誓い-後編



『ゼシカもうれしいだろ? どうだ? 兄のカタキを討った感想は?』
あの時のククールの言葉が、カンにさわったの。

『そのまま夢を見続けていれば良いものを。我が名は暗黒神ラプソーン。我の手足となって働くことを、光栄に思うが良い』

薪の爆ぜる音で目を覚ました。
夢を見ているのか、現実なのか、しばらく頭がハッキリしない。
指を動かして確かめる。大丈夫、自分の意志で動く。私はもう解放されたんだ。
そう、覚えてる。私たちは杖を持った黒犬を追いかけるために、昨日リブルアーチを出発して、そしてここで野営をした。
身体を起こすと、もう空が白んでいた。私の見張り番の時間じゃないの?

「もう起きたのか? まだやすんでていいんだぞ」
ククールが火の番をしていた。
「やすんでていいって、見張り番、私でしょう? どうして起こしてくれなかったの?」
「ゼシカはまだ本調子じゃないだろ。いいから横になってろよ、疲れてるみたいだぞ」
「・・・そんなに私、足手まとい? 邪魔なら邪魔ってハッキリ言ってよ! わかってるわ、ただのお荷物なんだって。私なんて必要じゃないのよ!」
「落ち着け、ゼシカ」
ククールが私のそばまできて、声を落として言った。そうだ、まだ他の皆は眠ってるのに、こんな大声出すなんて、どうかしてる。
「気に障ったんなら悪かった。ごめん、勝手なことして。でもゼシカの身体が心配だったんだ。それだけだ、わかってくれ」
「ごめん、なさい」
わかってる。私を気遣ってくれたってことぐらい。
「いいよ、気にするな。あんなことの後だからな、気も立つさ」
・・・皆が私に優しくしてくれる。
私が操られたのは、杖の由来を知らなかったトロデ王のせいだ、なんて笑い話のように言う。誰も、一言だって、私を責めない。
優しくされればされるほど、罪の意識が大きくなる。どうすればいいのか、わからなくなる。もしかして、私はまだ囚われているんだろうか。
きっとそうだ。そうでなければ、こんな卑怯な自分を許せるはずがないもの。

「ゼシカ。何を抱え込んでるんだ?」
心臓が跳ねた。
ククールは怖い。勘の鋭い人だから。いつもそう、見透かされてる。
「話せば気が楽になることもあるかもしれないぞ? まあ、無理にとはいわないけど」
お願い、それ以上は訊かないで。そうでなければ、私はもうここにはいられなくなってしまう。
「・・・やっぱりダメだな。受け売りは」
ククールが、私の両肩をつかんだ。
「無理でもなんでも、話してみろ。何に苦しんでる? まだ何か不安があるのか?」
・・・逃げ出してしまいたい。でも、彼の真剣な視線から目をそらせない。全てを映し出す湖のような瞳。私の心の醜さを、隠してなんておけないと思い知らせてるんだろうか。
やっぱり許されないんだ。あんなことをしてしまって、元通りになんて、なれるはずがないんだわ。

「・・・私、みんなを殺そうとした」
「それは仕方ないだろ? ゼシカは操られてただけなんだから」
そう、私は確かに操られていた。でも、それ『だけ』じゃない。
「違うの。私、自分の意志で、みんなのことを殺そうとしてた」
暗黒神は、人の心の闇に付け込んで、負の部分を増幅させて宿主に命令をきかせる。でも逆に言うと、宿主の意志に完全に反することには、従わせられないということ。
「あいつ、ラプソーンは初め、サーベルト兄さんの姿で私の心に入り込んだの。そして、七賢者の血筋を全て絶てば、死の呪いが解けて生き返ることが出来るって、そう言った。
私、信じちゃったのよ。兄さんの言葉を疑うなんて、考えられなかった。邪魔する人は許せなかった。だから、みんなとも戦ったの。あれは私の意志でもあったのよ」

「・・・人の弱みにつけこみやがって・・・」
ククールが苦い顔で吐き捨てるように呟いた。私の気持ちを考えてくれてるんだってわかる。私には、そんなふうに思ってもらう資格なんて無いのに。

「・・・だって私、初めから、みんなのことを憎む気持ちがあったから」
これを言ってしまったら、もう終わり。もう元には戻れない。

「エイトやヤンガスに対して、ずっと思ってた。どうして、もっと早くリーザス村に来てくれなかったのって。そうしたら、サーベルト兄さんは殺されずに済んでたかもしれないのにって」
関所が通れなかったんだって知ってる。でも思わずにはいられなかった。ドルマゲスの存在をもっと早く知ることが出来ていたら、兄さんを一人でリーザス像の塔に行かせたりはしなかったのに。

「ククールの事も憎らしかった。敵討ちが終わって自由だって、嬉しそうだったから。私は少しも嬉しくなかったのに・・・。自分だけ楽になってるんだと思ったら、私だけおいてけぼりにされたみたいで悲しかった。どうしようもなく憎くなったの。
その上、兄さんを生き返らせる邪魔なんて、させないって思った。だから戦ったのよ」

最低だ、私! それなのに何食わぬ顔して、また皆の仲間に戻ろうとした。そんな資格あるわけないのに。優しさにつけこんで甘えた。私だって暗黒神と同じなんだ・・・。

「ゼシカは強いな」
ククールからの答えは全く予想外のものだった。
「オレだったら、そんなこと、とても打ち明けられない。ゼシカは立派だよ。正直でまっすぐだ。確かにあの時のオレには気遣いが足りなかった。認めるよ、ごめんな」
・・・皮肉でもイヤミでもない、本心からの言葉だとわかる。軽蔑されると思ったのに、あんまり優しい言葉で返され、体中の力が抜ける。
「お、おい、大丈夫か?」
心配そうな声。支えてくれる腕。これは現実? それとも、まだ夢を見ているの? 自分に都合のいい幻想にすがっているだけ?

皆と戦ってる途中でようやく気がついた。あの優しかった兄さんが、仲間と戦うなんてひどいこと、私にさせるはずがないって。でも、その時にはもう遅かった。
もう完全に身体は支配されていて、指の一本さえ自分の意志ではどうにもならなかった。
何てバカだったの。その時まで、私は気づいてさえいなかった。自分の身体が自分の意志とは関係のないところで動いていたことに。
ずっと兄さんの姿に化けていた暗黒神の話ばかり聞いていて、どうやってリブルアーチまで行ったのかも、何も覚えていなかった。
もっと早くそのことに気づいていたら、抵抗出来ていたかもしれない。自分の身体を取り戻せていたかもしれないのに。

「本性を現したあいつは言ったわ。『そのまま夢を見続ければ良いものを』って。私は現実から逃げて、兄さんの幻想にすがってしまったのよ。
こんな私がどうやって、暗黒神なんてものに勝てるっていうの? 無理に決まってるじゃない。もうイヤなのよ、なにもかも! もう離して! ほっといてよ!」
それでもククールの腕は緩まない。
「ほっとけるわけないだろ。誰だって、そんなにキレイな部分だけで生きてるわけじゃないんだ。人を憎んだりなんて誰でもする。そんなことで悩む必要なんてない」
「何よ、ククールなんて私のこと、仲間とも思ってくれてないくせに! わかってるのよ、信じてくれてないって。それなのに、こんな時だけ優しいフリしないでよ!」
・・・ひどい言葉。私は、心配してくれる人に、こんなことを言える人間だったんだ。
ククールの腕が、私から離れた。
当然よね。あんなこと言われれば、誰だっていやになるわ。

・・・終わったんだ。もう私には何もない。目的も仲間も失ってしまった。リーザス村にだって帰れない。こんな私に兄さんのお墓の前に立つ資格はないもの。

「ゼシカの言う通りだ」
ククールの意外な言葉に、私は思わず顔を上げる。
「わかってる、オレがどれだけゼシカにひどいことしてきたか。本音を隠して、自分の心に壁を作って、ゼシカのことは突き放してきた。それなのに優しいフリだけされるってことが、どんなに寂しいか、考えることもしなかった。本当にすまなかったと思ってる。許してほしい」
優しすぎる言葉に思わず、涙がこぼれた。ダメ、ここで泣くのはズルい。

ククールは手袋を外して、私の前に手を差し出した。
「覚えてないかもしれないけど、リブルアーチでゼシカが受けた傷は、ほとんど全部オレがやった。痛い思いさせてすまなかった、そのことも合わせて償いをさせてほしい。望むことを言ってくれ、どんなことでもする。この手も、身体も、全部そのために使う」
やめて。これ以上優しくされたら、私きっとまた、それにつけこんでしまう。
「お願い、もう、これ以上、優しくしないで。私に構わないで」
「却下。もっと、ちゃんとしてほしいことを言え。言いたいことがあるなら、いくらでも聞く。行きたいところがあるなら連れていく。したいことがあるなら手は貸す。何でもいいんだ、望んでくれ」

望み・・・。そんなものを持つことが許されるの? やらなくちゃいけないことはある。だけど、また逃げ出すかもしれないのよ、私。
でも・・・差し出されているのは左手。ククールの大事な利き腕。いつも武器をとって戦う手。それを私の望むことのために使うと言ってくれている。
伝わってくる。決して中途半端な覚悟で、この手を差し伸べてくれてるんじゃないって。
もしも、この手に何かを望むことが許されるなら、それはたった一つしかない。

少しも揺らがず待っていてくれる手を、私は震える両手で握り締めた。
「・・・私、必ず杖を破壊する。どんなことをしても、ラプソーンは止めてみせる」
堪えきれず、涙が溢れてくる。でも、言わなくちゃ、最後まで。
「・・・でも、私は弱いから・・・一人じゃ怖いの。自信がない。だから・・・どうかお願い。そのために・・・私に力を貸してください・・・」

私の両手に、更にククールの右手が添えられた。
「わかった・・・。やるべきことは決まったんだ。後はそれに向かって進めばいいだけだ。・・・もう、何も心配しなくていいからな」
優しくて、力強い言葉。私に前に進むための力をくれる。大丈夫、私また、戦える。

「・・・ごめんなさい、さっきはひどいこと言って。あんなこと言うつもりなかったの。許して」
ククールは優しく笑いかけてくれる。
「いや、ほんとのことだからな。ゼシカが許してくれるのなら良かった。あんまりさ、真面目に考えすぎるのは、どうかと思うぜ? オレも結構、心の中で他人に悪態つきまくるし、人の弱み見て安心したりもするし、人間なんて多分、そんなもんでしかねえんだからさ」
・・・嘲りの言葉のようだけど、違う。とっても優しい言葉に聞こえる。
そんなものでしかないから、人は許しあうんだって。自分自身のことも許してやれって。そう言ってくれてるのよね、きっと。

「ありがとう、ククール。あなたのおかげで私、救われた。もう大丈夫、逃げたりしない。みんなが起きたら、ちゃんと謝って、お願いするわ。こんな私でも仲間でいさせてくださいって」
ククールは私の手を一瞬だけ強く握って、それから手を緩めた。
私も握り締めていた手をほどいて、涙を拭う。
「その必要ないぜ、ゼシカ。ちょっと待ってな」
手袋をはめ直したククールは、大きく息を吸い込んだ。


「おい、お前ら! いつまでもタヌキ寝入りしてんじゃねえぞ!」
・・・タヌキ寝入り?
エイトとヤンガスがバツが悪そうに起き上がる。ミーティア姫も身体を起こし、トロデ王は馬車から出てきた。
「うそ、みんな起きてたの? ・・・いつから?」
私の問いに答えたのはククールだった。
「少なくともエイトとヤンガスは、ゼシカが最初に怒鳴った時から起きてたぜ。姫様もな。トロデ王も似たようなもんだろ」
じゃあ、全部聞かれてたの? 私が何を思っていたのかも?
うろたえてる私に、ククールが囁いた。
「答えはもう出てる。言ったろ? 何も心配しなくていいって」

エイトが静かに微笑んで頷きかけてくれる。ヤンガスは目を真っ赤にして鼻を鳴らしている。ミーティア姫が、私の顔に頬を擦り寄せてきた。そしてトロデ王が私の手を取る。
「今回のことも、お前の兄のことも、全て杖を管理しきれなかったワシの責任じゃ。いろいろ辛い思いをさせて、すまなかった。許しておくれ」

涙で目の前が霞む。
・・・ああ、私、本当に戻ってこられたんだ。この優しい人たちの中に。
「ありがとう、みんな・・・本当に、ごめんなさい」

「ゼシカ、謝ってなんかやる必要ないぜ。どう思う? ゼシカが泣いてんのに、こいつら全員寝たフリ決め込んでたんだぜ。最低だろ? こんなもんなんだって、人間なんて」
ククールが場の雰囲気をぶち壊すようなことを言って、みんなに睨まれる。
・・・どうしてこの人こうなんだろう。素直じゃないにも程があるわ。
なぜだか、とってもおかしくなって、思わず私は吹き出してしまった。
エイトも、ヤンガスも、トロデ王も、みんなちょっと顔を見合わせて、その後同じように笑い出した。
初めは戸惑った顔していたククールも、最後はやっぱり仕方がないって感じで笑ってくれた。
不思議ね。ついさっきまで、また笑えるようになる時がくるなんて思ってもみなかったのに。そうね、きっと人間なんて、こんなものなのね。

ありがとう、ククール。あなたが差し伸べてくれた手が、思い出させてくれたの。
都合のいい夢なんかより、現実の方がずっと温かいんだってこと。だから私、戦える。
前に進むことを,あの手の温かさに誓う。
そうすればきっと、どんなことにも私は負けない。

          <終>





最終更新:2008年10月23日 04:52
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。