赤-前編


今日は朝から一度も、ククールとは口をきいていない。

昨夜泊まった雪越しの教会で、私は思いっきり泣き言を言ってしまった。
だって皆、私が離れてる間に、すごく強くなってたんだもの。
力も体力も、元々敵わなかったのに、ますます差をつけられちゃってて。ハワードさんの力を借りて習得した呪文も、今の私の魔力では本来の威力が出せていなくて。
散々迷惑かけた上に、役立たずにまでなってるのかと思うと、どうしていいかわからなくなった。
そんな私をククールは根気よく励ましてくれた。。私は魔法使いなんだから、力や体力で勝とうとしなくていいんだって。私の魔法は、ちゃんとみんなの助けになれてるって、そう言ってくれた。
その言葉で私、思い出したの。リブルアーチで目覚める前に見た、サーベルト兄さんの夢。まだ子供だった頃に聞かせてくれた、ご先祖様の話と兄さんの言葉。
『ご先祖さまの魔法のチカラは、ゼシカ、お前に受け継がれたんではないか』
そう兄さんは言ってくれた。それが本当だったなら、きっと私もみんなの役に立てるようになるはずだと思えて、希望が持てた。

でも、そう話した途端、ククールの声は急に冷たくなった。
『結局兄さんなのかよ、このブラコン』
いきなりそう言われて私、何が何だかわからなくなったわ。
だって、それまでククール、すごく優しかったのよ? 
仲間を傷つけた罪の意識や、暗黒神なんてものを止めなくちゃならない不安とか、私の迷いを、まるで懺悔を聞く神父様のように、ずっと聞いてくれていた。さすがに一応は聖職者だっただけあるって思ったのに、何でいきなりあんなこと言うの?
気むずかしいにも程があるわよ、あったまきちゃう。だから、しばらくククールとは口をききたくない。向こうが謝ってくるまで、絶対に許してあげないんだから。

それにしても、寒いわ。
黒犬を追って北に進んでるんだけど、トンネルを抜けると、そこは雪国だった。
少し先も見えなくなるような猛吹雪。油断すると意識が飛びそう。みんなの気も立ってるみたい。ヤンガスと何やら言い合っていたトロデ王はスネちゃって先に行こうとする。
その時だった。地鳴りがし、その方向に顔を向けた途端、大量の雪が私たちに向かって襲いかかってきたのは。
私の視界が赤く染まり、その直後、何もわからなくなった。

・・・身体が動かない。少し息も苦しい。
私、このまま死んじゃうのかしら? 暗黒神と戦って死ぬのならともかく、こんな所で雪崩に巻き込まれて死ぬなんてマヌケすぎる。サーベルト兄さんやチェルスに合わせる顔がないわ。
でも不思議ね、ちっとも寒くない。むしろ暖かいぐらい。それにどうしてこの雪は、こんなに赤い色をしているの?
・・・雪が赤い? 

ようやく意識がはっきりする。
雪じゃない。この赤は騎士団の制服の色。身体が動かなくて息苦しいのは、ククールの腕が、私をしっかりと抱え込んでいるから。
・・・私のこと、かばってくれたの? 
頭も満足に動かせないからよくわからないけど、シーツや毛布の感触。雪の中からは助け出されたみたい。
「ククール、大丈夫? ねえ、ククールってば、起きて」
出来る限り、もがいてみる。エイトやヤンガスがどうなったかもわからないし、ククールだってケガをしてるかもしれない。何とか起き上がって、状況を把握しないと。
ククールが身じろぎする。腕の力が少し緩んだ。
「ククール、気がついた?」
視線を上げると、ククールと目が合った。
「・・・ゼシカ?」
まだ少しボーッとしてるみたい。目を覚ましたばかりなんだから、無理ないわ。私もそうだったんだし。
「そうよ、大丈夫? ケガとか・・・」
そこまでしか言えなかった。
ククールが私の身体を強く抱き締めてきたから。

頭の中が真っ白になる。息ができない。

でもそれはほんの一瞬のことで、ククールはすぐに跳ね起きた。
「ゼシカ! 大丈夫か? ケガとかしてないか? どこか痛むとこは?」
額から、頬、首、肩へと、ケガを確かめるようにククールの手がなぞっていく。
私は心臓が止まりそうになる。身体が小さく震えてしまう。
だって、真剣な顔と声が近すぎて・・・。
「ま、待って・・・。待って、大丈夫だから・・・」
これだけの声を絞り出すのが、やっとだった。
ククールの動きが止まり、沈黙が流れる。

「ご、ごめん!」
そう言って後ろに飛びのいたククールは・・・。ベッドから落ちた。
「だ、大丈夫?」
私は慌てて覗き込む。そんなに高さはないのでケガするはずもなく、ククールはすぐに起き上がった。
「・・・ここは?」
暖炉に火が燃えている石作りの部屋。隣のベッドでエイトが、その向こうではヤンガスがまだ眠ったままだった。
トロデ王とミーティア姫の姿は見えない。

部屋の外から足音が聞こえる。ククールがテーブルの上に置かれてた剣を掴んだ。私も鞭を取ろうとベッドから出る。
ドアが開いて入ってきたのは、トロデ王よりも大きな体をした犬だった。どうやってドアを開けたのかしら。なんて考えてると、小さな目をパッチリ開いた優しそうなおばあさんが続いて入ってきた。
どう見ても悪い人じゃなさそう。ククールもそう思ったらしく、剣は離さないものの、警戒は解いたみたい。
「目が覚められたようですな。私はこの家に住むメディという者です。あなたがたは雪崩に巻き込まれたんですよ」
落ち着いた声で告げられた。
「えーと、メディさん? あんたがオレたちを助けてくれたのか?」
「私がというより、バフが・・・。ああ、この犬の名前ですがね。バフは雪の中から人を見つけるのが得意なんですよ。上へいらっしゃい。顔が緑色のお連れさんが心配して待っていますよ。身体の温まる薬湯も作ってますから」
顔が緑色って、トロデ王よね。良かった、無事だったんだ。
私はメディさんに付いて部屋を出ようとしたけど、ククールは留まっていた。
「先に行っててくれ。オレはこいつらの様子を見てから行く。これだけ騒いで起きないってのは普通じゃないからな」
・・・ククールったら、ほんとに他人の心配ばっかりなんだから。

私はその言葉通り、先に上へ行くことにした。トロデ王とミーティア姫の無事をこの目で確かめたかったし。
「メディおばあさん、助けていただいて、本当にありがとうございました」
まだお礼を言ってなかったことを思い出した。
「いえいえ、困った時はお互い様ですよ。それより窮屈な思いをさせてしまって、すみませんでしたね」
メディおばあさんが言った言葉の意味が、私は咄嗟にわからなかった。
「あのお兄さん、どうやってもあんたのこと離そうとしませんでね。仕方ないから一緒のベッドに寝かせたんですよ。でも、落ちなさったんでしょう? 上の階まで音が聞こえましたよ」
「・・・すみません、お騒がせしました」
落ちたのは私じゃないけど、何か恥ずかしい。
「大事に思われてるんですね。いいですなあ、若い人は」
顔が赤くなっていくのがわかった。目が覚めてすぐ、自分じゃなくて私のケガの心配をしてくれたククール。どうしてだろう、さっきのことを思い出すと、心臓が痺れるような感じがする。
「・・・そういう人、なんです。今だって他の二人の具合を見てるでしょう? たまたま私が女で一番体力ないから、ああやってかばってくれるだけで、いつだって他の人のことばかり考えてるんです」

わかってはいるのよ。そういう人だって。
初めて会った時は、外見の良さを鼻にかけた軽薄な男だと思ったけど、全然違う。全く逆の人。
今でも時々、頭にくるようなことや、突き放したようなこと言うけど、それって口先だけなのよ、テレ屋さんだから。
昨夜だって自分も疲れてるだろうに、イヤな顔一つせずに私の泣き言を聞いてくれて、励ましてくれた。
いざとなったら、ちゃんと助けてくれる、優しくて強い人。
忘れないようにしないとね。ククールは素直になれないだけの、純粋な人だってこと。
だって私、そんなこと、とっくの前に気づいてた。
そうよ、私、ちゃんと知ってたんだから。





最終更新:2008年10月23日 05:04
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