな、相手を間違ってるぜ。オレはそんなに優しい人間じゃねえんだ。マホカンタの解除だけは絶対にしない。感傷なんかで、やられてやるわけにはいかねえんだよ。
ゼシカが杖で撃ちかかってきた。油断してると吹っ飛びそうだ。こんな力をゼシカの華奢な体で出し続けたら、骨も筋肉もボロボロになる。
もう結界なんて待ってられねえ。オレのこの手でやるしかない。

オレは堕天使のレイピアを抜いた。エイトとヤンガスが驚いた顔をする。
「ククール! まさかゼシカの姉ちゃん、斬るつもりでがすか!?」
「このままにしておく方が残酷だ! 大丈夫、修道院にいた頃、人の身体の仕組みは勉強した。命は取らずに身体の自由だけ奪う。任せろ!」
悪いな、ゼシカ。かなり痛い思いさせることになる。少しの間、耐えてくれ。
文句なら、後でいくらでも聞いてやるからさ。

ゼシカはずっと眠り続けている。時折うなされるものの、目を覚ます気配はない。
ゼシカが受けた傷は全て治療した。少し前まで熱を出してたけど、それも下がった。
だけど、ゼシカは目覚めない。・・・もう夜が明ける頃か。
肩に手を置かれ、振り返るとエイトが立っていた。眠ってていいって言ったのに、起きてきたのか。
付き添いを代わると言われたが断った。あの戦いで、ほとんど無傷だったのはオレだけだからだ。特にエイトは、オレがゼシカを止めてる間、シャドーの相手をしながら自分自身とヤンガスの回復も引き受けてたんだ。簡単に疲れは取れないだろう。
そう、あの場面で動く体力があったのは、ゼシカの魔法をくらってないオレだけだった。なのに何故動かなかった? ハワードの結界に弾き飛ばされ、地面に落ちてくるゼシカを、オレは抱きとめてやれなかった。体は動いたはずなのに、ただ見ていただけだった。
ゼシカの両足は折れていた。あんな高さから落下したんだ、当たり前だろう。

ふと外の気配がおかしいのに気づく。殺気とまではいかないが、妙にザワついてる。穏やかじゃない。
やっぱりエイトに付き添いを代わってもらうように頼んで、外に出てみた。

宿屋の外では、町の男たちが集まっていた。武器を持っている者もいる。皆、オレの姿を見て後ずさる。
「・・・何の、用だ?」
聞かなくてもわかる。狙いはゼシカか。
思わず剣の柄に手がかかるが、かろうじて抜かずに止める。
コイツらが悪いんじゃない。昼間あれだけのことがあったんだ。恐れをなして当然だ。ゼシカが起き出して、また暴れるんじゃないかと心配なんだろう。だから眠ってるうちに殺してしまおうとする。
無理のないことだ。責められない。
「・・・あんたたちには迷惑かけたと思ってる。だけど、彼女を殺させるわけにはいかない。責任は全てオレが取るから、この場は退いてほしい。頼む」
「責任取るって、どうするんだ?」
武器屋のオヤジが訊いてきた。
「もし彼女の目が覚めて、まだ誰かの命を狙うようなことがあったら、その時はオレのこの手で始末をつける」
この手で、今度こそゼシカを斬る。
「それでも退いてもらえないというなら、今この場で、あんたたちの相手はオレがする」
剣にかかる手に力がこもる。もう、これ以上誰にも、ゼシカを傷つけさせはしない。

町の連中は、引き上げていった。
でも、まだ油断はしない方がいい。オレは入り口近くで見張ることにした。
エイトだけでなく、ヤンガスもトロデ王も起きてきていた。
「どこに行っておったんじゃ、ククール」
「ちょっと外の空気を吸いにな」
とても、本当のことは言えない。
「少し眠っておいた方がいいでげすよ。一晩中起きてたんでがしょう?」
「いいんだよ、夜更かしは得意分野だ」
ゼシカが目を覚ます時には、その場にいなきゃならない。さっきの連中との約束を果たすためにも。

あいつらに対する最後の脅しは、ほとんど八つ当たりだ。悪いことした。
ただ、気づいちまったんだ。オレがゼシカを抱き止められなかった理由。
オレは心のどこかで諦めてたんだ。ゼシカを取り戻すことを。
オレに手足の筋を切られ、動けなくなってもなお、あれだけの膨大な魔力を放とうとするゼシカの姿。
あの姿を見た時、ゼシカはもうダメなんじゃないかって思った。
ドルマゲスのように完全に人ではなくなって、砕けて灰になるしかない存在に変わってしまったんじゃないかと、そう思ったんだ。
根拠なんてなかった。オレの心の問題だ。
いつだって、最悪の事態ばかり想定する。
下手に期待を持たなければ、裏切られることはない。
望む前に諦めてしまえば、叶わなくても傷付かずに済む。
初めから逃げてしまう癖がついてるんだ。
最低だ・・・。
そして、バカだ! 諦めるなんて、出来るのか、本当に?
目を覚ましたゼシカが、また襲いかかってきたとして、本当に殺せるのか?
ああ、やるさ。オレがゼシカの立場だったら、わけのわからない奴に操られて、いいように利用されるぐらいなら殺してほしい。きっとゼシカも同じはずだ。だから出来る。他の誰かにやらせるぐらいなら、このオレの手でやる。
でも、そうしたら終わりだ、何もかも。この世の全てのものに、意味なんて無くなる。

ゼシカ、頼むから目を覚ましてくれ。声を聞かせてほしい。
バカでもアホでも、軽薄野郎でもいい。お前の言葉なら、何でも受け入れる。
今度こそ約束する。必ず守るって。どんなことからも、何者からでも。
全てをかけて誓うから、どうか戻ってきてくれ!

「おお、おお、ようやく気づいたか」
トロデ王の声で、ゼシカが目を覚ましたことに気づく。
「トロデ王・・・。エイトも・・・。私・・・どうしてたの?」
・・・正気、だよな。
一気に体中の力が抜けそうになった。壁によりかかってなかったら、みっともなく引っ繰り返ってたかもしれない。
ゼシカが暗黒神ラプソーンがどうたらって話をしてるが、半分も頭に入ってこない。
かろうじてわかったのは、ゼシカが持ってた杖を回収しないとならないってことと、その杖に触れるのはヤバイってことだ。

まだ本調子じゃないゼシカは宿に残してトロデ王に任せ、オレたちは杖を探しにいくことになった。
エイトとヤンガスが、やけにニヤニヤしてる。二人で、肩とか叩いてきやがる。
ちくしょう、わかったような顔してんじゃねえよ。
「仕方がなかったとはいえ、レディと戦うというのは、オレの美学に反する行動だったな。もっとも、あんなに手強いレディをデートの相手にするのは、ごめんだがね」
オレはいつも以上にスカした調子で軽口を叩く。
エイトは溜め息を吐き、ヤンガスは呆れ声を出した。
「素直じゃねえでがす」
素直じゃねえのは認めるが、今言ったことは本心だぜ。
変な諦めグセのついてる今のオレに、ゼシカをデートに誘う資格はないからな。
ドルマゲスを倒した時に、少しはマシな自分になれたと思ったが、まだまだだった。
弱くて、情けない自分のままだった。諦めのいいフリをして逃げてるだけのオレ。
でも、もうそこで立ち止まりはしない。
諦められないものがあると知ってしまった以上、今のままではいられない。
それを失わずに済ませるためには、強くなるしかない。

ゼシカ、これから先のオレの全てを、お前のために使ってくれてかまわない。
戻ってきてくれたことに、ありったけの感謝を捧げる。
今は言葉にはできないけれど、改めてここに誓う。
オレはお前を守る。お前だけのための騎士になる。






最終更新:2008年10月23日 04:50
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