ベルガラックの町は好き。
水と緑の多い明るい町並みで、料理の美味しい可愛いカフェもあるし、何よりホテルが安くて綺麗だから。
たったの4Gでバスルーム付きの個室に泊まれるなんて、他所では考えられないもの。
だから、滅多に無いぐらい、気分は良かったのよ。
敗色濃厚だった、昼間のお宝探し勝負にも無事に勝てたし。
個室を取ってもらったおかげで、ゆっくりお風呂を使い、格好も気にせずにベッドに腰掛けて髪を乾かして。すごくリラックスした気分になれた。
そのまま、いい気持ちで眠っちゃえば良かったんだわ。
でも長湯したせいか喉が渇いちゃってて、珍しくお酒なんて飲んでみようと思ったのが間違いだった。
一人でバーになんか行ったこと無かったけど、ホテルの中だから変なお客さんはいないと思ったし、それさえも小さな冒険のような感じがして、ちょっとワクワクした。
ククールとヤンガスもいるだろうなっていうのは見当ついたから、実際は一人で飲むことにはならないだろうとも思ってた。
地下のバーに行ってみたら丁度バニーショーの真っ最中で、ほとんどのお客さんはステージの周りに集まってたけど、ククールとヤンガスだけはカウンターで何か話してるみたいだった。
でも、こんなところで深刻な話をしてるとは思えなかったから、普通に近づいていった。立ち聞きするつもりも、もちろん無かった。
『こんな旅やめて、家に帰れとまで言っちまいそうで困ってんだ』
聞こえてきたのは、これだけ。でも、それが自分のことを言われてるんだっていうのは、すぐにわかった。だって、帰る家があるのは私だけだもの。
ちょっとムキになって『帰らない』とか言っちゃったけど、たいした事じゃなかったわ。
あの程度のこと、旅の初めの頃ヤンガスに散々言われたじゃないの。娘っ子は面倒だから一緒に旅するのはイヤだって。一々気にしてたら、今までやってこられなかった。
平気よ、何ともないわ。
「ゼシカ」
部屋の前まで戻りドアを開けると同時にククールに呼び止められ、一瞬体が固まった。
「さっきのこと、ちゃんと話したいんだ。待ってくれ」
話す必要なんてない。ククールは悪気があって言ったんじゃないって、わかってる。むしろ私が立ち聞きしてしまったようなものだもの。私の方から謝って、なかったことにしてもらうのが一番いいのかもしれない。
でも、今はちょっと声を出せそうにない。
ためらってる間に、ククールに追いつかれてしまった。
「さっきはごめん、傷つけること言った。・・・泣かないでくれると、ありがたいんだけどな」
・・・泣くなって言ったって無理よ。あんたの声聞いた途端に、一気に涙腺緩んじゃったんだから。
そうよ、傷ついたわよ、自分でも驚く位にね。
聞きたくなかった、ククールの口からだけは、あんな言葉。力を貸してくれるって約束してくれた言葉を、私がどれだけ支えにしていたか、気づかされてしまったから。
そんなふうに思う自分のことが、情けなくて悔しくてどうしようもない。
いつの間に私、こんな甘ったれた人間になっちゃったの?
ほんとは、ずっと前からわかってた。自分がそんなに強くないって。優しくされたら、頼りっぱなしになってしまう人間だってこと。
だから気をつけてたつもりなのに、いつの間にかすっかり甘えてしまっていた。
話し声が聞こえる。誰かが階段を上がってくる。他の宿泊客かしら。
「入って」
私は部屋のドアを大きく開け、ククールを促す。
「いや、入れって、それはちょっと・・・」
何してるの? こんなふうに泣いてるところなんて他の人に見られたくないんだから、早く入ってくれないと困るわ。
「早く」
ククールの腕をつかんで中に引き入れ、ドアに鍵を掛ける。
いくつもの気配が廊下を通っていく。バニーショーが終わって戻ってきた人たちなのかもしれない。はっきり聞き取れないけど、酔っ払い特有の大声で何か言っているから。
「しょうがねえな、やっぱりオレ間違ってねえよ。ゼシカは心配だ、目が離せない」
いきなり呆れたような声で言われて、私は何のことかわからない。
「警戒心なさすぎ。オレが紳士だからいいものの、泣いてる女の子にこんなふうに部屋に入れられたら、勘違いするヤツ多いぜ。オレもついうっかり、慰めちまいそうになるとこだった、体でな」
な、何てこと言うのよ、この男! 涙も何もかも、引っ込んじゃったわ。
「でもそれは全部、男の勝手だ。さっきの言葉もそうだよ、男のわがまま。ただ単純に自分がイヤなんだよ、ゼシカがケガしたりするとこ見るの。ヤロウが痛い思いしてるのは気になんねえけど、レディがそんな目にあうのは、どうにも耐え難い。それだけだ」
何よ、いきなり本題に入ったりして。こっちは頭がついていかないわよ。
「・・・それって結局、女をバカにしてるってことじゃないの」
「バカにしてるんじゃない、大事に思ってるんだ」
怖いくらい真剣な声。・・・何だか緊張してる。ククールが変なこと言うから、二人きりだってことまで、変に意識しちゃう。
「・・・お願いだから、家に帰れなんて言わないで。さっき、すごく悲しかった。私が女だから気を遣って面倒なのはわかってる。体力ないから、足手まといだっていうのも自覚してる。でも、どうしても暗黒神の復活はこの手で止めたいの。
そうでなければ、私はどこにも行けない。だから、お願い・・・」
ああダメ、しゃくりあげたような声しか出ない。また泣いちゃいそう。こんなふうに女の武器みたいに涙見せたりして、差別しないでなんて言う権利ないわ。
「・・・ごめん、そのことで誤解を解くのが先だった」
ククールが私の肩に手を置く。
「少なくともオレは、ゼシカのこと足手まといなんて思ったこと一度も無い。ゼシカの魔法抜きで魔物と戦うのがどれだけキツいか、もう充分思い知ってる。
さっきも言ったように、バーでの言葉は、ただのオレのわがままだ。どんなに頑張ったって、オレはゼシカと他の連中を同じようには思えない。そんなふうに見られるのはイヤだって気持ちもわかるけど、無理なもんは無理だ。
きっとこの先も、よけいなこと言ったり、よけいな手出ししたりすると思う。その時は突っぱねてくれても構わないけど、できれば認めて、助けさせてほしい。その方がオレの気持ちは楽なんだ」
・・・ズルいわ。そんなふうに言われて、突っぱねられるわけないじゃない。
それにどうして、守ってくれるって言ってる方が下手に出るような態度なのよ。まるで私がもの凄く、わがまま勝手みたいじゃないの。
・・・ううん、わがまま勝手なんだわ。
昼間の勝負の時だってそう。私ったら当たり前のような顔して、ククールに一緒に来てくれるように言ったわ。それを了承してくれたことに対しても、ろくに感謝もしなかった。
よく考えたら最低じゃないの。力を貸してもらおうとする人間の態度じゃないわ。
「・・・ううん、私の方こそお願い。昼間、言ってくれたわよね。『オレが必要ならお供する』って。その通りよ、私にはあなたが必要だわ。だから助けてほしいとは思ってる。そのことに感謝もしてる。
でも、出来る限りは自分で戦いたい。自分の足で前に進みたいの。勝手なのはわかってるけど、そのことも認めて。その上で一緒に来て、力を貸してほしいの」
もう少しで忘れるところだった。これは私が自分で決めて進んでる道だってこと。暗黒神を止めるのは私がこの手でやらなくちゃいけないこと。
私が連れていってもらうんじゃない。ククールが私の望みに付き合ってくれてるだけだっていうのに、『帰れ』なんて言葉くらいで動揺するなんて、甘えすぎてた。考え違いもいいとこだわ。
こんな中途半端な覚悟で力を貸してもらおうなんて、失礼にも程がある。
「あんまり誘惑すんなよ。ホントに小悪魔だよな、このお嬢様は」
・・・誘惑って何? 今の話のどこをどう聞いたら、そういう単語が出てくるの?
「そんな可愛い顔して、潤んだ瞳で見つめられて『あなたが必要』とか言われたら、拒絶できる男なんていないっての。仰せに従うよ、オレはおとなしく後ろから付いてく。
ゼシカは好きなようにやればいい。だけど、いざとなったらオレも自分の思う通りにするから覚えといてくれ」
・・・何だろう、微妙に話をそらされたようでしっくりこない。でも私の望む通りにするとは言ってくれてるのよね。
「・・・もうそれでいいわ」
結局、昼間と同じ返事をしてしまった。
こんな言い方したいわけじゃないのに、なぜだか私を素直にさせてくれない。
でも疑う気持ちには全くならない。信じられるのよ、なぜか。
どうしてなんだろう・・・本当に不思議な人よね。
<終>
最終更新:2008年10月23日 05:14