どうしてこう、肝心な時にキメられないんだろうな、オレは。
今度こそ守るって誓ったばかりだってのに、もう少しで雪崩なんかで死なせちまうところだった。
おまけに目を覚ましてすぐ、ベッドから転げ落ちるってオマケ付きだ。みっともねえったら、ありゃしねえ。
女性をベッドで組み敷くなんて、慣れてる行為のはずなのに、オレとしたことが何てザマだ。一瞬、理性がぶっとびそうになった。
ゼシカ、色気ありすぎ。
そもそも、思いっきり寝ぼけちまったのがまずかった。
目が覚めたら腕の中にゼシカがいて、心配そうな顔でオレのことを見上げてて。つい愛おしさが込み上げて、抱き締めちまった。
思えば、よく殴られなかったもんだ。
邪まな気持ちが無かったのはわかってもらえたのかな。何にしても助かった。
ここ数日、ゼシカのことが可愛くて仕方ない。
悩み事を、エイトやヤンガスでもトロデ王でもなく、真っ先にオレに打ち明けてくれるようになって、信頼してくれてるんだっていうのが、はっきり伝わってきた。
だからついうっかり、キレちまったんだ。未だにゼシカの一番の心の支えが『サーベルト兄さん』だってことに。
『ブラコン』呼ばわりはマズかったよなぁ。揺るぎようのない事実だけど。
真実ほど、人を怒らせるもんだ。ゼシカはすっかりスネちまって、その後、口をきいてくれなくなった。なさけないことに、それが結構キツい。
謝るしかねぇんだよな、結局は。・・・こうしてても仕方ない、そろそろ上へ行くか。
一応、エイトとヤンガスの状態は確認する。
二人とも特にケガはしてない、頑丈なヤツらだ。脈も安定してる。目を覚まさないのは体温が下がってるからだな。この部屋は充分に暖かいから、ほっとけば自然に目を覚ますだろう。
階段を上がると、まず目に入ったのはトロデ王の顔だった。結構目に痛い色だよな、緑とオレンジの組み合わせ。目を引くって点ではオレも他人のことは言えないんだが・・・。
ゼシカはその隣に座り、何やら険しい表情でトロデ王に何か言っていた。
「おお、ククール、ちょうど良かった、助けてくれ。ゼシカがひどいんじゃ」
ゼシカがトロデ王を睨みつける。
・・・さわらぬゼシカにメラミなし。ほっとこう。
「ちょうど薬湯が出来たところですよ。どうぞ暖炉の前におかけなさい」
声のした方を振り返ると、メディばあさんが小さな身体で、大きな鍋の中のものをかき回していた。釜戸の前まで行き、ちょっと毒々しい色の液体が入った器を受け取る。
「親切にありがとう、メディさん。あなたに神の祝福があらんことを」
感謝を込めて手の甲にキスを贈る。ちょっとばかり年はくっちゃいるが、レディであることに変わりはないからな。
「あら、いやですよ、こんな年よりからかって」
オレのような美男子にキスされても、この余裕。初めて見た時から感じてはいたが、やっぱりこのばあさん、ただ者じゃあないな。やけに胆がすわってる。さっき剣を抜こうとしてたオレを見ても微動だにしなかった。いったい何者なんだ?
「こりゃあ、ククール! ワシを無視するんじゃない! 誰がこの家に助けを呼びに来てやったと思っとるんじゃ。ワシへの感謝はどうしたんじゃ」
うるせえおっさんだな。
「何だよ、アンタもキスしてほしいのか?」
「誰もそんなこと言っとらんわ」
頼まれても、しねえけどよ。・・・しまった、想像しただけで気色わるい。
もらった薬湯を一口すする。ちょっと辛口で、なかなかイケる。身体もあったまりそうだし、こういう土地にはピッタリだな。
「それにしても、体力自慢の二人よりもお主らの方が早く目が覚めるということは、やはり雪山で遭難した男女は人肌で暖め合うのが一番ということじゃな」
思わず薬湯を吹き出しそうになった。
・・・このおっさん、ほんとに王様なのかね。いや、もう疑っちゃいねえけどよ。はたして呪いを解いて元の姿に戻してやることは、世の中のためになるんだろうか。
「だから、そういうこと言わないでって、さっきから言ってるじゃない。ほんとに覚えたてのベギラゴン、お見舞いしちゃうわよ」
ゼシカがうろたえてる。
「何が悪いんじゃ。ククール、黙って見てないで助けんか。そもそもお前がゼシカのことを離そうとしないから、二人一緒に運ぶハメになったんじゃぞ。どれだけ苦労したと思っとるんじゃ」
「ゼシカ、やる時は一声かけてくれ。ディバインスペルで援護してやるから」
「な、何じゃい、二人して・・・」
トロデ王はスネて、ぶつぶつ言い出した。
「寒くないのか? 火のそばに座ればいいのに」
もうトロデ王は無視して、ゼシカに声をかける。
「いいの、寒くはないから。それにトロデ王が変なこと言うの止めたくて・・・」
なるほど、そういう理由か。オレはゼシカの向かいの椅子に座る。とりあえず口はきいてくれるようになったらしい。
「ごめんなさい、昨夜のこと」
いきなりゼシカの方から謝られ、予想外のことにちょっと驚く。
「私、考えたの。ククールは私の悩み聞いてくれてたのに、兄さんの話を出すなんて良くなかったって、気づいたわ」
気づいたって、何にだ?
「ククールのところは兄弟仲がアレなのに、私と兄さんとの楽しい思い出話なんて聞かされたら、面白くないわよね。本当にごめんなさい」
・・・そう解釈したか。
オレ、すげぇ器の小さい男と思われてるんだな。それどころじゃなかったから、マルチェロのことなんて、ここんとこ思い出しもしなかったってのに。でも、サーベルトにつまらない嫉妬したのがバレるのと、どっちがマシなんだろう。
おまけに、兄弟仲『アレ』ってイヤな言い回しだよな。いっそ、険悪とか、最悪とか言ってくれた方が、まだ救いがある気がする。
「いや、昨日のことはオレが悪かったよ。ゼシカの大切な思い出にケチつけるようなこと言って、ごめんな」
まあいいか。とりあえずは怒りをおさめてくれたんだからな。
「それと、雪崩からかばってくれて、ありがとう。いつも守ってもらうばっかりね」
「いや、かばえなかったってのが正しいだろ。出来たことは、仲良く雪に閉じ込められただけなんだから」
ほんとに情けなくなる。守りたいって気持ちだけ先走って、まだまだ実力が伴ってない。
「そんなことないわよ。もしククールがいてくれなかったら、今頃大ケガしてたかもしれないもの」
「そうじゃぞ、人肌で暖めあってなければ今頃、凍死して・・・」
「マヒャドも付けてほしいようね」
やけに嬉しそうなトロデ王の言葉は、その声だけで凍りつきそうなゼシカの言葉に遮られた。このおっさんも、いいかげん懲りろよな。
「トロデ王って、ほんとにしょうがないわね。そこがカワイイんだけど」
カワイイ? このおっさんが? ゼシカってもしかして、趣味悪いのか?
「なんじゃ、今度はバカにしとるのか?」
「違うわよ、そういうとこ好きだって言いたいの」
ゼシカはほんとにストレートだ。何でも思ったまま口に出す。
「おお、そうか。お前もとうとうワシのプリティさに気づいたか」
それで喜ぶトロデ王も、たいがい素直だよな。オレだったら、どう受け取るだろう。
「ククールのこともね」
「へ?」
心でも読まれたのかと思うタイミングの良さに、思わずマヌケな声を上げてしまった。
「暗黒神を追うのを付き合うって言ってくれたこと、感謝してる。忘れてるわけじゃないのよ、ククールには直接関係ないことだって。だから、ありがとう」
・・・まいった。トロデ王と同列に並べられたってのに、結構嬉しいぞ。オレって自分で思ってるより単純なのかも。
「・・・別に付き合ってるだけってわけじゃないさ。暗黒神のヤロウは、初めから気にいらねえと思ってた。かわいいゼシカを泣かせやがったんだ、その落とし前はつけさせねえとな・・・。レディの敵はオレの敵ってことだ」
「大変でがす! 兄貴が目を覚ましてくれねえでがすよ!」
ああ、うるせえ。ヤンガスがドタバタと階段を駆け上がってきた。脂肪がある分、体温が戻るのが早かったみたいだな。
状況とオレの診断を説明してやると、わりとアッサリ、ヤンガスは落ち着いた。
「それなら一安心だ。あれ? ゼシカのねえちゃんどうしたでげすか? 顔が赤いでがすよ」
ヤンガスに言われて見てみると、確かにゼシカの顔が赤くなってる。
「ほんとだな、どうしたんだ? 熱でも出てきたのか?」
代わりに返事をしてきたのはトロデ王だった。
「何じゃ、ククール、お前も鈍いのう。さっきお前が、かわ、ぃ、ぐむっ・・・」
そこまで言ったところで、ゼシカがトロデ王の口をガッチリ両手で押さえ付けた。
「だからやめてってば! ほんとに次はないからね! 何でもない、本当に何でもないんだから、気にしないで!」
オレが何だって? 何かしたっけ? そんなゼシカをうろたえさせることした覚えは無いんだけどな。『かわ』がどうとかって、川? 革?
・・・ダメだ、サッパリわかんねえや。
<終>
最終更新:2008年10月23日 05:05