ほしかったもの-前編


随分、時間を無駄にしてしまったわ。
ラプソーンが自らの城を取り込み、完全な復活を果たしてしまったっていうのに、ヤンガス以外の全員が、まともに歩くことさえ出来ないダメージを負ってしまい、戦える状態に戻るまで一週間も費やしてしまった。
レティスに指示された七つのオーブを集め終わり、これからレティシアに向かおうという時、エイトはミーティア姫と話をすることを望んだ。
私は別れの挨拶のようなことは好きじゃないんだけど、これは違うとわかる。
エイトは必ず勝つためにそうするんだって。エイトが戦う理由は、世界を救うためだけじゃなく、ミーティア姫を元の姿に戻してあげるため。その気持ちをもう一度力に変えるために、彼女に会いたいんだって。

でも最近、移動する時は空を飛ぶか、ルーラを使うかしてたもんだから、ミーティア姫は人の姿に戻れるほどの量の水を飲めなかった。
それでどうしてるかっていうと、エイトとミーティア姫は一生懸命、泉の周りを走って喉を乾かそうとしている。
ダイエットを兼ねたヤンガスもそれに付き合ってるんだけど、私は辞退させてもらった。
もちろん魔物が襲ってくるようなことがあったらすぐに加勢するつもりだけど、今のところそういう様子はない。
私は泉から少し離れた場所に座って、空を見上げた。
暗黒神、ラプソーンが待つ空。
追いかけて、追い詰めて、今度こそと何度も思ったのに、あいつはそれをあざ笑うかのように、次々と犠牲を増やしていった。
もう許さない。もう次はない。ラプソーンは必ず、この私の手で倒してみせる。

不意に視界が遮られた。
「そちらの美しいお嬢さん。私めに貴女のそばに座る栄誉をいただけますか?」
ククールがすました顔して、私の顔を覗き込んでいた。折角ひとが気合入れてたっていうのに、拍子抜けしちゃうじゃないの。
「勝手にどうぞ」
今は彼の軽口に付き合う気分じゃない。
「それでは、お言葉に甘えて」
そう言ったククールは、わざわざ私の真後ろに回り込んで腰をおろした。
何してるんだろうと思うと同時にククールは、いきなり私に全体重を預けてきた。
完全に油断していた私は、手の指が足のつま先についてしまうほどの、完全な屈伸を強いられる。

「いたたたたたっ! いたっ、おもっ、ちょっと重い! 痛いってば!」
パッと見、細く感じるけど、鍛えてる上に背も高いから結構重いのよ、この男。
「へえ、途中で胸がつかえるかと思ってたのに、ゼシカは身体やわらかいんだな」
妙に感心したような声をあげられた。
「このっ・・・ドアホーッ!!!」
渾身の力を込めて押し返す。何とか元の体勢まで戻すことは出来た。
「おおーっ。すごいすごい」
拍手までされてしまった。何なのよ、このバカ。
付き合ってられないとは思うけど、ククールの力加減は絶妙で、立ち上がって逃げるまでは出来ない。
「あんまり上ばっかり見てると疲れるぜ? 足元が疎かにもなるしな」
・・・何よ、その見透かしたような言い方。
いつもそうよ。自分は何もかも全部わかってるっていうような顔をして、私のことは子供扱いする。

この一週間で、やっぱりククールは私には理解しきれない人なんだっていうことがわかった。
立つのもやっとっていう時は、辛い気持ちやオディロ院長との思い出なんかを、本当にちょっとだけなんだけど話してくれたりして、少し距離が縮まったような気がしてたのよ。
だけど少し回復すると、ククールはマルチェロから渡された指輪を見つめて考え事することが多くなって。そして私はそれを、お兄さんを心配してるんだと受け止めてた。
マルチェロときたら死にそうなケガしてたのに、治療もしないでゴルドから歩き去ってしまったから。あの姿を見送る時も、本当に回復魔法が使えない自分が歯痒かったわ。
だけど、それは私の思い込みだった。
普通に歩けるようになるとすぐ、ククールは一人でサヴェッラに行くと言い出した。
私もエイトも、やっぱり歩けるようになったばかりの時で、どうせ戦えないんだし、ルーラを使うからすぐに戻るって。
もちろん私たち、止めたわよ。何をするつもりなのかわからないけど、行くなら全員で行こうって。
だけど、同行を許されたのはエイトだけ。私とヤンガスは置いてけぼり。
キメラのつばさを使って後を追うことも考えたけど、絶対についてくるなってクギを刺されて、出来なかった。本気で怒らせると、ククールは結構怖いから。


その夜、二人が戻ってきた時もククールは何も話そうとはしてくれなくて、何があったのかを教えてくれたのは結局エイトの方だった。
ククールはサヴェッラ大聖堂のお偉方のところに行って、『行方不明の新法皇様から即位式の直前に、煉獄島の囚人たちを新法皇誕生の恩赦による減刑で出獄させるよう、命令を受けていた』なんて涼しい顔して大嘘ついて。
マルチェロからもらった騎士団長の指輪を証拠の品だって見せて、ニノ大司教たちを助け出す手筈を整えてしまったんだって。
それと崩壊してしまったゴルドへの救援も一緒に要請したらしい。
もちろん、嘘ついたのが悪いなんて言うつもりはないわよ。
煉獄島みたいなひどい所、助けられるなら一日だって早く出してあげた方がいいと思う。崩壊してしまったゴルドにも、回復魔法の専門家の聖職者たちを送り込むのは何よりの助けになると思う。
でも、どうして一人でやろうとするの? 聞くまでもなく、理由はわかってるわよ。もし嘘がバレた時でも、自分一人が捕まれば済むなんて思ってるんだわ。だけどそういうところが本当に腹立つのよ。

・・・でも多分私が一番ショックを受けてるのは、マルチェロに貰った指輪を見ながらククールが考えていたことが、マルチェロの行方じゃなくて、その使い道だったっていうことの方なのかも。
ククールがマルチェロのことを全く心配してないとは思わないわ。でも私だったらきっと、あんな形でお兄さんに渡されたものを、何かに使おうだなんて思いつきもしない。
そして、いくら人助けのためだからってそれを使って公の場でサラッと嘘ついて、その帰りにベルガラックのカジノに寄るなんて絶対無理よ。
そばで見ていたエイトにも教えなかったらしいんだけど、多分とんでもないイカサマをして、わずか数時間の間にコインを40万枚も稼ぎ、大量の剣やら鎧やらをお土産にすました顔して帰ってきた。
私にもグリンガムのムチなんていう最高級の武器をプレゼントしてくれたもんだから、いろいろ言ってやりたいことがあったのに、何も言えなくなってしまった。
本当にわからない。繊細で傷つきやすい人なのかとも思うのに、変なところで人並み外れて図太いんだもの。
そういうところ、半分くらい分けてほしいもんだわ。

「最後の戦いの前に、ゼシカに話しておきたいことがあったんだ」
自分の考えにふけっていた私は、背中越しにつたわるククールの声の響きに、ちょっとドキッとした。
「やめてよ。戦いの前にどうとかって、私、そういうの好きじゃないのよ。話なら帰ってきてから聞くわ」
「今じゃないと、意味ないんだ」
いつになく真剣な声に、それ以上は拒絶できない。
「・・・わかったわ、どうぞ」
「オレがこのパーティーに加わる時、ゼシカに言った言葉、覚えてるか?」
何よ、何言うつもり?」
「・・・覚えてるわよ。私だけを守る騎士になるとか何とかでしょう?」
「そう、それ。あれ、無かったことにしてくれ」
頭をウォーハンマーで殴られたような衝撃がきた。
「あの頃のオレは何も考えてなかった。ひと一人守るってことがどれだけ難しいことか、わかってなかったから簡単にそういうことを口にできた。本当にバカだったと思う」
ひどい・・・。
ククールのバカバカバカ! 何よ。どうしてそういうことを、今言うの?
守ってくれてたじゃない、ずっと。私がどれだけ支えられてきたか、わからないの?
これから決戦だっていうのに、いきなりそんなこと言って突き放すなんて、ひどすぎる。一気にテンション下がっちゃったじゃないの。

・・・本当に、私ずっと頼りっぱなしだったんだ。ククールのこんな一言でショック受けるほど。
もしかしてククールは、もういやになったのかしら。この間だって私のために危うく命を落とすところだったんだし。
そう考えると、これ以上甘えちゃいけないんだと思う。
そうよ、初めは私一人で兄さんの仇を討つつもりだったじゃない。
私だけを守るなんていうククールの言葉も、言われた時は全く信用してなかった。
それなのにククールは、私を何度も助けてくれて、守ってくれた。
これ以上望むのは間違ってる。次が最後の、それも一番大きな戦いなんだもの。こんなことで落ち込んでるようじゃあ、暗黒神なんてものに勝てるわけないわ。

「それにゼシカつえーしな。ドラゴンキラーやもろはのつるぎなんて片手で振り回してるのを見た時には、うかうかしてたら剣でも負けると思ったもんだ」
でも何か、こういう言われ方されるのはムカつく。
確かに身体が回復してからというもの、今までは重くて上手く扱えなかった剣が嘘のように軽く感じるようになった。
力が特別強くなったわけではないんだけど、私にも少しは魔法剣士だったご先祖様のチカラが受け継がれてたっていうことなのかしら。
でも、だからって剣でククールより強くなれるなんて思ってないわよ。ククールだって、きっと本気では思ってない。
こういう時でも、私をからかうのは忘れないのね。

「それにゼシカだけ守ったって、そんなものに意味なんてないんだよな。大事なものが何もない世界に一人だけ取り残されても寂しいだけだ。ケチなこと言わずに、守れるものは全部守る」
ちょっと泣きそうだったんだけど、続くククールの言葉に、そんな気分は吹き飛んだ。
「オレ一人じゃキツいけど、ゼシカと一緒だったらこの世界全部だって守れる気がする。・・・頼りにしてるんだぜ、これでも。ラプソーンとの戦いでも、よろしくな」
・・・どうしよう、目眩がする。
「ゼシカ?」
私が返事をしないもんだから、ククールがこっちの様子を伺おうとしてる。
ダメ! こっち見ちゃダメ。
「・・・まかせといて」
それだけ言うので精一杯だった。でも、ククールの動きは止まったので一安心。
見られたくないの。私きっと今、すごく変な顔してるから。嬉しすぎて、頭がおかしくなりそうなんだもの。
ずっと聞きたかったの、その言葉。『頼りにしてる』って、そう言ってほしかった。嘘や慰めじゃないよね? ククール、そんなに甘くないものね。
言葉は何も思い浮かばなくて、でも何かは伝えたくて、私もククールの背に体重をかけた。広くて温かくて、力強い背中。命も何もかも、全て預けられる。
うん、私も頼りにしてる。あなたを信じてる。一緒に守ろうね、私たちがこれから生きていく世界を。
さあ、首を洗って待ってなさいよ、ラプソーン。今の私には怖いものなんて、もう何もないんだから!







最終更新:2008年10月24日 03:16
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