不安-後編




いい加減、自分の無力さがイヤになる。
オディロ院長をむざむざ目の前で殺され、ギャリングもチェルスもメディばあさんも救えなかった。
そして今度は神鳥の卵だ。ゲモンの奴は倒せたっていうのに、ツメが甘かったせいで卵は砕かれてしまった。
最悪だ。

苦行のような山登りをさせられて疲れてはいるのに、いろいろ考えちまって目が冴えてしまった。それに比べて隣で寝ているエイトはというと、幸せそうな笑みを浮かべている。
錬金とダンジョンと寄り道をこよなく愛するコイツにとって、空を飛べるようになったってことは、その三点がもれなくオマケで付いてきたってことだ。
レオパルドを追うのをそっちのけで、あちこちの山やら高台やらを飛び回り、アイテム集めに夢中になってた。
まあ、エイトのそういう所はキライじゃねえけどな。おかげで、店では手に入らないような強力な武器や防具が揃えられるし、結果的にはより安全に戦えてるから、無駄なこととは言い切れない。
何より、何の楽しみも持たずに生きてる人間なんかと一緒にいたら、こっちの息が詰まっちまう。時々、いい加減にしろとは言いたくなるが、ある程度は付き合ってやるさ。
珍しくサザンビークになんて泊まってるのもエイトの希望だ。朝一でバザーを回って、錬金の材料を揃えたいらしい。もう好きにしてくれって感じだ。

そんなことを考えてたら、部屋の外を聞き慣れた足音が通り過ぎていった。その足音が階段を降りていく気配に、オレは部屋を飛び出した。
「ゼシカ!」
階段の踊り場で、赤いツインテールが驚いたように振り返った。
「どこに行くんだ?」
オレは階段を駆け降りて、ゼシカの腕をつかんだ。
ゼシカは大きな目を見開いて、オレを見上げている。
「ああ、ビックリした。どうしたの? そんなに慌てるなんて珍しい。ヤンガスのイビキがすごくて眠れないから、ちょっと外の空気を吸おうと思っただけよ」
ゼシカの様子に、普段と変わったところは無かった。言葉通りの理由と行動なんだろう。
「・・・驚かせてゴメン。だけど、こんな夜中にレディが一人で外に出るもんじゃないぜ。着替えてくるから、ちょっと待っててくれ。オレも付き合うよ」
気がつけば部屋着のままだった。レディの前にこんな姿で飛び出すなんて、ほんとにどうかしてるぜ。

バザーのおかげで、この町は夜中でも出歩いている人間が多い。
商人たちを相手に酒や食べ物を売る夜店のようなものが出ていた。そこでホットワインを買い、空いてるベンチでそれを啜る。酒を飲む気分じゃなかったけど、夜は冷えるんで身体を温めるためだ。

「あの杖をもってサザンビークを出てから、関所を通過するまでのことは、あまりよく覚えていないのよね」
ゼシカが唐突に切り出した。
「さっき宿屋のご主人に言われたのよ。『大きな声が聞こえたけど、またケンカでもしたんですか』って。それで思い出したわ。私って杖に支配された時、ここからいなくなったのよね。それでさっきあんなに慌ててたんでしょう? ごめんね、心配かけて」
・・・実はそうなんだ。
「オレの方こそゴメン。いい加減あんなこと忘れたいだろうに、思い出させるような行動取っちまった。ま、この件は錬金マニアのエイトが全部悪いってことにしとこうぜ。アイツのわがままでサザンビークに泊まることになったんだしな」
「何よ、それ。都合の悪いことは全部エイトのせいにしようとするんだから」
こんなふうに笑ってるってことは、この町自体はゼシカにとって嫌なことを思い出させる場所ではないらしい。となると、気にしてるのはオレだけか。我ながら繊細だな。

「でも、そうやって心配してくれる割には、私にヤンガスとの同室を押し付けるのはヒドくない? このままじゃ寝不足になっちゃうわよ、何とかしてよ」
・・・いや、その件は全く逆で、ヤンガスにゼシカを押し付けてるってのが正しいんだよな。
サザンビークの宿屋は基本的に二人部屋ばかりで、大部屋に四人一緒に泊まる分には平気なオレもエイトも、ゼシカと二人きりで同じ部屋で眠れる自信は全く無い。
誇っていいぜ、ゼシカ。基本的に不自由してないオレと、あの朴念仁のエイトに『襲わない自信が無い』なんて言わしめるのは、お前ぐらいだ。ヤンガスはおっさんで、ゼシカは年齢的に対象外らしいから、こういう部屋割にするしかねえんだよ。
・・・とは、とても言えないんだけどな。
「まあいいわ。その分ベルガラックでは個室を取ってもらったりしてるんだものね。ククールたちも、たまにはイビキに悩まされずに寝たいんでしょう?」
オレが返事に困っている間に、自分なりに納得する答えを出してくれたらしい。
ゼシカは公平で、こういう時は助かる。


不意にゼシカが立ち上がり、オレの背後に回り込んだ。何するつもりなのかと思ってたら、意外すぎる言葉がゼシカの口から発せられた。
「ククールって、髪キレイよね」
オレの耳がおかしくなったんだろうか。
「・・・今、何て言った?」
「えっ、髪キレイねって。・・・そんなおかしなこと言った?」
「おかしくはないけど、そりゃあ驚くさ。ゼシカに外見褒められたの初めてだ」
いつも、見とれる要素は無いだの、色気なんて初めから無いだの、言いたい放題言われてるんだからな。
「うそ、そうだった? ククールの外見がいいのは認めてるのよ? ただいつも自分で自慢してるから、ちょっと釘をさしたくなるのよ。人間、大事なのは中身なんだから」
ミーティア姫と美人度張り合ったり、胸のボリューム世界一を自負してる人間が、何言ってんだか・・・。
「闇の世界にいる間、色の着いてるものが恋しくなってたっていうのもあるわね。ちょっと触っていい?」
「ああ、もちろんいいけど・・・」
基本的にゼシカに触られて困る部分はどこにもない。むしろ大歓迎なんだけど、何か落ち着かない。突然すぎて妙な気分だ。
「うわあ、すっごいサラサラ。絹糸みたいな手触り」
いろいろイジられて、結構くすぐったい。やっぱり変だ、ゼシカらしくないぞ。
横目でゼシカが置いたワインのカップを見ると、いつのまにか全て干されていた。甘すぎて飲みにくいせいもあるけど、オレなんてまだ半分以上残してるっていうのに・・・。つまり、今のゼシカはただの酔っ払いってことか。おかしな話だが、かえって安心した。
「このところ砂漠とかレティシアの辺りとか、日差しが強い場所を歩いたから、私の髪は結構傷んじゃったのに、ククールは枝毛とか全然ないわよね。これって、不公平じゃない?」
ゼシカが何やらボヤいている。
「私なんて猫っ毛だから毎朝大変なのよ。どんなに念入りにブラッシングしてもハネるし、もつれるしで苦労してるっていうのに、何で男のくせに私より髪質いいのよ。ちょっと許せないわ」
段々、声に本気の怒りが混じってきている。
「ゼシカ、落ち着け。何か憎しみこもってるぞ。頼むからメラとかやめてくれよ。頭燃やされたら、オレ死ぬからな」
ゼシカの動きが止まる。もしかして今、危ないところだったんだろうか。結構冗談じゃ済まないところあるからな。


ゼシカはまた、オレの隣に戻ってきた。ちょっと乱暴な動きでベンチに腰をおろす。
「何ともないみたいで良かった」
そのゼシカの言葉には、安心したような響きがあった。
「昼間ゲモンが自爆した時、盾になってくれたでしょう? 髪とか焦げてないか気になってたの。遅くなっちゃったけど、ありがとう、かばってくれて」

・・・痛いとこ突かれた。
その件は本日最大の判断ミスだってのに、礼なんか言われるのはキツい。
あの程度の爆風だったら、ゼシカの盾になんてなる必要は無かったんだ。
オレが取るべきだった行動は、自爆なんかされる前にゲモンにトドメを刺すか、卵の方をかばうかだ。
優先順位を間違えた。
おまけに、真っ先にゼシカに謝らせちまった。
ああいう時にキレてもおかしくない相手に声をかけるってことは、攻撃の対象にしてくれと言ってるのと同じだ。
守るつもりが、ゼシカを最悪の危険に晒した。
レティスが暴れださなかったからいいものの、力試しであれだけ苦労させられたんだ。本気出されたら守るも何もあったもんじゃない。言い訳する間もなく皆殺しにされてただろう。そう考えると、レティスの誇り高さに感謝するしかない。

肩に重みを感じ、視線を向けるとゼシカがもたれてきていた。どうやら夢の世界の住人になったようだ。この様子だと、ちょっとやそっとじゃ目を覚まさないだろう。
宿に戻ろうと抱き上げたゼシカの身体はやっぱり華奢で、あんな山登りの後で眠れずにいたのは可哀想だったと思う。
本人に自覚はなかったようだが、オレが感じてる苛立ちや焦りが伝染していたんだろう。そうでなかったら、ヤンガスのイビキぐらいで眠れなくなるようなヤワなお嬢様じゃないからな。
負のイメージっていうのは、周りの人間にも影響を与えやすい。
救えなかった命や、自分の中の不安材料に気をとられていたら、肝心な時に判断を誤る。
気をつけないとな。目先のことにとらわれずに、一歩引いたところから全体を見る。それが猪突猛進ばかりのメンバーの中でのオレの役割だ。
ゼシカがこんなふうに、無防備な姿を晒してくれるようになったんだ。意外な高評価の期待を裏切るわけにはいかない。ちゃんと守れるようにならないとな。
まあとりあえず今は、風邪をひかれる前にサッサと宿屋に戻るとするか。

   <終>







最終更新:2008年10月23日 21:52
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