そんなふうにしてオレの、ロクでもないことばかり教えられる日々が始まった。
オレはその人のことは『師匠』と呼ばされてた。男は秘密が無くなると色気が三割落ちるとか、わけのわからないことを行って名前を教えてくれなかったからだ。
あの男のどこにそんなもんがあるのかと思ったもんだが、老婦人にまで口止めしていたらしく、お茶目なところがあった彼女も『師匠さん』なんて呼んで笑ってたっけ。
その師匠自身のことで教えてもらえたのは、ほんのわずかだった。数年前にドニの周辺の土地を手に入れたことと、その土地で事業を興す計画のための下見に来ていたってことぐらいだった。
ああ、あと女性にはさっぱりモテずに独身だったってこともあったか。
だから、オレが自分の外見の良さを逆にコンプレックスに感じてることを知られた時には拳骨くらったっけ。世の中には中身がナイスガイでも、外見の悪さが災いしてモテない男もいるってのに、贅沢なこと言うなってな。
言われてみるとその通りだった。顔だって何だって、悪いより良い方が得に決まってる。せっかく恵まれた容姿に生まれてきたんなら、最大限に活かす方がいいっていうのも、あの時学んだ。
何でも自分でやろうとしないで、頼めることは誰かに頼んで楽をしろっていうのも、師匠に教わったことだ。
勝てない勝負は避けて通れ。勝つためだったらイカサマもあり。抜ける部分では手抜きしろ。騙すヤツより騙される方が悪い。逃げる時は一目散に逃げろ。
全部師匠が教えてくれたことだ。
才能があると妙に見込まれて、カードでのイカサマもたたき込まれた。ケンカする時は殴るよりケリ、更に有効なのは体当たりなんて、暴力に関しても一通り教えてくれた。うまいウソの吐き方とか、相手にダメージ与える物言いなんてのもあった。
真っ当なことといえば、泳ぎくらいなもんだった。
・・・ほんとに、ロクでもないことばかり教えてくれたもんだぜ。あの人にさえ逢わなければ、オレはもっと真っ当な人間でいられた気がする。
だけど不思議と楽しかったし、その教えのほとんどが今でも役に立ってるっていうのが、何とも笑えるところだよな。
だけど別れの時はやってきた。
師匠が持ってた土地は、計画していた事業には向かないと判断されたからだ。
そうと決まった以上、いつまでもドニの町に滞在している理由はない。修道院のガキの面倒を見るなんて酔狂なマネも終わりの時だった。
そのことを告げられた時、寂しさはあったが、かなり安心もしていた。
オレはあまり出来の良くない教え子だったからだ。
教えられたことは理解出来たし、実践出来なくもなかったけど、修道院で暮らしていくのに役に立つことだとは思えず、どうしても身につかなかった。
むしろ、身につけるのはヤバイと思ってた。
要は本気で相手にはしてなかったってことだ。
だから、その後の師匠の申し出には本気で驚いた。
「なあ、お前、オレと一緒に来ないか? 実はよ、昨日マイエラの修道院長と会って話をつけてあるんだよ。お前さえその気なら構わないって、許可ももらってあるんだ」
サングラスと髭で、表情なんてものはほとんど読み取れなかったが、全体に落ち着きがなく、そわそわしていた。テレていたんだと思う。
「修道院で暮らすのが悪いってんじゃねえんだ。ただ、お前には向いてねえと思うんだよ。手先も器用で、このオレのイカサマを見破るような、いい眼を持ってる。
世界一のギャンブラーのオレが保証するんだから間違いねえ、お前には才能があるぜ」
おそらく師匠は自分でも何言ってるのか、わかってなかったと思う。世界一のギャンブラーなんて言ってるだけあってポーカーフェイスは得意だったくせに、顔にびっしり汗をかいてたからな。動揺っぷりが伺えたってもんだ。
「それによ、オレは結構お前のこと気にいってんだよ。泳げもしなかったくせに、猫を助けに川に飛び込もうなんざ、男気ってやつがあるじゃねえか。オレはバカな奴は嫌いじゃねえ。
育ててくれた修道院長の為に、イヤな思いをしても金を稼ごうとする義理堅さも泣かせてくれるぜ」
猫を助けようと思ったのは男気なんてもんじゃなかった。ただ、あの時の猫の姿を自分と重ねてしまって、放っておけなかっただけだ。貴族の家への訪問だって、自分が修道院にいたくなかっただけの部分が大きくて、義理堅さなんかじゃなかった。
でも、外見ばかりを褒められてきたオレには、その言葉は嬉しく感じられて、ほんの一瞬だけど夢を見ちまった。
この男についていくのも悪くないって、そう思った。
「実はオレ、結婚は出来なかったんだけど、お前と同じ年頃の子供が二人いるんだよ。血の繋がりが無くても、やっぱり可愛いもんでな。娘なんて、こんな髭面オヤジを『パパ』なんて呼んでくれてな。家族ってのはいいもんだって、つくづく思うぜ。
二人育てるのも三人育てるのも一緒だ。オレみたいなのが父親なんてイヤかもしれねえけどよ、あんまり堅苦しく考えねえで、一緒に暮らしてみねえか?」
だけど、師匠が口にしたある一言が、オレの気持ちにブレーキをかけた。
「・・・ごめんなさい。ボクは行けません・・・」
他に二人子供がいることなんて、気にならなかった。家族ってもんを否定する気もなかった。師匠のことがイヤだったわけでも、もちろんない。
あの時、オレの心を凍らせたのは『父親』って言葉だった。
「だって兄さんは、ボクが生まれたことで父さんに家を追い出されたのに・・・」
それなのに自分がまた新しい父親に引き取られて、新しい兄弟と暮らす。そんなことが許されるなんて思えなかった。
バカな考えなのはわかってたさ。親父が兄貴にした仕打ちの責任がオレにあるなんて考えたことは一瞬だってない。それほどのお人よしじゃなかった。兄貴の憎しみは逆恨みだってことなんてガキでもわかる。
でも、どうしてもダメだった。自分だけ幸せになろうなんて出来なかった。
だから、オレは覚悟を決めた。
「・・・ゴメン、せっかく誘ってくれたのに・・・。でも、さ、平気だよ。オレだって、男なんだから、自分の面倒くらい自分で見れる」
修道院で兄貴の憎しみを受けて生きること。金づるとして、貴族相手に見世物のようなマネをして生きること。それまでは他にどうしようもないことだった。
でも、その時から変わったんだ。避けられなくて仕方なかったことじゃない。そこから救い出そうとしてくれる手を、オレは自分の意志で振り払ったんだから。
強くなるしかなかった。心配してくれる人に、せめてそれ以上の心配をかけないように。
「オレの生き方に、ゴチャゴチャ口出ししてくんじゃねえよ。あんたみたいな髭面男に心配されたって嬉しくなんかねえよ。ここにいれば綺麗に着飾ったご婦人がたに優しくしてもらえるんだ。そんな悪い生き方でもないぜ」
必死に師匠の話し方のマネをしたけど、ほとんど棒読みだったと思う。みっともない話だが、涙が溢れてどうにもならなかった。
おそらく師匠は、オディロ院長からオレの境遇を全て聞いていたんだろう。全てを察したようだった。
「・・・すまねえ、オレは結局お前に何にもしてやれなかった。本当に見てられなかったんだ、お前みたいなガキが自分を押し殺してるのは辛かった。何とかしてやりてえと思ったんだ。でも結局はお前の傷口を広げるようなマネしか出来なかった・・・」
「そんなことない、あんたには感謝してる。ほんとに平気だって。オレ、来月にはもう十二歳だぜ? そうしたら騎士見習いになれる。これでも一応貴族の出身だから、聖堂騎士団に入団出来るんだ。剣や格闘を習って強くなる。
そうして、自分一人の力で生きていけるようになってみせる。だから、大丈夫」
騎士になることを決めたのはその時だった。それまでは正直悩んでたんだ。チビで細かったオレに、剣や格闘の修行についていく自身は無かったし、何より兄貴と同じ騎士団に入るってことは、それだけあいつを刺激することになるのは、わかりきってたから。
でも、少しでも強くなるためなら、それは避けては通れないと覚悟した。
師匠はいきなりオレを抱き締めてきた。相変わらず風呂に入ってなかったみたいで臭かったのと、加減したつもりでも元が馬鹿力だったおかげで、かなり息は苦しかった。
「そんな悲しくなること言うんじゃねえ。お前みたいな寂しがり屋が、一人でなんて生きられるもんか。いいか、今は辛いことがあるかもしれねえ。でもな、ちゃんと自分のことは守ってやれ。お前みたいなガキが、誰かのために自分を犠牲にするなんて十年早いんだよ。
そしてな、そうやっていれば必ず一緒に生きていける奴に逢える日が来る。お前のことを本当にわかってくれて、必要としてくれる人間は絶対いるから、諦めるな。
お前は本物がわかる眼を持ってる。そのせいで面倒な思いすることは多いだろう。でもな、その眼は誰もが持てるもんじゃねえんだ。
本当に信頼できる仲間や友達。目的に信念。必ず見つけられる日がくるから、とりかえしのつかない傷を自分に残すような生き方すんじゃねえぞ」
師匠の気持ちは嬉しかったけど、正直その時は気休めだと思ってた。
だけど今、あの時のあの人の言葉の通りに生きてる自分がいる。
信頼できる仲間と、果たすべき目的。確かに本物に巡り逢うことが出来た。
※ ※
「何よ、さっきから黙り込んじゃって」
ゼシカが怪訝な顔をしてオレのことを見ている。
やっぱり無理だ。いろいろ考えてみたけど、都合の悪い部分は省略して話すなんて出来そうにない。他の人間相手ならともかく、ゼシカが相手だといつの間にか全部話しちまってるなんてハメになりそうだ。
「知ってるか? 男は秘密が無くなると、色気が三割落ちるんだぜ。そんなことになったら世界の損失だから、教えられない」
「そんな話、聞いたこと無いわよ。だいたい、あんたに色気なんて初めから無いんだから、そんなもの落ちようがないじゃないの」
ゼシカの反撃は本当にいつでも容赦がない。
「さてと、それなりにコインも溜まったことだし、ギャンブルは引き際が肝心だ。そろそろ引き上げるか」
チマチマと貯めたコインは四千枚を越えてたんで、それを景品交換所へと運びスパンコールドレスと交換する。
「ここの景品は結構気が利いてる物が多いよな。やっぱりレディにプレゼントできるものが無いと、モチベーションが上がらないってもんだ」
そのドレスをゼシカに差し出す。だけど彼女はそっぽを向いた。
「いらない」
自慢のボディラインを引き立たせ、動きやすくスリットの入っているドレスにゼシカは一目ぼれしてたはずなのに、すっかりスネちまってる。やっぱり物でつってごまかそうとしてもダメってことか。
「じゃあ、これはユッケにでもプレゼントするかな。オーナー就任のお祝いにするか」
ゼシカがピクリと反応する。
「何? やっぱり欲しくなったか?」
あんまり可愛い反応なんで、つい意地悪な響きが声に混ざっちまう。
「いらないったら、いらないのよ。それに、自分が誘えばどんな女の子でも乗ってくるなんて思わない方がいいわよ。ユッケはああ見えて手ごわいわよ。フラれてから泣いたって遅いんだからね」
そう言い放ち、ゼシカは不機嫌さを隠さない足取りで、カモられてるエイトとヤンガスの方へと向かっていった。
手ごわいなんて言葉を、お前が言うか? まあいい。今の内に一人で例のことを確かめておくとするか。
ギャリングの屋敷では、すぐにオーナーとの面会を許された。
実際に業務を取り仕切るのはフォーグで、ユッケはその見張りという役割に落ち着いたらしい。
「キミ、バカじゃないの? あたしは一応あのカジノのオーナーなんだよ。こんなドレス、自分でも持ってるに決まってるじゃない」
スパンコールドレスを差し出されたユッケは、呆れた声を上げる。
まあ、それは初めから計算の内のことだった。
「そうじゃないかとは思ってたんだけどな。手ぶらで訪問ってのも、何となく気が引けたもんでね」
さて、カマをかけたら乗ってくるか?
「単刀直入に言わせてもらう。お前ら、いつからオレのことに気づいてた?」
フォーグとユッケは、顔を見合わせる。だが、その顔には特に何の表情も浮かんではいない。
「何のことを言っているのか、サッパリわからないね。気づくというのは一体、何を指して言っているんだね?」
フォーグが逆に問いかけてきた。
「とぼけんなよ。ユッケ、オレはお前に『兄が一人いる』とは言ったけど、それが『たった一人の肉親だ』なんて言った覚えはないぜ。知ってたんだろ、オレのこと」
ユッケの護衛を引き受け、竜骨の迷宮での会話の中、オレに兄弟はいるのかって話になった時、確かに彼女は口を滑らせた。『たった一人の肉親なんだから、大切にしないとダメだぞ』と。オレはそれを聞き逃しはしなかった。
オレは思わず、壁にかけられている肖像画を見上げる。
たいしたもんだぜ、ギャリング師匠。あんたが育てた子供たちだけあって、見事なポーカーフェイスだ。ギャンブラーとしての基本だもんな。
初めてこの町に来て賢者の像を見た時、あんたに似てるとは思ったんだよ。でも気のせいで片付けちまった。
世界一のギャンブラーといえば、世界一のカジノのオーナーを指すってことぐらい、思いついても良さそうなもんだったのに、賢者様なんて偉い人物を先祖に持ってるってイメージがどうしてもわかなかったんだ。
この部屋に入って、あんたの肖像画を見た時には驚いた。懐かしかったけど、もう二度と会えないんだって思うと寂しかったよ。助けられなくてゴメンな。もっと早くこの街に着いていたら、もしかして力になれたかもしれないのに。
フォーグはユッケを軽く睨む。ユッケの方も、自分の失言を思い出したようだ。軽くため息を吐いて、話し始めた。
「ごめんね、確かにパパからキミの話は聞いてたよ。別に悪気があって黙ってたわけじゃないんだけどさ。あの時は二人の決着をつけるので精一杯で、とても他のことまで考える余裕は無かったんだよ」
「それにキミのことは、女性のようなキレイな顔した、おとなしくて上品なチビスケと聞いていたものでね。少しイメージと違っていたんだよ。まさかこんな言葉の汚い大男になってるとは、想像もつかなかった。
それに父は君の名前すら我々に教えてはくれなかったんだ。変なところで秘密を持つのが好きな人だったからね」
フォーグが後を引き継いだ。『チビスケ』だの『言葉が汚い』だの、ズケズケと物を言う辺りも、ギャリングの教育の賜物だろうな。
言葉遣いは苦労したんだぜ? ギャリングと別れてすぐに、うまい具合に変声期に入って喉の調子がおかしくなったオレは、声が出せないふりをして貴族への訪問をサボタージュした。
その間に隠れて猛特訓さ。師匠に教わった粗暴な言動は、あの頃の自分には全く似合ってなかったのは承知してたから、自分なりに精一杯考えてアレンジした。
そして、まあ何とかサマになるようになって実際に試してみた時は傑作だった。
それまでずっと柔順でおとなしかった子供が、ある日突然に言葉は汚く、態度も悪くなって、すっかりヒネくれちまってたんだから、周囲の人間が驚くのも無理は無かった。
何かの病気だと疑われて、ちょっとした大騒ぎになり、絶対安静を言い渡されて、回復魔法漬けの日々が何日か続いたぐらいだった。
その騒ぎの中でも兄貴の態度が全く変わらなかったのには、ある意味感動したね。でも、だいぶ気楽になった。おとなしくして気を遣っても憎まれるなら、好き勝手なことして憎まれた方が理不尽さを感じなくて済む分、まだマシってもんだった。
それと、不思議とオディロ院長もアッサリと受け入れてくれた。いや、むしろ面白がってたみたいだった。そのことには、素直に感動した。尊敬の念が一層増したよ。
「だけどその服は、確かにこのギャリング家に伝わる特別な布地だからね。父がそれをマイエラ修道院のキミ宛てに贈ったのは知っていたから、それでわかったんだ」
フォーグのその言葉は、オレの長年の疑問の答えを示してくれた。
オレの十五歳の誕生日は、同時に正式な聖堂騎士団員となった日だった。
院長の館に呼ばれたオレは、オディロから真紅の布地と、黒の布地を見せられた。
「これはある人から先日送られてきたものだ。お前の誕生祝いと一人前になった祝いの品だそうだ。本当は仕立てた状態で届けたかったようだが、遠方にお住まいの上に忙しい方でな。
お前がどれだけ大きくなったかを確かめることが出来なかったと、残念に思っておられる旨の手紙が添えられていたよ」
一目見て、それがかなり高価で特別な品だってことはわかった。だから、当然送り主を訊ねたけど、オディロ院長はそれには答えてくれず、代わりにこう提案してくれた。
「もし良ければ、お前の騎士団の制服はこれで仕立ててみてはどうだ?」
その頃にはすっかり問題児の称号を得ていたオレも、かなり驚いた。聖堂騎士団の制服と言えば青だっていうのは、オレだって破るつもりもおきない程の常識だったんだから。
「お前は他の者と違って外に出る機会が多く、魔物と遭遇する危険もあるだろう。この布地にはお前の身を案じる気持ちが込められている。きっとその心が、いろいろなことからお前を守ってくれることだろう」
確かに、炎や冷気を防ぐとかいう特殊な効果は無かったけど、特別な製法で織られていたのか、強度は普通の布地とは比べ物にならなかった。更にオレの制服のように黒の布の方を裏地につかえば、動きは全く制限されないのに、皮のよろいなんかよりも遥かに防御力は高かった。
でも聖堂騎士団の制服に、こんな真っ赤な布を使う許しを出すなんて、オディロ院長はさすがだと思ったよ。聖職者のくせにお笑い好きなんて、結構な破戒僧だっただけある。まあ、オレはあの人のそういうところが好きだったんだけどな。
でも、そうか。やっぱりこれは師匠からの贈り物だったんだな。薄々そうじゃないかとは思ってたけど、オディロ院長は結局最後まで教えてくれなかったから、確かめようがなかった。。
何しろ、オレは不良な騎士見習いになってからというもの、背も伸びて、声も低くなって、ワイルドな魅力ってやつまで身についちまったから、それまでの悲劇の美少年のファンとはまた別の層のご婦人方に人気が出ちまってた。
それでわりとプレゼント責めになってたから、今一つ自信が持てなかったんだよな。
「まあ、だからどうってわけじゃねえんだ。ただ、お前らがオレのことを知ってるのかどうか確かめたかっただけだ。気づいちまったことを、そのままにしておくのは、どうにも落ち着かない気分だったからな。
まあ、ギャリングには世話になったことがあるのは確かだから、この先困ったことがあったら、いつでも呼んでくれ。力は貸せると思う」
もし、あの時オレがつまらない考えにとらわれずにギャリングに引き取られていたら、こいつらとは兄弟だったかもしれないんだよな。
・・・断って良かったぜ。危うくつまらない遺産相続なんかに巻き込まれるところだった。
でも、ようやくいろんなことに合点がいった。
師匠が手に入れた土地っていうのは、オヤジがここのカジノで作った借金のカタに没収された領地のことだったんだな。
だから、オレがその領主の忘れ形見だって知った時、あんた、あんなに辛そうにしてたんだろう?
そりゃあ、後味悪いよなあ。その忘れ形見が若いみそらで修道院暮らししてて、不幸だってオーラを垂れ流してるところなんて見せられちゃあ。
自分は悪くないのはわかってても、罪の意識で何とかしてやりたくなるのも無理はない。
だけどさ、あんたがそれとは別のところで、本当にオレを気に行ってくれてたことを疑う程のひねくれたバカにならずに済んだのは、やっぱりあんたのおかげだよ。
この何年かの間に、結構イヤな思いはしてきたけど、自分を守っていいんだっていう、あんたの言葉はオレを救ってくれていた。とりかえしのつかない傷なんてものは、受けずに済んでこられた。
一人で生きていける強さを求めはしたけど、その一方で、こうして自分を心配してくれる気持ちの証しを身に纏って生きている。いつだって、オレは一人じゃなかった。
あんたの命を救えなかったことは、やっぱり残念だけど、代わりにあんたの大事な子供たちに力を貸すことは出来た。ほんの少しでも恩を返せたなら、嬉しいんだけどな。あんたが導いてくれたんだって、そう思っていいのかな?
でも、ドニの土地にカジノを建てようとした商魂の逞しさはどうかと思うぜ? 修道院のお膝下で、そんなもの造る許可なんて下りるわけねえだろ。何考えてたんだよ、まったく。
正直、オレの存在が新しい揉め事のタネになるんじゃないかと心配したんだが、フォーグもユッケも、実にアッサリとした調子でオレのことを受け入れてくれた。
「今回のことでキミには世話になったことだし、ここを自分の家だと思って、いつでも遊びに来てくれたまえ。それと、カジノではお手柔らかに頼むよ。ギャンブルの才能はかなりのものだと聞いてるからね。
まあ、キミみたいな人間を警戒して、うちのカジノにはカードゲームは無いんだがね」
「もう一人のパパの息子って、どんなコか気になってたけど、思ってたよりカッコ良くて嬉しいよ。もし呼んでほしいなら、お兄ちゃんて呼んであげてもいいよ」
・・・ほんとに、死んじまった後でさえ、あんたはオレにいろんなものをくれるんだな。
心から思うよ、あの時あんたに逢えて良かったって。やっぱり、もう一度、生きてるあんたに会いたかったよ。そして会ってほしかった。あの後で、オレが出会うことが出来た大切な人たちと。
そんなに長居したつもりは無かったのに、ギャリング邸を出ると、もう日が暮れかけていて、夕陽が辺りの風景を紅く染め上げていた。
その中でピョコピョコと落ち着きなく動き回っている赤毛のツインテールが眼に入った。
迎えに来てくれたと思っていいのかな? 機嫌を直してくれてるといいんだけど。
「こんなところで何やってんだよ。オレがいないと寂しいのか?」
声をかけたオレをゼシカは睨みがちに見上げる。まだ機嫌は直ってないらしい。
「違うわよ、ユッケにフラれた姿を、笑ってやろうと思ってきたの」
・・・何でフラれるって決めつけてんだよ。
ギャリングが言ってくれた言葉がもう一つある。
『お前はオレと違って見た目もいいんだからよ。ちゃんと結婚して家族ってやつをつくるんだぜ。お前だけの、たった一人のひとを見つけるんだ。だけど忘れるなよ、ちゃんと外見に惑わされずに中身で選んでくれる女を選べ』
・・・オレにとっては確かにたった一人だし、外見に惑わされない相手ってのはピッタリなんだが、困ったことに、さっぱりなびいてくれやしない。ましてや『オレだけのひと』なんて笑い話にしかならない。
こういう時はどうすりゃいいんだよ。どうせなら、そこまで教えておいてほしかったぜ。
まあ、それが出来たら、あんたも結婚できてたんだろうけどな。
「まだそのドレス持ってるってことはフラれたんでしょう? だから言ったのよ、ユッケは手ごわいって」
ゼシカの声は妙に嬉しそうだ。ほんとに、いい気味だと思ってんだろうか。
「あのね、そのドレスなんだけど、エイトが錬金の材料に欲しいって言ってるのよ。だから、譲ってあげてくれない?」
ここまでデリカシーの無い発言が続くと、さすがにオレの我慢も限界になる。
「何が悲しくて、ヤロウにドレスなんてくれてやらなきゃならないんだよ! そんなに欲しけりゃ自分で稼げってんだ。やってられるか!」
ゼシカが一瞬、身をすくめた。
・・・やっちまった。
女の子にとって、男の怒鳴り声っていうのは、それだけで怖いもんなのはわかってるのに、ついカッとなっちまった。
「何よ、ケチ! 意地悪! バカ! 大ッキライ!」
目に涙を浮かべながらオレを罵ったあげく、ゼシカが歩きさろうとする。
こうなるともう、平謝りして許してもらうしかない。女性の扱いは得意なはずなのに、ゼシカが相手だと本当に何もかもうまくやれない。
「ゼシカ、ごめん、悪かった。ちょっと待ってくれ・・・」
ゼシカの後を追いながらそう言った時、突風が吹いた。
その風は噴水の水を小さな竜巻のように巻き上げ、狙ったようにオレの頭から浴びせてくれた。おまけに、何かが後頭部直撃したぞ、目に星がとんだ。
・・・ありえねぇよ、こんなの。
ゼシカはずぶ濡れになったオレの姿を見て、思いっきり指さして笑ってくれた。
「な、何、今の。絶対自然の力じゃないわよ、それ。天罰よ、天罰。ああ、いい気味」
ほんと、結構イイ性格してるよな、この女。
オレは天罰なんて信じちゃいない。・・・でも。
オディロ院長の使うバギ系の魔法はちょっと変わってて、普通の切り裂く風と違って、今みたいに巻き上げたり、押し出したりするような風の使い方をしていた。
それに頭への衝撃は、ギャリングの拳骨の感触によく似てた。ふと見上げると賢者の像がいかつい目でオレを見下ろしてるように見える。
もしかして、大事な女の子を泣かすなって説教くらった?
なんて、そんなことあるわけない。
・・・けど、もしそうなら…反省する。
ちゃんと大事にしないとな。
親に心配かけるような恥ずかしいマネ、いつまでもしてるわけにいかないもんな。
<終>
最終更新:2008年10月23日 05:26