聖地ゴルドが崩壊した。結局オレたちは暗黒神の復活を止めることが出来なかったってわけだ。
まあ、起こってしまったことは仕方ない。まだ世界が滅びてしまったわけじゃない。出来ることがある限り、それに全力を注ぐだけだ。
空を飛ぶ手段は持ってるから、ラプソーンの城に攻め込むこと自体には苦労は無かった。これは不幸中の幸いと言ってしまって、いいんだろうか。
変なところでばかり事がスムーズに運んでる気がして、気に入らない気持ちの方が強いんだがな。
「こんな所に住んでるやつと戦うことになるとは、オレの人生もろくなもんじゃないな」
おもわずボヤいちまった。
「・・・弱気? めずらしいね」
ゼシカが不安げにオレの顔を覗き込んでくる。しまった、またやっちまった。オレの精神が不安定だと、ゼシカまで巻き込んで不安にさせるってのはわかってたのに。
それにしても、本当に随分オレに対する評価は上がったもんだ。弱気が珍しいとは、結構頼りがいがある男に思われてるらしい。
「ここまで来たら、つべこべ言っても仕方ないでがす」
でもヤンガスに諭されるのは、何かイヤだ。やっぱりグチなんてこぼすもんじゃないな。
「暗黒神を復活させたのは、それほどの失敗じゃなかったと思うでげすよ。復活した暗黒神を倒さなければ、いつまで経っても暗黒神の脅威から世界を救えないと思うんでげす」
続けてヤンガスが口にした言葉は、近ごろ感じていた苛立ちの答えを唐突にオレに突き付けてくれた。
・・・そういうことかよ。
このところ、ずっと感じてた。誰かの掌で良いように操られている自分ってやつを。どうやらそれは気のせいじゃないらしい。
おかしいとは思ってたんだ。血筋を絶やしちゃいけないはずの賢者の家系が、今の代になってほとんど子孫を残してないってことはな。
サーベルトやチェルスは若かったから仕方ないとしても、血の繋がった子供を残してるのはメディばあさんだけ。オディロ院長や法皇様に至っては聖職者なんて道を選んで、子孫なんて残せるはずもない。
初めから封印は続かないようになってたんだ。
暗黒神が復活してしまうことは、止められないように仕組まれてたとしか思えない。
こう見えても、人生の半分は修道院で暮らしてきたんだ。神様だって、それなりには信じてた。信心深かった人ほど俺に良くしてくれたからっていうのが、理由としてはデカかった。そういう人たちが信じてるものなら、オレも信じてみようって気持ちにはなった。
だけど、あの夜から神様なんてものは信じられなくなった。
『神の御心ならばいつでも死のう。だが神の御心に反することならば私は死なぬ。神の御加護が守るであろう』
そう言い切った人の命を神様は守ってなんてくれなかった。神に全てを捧げているという、あの人の言葉には嘘なんかなかったのに。
本当に神様なんてものがいるのなら、オディロ院長のことを助けてくれても良かったんじゃないかとしか思えなかった。それなのに院長はあんな殺され方をした。あの光景を見せられて、神なんて信じる気にはとてもなれなかった。
でも今は強烈に感じる。神っていうものの存在を。あの夜のオディロ院長の言葉の通りだった。あの人が殺されたのは、神の御心ってヤツだったってことだ。
この旅に出る前から、全ては始まってたんだ。
オレは元々、霊感の強い方じゃない。多少は魔物の気配を感じることは出来ても、それは訓練された僧侶としては平均的なものだ。
それなのに、エイトたちと出会ったあの一時期だけ、オレの邪悪な気配に対する感覚は異様に鋭くなってた。
修行したわけでも何でもない。突然に降って沸いたような感じだった。
だけど、そんな力は便利なようで不便なもんだ。
それまでは気にならなかった、あの辺りの魔物たちがどうしようもなく凶悪な存在に感じて、ちょっと道を歩くのにもピリピリしてた。
そのことで苛立ってたから、確かにそれまで以上に素行が悪くなってた。オレのことは無視したがっていたマルチェロでさえ、呼び付けて謹慎を言い渡さなきゃならない程にな。
そしてオレだけが気づくことが出来た。ドルマゲスの、いや、今にして思えば杖の放つ、とてつもなく邪悪な気配に。
なのに、オレのその感覚は全く役には立たなかった。日頃の行いが悪すぎて、誰もオレの訴えに耳を貸してはくれなかったからだ。おまけに謹慎なんか言い渡されてたもんだから、修道院の周りに見張りまで立てられて、外に出ることさえ出来なかった。
それでもあの夜、何とか院長の館にたどり着くことは出来たのに、ドルマゲスの野郎に指一本触れることが出来ずにぶっとばされて、オディロ院長を守れなかった。
与えられていたチャンスを活かせなかったんだと思って、自分が情けなくなった。
それならせめて敵討ちのために、ドルマゲスを見つける役に立てばと気持ちを入れ替えたのに、邪悪な気配を感じる力は日を追うごとに弱くなり、船を手に入れる頃には完全に元の自分に戻ってしまっていた。
せめてゼシカが杖を手にしてしまって呪われた時まで保っていられたら、気づいてやることが出来てたかもしれない。そうしたら、あんなひどい目に合わせずに済んでたのかもしれないのに・・・。
だけど、今なら確信できる。そうなったらマズかったんだ。
全ては仕組まれていた。オレたちは暗黒神の復活を止めるためじゃなく、復活した暗黒神を倒すために選ばれて、集められて、こうしてここにいる。
オレが出会って間もないエイトたちに、頼み事をしなきゃならなかったことも、こいつらがマルチェロに濡れ衣着せられてるのを、オレが助けなきゃならなかったことも、全部そのために必要なことだった。
そうでなければ、お互いに、こんなふうに一緒に戦うような気持ちにはならなかっただろうからな。自己紹介代わりに利用されたんだ。
道理でドルマゲスのことも最後まで憎みきれなかったわけだ。それどころか気の毒とまで思っちまったからな。あいつもオレたちと同じ、暗黒神を完全に滅ぼすために選ばれて利用された駒だったわけだ。
まあ、トロデーン城で杖を強奪しようとした時点で、同情の余地は無いんだろうけどな。
・・・もしそうなら、やり方があんまりなんじゃないか?
オレは賢者の末裔全員に会ったことがあるわけじゃない。でも、あんな風に杖で刺し殺されるなんて死に方しなきゃならなかったヤツなんて、一人もいないと思うぜ?
オレみたいな凡人には、大いなる神の御意志なんてものは理解できなくて当然なのかもしれないけど、少なくとも二度と神に祈る気持ちになんかはなれねえな。
「ねえ、ククール?」
ゼシカの呼ぶ声で現実に引き戻された。こんな敵の親玉の居城で考え事なんて、我ながら胆が座ってるもんだ。
「もしかして、怒ってる?」
「・・・どうして、そう思う?」
「怖い顔してたわよ」
・・・マズいな。ポーカーフェイスが自慢のはずだったのに、最近ゼシカには悉く見破られてる。
「ごめんなさい・・・」
続くゼシカの言葉の意味するものが、オレにはさっぱりわからなかった。
「どうしてゼシカが謝るんだ?」
「だって・・・。マルチェロのことで、もうよけいなこと言わないって約束したのに、つい口出ししちゃったから」
・・・そう言えば大分前になるけど、その話で結構手ひどく突き放しちまったことがあったっけな。
「そのことで怒ってるわけないだろ。気持ちはありがたいと思ってるよ、ほんとに」
ダメだな。自分の口から出てる言葉なのに、とても心がこもってるようには聞こえない。
「マルチェロのやつもバカだよなぁ。オレだったら、こんなナイスバディの美人が心配してくれてるってわかったら、悪いことなんてする気なくなるのにな」
「何、言ってんのよ、バカ・・・もういいわ。今度こそ、よけいなこと言わないわね」
結局またこうなる。どうしてなんだろう。オレとしては、ちゃんと本心だけ言ってるつもりなのにな。
マルチェロの話なんか出たせいだろうか。やたらとガキの頃のことが頭に浮かんでくる。
自分が小さかったせいか、やたら威圧感を感じた修道院の建物や聖像。初めて手にした時の剣の重さ。新しい呪文を覚えられて嬉しかった時のこと。そしてマルチェロに手ひどく突っぱねられたオレの頭を撫でてくれた、初めて会った時のオディロ院長の温かい手・・・。
また考えこんじまってたオレは、今度はエイトの呼ぶ声で我に返った。本当にどうかしてるな。ここまでくると、余裕通り越して現実逃避に近い。
「暗黒神の邪気にあてられたのか知らないが、やたらとガキの頃のことを思いだすんだ。今さら・・・本当に今さらだ。思いだしたって意味ねーのに」
「アッシ、そういう話を聞いたことがあるでがすよ」
オレの言葉に対して、ヤンガスが意外なことを言い出すもんだから、全員がヤンガスに注目した。
「人間には、それまでの人生を走馬灯のように振り返る時があると聞いたことがあるでがす。それにしても走馬灯って何でがすか?」
意味わかってねえんだろうけど、ものすごくイヤなことをサラッと言ってくれやがったな、このヤロウ。
一発殴ってやろうかと思ったが、それより早くゼシカのマジカルメイスがヤンガスの脳天に振り下ろされた。
「縁起でもないこと言ってんじゃないわよ、このバカ!」
今のは見事な一撃だったな。兜の上からでもかなりのダメージがあったらしい。ヤンガスは頭をおさえて、うずくまった。
エイトが心配そうにヤンガスの頭を覗き込むが、本当に気になってるのは、どうやら錬釜釜で作った猛牛ヘルムらしい。さりげなくひどいヤツ。うしのふんなんかを材料にした兜を弟分にかぶらせる辺りも相当なもんだ。
思わず笑っちまう。本当にこいつらといると、辛気臭い気分を保たせてはもらえないみたいだな。
「お前がさっき言った人生を振り返る時ってのは、死ぬ時だ。勝手にオレのこと殺そうとしてんじゃねぇよ、バーカ」
「えっ・・・。そいつはすまねえ。知らなかったでがすよ」
「だからって、言っていいことと悪いことがあるのよ! ククール、ヤンガスの言うことなんて気にしちゃダメよ。全部完全に無視するのよ。いいわね」
何もそこまで言わなくても・・・。気の毒にヤンガスは落ち込んじまった。
「ゼシカのねえちゃん、あんまりでがす・・・」
「あのな、ゼシカ。お前にそうやって気にされると、オレまで何か本当に死にそうな気がしてイヤなんだけど」
「やめてよ、そんな死にそうとか言うの! ほんとになったらどうするのよ」
ほんとに、ずいぶん今日はムキになるな。
「そん時は、ゼシカがキスの一つもしてくれれば問題解決さ。おとぎ話とかでよくあるだろ? 美貌の騎士は、美しいレディのキスで永い眠りから覚めましたってな」
「そんな話、聞いたことないわよ。普通、永い眠りについてるのはお姫様・・・って、どさくさに紛れて何言ってるのよ! 心配して損したわ。こんなアホ、殺したって死なないわよ。だからキスなんて絶対にしないんだからね!」
ゼシカは本当に期待を裏切らない。完璧、予測通りの答えだ。・・・つまんねえの。
「さあ帰るぞ! こんな所さっさとおさらばだ!」
何なんだ? この胸騒ぎは。
ラプソーンは倒したっていうのに、イヤな予感がまるで消えてくれない。
ヤバいのは、この城だ。早く脱出しないと、良くないことが起こるっていうのがわかる。
それなのに、何なんだよ、この城は。
建物が崩れてきて、一刻も早く外に出たいっていうのに次から次へと敵に襲われて、中々先に進めない。
それにさっきから、例の言葉が頭の中でひっきりなしに鳴り響きやがる。
完全死者蘇生呪文『ザオリク』
そんなものを使わなきゃならない状況が、この後に待ってるっていうのか?
冗談じゃない、そんな使えるかどうかもわからない呪文なんて、誰があてにするもんか。
そんなことになる前に回避する。それが本当に守るってことだ。何かあってから動いたって遅いんだよ。
ようやく空が見えるところに出られたってのに、えらく不細工な鋼鉄で出来た魔人が現れやがった。
元々壊れかけてるような外見なんだから、サッサと完全に壊れちまえ!
・・・なんて思ったのが悪かったのかもしれない。
機能を停止した鋼鉄の魔人は、その巨大な身体を崩れさせ、オレたちの頭上に降り注いできた。鉄格子に塞がれて、城の中には逃げ込めない。
バラバラになったからって、元が巨大だから破片もデカい。このままじゃあ、全員押し潰されて死んじまう。バギクロスで巻き上げようにも、数が多すぎる。
「みんな、ふせて!」
ゼシカが叫んで、素早く魔力を集中させていく。
「イオナズン!」
襲いかかる鋼鉄の破片に、爆発の呪文が叩きつけられた。
目も眩むような閃光と、耳をつんざくような爆音。そして鋼鉄は小石ほどの大きさまで砕け散り、パラパラと落ちてきた。
・・・すげえな。
人類最強の称号を、謹んで捧げとくとするか。オレが守る必要なんて、どこにもないかもしれない。思わず苦笑いしちまう。
でも、それはつかの間のことだった。
『どこまでも忌まわしき、クランバートルの末裔よ』
とてつもなく邪悪な声が、頭に直接鳴り響いた。
最終更新:2008年10月24日 03:08