小さな手-前編


絶対許さない、あのイヤミ男!
いいえ、イヤミなんてかわいいもんじゃないわ。あいつ最低よ! ようやくレオパルドを倒して杖を回収できると思ったのに、人に濡れ衣きせて、こんな所に押し込むなんてひどすぎる。
肝心な場面で間に合わなかったくせに、恥知らずもいいとこだわ。ここから出たら、絶対ただでは済まさないんだから!
今思い出すと、あの騎士団員たちもムカつくわ。いくらレオパルドとの戦いで消耗してたからって、私たちを捕縛できるだけの実力があるのなら、黒犬相手にも、もっと気合入れて戦えっていうのよ。必ずここから脱出して、お返ししてやるわ。
・・・脱出、できるのかしら・・・。
私たち、これからどうなっちゃうの?
こんなところにいると、世界がどうなってるのか、全くわからない。
でも看守の交替は規則正しく行われてるみたいだから、暗黒神はまだ復活してはいないんだと思う。それだけが救いだわ。

この煉獄島に閉じ込められてから、もう一カ月になるけど、その間ククールとはほとんど口をきいていない。
エイトもヤンガスも、そっとしておいてやれって言うから。そのくせ二人は、いろいろ話しかけたりしてるのよ。ズルいじゃないの。
『ククールも男で、そういうお年頃だから』なんて、意味のわからないことを言われる。
そして『あいつは見えっ張りだから』とも言われた。後の方は何となくわかるわ。要は女の私に同情されるのはプライドが傷つくってことよね。
同情なんかじゃない。ただ心配なだけなのに・・・。

私たちに法皇様暗殺未遂の濡れ衣をきせ、この煉獄島に送り込んだのは、ククールのたった一人のお兄さん、聖堂騎士団長のマルチェロ。
だからククールは、きっとずっと責任を感じて、自分を責め続けている。
その気持ちを思うと、涙が出そうになる。
でも私がククールにしてあげられる一番のことは、自分自身を気遣って元気でいることだとエイトに忠告された。
私が悲しそうにしていたり、体調を崩すようなことがあったら、ククールがますます辛い思いをするだけだからって。
確かにその通りだとは思う。いつだって自分は後回しで、他の人のことばかり気にかけている人だから。
でもやっぱり辛い。自分の無力さが悲しくなる。

そして、最悪の報がもたらされた。
法皇様はもう一カ月も前に亡くなられていたこと。
それは丁度、私たちがこの煉獄島に収監された頃。
私、また守れなかった・・・。

騎士団員たちに囲まれた時、私は何も出来なかった。
力も体力も無い私のたった一つの取り柄は、誰よりも早く魔法が放てることだったのに動揺してる間にマホトーンをかけられてしまい、どうしようもなかった。
魔法が使えない私が、騎士団員たちに敵うはずもない。足手まといにしかならなかった。
油断しすぎだわ。マルチェロがイヤな奴だっていうのは、わかってたのに。
だけどまさか、ここまでひどいことするなんて思わなかったのよ。
マイエラ修道院でも濡れ衣は着せられたけど、誤解が解けたら、一応は謝ってくれた。お詫びの印だって、世界地図までくれた。
だからどこかで甘く考えちゃってたんだわ。
どんなことをしても抵抗するべきだった。あの杖がどんなに恐ろしいものかは、暗黒神に呪われて支配された私が、誰よりも一番良く知っているはずなのに。

「わしに構うな! お前たちは、早く地上をめざせ!」
ニノ大司教が自分の身を犠牲にして私たちを逃がしてくれ、昇降機を動かすレバーを操作してくれた。看守にあまりひどい目に合わされなければいいんだけど・・・。
地上に近づくにつれ、不思議な感覚がする。
今、あの杖を持っているのはマルチェロだと確信できる。理屈じゃなくわかる。
もしかしたら私はまだどこかで、あの杖と繋がっているのかもしれない。
ククールも同じことを感じてるみたい。それは血の繋がりでわかるものなのかしら?
でも不気味な静かさも感じる。これから起こる恐ろしいことのために、強い何かが力を溜めているような・・・。
どうか、間に合って。こんなところで無駄にした一カ月を、これ以上苦いものにはしたくないのよ。

昇降機が地上に到達した。
ヤンガスが先に飛び降りて、鉄格子をこじ開け始めた。エイトもそれに続く。
そしてククールが降りて、私の方を振り返った。
「ごめん、ゼシカ。この一カ月、全然気遣えなくて・・・」
申し訳なさそうな顔で、腕を差し出してくれた。

・・・バカな人。一番辛いのは自分のくせに、こんな時まで他人を気遣おうとする。
強がる姿が痛々しくて悲しくなるけど、その一方で、ククールがそれだけの余裕を取り戻してくれたことが嬉しい気持ちもあって、私はその手に自分の手を重ねる。
「気遣いじゃないなら、この手は何なの?」
久しぶりに触れる手の感触に気が緩みそうになって、私の方から軽口叩いてしまう。ククールはちょっと考え込んでしまった。
「・・・お詫び?」
自分の言葉に疑問符を付けながら、もう片方の手も差し伸べてくれる。
「バカね。普段が気を遣いすぎなのよ」
そして私はククールに手を引いてもらって、昇降機を降りる。

【ありがとう】
二人の声が重なった。
・・・どうして、ククールがお礼言うの?
きっといつもだったら、顔を見合わせて笑ってしまうところなんだろうけど、今はとても笑えない。ククールの顔を見ることも出来ずに、目を背けてしまった。
今ククールの顔を見たら、私きっと泣いてしまうから。
「行きましょう」
それだけ言って、エイトとヤンガスの方へ向かう。

ごめんなさい、ククール。
私、マルチェロとは本気で戦う。私の時は、あんなに手加減してもらってたのにね。
レオパルドを倒すのもやっとだったんだもの。最後の賢者の命を吸収した杖を持つマルチェロに手加減して勝てるなんて、とても思えない。
どんなにひどいことされても、あなたがお兄さんを憎めずにいるってわかってる。でもやるしかないんだもの。
私がもっと強かったら、絶対に死なせずに杖だけ取り上げるって約束できたのに。口に出して誓うには、私の力は小さすぎる。
でも、どんなに小さくても、完全な無力ではないと思いたい。この手にだって、一つくらい大切なものをつなぎ止められると信じてる。
だから決して死なせはしないわ、マルチェロ。
勘違いしないでよね、あんたの為じゃないわ。私はもうこれ以上、ククールに辛い思いをしてほしくないのよ。
だから必ず、助けてあげる。・・・感謝ならククールにしなさいよ。







最終更新:2008年10月24日 03:03
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。