ここまで心底驚いたような顔しなくても、いいと思うの。
『悩んでることがあるのなら、私に話して』
これって、そんなに珍しい言葉じゃないわよね。ククールがどれだけ私のことを子供だと思ってるか、改めて思い知らされるわ。
でも引き下がらないわよ。仲間が何かに悩んでるって気づいたのに、知らないフリなんて絶対にしないんだから。
本当に自分が恥ずかしいわ。
暗黒神に操られてからずっと、私一人が辛いような顔をしてた。
ククールは私にずっと優しくしてくれてた。
泣き言も全部聞いてくれて、体調も気遣ってくれて、いろんなことから庇ってくれた。
今日だって先回りして、ラジュさんたちにチェルスの死の理由を説明してくれた。私がそのことで辛い思いをしないようにって。
私のこと、ずっと守ってくれてた。
そして私はそのことに甘え続けてきた。
だから気づかなかったのよ、私がこの頃感じていた不安の理由。
ククールがどこかに消えて、いなくなってしまうんじゃないかって怖かった。
だけどそれは自分の心が弱いからだと思い込んでた。ククールに頼りすぎてるから、彼がいなくなってしまうことを恐れてるだけだって。だからチェルスのことからも逃げずに、しっかりしようと思った。
自分のことしか考えてなかったんだわ。
今だって、ククールを心配して探しに来たんじゃない。目を覚ましたらククールの姿が見えなくて、おまけにアークデーモンに見張られてるみたいで私が心細くなったから、こうして起き出してきちゃったのよ。
そしてここでククールの姿を見つけて、その様子を見ていてやっと気づけた。彼が何かに悩んでイライラしてるってことに。
だから私までつられて不安になってたんだって。
ククールが私をあてにしてくれない事を不満に思うのは間違ってた。
子供扱いされて当たり前よ。悩みなんて打ち明けられるわけないじゃない。こんな自分のことで精一杯の私なんかに。
ククールは考え込んじゃって、何も言ってくれない。
いつだってポーカーフェイスで、自分で見せてもいいと思ってる部分しか見せてくれない人だから。
文句が多いようで、本当に辛いことは口に出してくれない。自分の中で処理してしまおうとする。
そりゃあ私は頼りにならないかもしれないけど、信じてもらえてないのかと思うと、寂しくて悲しくなる。
「・・・自分でも、どう解釈すればいいかわかってねえし、かなり回りくどい話し方になると思うけど・・・短気おこさずに聞いてくれるか?」
ククールのその口調から、何だか大変そうな話だってことは伝わる。だけど私に話してくれるのよね? でも私ってそんなに短気に見えるの?
まあいいわ、今は話を聞くのが先よ。私は無言で頷いた。
「オレ、蘇生呪文習得したかもしれない」
・・・蘇生呪文って、ザオラル? そんなのずっと前から使えてたわよね? でも今更、意味もなくそんなこと言うとは思えない。・・・ということは、違う呪文?
「まさか、ザオリク?」
自分で口に出しておいて、バカなこと言ったと思った。
だってザオリクって完全死者蘇生呪文よ? 何百年も前、それこそ賢者の時代には使える人もいたって書いてある本はあるけど、半分おとぎ話のようなもので、そんな呪文が本当にあったなんて信じてる人、多分いないわ。
死んでしまった人が生き返ったりするはずないじゃない。そんな魔法が本当にあるなら、誰も大切な人を失って悲しい思いすることも無いのに・・・。
「さすがゼシカ、知ってたか。話が早くて助かった」
なのに、ククールはあっさりと私の言葉を肯定した。
私は今の話をどう受け取っていいのか、わからない。
「・・・やっぱり、信じられないか?」
困ったような、寂しそうなククールの声。
私は慌てて首を横に振る。
「信じるわよ、決まってるじゃない」
ククールは涼しい顔して嘘つくし、軽口ばっかり叩いてるけど、こんなことで嘘や冗談は言わない。
命が失われる痛みは、誰よりもよく知っている人だから。
だったら、どんなに信じられない話でも、信じるしかないわ。
不意に手をとられた。あんまりスムーズな動きなんで、何をするつもりなのか疑問に思う
間もなく、顔の位置まで上げられる。
そしてククールの唇が、私の手の甲へと当てられた。
一気にその部分に全神経が集中する。身体が固まってしまう。
「ありがとな、ゼシカ」
その声も瞳も穏やかで、下心なんて微塵も感じさせない。
ククールは、ただ感謝の意を示しただけなのよね。やり方がキザってだけで。
暗くて良かった。きっと私、赤くなっちゃってると思う。この程度のことで動揺してるのには気づかれたくないわ。
「で、ここからが困ったとこなんだけど、どうやら、その呪文は使えないらしい。唱えられないんだ」
話が続いてるんだけど、手をとられたままなことが気になって集中して聞けない。
こんなことじゃダメだわ。自分から話してって言っておいて失礼よ。
「唱えられないって、使ってみたことないの?」
確かに新しい呪文が使えるようになった時って感覚でわかるけど、大抵の場合は覚えた魔法は使ってみて、威力や効果を確かめてみる。
ああ、でも死者蘇生呪文ともなると、そう簡単に試してみるなんて出来ないわよね。他の呪文なら実験台になってあげてもいいけど、ザオリクの場合は死なないといけないから、ちょっと無理だわ。
ククールを信じないわけじゃないけど、ザオリクが伝えられてるような完全な蘇生呪文じゃなかったら困るもの。
「もちろん使ってみようとしたさ。でも出来なかった。さっき唱えられないって言ったけど、そういうレベルじゃないんだ。その言葉自体、口に出せない。呪文として唱えようとせずに普通に言おうとしても、喉にひっかかって声にならないんだ」
・・・言葉の意味がわからない。
私だって当然ザオリクなんて使えないけど、声に出すくらいは出来る。
「それさえ無ければ、自分の願望から、ありもしない呪文を覚えたような思い込みに囚われたんだって解釈で済むんだが、声にも出せないなんて不可解すぎるんだよな。そんな話、聞いたことないしな」
私も聞いたことないわ。魔法に関する本はそれなりに読んできたつもりだけど、似た話すら見たことがない。
「そのくせ、何か魔法を使おうとすると、頭の中でその言葉が鳴り響きやがる。オレの使う呪文は博打性の強いのが多いから、呪文を唱える時に集中できないのは迷惑以外の何ものでもない。
初めは何か耳鳴りがする位にしか思ってなかったけど、段々頭の中の声がでかくなってきやがった。特にザオラル使う時なんて最低だな。ついうっかりザオ・・・」
ククールが顔をしかめる。さっき言ってたように言葉が喉につかえたみたい。
「・・・一応は、あてにならない呪文に頼って、使えない魔法を覚えたと思い込むほど落ちぶれちゃいないつもりだから、何かあるとは思うんだが、それが何かはわからない。ホント、ムカつくんだよな」
軽い調子で話してるけど、明らかにイライラしてるのがわかる。
それなのに私、つい思ったことを口に出してしまった。
「ククールって、賢者みたいよね」
ククールは面食らった顔して私を見る。
どうして私って、こうなんだろう。思った次の瞬間には、もう言葉にしてるのよ。
「だって普通、僧侶がルーラやマホカンタ覚えたりしないじゃない。その上、ザオリクでしょう? だから、ちょっとそう思っちゃったのよ」
慌てて言い訳めいたことを言ってしまう。
「確かに修道院でもルーラ使いは変わり種とは言われてたけど、オディロ院長だって使えてたぜ? 僧侶だからって絶対使えないってもんじゃねえんだろ」
「だって、オディロ院長は賢者の末裔じゃないの」
・・・何だろう、今の言葉。自分で言ったことなのに、何かとても重要なことのような気がする。ククールも同じように感じたみたい。黙り込んで何か考えている。
でもククールはその考えを振り払うように頭を振って、いつもの調子に戻った。
「まあ、あれだ。オレが言いたかったのは、その言葉のせいで呪文を唱える時の集中力が落ちてるってことだ。だから回復のタイミングが遅れたりして、皆を危険に晒すかもしれない。
一応真面目にやってはいるんだが、そのことを踏まえてオレのことはあんまり当てにしないでほしい。
ほんとはもっと早く話しておくべきだったんだろうけど、例の言葉を使わずにどうやって説明するか考えてて遅くなった。悪かったよ。ゼシカが博識で助かった。エイトたちに話す時にも補足してくれると助かる」
・・・ククールは本当に強い・・・。もっと早く話すべきだったって言葉は、それなりの時間、一人で抱え込んでたって意味になる。なのに全然気づかせてくれなかった。気づけなかった私が未熟だっただけかもしれないんだけど・・・。
それに、私なんてついさっきまで、ククールが私をあてにしてくれないことにスネてたのに、こんなにあっさりと『自分をあてにするな』なんて言い切っちゃう。誰に何と思われても揺るがない自分を持ってる人なんだ。
「私に、何か出来ることある?」
ククールが私にしてくれたようには出来ないかもしれない。でも、どんな小さなことでもいい。力になりたい。
再び手を持ち上げられて口づけられた。今度は指先。またまた私は硬直してしまう。
どうしてこの人、こんなこと恥ずかしげもなく出来るの? それとも意識しちゃう私がおかしいの?
「そうだな、ゼシカには楽しいこと考えててほしい」
ククールの言葉は意外すぎて、咄嗟に意味がわからなかった。
「身近な人間がイライラしてると、つられて不安になったりするだろ? オレの苛立ちがゼシカを巻き込んでたことは何となく気づいてた。
だから今度はゼシカが楽しい気分をオレに分けてほしい。杖を封印した後、何をするかとかがいいかな。キツい戦いの後の楽しみは必要だろ?」
・・・ドルマゲスとの戦いの前、ククールは私に何度も言ってくれていた。敵討ちが終わった後のことを考えろって。あの時はその言葉の意味を考えなかった。だからドルマゲスを倒しても虚しさしか残らなくて。そして、そこを暗黒神に付け込まれた。
「うん、考えてみる」
また同じことを繰り返すわけにはいかない。せっかくの忠告、今度こそ無駄にしないわ。
「・・・今日は有意義だったな。何事も考えてないで実行してみるもんだ」
ククールの声から苛立った感じが消えている。話してみたことで、少しでも気が楽になってくれてると嬉しいんだけど。
「真面目な顔さえしてれば、ゼシカは結構ガードがユルいこともわかったし」
・・・?
「さすがに二度目は『調子に乗るな!』って怒鳴られると思ったのに、振り払おうともしないんだもんな」
そして、三度目のキスが手の甲に贈られた。
私はやっと、からかわれてたんだって気づいた。深刻な話の最中に随分な余裕じゃないの!
「離してよ、バカ!」
私はククールの手を振り払う。ククールはいかにも可笑しそうに笑ってる。
まったく! どこまで本気で、どこまで冗談なのかサッパリわかんないわ。
・・・でもいい、このくらいなら。真剣な話の後ほど、こうやって軽口でごまかそうとするんだって、知ってるんだから。いつまでも、その手にはのらないわよ。
それにちょっと考えたの。戦いが終わった後の楽しいこと。
いろんな所を旅してきたけど、戦うことに精一杯で、ゆっくり町を歩いたり、キレイな景色を眺めたりなんて、ほとんど出来なかった。
だから皆でゆっくりと世界を回りたい。
船に乗って地図にない島を探したりするの。そう思うと本当に楽しい気持ちになってきた。
・・・さっきのことは許してあげるから、その時にはククールも一緒に来てね。
そうしたら、どんな辛い戦いでも、私きっと勝てる気がする。
<終>
最終更新:2008年10月24日 02:54