神鳥レティスの願いを受けて、人質にされてる卵を救うために神鳥の巣がある山を登っていた私たちは、魔物の不意打ちをくらった。
態勢を整える間もなくヤンガスは集中攻撃を浴びてしまい、深手を負ってしまう。
何とか魔物は蹴散らしたけれど、ベホマの呪文すら全く効果が見られない程にヤンガスの受けたダメージは大きく、ククールとエイトが二人掛かりでザオラルを唱えている。
ザオラルは死者を蘇らせる呪文だなんて言われてるけど、そんな都合のいい魔法なんてものが、この世にあるわけがない。ホイミ系の呪文は本来人間が持っている治癒力を、爆発的に引き上げて傷を塞ぐ魔法。
でも、それすら効かなくなる程に弱ってしまった体に、生命力を吹き込むことが出来る呪文がザオラル。それだって成功するとは限らない、難しい魔法。
こんな時、自分がもどかしくて、どうしようもない。。
私だって役割は決まっている。せいすいを使って魔物を近寄らせないようにし、治療の邪魔をされないようにこの場を守る。今、この状況で戦えるのは私だけ。
だけど、どうして私は回復魔法が使えないの?
こんなふうに仲間が弱っていく姿を、ただ黙って見ているしかない。
ザオラルを使わなくちゃならない状況は今までにも何度かあったけど、こんなものに慣れることは出来ない。
ヤンガスがこんなことで負けたりしないって、わかってる。ククールとエイトが必ず助けてくれるってことも信じてる。
だけど、やっぱり不安にはなるのよ。
まして、今日はいつもより治療に時間がかかってるみたいなんだもの。
エイトのザオラルが効果を発揮し、ヤンガスの顔に生気が戻る。
続けてベホマがかけられると、ヤンガスはすぐに目を覚まして口を開いた。
「血が足りねえ、メシと酒・・・」
・・・こんなこと言えるんなら、もう大丈夫ね。心配して損したわ。
レティスには悪いけど、卵を取り戻すのは一日待ってもらうことにして、この闇の世界のレティシアで体力とMPを回復させてもらうことにした。
いつもはミーティア姫とトロデ王のお世話をするエイトだけど、今日は私が代わることにした。今日くらいはヤンガスに付き添ってあげたいってエイトが言うから。
なんだかんだ言っても、やっぱりエイトは優しいわよね。
ますますヤンガスの『兄貴ラブ』が白熱しそうだわ。
「ゼシカは心配性じゃな。昔から美人薄命と言うじゃろう。その言葉に従うと、ヤンガスのやつは殺しても死にゃあせんわい。心配して損したのう」
トロデ王に,神鳥の巣でヤンガスが死にかけたことを話したら、こんなことを言って笑ってる。
素直じゃないわ。その場にいたら一番心配するの、きっとトロデ王なのにね。
「ワシらのことはいいから、お前も休んだ方がいい。明日もまた山登りじゃろう? 疲れを残すと後が辛いぞ」
私はお言葉に甘えて、そうさせてもらうことにした。せいすいを念入りに馬車の周辺に振り撒いて、魔物が近づけないようにしてから村に戻る。
水場の近くを通ると、私と同じように色の着いてる人が、この村の娘さんと何やらお話ししていた。
視線を感じたのか二人は私の方を振り返る。村の女性の方は、慌てたように立ち去ってしまった。
何よ。ククールは怖くなくて、私は怖いわけ? 失礼しちゃうわ。
「あの人『光の世界の人なんて信用できない』って言ってた人よね。そのわりには随分親しげに話してたじゃないの」
つい、トゲのある言い方をしてしまう。
「親しげでもないさ。洗濯道具借りてただけだよ。ヤンガスの服、血まみれであんまりだと思ったから洗ってやってたんだ」
・・・確かにククールの手には、濡れたヤンガスの服がある。
「言ってくれれば私が洗ったのに。何度もザオラル使ったから疲れてるでしょう?」
「ゼシカはトロデ王と姫様の世話してただろ? その上洗濯までさせられないさ」
ククールはどんな時も、私をあてにしてはくれない。出来ることは全部、自分でやってしまう。そして、大抵のことは一人で出来ちゃう。
「ククールはすごいね」
思わずこぼしてしまう。
「覚えてる呪文の数は私と同じなのに、攻撃も補助も回復も全部揃ってて、バランス良くて。おまけにMP無くなったら役立たずになる私と違って、ちゃんと武器でも戦えるんだもの。
出来ることが多くて羨ましい。私だってせめて回復魔法だけでも覚えられたら、みんなを守れるのにね」
ククールは一瞬だけ私の顔をジッと見て、それからいきなり笑い出した。
「何よ、何がおかしいのよ! 私は真剣に言ってるんだからね!」
ククールが、ひとのコンプレックスを笑うような人とは思わなかったわ。
「悪い悪い。ゼシカのオレに対する評価が意外と高かったのに、驚いちまった。まさか羨ましがられてるとは、夢にも思わなかった。
この上ゼシカに回復魔法まで覚えられたら、オレの立場が無くなるっつーの。贅沢なこと言ってんじゃねえよ」
ククールはまだ笑いが収まらないようで、私はますますムキになってしまう。
「あんたみたいに一人で何でも出来る人に、私の気持ちなんてわかんないわよ。
私なんて、攻撃魔法しか取り柄がないのよ。もう一つくらい出来ること増やしたいと思って何が悪いの?」
「わかってねえのはゼシカの方さ。一人旅するならともかく、パーティー組む上で何でも一通り出来るヤツなんて、大して重要じゃない。
何か一つ得意なものがある人間の方が、ずっと役に立つんだ。それに回復魔法は皆を守る呪文なんかじゃない。全く逆で、守れなかった結果だ」
ククールの声が厳しいものに変わる。
「回復しなきゃならないってことは、誰かが傷ついたってことだ。大事なのは攻撃をくらう前に敵を全部倒しちまうこと。
ゼシカはいつでも、真っ先に魔法を放って敵の頭数を減らしたり、体力を削ってくれてるだろ? そのことでケガさせられる確立が激減する。
一番理想的な形でオレたちを守ってくれてるんだ。回復魔法なんて、使わずに済むなら、その方がいいに決まってるさ」
・・・最近、少しわかってきた。ククールは優しい人ではあるけど、決して甘くはないって。
慰めたり励ましたりはしてくれるけど、気休めの嘘は言ってくれない。本当に必要な時は必ず助けてくれるけど、半端な気持ちでやっていることに手を貸してはくれない。
だから、その言葉も行動も信じていいんだって。
「それに、エイトの奴がベホマズン覚えてくれやがったから、オレは回復役としても二番手に降格だぜ? それを羨ましいとか言われたら、笑うしかねぇだろ。
そんなことより早く戻ろうぜ。昼も夜もわからないなら、サッサと寝ちまった方がいい。起きたらまた、あのキッツイ山登りが待ってんだからな」
そう言って、村長さんの家に向かって歩きだしたククールの後ろ姿。
何だか突然、その姿が消えてしまいそうな気がした。
「ククール!」
私は思わずククールの腕にしがみついてしまう。
「何だ、どうした?」
ククールは驚いたように振り返る。蒼い瞳が私の顔を覗き込んでいる。
「・・・何だか、ククールがいなくなっちゃうような気がしたの・・・」
そう思ったら、急に怖くなった。足元が崩れてしまうような気持ちになった。
「何だよ、それ。疲れてるんじゃないのか? 今日はヤンガスが死にかけたり、色々あったからな」
・・・そうね。きっとヤンガスのことがあったから、不安な気持ちになったのかもしれない。
「それと、あれか。美人薄命っていうからな。オレのことは儚く見えても仕方ないよな」
そのククールの言葉に、私は吹き出してしまった。
「やだ、さっきトロデ王も同じこと言ってたのよ、美人薄命って」
変な所で発想が似てるのよね、この二人って。
「あのおっさんと同レベルかよ・・・」
ククールは肩を落としてしまった。
男のくせに自分を美人だなんて言うアホな人の、どこが儚いのよ。消えちゃったりするはずないじゃない。私ったら、バカみたい。
さっきのはきっとアレだわ。この黒一色の世界で、こんな真っ赤な格好してる人、浮いて見えて当たり前よ。感覚がおかしくなってただけよ。
・・・でももしククールに何かあった時、私は守れるのかしら。
いつも助けてもらうのは私ばかりで、泣き言言って励ましてもらうのも私の方。だって、ククールには基本的にスキがないから、私にはしてあげられることがないんだもの。
守られるばかりはイヤ。私だってククールのこと守りたいのよ。
確かに回復魔法を覚えたいなんていうのは、ないものねだりだと思うけど、強くなりたいって思うことは間違ってないわよね?
最終更新:2008年10月23日 21:49