勝手-前編


女盗賊ゲルダとの、キャプテン・クロウのお宝探し勝負。
先に海賊の洞くつの最奥まで到着したゲルダだったが、亡霊になってたキャプテン・クロウに伸されちまって、結局宝箱の中身を手にしたのはオレたちの方だった。
そんな勝負は初めからどうでも良かったオレとしては、宝を手に入れたことよりも、ゲルダが一人でサッサと戻っていった事の方が気になった。

「おい、いいのか? ほっといて」
よけいなお世話とは思いながらも、ついヤンガスに訊いちまった。
「ゲルダのやつ、一人で帰しちまって大丈夫なのか? アジトまで送ってってやれば、いいじゃねえかよ」
ヤンガスだけでなく、エイトもゼシカも、変な目でオレを見る。
・・・そりゃあ、柄にもなくおせっかいだとはわかってるけど、揃いも揃ってそんな珍しいもの見るような目をしなくても、いいんじゃねぇの?
「美女の味方のオレとしては、ほっとくわけにはいかないね」
何となくいたたまれなくなって、軽口でごまかす。
・・・そしてオレは、こうやって自分で自分のイメージを固めていくわけだ。

カジノがまだ再開してないのが残念なところだが、最近は旅が一段落ついてゆっくり休みたい時は、ベルガラックに泊まることにしている。
町全体に活気があるし、ホテルの部屋数も多い。ここでならゼシカに一人部屋をとってやれるから、オレとヤンガスも時間を気にせず飲みに行ける。エイトだけは変わらず律義に、姫様とトロデ王の相手だがな。

「お前、よく平気だよな。ちゃんとアジトに帰れたのか、心配にならないのか?」
ホテルの地下のバーで、つい昼間の話を蒸し返しちまった。
「ん? ゲルダのことか?」
最近ヤンガスは、オレと二人でいる時は語尾に『げすがす』付けない。
オレはその方が落ち着くし、ヤンガスの心の兄貴はオレじゃなくエイトだから、何となく自然にこうなった。エイトはよく、こんなおっさんに『兄貴』呼ばわりされて、変な敬語使われて、平気でいられるよな。器がデカいよ、あいつは。
「ククールにしては珍しくおせっかいだったよな。あれか? やっぱりゼシカと関係あんのか?」
「だから、何でお前もエイトも、何でもかんでもゼシカと結び付けようとすんだよ」
図星な分だけ、妙にくやしいぜ。

メディばあさんを殺し、犬の分際で羽を生やして飛び去っていったレオパルド。
暗黒神の復活を阻止するために、あんな化け物を追いかけて、つかまえて、戦って倒さなきゃならない。
それ構わないんだが、あんなものとゼシカが戦わなきゃならないってことが、どうにも腹が立って仕方がない。

「大事に思う女に、魔物と戦うなんて危ないマネしてほしくないって思うのは、おかしいのかね。普通のかよわい女性とは違うんだってのは承知してるけど、目の前でケガなんかされたりすると、もうたまらなくなる。その辺り、お前はどうなのかって気になっちまったんだよ」
「やっぱり、ゼシカのことじゃねえか」
うるせえよ、と言いたいとこだが、ここで否定してても話は先に進まない。
「そうだよ、悪かったな。オレの気持ちは今言った通りだ。お前がどうなのか聞かせてくれよ。今更ゲルダはそんなんじゃないとか言うのはナシだぜ。あいつがやられた時、動揺しまくってたのは見てんだからな」
「・・・ゲルダのことはともかく、ゼシカに危ないことさせたくないってのは、もっともだと思うぜ。男だったら誰でもそう思うはずだ。お前はまともだ、心配すんな」
・・・何か、微妙に話をそらされた気がする。
「ゼシカに言ってやったらどうだ? 心配だから、あんまり無理なことするなって」
簡単に言ってくれるぜ。そんな単純な問題じゃねえよ。
「無理すんな程度じゃ済まねぇんだよ。こんな旅やめて、家に帰れとまで言っちまいそうで困ってんだ」
そうやってゼシカが待っててくれるのなら、相手が暗黒神だろうが何だろうが、必ずオレが倒してやるのに・・・。

「それ、私のこと?」
背後からの声に、一瞬体が固まった。何でゼシカがこんなとこに・・・。
何か言わなくちゃならないのは、わかりきってるのに、気の利いた言葉が何一つ浮かばない。
「違う、今のは・・・」
ようやく振り返って口を開いたオレの声は、ゼシカの言葉に遮られた。
「私、帰らないから。誰が何て言ったって、絶対帰らない。覚えておいて」
それだけ言ってゼシカは踵を返してしまった。そのまま階段を上がっていってしまう。
静かな声と足取りが、却って怖い。
滅多に酒なんて飲まないくせに、何だってこんな時に限ってバーになんて来るんだよ。
よりによって、一番ゼシカに聞かせたくない言葉を聞かれちまった。

「ゼシカのねえちゃん、いつの間に・・・」
ヤンガスのお約束の言葉に、思わずコケそうになった。
こんな時に、何アホなこと・・・。
・・・いや、こんな時だからこそか。
「悪いな、気ィ遣わせて。・・・行ってくる」
いい感じに体の力は抜けた。今、傷ついてるのはゼシカだ、オレが深刻ぶってる場合じゃない。
「ちゃんと話せばわかってくれるさ、しっかりやれ」
ヤンガスの言葉は短いけど、不思議と心を軽くしてくれる。
本当はオレなんかより、こいつの方がよっぽど聖職者に向いてるよな。懺悔とか聞くの、上手そうだ。この外見じゃ教会勤めは無理だろうけど。
借りは早めに返してやるよ。明日、朝一でゲルダのアジトに寄るように、エイトのヤツに言っといてやるからな。ホントは心配なくせに、意地張りやがって。

階段を上りながら考える。
ドルマゲスやレオパルドのように、完全な化け物になってしまわずにゼシカが戻ってきてくれたことは、奇跡のような幸運だったんじゃないかって。
一歩間違ってたら、この手でゼシカを殺さなければならなかったのかもしれないと想像すると、心臓が凍るような思いがする。
それを考えれば、どんなに危険なことだろうと、ゼシカが自分の信じた道を進んでいる今を邪魔するなんて、できるわけがない。
オレが勝手だった。

自分の心を偽らずに、ちゃんとゼシカと向き合おうとし始めた途端、失言の連続だ。
怒らせるようなことや、悲しませるようなことばかり言ってる気がする。
向いてねえのかな、心のままに生きるなんてこと。
・・・でも、もう昔の自分には戻りたくない。ゼシカはちゃんと気づいてた。以前のオレが誰も心の中に入りこませようとはしていなかったことを。そして、そのことで傷ついていた。
信じてもらえないことの寂しさは知っていたはずなのに、自分がゼシカに全く同じ思いをさせてたなんて、最低だ。
そんなオレでも許してくれて、変わらない信頼を与えてくれるゼシカを、二度と突き放すようなマネはしない。


さっき言った言葉は、紛れもない本心だ。だから撤回はしない。
でも、もう一つの本心をわかってもらわなくちゃならない。
わかってはいるんだ。戦うことが今のゼシカの支えになってるってことは。
兄の仇であるはずの暗黒神に、いいように操られて利用された。そんなこと、屈辱以外の何ものでもない。
もしそれが自分だったらと考えると、想像しただけで耐え難い。
なのにゼシカは逃げずに受け止めて、戦って前に進むことを誓って、まっすぐ立ち向かっている。
本当に強いと思う。心から尊敬する。
本懐を遂げさせてやるためなら、どんなことでもしてやりたいと思う。
どこへだって一緒に行くし、どんな手を使ってだって、暗黒神の復活は止める。
そのために邪魔なものは全て排除する。イカサマしたって構いやしない。
それが終わらない限り、本当の意味でゼシカに平穏は訪れないからだ。

いらないものを押し付けられてる余裕なんて、今のゼシカにはない。
『男』としてのオレなんて必要ない。『仲間』であることに徹する。それが今のオレがゼシカにしてやれる最良のこと。
最近、ゼシカが甘えてくれるようになったもんだから、つい考え違いしちまった。ゼシカはオレの『庇護』なんて望んでない。必要としてるのは『力』だ。
寄せてくれる信頼も、オレが一緒に戦うことを約束したことから来てるってのに、戦いから遠ざけようなんて、ずいぶんアホな考え持ったもんだ。
もう少しで忘れるところだった。これはゼシカが望んで進んでる道だってこと。オレはただそれに付いていってるだけ。オレみたいな人間は、自分のために生きたってロクなことにならない。すぐに迷って、何もかも失うだけだ。
そんなオレでも必要としてくれるのなら、黙ってゼシカの意志に従う方がいいに決まってる。それなのに自分の方が守ってるつもりになるなんて傲慢だった。
何度も救われてきたのはオレの方だっていうのに、ホントにバカだ。

・・・だけど、やっぱり大事にしたいし、守ってやりたいって思っちまう。傷つくところは見たくねえんだよな。
我ながら、どうしようもないくらい矛盾してるぜ、ホントに。






最終更新:2008年10月23日 05:13
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